龍を狩るということ
「……なぁんとなんと、龍狩りや。この海におるバケモン、『克己獲星』をぶっ殺すねん。一人やと怖いし、みんなで力合わせてな」
サングラスのお兄さんは、言うだけ言って、去ってしまった。興味があるなら正式に話を聞きに来いって言ってたから、本当にただの軽い情報共有だったんだろう。
トレイシーは、ぽつりと呟いた。
「龍狩り、かあ。ヤバそうだったのはそれのことかな。すごいよね。普通に考えたら勝てるわけないような相手にも、果敢に挑む…… なあんて、おれには出来ないや」
「それ、トレイシーが言うとすごく違和感あるけどね」
しかも、導きの白竜さんは別に敵対してたわけでもないのに、自分から喧嘩売りに行ってたからね。似たようなもんじゃないかな?
「切られるためにある尻尾を切るのと、命を奪おうとするのは全然違うでしょ? おれが言ってるのはそういうことだよ。目的も成果も違うんだから、決して同列じゃないんだ」
「なるほどね。確かに、そうかも」
つまり、ダンジョンボスの目を盗んでお宝を拝借するのと、ダンジョンボスを倒してお宝を手に入れることの違いか。それならわかる。トレイシーの説明に納得していると、やっと復活した見習いが口を挟んできた。
「……それで納得する姐さんもどうかとは思うんすけどね。しかし、このごく短期間に二人も最高位の冒険者と出くわすってのは、不穏なものを感じなくもねえっすな。今回のは敵対じゃないっぽいすし、ひとまず安心っすけど」
何のことだろう。状況的に、あのサングラスのお兄さんがそうだった、ってのは分かるんだけどね。
「姐さん、マジで気付いてなかったんすか? あのサングラス野郎、『果てなき大渦潮』クラゲンすよ。確かにイブキのおっさんよりは風格ねえんすが、歴とした龍級っす」
じゃあ有名人じゃん。サインでももらっとけばよかったかな。
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取り敢えず今日のところは、宿で一泊。ガチの冒険者は、昼夜も何も関係なく活動してたりもするけど、わたしたちは別にそんな生き急ぐ必要ないしね。やろうと思えば出来なくはないにしても、リラックスも大事だよ。
龍級冒険者、クラゲン。『果てなき大渦潮』の二つ名を持つ、最高位の冒険者の一人。龍級生物、大蛸の化物を抑えられる力を持つ実力者だっけ。
「いや、もちろん名前は知ってたよ? でも、見たことない人を、初見でそうと判断できるかどうかは、また別の話じゃない?」
「一理なくはねえんすが、とはいっても世界的に有名な冒険者っすよ? 冒険とは縁遠いやつならまだしも、姐さんが見てわからんかったってのは意外すわ」
なんか馬鹿にされてる気がする。不服。見習いは冒険者オタクだし、気付きやすいってのもあるんじゃないの?
態度で不満を表していると、トレイシーがフォローっぽいことを言ってきた。
「まあ、ナズナはあんまり他人の表面の特徴は見てないんじゃないかな? おれもそうなんだよね。相手が誰なのかの判断は、表面よりも中身を見た方が手っ取り早いからさ」
言われてみると、そうかも。『風食み』も、その気配を隠してるうちは、言われるまで全く気付かなかったし。最終的にわかるなら、別にいいじゃんと思ってたけど、必ずしも気付けるわけじゃないんなら、そういう見方もするようにしとかないとね。反省しなきゃ。
「ちょっと違うが、相貌失認みたいなもんか? まぁ球人は種族から違うし、俺らよりもそれぞれの見た目に違いがなさそうだしな。つっても、他の球人を見たことないから、実際にどうなのかは知らんが」
「実際、兄さんの言うとおりなんだよね。球人を形で識別するなんて、球人にも無理さ。名前付きの英傑ならものによるけど、そもそも名前で認識されてる球人のほうが珍しいからね。まあ、人の顔は普通に見て分かるけど、さっき言った通り、それを重視してるかは別かな」
名前で認識されない存在、か。わたしたち冒険者でいえば、等級なしの冒険者がそうだね。名前は当然あるんだけど、その名前も存在も顧みられることはなく、そこにいることが重要視されない。いてもいなくても同じだって見なされる。別に、悪いことじゃないんだけどね。
「有名人とまでは行かないにしてもさ、見習いもそろそろ、等級の認定してもらったほうがいいんじゃない? ずっとわたしに見習いって呼ばれてるのも嫌でしょ?」
「……考えときます」
いつも通りの反応だね。気乗りしないみたい。いけるかいけないか、でいうと全然いけるとは思うんだけどな。何を尻込みしてるのか、よくわかんないや。興味ないのかな?
「ナズナ先生、質問です! 等級ってなんですか! ナズナ自身は妖霊って言ってたよね」
「冒険者の等級だね。ざっくりいうと、冒険者がどれくらいのやり手なのかを認定して、冒険者としてかけられている探索制限を外していくためのものだよ」
あと、流してもいいんだけど、わたしが妖霊級だってのは、発言したことじゃないからね。心が読めるのは把握してるから、別にいいんだけどさ。
「なるほど。聞く範囲だと、龍と妖霊ってのが高位なんだよね。当然、高位じゃない等級もあるんだろうけど」
「そうだね。そもそも等級の認定は、一人前の冒険者であることの証明なんだ。鋼級がそうだよ。そこからさらに黒鉄、霊銀、煌金って分けられるけど、等級としては同じ扱いだね」
わたし自身が鋼級だった頃も当然ある。懐かしいな。制限なく自由に冒険するんだって、わき目も振らずに頑張ったっけ。あの頃の無茶が今のわたしを作ってるんだと、改めて思い返すと感慨深い。
「等級に関しては、それで全部なのかな?」
「うん。一応、龍級と妖霊級の間に仙級ってのもあるけど、普通認定されないみたいなんだよね。強いのは間違いないらしいよ」
「へえ。ありがとう。おれも頑張れば認定もらえるのかな?」
「実力は十分だろうね。ただ、ある程度の活動実績の報告が要るから、もうちょっと先にならないと、流石に無理かな」
活動期間たった数日で、等級が認定された冒険者とか、聞いたことないからね。人生を生き急ぐなら、やろうと思えば可能かもしれないけど。さておき。
「それで、そのクラゲンさんが、龍狩りのお供を探してるらしい、と」
――一人やと怖いし、みんなで力合わせてな。
龍級の冒険者は、単独で龍級生物に匹敵する力を持つことで認定される。だったら。
「龍級冒険者なら、一人でも何とかできるんじゃないのかな? 敢えて協力者をつのる理由ってなんだろ?」
一人でやれるなら、一人でやる方が、報酬も独り占めできるし。素朴な疑問に首を傾げていると、トレイシーと見習いは揃って微妙な顔をしている。ふたりとも、「こいつ何言ってんの?」みたいな顔をしないでよ。
「……そりゃ、危険だからじゃないかな……?」
「姐さん。言っときますけど、やれる可能性、を実際にやりにいくのは、一部の狂人だけっすからね」
え? トレイシーだって、一人で竜に挑んでたじゃん。あれは討伐が目的じゃないとは言ってたけど、実際に匹敵する力を持つんなら、討伐だってできるんじゃない?
「龍狩りって、一人でやるもんなんじゃないの? 『風食み』のイブキは『風断ちの巨鳥』を単独で討伐したんでしょ?」
「どこの常識っすか……。普通は複数人、大規模のチームでやるんすよ、龍狩りなんてのは。イブキのおっさんは龍級の中でも異端の存在っす」
「ああ。確かにあの武人なら、そういうのやりそうだね。ナズナ。武人の価値観は参考にしちゃ駄目だよ。あいつら、頭おかしいからさ」
むぅ。ちょっと納得行かないなぁ。なんとなく、それだけが理由じゃない気がするんだよ。最高位に認められるような冒険者が、本当にそんな些事を気にするんだろうか。
「でも、なるほどね。無茶な仕事じゃなくて、十分に勝機が見込めることなんだったら、一枚噛むのはありかもね。龍って存在がどういうものなのか、実際に挑んでみるのもいいんじゃない? 最終判断はナズナに任せるよ」
「じゃあ行こう!」
「いくらなんでも即答過ぎません?」
トレイシーの言う通り、千載一遇のチャンスとも言える。龍狩りなんて、最高の浪漫だからね。何事も、経験あるのみだよ。