10話 握っている結衣の手はどんなものよりも温かく、またどんなものよりも頼もしく感じた。
「はあ……。お、お前……、相変わらず足速いのな……」
「でも、ゆーま君、ちゃんとついて来てたよね?私、今回一回も待ってないよ。……なんで?」
「なんでって言われても……」
本当に分からない。なぜか体が付いていけていたとしか……。結衣が知らず知らずのうちに手加減をしていたことも考えられるが……まあ、結衣はそういうことをしない、いや知らない奴だからな。
「俺がいきなり覚醒したとか……」
「ふふっ。案外そうなのかもしれないね」
結衣が笑って答える。結衣が自覚がないように、俺にも気づいていないだけで……。いや、流石にないか。
「そういえば、ここって本当に端の方だよね?その割には思ったより人とかいるような……」
「……ああ、そうだな」
俺と結衣は端の方にいけば人は少なくなっていくと思っていた。しかし、その人の数は予想を上回り端の方までびっしり詰まっている。今日は花火大会があるせいだろうか。
「くそっ。ここまでとは……。予想外だったな」
「どうする、ここのままでいいか。それとも……」
正直少し疲れたしここでいいかとも思うが、結衣の着替えのために人や幽霊のいない所を探すのが目的である。別に俺が決めることではない。
結衣はどうするのだろうか。そう思い、肝心の結衣の方をみてみると海の方ではなく左手にある生い茂った木々を見ていた。
「おい、そんなとこ見てどうし……」
「ねえ、見てゆーま君」
「ん?」
結衣の指を指している方を見てみる。するとそこには……木、木、木、ただ目の前に見たまんまの多くの木が見えるだけだ。
「……木しか見えないぞ」
「違うの!もっとよく見てみて!」
「ん~?」
そう言われてもう一度見てみる。何だよ、相変わらず木がたくさんあるだけじゃん。よく見たところで……。
「……あ」
思い込みというのは厄介なものだ。あるものもないと思って諦めてしまう事があるから。
結衣の指す指の先をよく目を凝らして見てみると、そこにはスペースは小さいが砂浜が広がっているように見えた。いや、傍から見れば小さいというだけで二人では十分過ぎるほど広い。
「結衣、お前よく見つけたな!すげぇよ!」
「えへへ。私、幽霊だから!」
……それ幽霊関係ないだろ、とかいうツッコミは野暮というものなのだろう。それより見つけたはいいものの、一つ問題点を見つけてしまった。
「でもよ結衣、見つけたはいいもののどうやって入るんだよ。」
そう、もともとは目を凝らして見ないと分からなかった空間。見つけたはいいものの入るためのスペースがないのだ。
「ああ、それは私すり抜けられるし別に大丈夫なんだけど……。ゆーま君はどうしよ?」
……そういえばこいつが物をすり抜けられることを忘れていた。思い返せば俺の家にもすり抜けて入って来たよな。
「あー、そういえばそうだったな。じゃあ、結衣があっちで着替えて着替えたあとにここに来ればいいんじゃないか?」
「えっ、ゆーま君あっちの方に行かないの?」
「俺はすり抜けられないんだよ、幽霊じゃないし。それに、結衣がここに戻ってくれば別々にはならないぞ?」
「それはそうだけど……。やっぱり私はゆーま君と二人きりがいいな……」
結衣が顔を少し赤らめてもじもじしながら言うので思わずドキッとしてしまった。なんだよ、そう言われちゃそれに応えずにはいられないじゃないか。
「ま、まあ結衣がどうしてもって言うんなら別に……。でも、俺どうするんだよ……」
「単純に海の方から行くっていうのはどう?そんなに遠いようには見えないし」
確かにここからあそこまでの距離は10m、いや5mくらいだとは思う。思うが……。
海……。くそっ、こうして間近でじっくりと見るまでは大丈夫だと思っていた。でも、「海でもがき苦しむ悪夢」というのはそんなにすぐに簡単に忘れられるものではなかったようだ。
「海か……。荷物はどうするんだよ。……濡れちゃうぞ?」
「別に袋とか濡れてもよくない?濡れたら困るやつとか入ってないでしょ?」
「……俺のスマホとか」
「……袋の中に水が入らにゃきゃ大丈夫だって!……たぶん。」
.
そこは自信を持ってなんとか『大丈夫だよ!』とか言って欲しかったような……。不安になる。
「水位もそんなにないし大丈夫だって。ほら行くよ!」
「あっ。ちょっと……」
結衣が先に行こうとしたその瞬間、俺は気づいたら結衣の右手を握っていた。手は熱くなり、耳は赤くなっていくのが見えた。
「ゆ、ゆーま君。これは……」
「結衣、手を繋いで一緒に行かないか……?」
結衣は少し困惑しているように見える。そりゃそうだ。いきなり手を握ったんだから。
「うーん。私、少し歩きづら……」
「お願いだ。そこをなんとか……」
俺の様子を察してくれたのだろうか。それ以上結衣は何も言わなくなってしまい、手を繋いだまま歩き出していく。
そして無言のまま、話のないまま海の中に入って歩く。
握っている結衣の手はどんなものよりも温かく、またどんなものよりも頼もしく感じた。
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