7話.おばあちゃんの梅干し
『いたた…』
窓から差し込む朝日と腰の痛みで、富美子は目を覚ました。今は何時だろう。時計を見ようと目を開けるが、目に映るのは慣れ親しんだ部屋ではなく、異世界の馬車の中だった。昨日この世界に召喚された出来事を思い出し、富美子は小さくため息をつく。
正面で眠るミリアを起こさないように注意しながら、そっと立ち上がり馬車の扉を開けた。
『おはよう、ラグネルさん。大丈夫だったかしら…?』
小さくなった焚き火の前に片膝を立てて座り寝ずに見張りをしていたラグネルに声を掛ける。
「ああ、問題無い。おはよう、トミコ殿。早いな。」
『ふふ、お年寄りの朝は早いのよ。』
富美子は焚き火の近くに座ろうとするが、馬車で寝たせいで腰に痛みが走る。顔をしかめる彼女に気づいたラグネルが手を差し出した。
「大丈夫か?馬車で眠るのはキツかっただろう。」
ラグネルが優しく手を差し出してくれたので有難く手を借りて座り込む。
『ありがとう、助かるわ。』
手を借りて座り込むと、富美子は申し訳なさそうに微笑んだ。『巻き込まれただけなのに、あなたには本当に感謝してるの。』
「トミコ殿が謝る必要などない、トミコ殿はこの国の勝手な事情に巻き込まれただけの被害者だ、何も気にするな」
不器用ながらも穏やかな笑みを見せるラグネル。その姿に富美子の胸がじんわりと温かくなった。
「おはようございます。申し訳ありません私の方が先に起きていなければならないのに…」
馬車から顔を覗かせたミリアが眉を下げて謝る。
『ふふ、気にしなくていいのよ、お年寄りの朝は早いものだもの。』
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3人は再び馬車に乗り込み、辺境を目指して進み始める。馬車の中で揺られながら、富美子は昨日の玄米のことを考えていた。
『ねえ、ミリアさん。昨日の玄米だけど、どうやって食べようとしてたの?』
「ええ、あれは発見されてまだ3、4年ほどの新しい穀物なんです。最初は小麦のように殻を剥いて砕き、粉にして焼いてみましたが…舌触りが悪くて。」
『なるほど、小麦はあるのね?』
「はい。小麦は水を混ぜて丸め、焼いて食べるのが主流です。」
この世界でも小麦を加工して食べるのは似ているようだ。
「その後、元聖女様が“これはお米のようなものだ”と教えてくださり、調理法も聞いて茹でてみたのですが…」
『きちんと炊けず固くて美味しくないものになっちゃったのね?』「その通りです。」
富美子は小さく頷き、布のカバンを開けると手作りのポーチを取り出した。中には乾燥した梅干し、砂糖、塩が小さな袋に分けて入っている。
「それは何ですか? 赤いものはドライフルーツですか?」
不思議そうに見つめるミリアに富美子は微笑む。
『これは乾燥させた梅干し。あとは塩と砂糖よ。』
「塩と砂糖はこの世界にもありますが…うめぼし、というのは?」
『梅干しはね、梅という木の実を塩漬けにした保存食なの。』
「保存食…ドライフルーツや干し肉のようなものですね?」
『そうそう。でも、これは特にご飯に合うのよ。とても酸っぱいけれど、好きな人は多いの。』
富美子は嬉しそうに笑みを浮かべた。梅干しは6粒ほどしかないが、1~2日程度のご飯のお供には十分だろう。
『今日は私が玄米を美味しく炊いてみせるわ。それにこの梅干しを添えたら、きっと気に入ると思うの。』「わくわくしますね!」
ミリアは嬉しそうに頷き、期待に満ちた笑顔を見せた。