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偏訳・地獄変  作者: ねも
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詠み人知らず


 京の市に奇妙な絵草子が出回るようになりました。

 稚拙な絵はとても良秀には及ばず、ほぼすべてがカナ文字で書かれ、時折思い出したようにかなと万葉文字が混ざります。文体は一見丁寧に書かれていたようでいて、無理な言い回しに書いた者の教養の薄さが見て取れました。知者を装った凡人の手蹟でしょう。

 それでも京雀たちはその絵巻物が出る度に競って買い求めました。買った者がまたそれを写して偽書を作り、それがまた市で売りさばかれる事によって、とうとう元の話は何だったのか分からなくなっていったようでございます。



 さて、これは本当に良秀の娘が書きつけた文でありましょうか?

 ならば何故このような絵巻物が作られているのでしょう。

 曹司に書き残されていたものなら、大殿に届けられて然るべきです。



〈すべてが荒唐無稽すぎて、畏れ多すぎています。妄想としか思えません〉



 では大殿が御書きになったとしたら?

 いかな見事な屏風絵を描かせる為とはいえ、何の罪もない無辜の娘を焼き殺したのですから。

 親の因果が子に酬い?

 そのような言葉に納得して心を納められる人がどれ程居るのでしょう。



〈確かにあの夜の大殿は尋常ではなかったと、随身の武者が申しておりました〉

〈とはいえ、娘が時々小猿を父の名で呼んでいたのは、大殿は知らぬはずでございます〉



 あるいはあの日、死出の娘に化粧を施したもの達では?

 殿に近しきもの達は、その夜に為される事を皆知っておりました。

 良秀が大殿に人の焼き殺されるのを見たいと願い出た時、傍近くに人がおりました。

 あの日は朝から別邸に赴き、場を清める支度が為されていました。

 朝から粛々と罪もない娘を火刑にする舞台が整えられていたのです。

 憐憫を覚えた者たちがいても不思議はありません。

 まして人ならぬ小猿でさえ、その命を捨てたのです。



〈古参女房は確かに 大殿の部屋から出た娘の姿を見ましたが、誰にもそれを伝えてはいませんでした〉



 いいえ、良秀が書いたものだったとしたら?

 如何に性狷介で横着ものの男とて、唯一愛していた娘を絵のために焼いたのです。

 心おかしくなっても当然のことでしょう。

 事実、良秀はあの屏風絵を仕上げた次の夜に、自分の部屋で首を吊って死んだのですから。



〈良秀に、御邸での娘の飾られる様子が見られる筈もありません〉



 

 二度とない傑作を作るために娘は死んだのか

 (また)は 愛する娘が死んだからこそ二つとない傑作が出来たのか



 怖ろしき因縁に纏ろわれ、その存在だけで人の興味をそそるでしょう

 ですが実際にその絵を前にすれば そんな因縁など綺麗さっぱり忘れ去って

 ただ地獄の光景を蕩けたように見つめるだけ


 ――良秀の最後の作にはそれだけの魂があります



 それに比べてこの草子は今ではすっかり飽きられて、路傍にうち捨てられたものを乞食が拾っておりました。流石に厨屋で炊きつけに使うのは憚られたのでございましょう。





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