4話.火打ち石
富美子は生活に必要な知識を色々と考えていた。
まずこの世界にはどこまでの道具があるのだろう。食に関してもそうだ、調味料や食材は?家畜や農作物なんかはあるのだろうか?
分からないことが多すぎる。
「トミコ殿、ミリア殿、今日はもう暗いからひとまず今日はここで野営になる。
トミコ殿には辛いだろうが大丈夫だろうか?」
富美子が悩んでいると馬車を引いていたラグネルに声をかけられる。
『大丈夫よ、もう何十年も前だけれど野営の経験はあるもの。』
何十年も前の経験は大丈夫と言えるのか甚だ疑問ではあるが自信満々にそう答える富美子に苦笑いをしつつラグネルが馬車を止める。
富美子が外に出ると森の中にある平坦な更地に止まっていた。
「ここらはまだ安全な方ではあるが魔物の出る危険がある。トミコ殿とミリア殿は馬車の中で眠ってもらう事になるが…。」
『ええ、大丈夫よ。ラグネルさんはどうするの?』
「俺は護衛役だ。外で見張りをする。」
『魔物避けとかはないの?』
「魔物は火や光を嫌うが今は魔法が使えない。火を付けれないし光もないから俺が見張っておくしかない。」
富美子は頬に手を当て首を傾げた。
火を起こしたいが何がいい物はないだろうか。
『まだ少し明るい時間だし外に出てもいいかしら?』
「トミコ様危険です。馬車の中にいた方が…。」
『お願い。遠くまでは行かないわ。』
ミリアは焦ったように止めてくるが周囲で火を起こせるものを探したい。
「ミリア殿は馬車の中にいてくれ、トミコ殿は馬車の見える範囲であれば俺が着いて行くから外を見に行ってもいいだろう。」
ラグネルがそう言うと富美子は目を輝かせてラグネルの手を取った。
『ありがとう!さすが騎士様だわ』
富美子がそう言うとラグネルは照れた様に頬を掻いて目を逸らした。
ラグネルと共に周囲の森を見ると意外にも色々な物が落ちている事に気がついた。
空気が乾いているおかげで落ちている枝や何かの植物の枯れた蔓は乾燥していて火種さえあれば火は簡単に起こせそうだ。
『ねぇラグネルさん、鉄塊とか持ってないかしら?手のひらサイズ位でいいんだけれど…』
「鉄塊…?そんなもの何に使うんだ?」
『火を起こそうと思って。』
富美子がそう言うとラグネルは目を見開いた。
「火を起こせるのか…?魔法も使えないのに?」
『私の生きていた世界ではね、火を起こすのに魔法なんて使わないのよ?』
富美子はそう言いながら周囲を散策していると岩場を見つけた。
困惑するラグネルを差し置いて富美子は岩場の周辺を目を凝らしながら散策するとキラキラと光る結晶が落ちているのに気がついた。
『これは…石英ね。』
半透明に薄らピンクがかった結晶を拾い上げると爪で軽く叩いたり他の岩に打ち付けてみたりしてから富美子は小さく呟いた。
「せきえい…?それはなんだ?」
富美子の行動を不思議そうに見つめるラグネル。
『これはね、石英と言ってとても硬い鉱石よ。
これを鉄に打ち付けると火花が散って火を付けられるの。』
「その石で火を…?まさか。」
ラグネルは富美子の説明に少し馬鹿にしたように言ってみせる。
『まぁ見てなさい。…と言っても鉄がないわね…。』
火打ち石を見つけたのはいいが肝心の鉄がない。
馬車の方へ戻ろうと方向転換するとラグネルの剣に埋め込まれた黒鉄色のプレートが目に入った。
『ラグネルさん、その剣に付いている板は鉄?』
「?これか、鉄ではない。これは低純度の魔石だ。」
これが魔石。富美子の直感が鉄の代わりになるのではと囁いた。
『ラグネルさん、その魔石って他にもある?もし可能なら貸して貰えないかしら…。』
ダメ元だがラグネルにそう訪ねると不思議そうな顔をしながらもラグネルは剣から魔石を簡単に外して富美子に渡した。
「これでいいか?この魔石はもう殆ど使い物にならないし何かに使うのならトミコ殿にやろう。」
『ありがとう!』
富美子はラグネルから魔石を受け取ると殆ど鉄と同じ様なものな事に気がついた。
硬度も丁度よさそうだ。試しに拾った石英を魔石に打ち付けてみる、2.3回打ち付けるとチリッと微かに火花が散った。
「!?トミコ殿今のはなんだ。」
富美子の行動をずっと不思議そうに眺めていたラグネルも火花が散った瞬間を見ていた。
驚いた様に目を見開きながら富美子と火打ち石を交互にみるラグネルに富美子は新しいおもちゃを貰った子供のようだど微笑ましく思った。
『今のは火花よ、これで火がつけられそうね。』
得意げにそう言うと富美子は火打ち石と魔石を布カバンにしまい中にあった花柄の風呂敷を取り出す。
その風呂敷を2箇所結んで買い物袋の様にすると馬車に戻る道のりで乾燥した小枝や蔓、枯葉を拾って中に入れて行った。
ラグネルも富美子の行動への理解は出来ずとも何かあるのだろうと思うと真似して枝や蔓、枯葉を拾って富美子の後ろを歩いていった。
富美子は一歩前進した事が嬉しくてたまらなかった。