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富美子84歳、聖女になる。  作者: みかる
8/9

8話.実食

何時間経っただろう。日も傾き始め、長時間の馬車移動に疲労が少しずつ溜まってきた頃、富美子は馬車の窓から外を覗いた。少し先の方で、キラキラと水面が輝く川が目に飛び込む。

『まあ! ミリアさん、綺麗な川よ…!』

「ええ、トミコ様。あの川は名前こそありませんが、水が綺麗で澄んだ川としてこの付近では有名なのですよ。」

「トミコ殿、今日は川の近くで野営にしようと思うが、大丈夫か?」

馬車を引くラグネルがこちらに聞こえるように声を張り上げ問いかける。

『ええ、もちろんよ。ありがとう。』

ラグネルが馬車を止めると、富美子はミリアと共に外に出た。昨晩泊まった場所よりも、川のおかげかいくらか空気が澄んでいるように感じる。富美子は息を大きく吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。

『さあ、暗くなる前に火を起こして食事の準備をしましょうか。』

富美子がそう言うと、ラグネルとミリアはそれぞれ頷いてみせた。


________________



『ラグネルさん、火打ち石と魔石で火をつけられるかしら?』

「ああ、昨日トミコがやってたのを見てたから、多分できると思う。」

ラグネルの返答に満足げに頷くと、富美子は火打ち石と魔石を手渡し、鍋と玄米を持ってミリアと共に川へ向かった。

「その玄米を川でどうするんですか?」

『川の水で洗うのよ。この川なら綺麗だから大丈夫なはず。』

ミリアの疑問に答えながら、富美子は川のそばにしゃがみ、鍋に水を汲んで麻袋の玄米を中に投入した。そして米どうしを擦り合わせるように揉み洗いを始める。

米が流れていかないように抑えながら、濁った水を川へ流し、再び綺麗な水を汲んで揉み洗いを繰り返す。

「だいぶ水が濁らなくなってきましたね。」

不思議そうに、それでいて興味深そうに見つめていたミリアが話しかける。

『そうでしょう? これが美味しく炊くコツなのよ。』

「お手は冷えていませんか?」

『大丈夫よ。おばあちゃんの手の皮は厚いから、冷えにも熱にも強いの。』

冗談めかしてそう言う富美子に、ミリアは驚きながらも、少し笑みを浮かべた。

数回洗った末に、水の濁りがほとんどなくなったことを確認すると、富美子は鍋に綺麗な水を米より1~2センチほど多めに注ぎ、馬車の方へ戻った。


「トミコ殿、火を起こせたぞ。」

馬車の傍には、しっかりとした焚き火が出来ていた。ラグネルは昨日一度見ただけで、火起こしを完璧にマスターしたようだ。

『すごいわ! 完璧ね。』


『それじゃあ、お米を炊く準備をするわ。まずは少しの間、浸水させたいの。』

「浸水させる…?」

『ええ、お米を水に浸けておくことで、中までしっかり水が染み込むの。そうすると、ふっくらと美味しく炊き上がるのよ。』

ミリアの問いに答えながら、富美子は米を入れた鍋を馬車の中へ置いた。

『浸水させている間に、火を囲うための石を集めたいの。大きさはこのくらい、両手に収まるぐらいのサイズよ。』

そう言いながら、自分の手を示して説明する富美子。焚き火の近くに簡易コンロを作るつもりだ。

「それなら俺が探してくる。トミコ殿やミリア殿には重労働になるだろ。ここで休んでてくれ。」

ラグネルが頷きながら言う。その不器用ながらも気遣いのできる態度に、富美子はほんのりと心が温かくなる。

『ありがとう。でも、一人でやるより、みんなでやった方が早いわ。私たちは近場を探すから、ラグネルさんは私たちが行けない場所をお願いね。全部で10個ぐらいあれば十分だと思うわ。』

「わかった。ただ、危ないから火の近くから離れすぎるなよ。」

『ええ、気をつけるわ。ラグネルさんも無理しないでね。』

そう言って頷くと、ラグネルは林の方へ向かって歩き出した。


富美子とミリアは馬車の近くで、適したサイズの石を探し始める。幸運なことに、この周辺にはちょうど良い石がそこそこ落ちていて、集めるのは思ったよりも簡単だった。

『この辺り、いい感じね。これを焚き火の横に並べていきましょうか。』

富美子は集めた石を焚き火のそばに運び、円形に並べ始める。それを見たミリアも富美子の意図を理解し、手伝い始めた。


数分後、林へ入ったはずのラグネルが戻ってきた。彼の両腕には大量の石が抱えられている。明らかに10個以上はあるようだ。

『そ、そんなにたくさん…! よく持ってきたわね?』富美子は驚いて目を見開き、ラグネルのそばへ寄る。「たまたま良さそうな石がまとまって落ちてた。俺は鍛えてるから、このくらいは余裕だ。」

そう言ってラグネルは石を地面に下ろす。その数は富美子が必要としていた量を大きく上回っている。


ラグネルが集めてきた石も加え、富美子は焚き火のそばに石を円形に二段重ねて並べ、囲いを作った。ちょうど鍋が上に乗るくらいのサイズだ。

富美子は太めの枝に焚き火から火を移し、囲いの中心に火を入れた。さらに細かい枝や枯れ葉を加えて火を大きくする。やがて簡易コンロが完成し、富美子は満足げに頷いた。

「トミコ様、これは何ですか?」

ミリアが不思議そうに尋ねる。ラグネルもまた、理解できないといった顔で囲いを見つめている。

『これは簡易コンロよ。この上に鍋を乗せて、ご飯を炊くの。さっきの鍋を持ってきてもらえるかしら?』

「わかりました。持ってきます。」

ミリアが馬車から鍋を持ってくる。それを受け取った富美子は中を確認し、浸水具合を確かめる。十分に浸かったのを確認すると、鍋を囲いの上に乗せ、鉄製の皿を蓋代わりにして火にかけた。

『あとは焦がさないように火を見ながら、30分ほど炊けば完成よ。』

「すごい…! 楽しみです!」

ミリアはわくわくした様子で鍋を見つめる。その様子に、富美子はまるで孫を見ているかのような穏やかな気持ちになる。ラグネルもまた、無表情ながらも鍋をじっと見つめている。



火にかけた鍋から湯気が上がり始めると、富美子は慎重に火加減を調整しながら二人に声をかけた。

『せっかくだから、待ってる間にちょっと話しましょうか。』

「いいですね!そういえば、トミコ様の国では普段どんなものを食べるのですか?」

ミリアが目を輝かせて尋ねる。

『そうね、お米が主食なのよ。それにお味噌汁やお漬物を添えるのが基本ね。』

「おつけもの、というのは?」

ミリアが不思議そうに首をかしげる。

『野菜を塩や酢で漬けて発酵させた保存食のことよ。』

「こちらでいう干し肉やドライフルーツみたいなものだな。」

ラグネルが腕を組んでぽつりと口を挟む。

『そうね。こちらにも野菜があるなら、漬物を作って保存しておけば、食糧難のときに役立つんじゃないかと思っているの。』

ラグネルは短く頷いたが、ミリアの表情が少し曇る。「確かに役立ちそうですが……辺境の状況はかなり厳しいです。この国の国民は火の起こし方も料理の仕方も知らない人が多くて、魔力が王都にしか届かなくなってからは、ほとんどの地域で生で食べられるものをそのまま食べているんです。」

『……やっぱり、そうなのね。』

富美子は眉を寄せる。想像していた以上に酷い状況だと感じた。


そのとき、鍋からふわりといい香りが漂ってきた。富美子は湯気の立つ鍋に目をやりながらそっと蓋を取る。

『そろそろ良さそうね。』

「いい香り!」ミリアが嬉しそうに声を上げる。

鍋の中には、ふっくらと炊き上がった玄米が美しい薄茶色で輝いていた。富美子は満足そうに頷く。

『完璧ね!とても美味しそうに炊けたわ。』

ミリアは瞳を輝かせて鍋を覗き込み、ラグネルも興味深そうに目を細める。

木皿に玄米を盛り付け、二人に手渡すと、ミリアは急いで一口を口に放り込んだ。

「んっ!……すごい、美味しい!ふわっと甘くて、噛むほどに味が広がります!」

ラグネルも慎重に一口食べ、短く頷く。

「…旨いな。これが玄米か。クセになる味だ。」

富美子はその反応に満足げに微笑み、自分も一口食べる。


『このままじゃお米が無くなってしまうわね。その前にこれ、試してみない?』

夢中で食べる二人にそう声をかけると、富美子はミリアに見せた小袋の中から乾燥梅干しを取り出した。

「そうでした!試してみたいです!」

既に梅干しを目にしているミリアは身を乗り出すように答える。

「それ、何だ?」

ラグネルが不思議そうに首を傾げながら袋の中身を覗き込んだ。

『これは乾燥した梅干し。さっき話した漬物の一つよ。』

そう言いながら富美子は三粒取り出し、それぞれの皿に乗せる。

『酸っぱいから、少しずつお米と一緒に食べてみて。』

富美子がそう促すと、二人は慎重に梅干しを少しずつ崩しながら、玄米と一緒に口に運ぶ。

「っ!すごく酸っぱい…でも、酸っぱさと塩味が絶妙でお米がもっと美味しくなります!これ、クセになりそう…!」

ミリアは目を輝かせながら夢中で口を動かし続ける。

一方のラグネルは、少し眉をしかめながら噛み締めた。

「…悪くないが、この酸っぱさは慣れるのに時間がかかりそうだ。」

『あら、ラグネルさんにはちょっと難しかったかしら?無理はしないでね。』

富美子は苦笑いしながらラグネルの残った梅干しを受け取り、自分の玄米に添える。

『ん〜!この酸っぱさと塩気が玄米にぴったり。懐かしい味だわ…。』

目を細めて笑みを浮かべる富美子を見て、ミリアも嬉しそうに笑った。


「お腹いっぱいです…」

ミリアが両手をお腹に当てて幸せそうに呟く。

「俺もだ。この玄米、今まで食べたものの中で一番好きかもしれない。」

ラグネルは素直に感想を述べると、ふと穏やかな表情を見せた。

昨日からまともな食事をしていなかったこともあり、三人にとってこの時間は最高のひとときになった。富美子は二人の満足そうな顔を見ながら心の中で小さく頷く。


――この国の未来はまだ分からない。それでも、こんなふうに食卓を囲む時間を作ることができるなら、きっとやっていけるはず。


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