浪漫は大海に至る
「お疲れ様です! 昨日預かったものを返却に来ました!」
昨日来てた『悪漢兵衛』の人が、今日はくだんの『果たされた約束の欠片』を持ってやってきた。……なんか微妙に名前が違う気がするけど、レアアイテムであることに変わりはないね。
「ありがとう。……今更だけど、名前知らないんだよね。教えてほしいな」
「俺っすか? 俺は『先駆者』のショウっす。一緒に足抜けしたメンバーと、今後は『蛮勇士団』として活動していくんで、よろしくお願いしまっす」
なるほど。聞いたからには覚えておかないとね。『蛮勇士団』とは良好な関係が築けるといいな。
「よろしくねえ、『蛮勇士団』の兄さん。そうそう、兄さんが危惧してた件、昨日あったよ。『風食み』って武人が襲ってきてさ。本当に、間に合ってよかったねえ」
トレイシーは朗らかにそう言った。やっぱり、事前の警告通りに報復をしに行くつもりではあって、先のやり取りがなかったら、この人も許すつもりはなかったんだ。態度が徹底してる。
「……はい、本当に。そんで、足抜けした面々についてなんすが……」
「ん。おれには誰が『悪漢兵衛』のメンバーなのかは見て分かるから、別にいいよ。でも、それだと兄さんが不安だと思うから、一応聞いておこうかな」
分かるというのは、導きの白竜さんに貰った祝福の効果のことだね。人の特性を見る力で、所属している組織のことも判別できるのか。……よく考えたら、相手の名前も見ようと思えば見れたね。とはいえ、知るはずもない情報を見通されると気持ち悪いだろうし、わたしはあまりそういう用途では使わないでおこう。
「よくわからんすが、『蛮勇士団』のメンバーは三名っす。団長、『寡黙番長』のヴァンさん。それと、後衛の『暗黒術師』ネクラモヒカン。見た目はこんな感じの」
そう言って、写真を差し出してくる。ヴァンって人は覚えてる。『悪漢兵衛』の中では、例外的にまともな冒険者だったはずだ。それはそうと、根暗モヒカンってすごい名前だね。色々名前通りって感じだし、本名ではないだろうな。
「なるほど、この人達を対象外にすればいいんだね。それじゃ、また見かけたら、挨拶させてもらおうかな」
「……念のためなんすが、本当に他意はないんすよね?」
「ないよお。失礼だなあキミい。こんな得体の知れない玉っころの言うことなんて、素直に信じられるわけないだろ、っていうの? 超わかるう」
「トレイシー」
その辺にしといてね。悪意がないのはわかるけど、無駄に怖がらせるのは良くないよ。
「はあい。ごめんよナズナ。ショウの兄さんも、『蛮勇士団』も、敵対するまでは仲良くしようねえ」
「それはもう! それでは、失礼しましたっ!」
逃げるように去って行っちゃった。……トレイシー、本当にわかってる? まあ、今後敵対する可能性自体はなくもないか。だからって、その旨を予め宣言する必要もないけど。
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「それじゃ、次に行くところを決めようか」
「あてはあるんすかね」
「もちろんないよ?」
見習いには割と毎回聞かれてるけど、それで「あてがある」なんてほとんど言ったことないんだから、いちいち聞かなくてもわかると思うんだけどな。それとも、稀にある方に毎回期待してるのか。見習いは「処置なし」って感じで肩をすくめて溜め息ついてるし。相変わらず生意気だね。そんなに文句があるんなら、さっさと一人前の冒険者になりなよ。ふんだ。
「だったら、おれが気になるところに行ってもいい?」
「いいよ。でも、実際に行けるかどうかはまた別に考えるからね」
距離が近くても、危険過ぎて行けないようなところもあるしね。一応『浪漫の探求者』には高位の冒険者、妖霊級のわたしがいるから、探索の制限的な意味では、別に行こうと思えばどこに行ってもいいんだけど、とはいえ、無事に帰ってこれないのが前提のところに、敢えて行く意味はないし。そういう経験も大事だけど、今じゃない。
「ふむ。妖…… いや、そっちは今はいいや。おれが気になるのは、この地図を隔ててる線のところなんだよね。山とは違うし、国境線とかでもないんだろうけど。なにこれ?」
そう言ってトレイシーが指しているのは、海岸線だった。話を聞く限り、浜辺に用があるとかではないみたいだね。
「トレイシー、海知らないの?」
「海……? 聞いたことないなあ。それって、どんなの?」
本当に知らないみたい。ホロウェンバークスは内陸部なのかな。だったら、そういうこともあるか。
「大雑把にいうと、無茶苦茶大きな塩水の水溜まりかなぁ。すごく広くて、深いんだ」
「ふーん……? 何でそんなものがあるんだろ。でも、凄く興味あるう。見てみたあい」
海がある理由、か。考えたこともなかったな。ダンジョンと同じで、そういうもの、としか思ってなかったや。強いて言うなら、水が世界を循環する過程にある地形、流れ着く果てかな?
「それじゃ、海を見に行こうか。冒険者の勘としては、気になるところはあるの?」
「あるよお、もちろん。それも、割とヤバそうなやつ。でも、ヤバそうなところはその海ってやつの中だし、近付くことはないんじゃないかな? 今回はあくまでも様子見って感じだね」
トレイシーが「ヤバそう」まで言うものって何だろう。こないだは竜にも喧嘩売ってたよね、この人。
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遠路はるばる、海辺の街クラーケまでやってきた。複数人で長距離移動できる魔法が使えると手っ取り早いんだけどね。わたしも見習いも使えないし、トレイシーに関しては言うまでもない。巻物も高価だし、少々走れば行けるような距離で、なおかつ道中が別に危険じゃないなら、敢えて使うまでもないよね。いつも通り見習いは息も絶え絶え、死にそうになってるけど、トレイシーはわたしと同じで余裕そうだし、見習いが頼りないだけだよ。たぶん。
「さて、どうですか、トレイシーさん。これが海ってやつですよ」
「うん。なんていうか、すっごいねえ。訳わかんないくらい広いや。おまけに勝手に波打ってるし」
言葉は淡々としてるけど、トレイシーは興味深そうな様子だ。青々と陽の光を反射して輝く海に、心地よい潮風と、潮騒。たまに見る分にはいいものだと、わたしも思う。ずっと見てるとただの日常になっちゃうしね。
「海といえば、海は生命の来たるところ、って伝承もあるんだよね。それになぞらえて、わたしたちの起源、祖先は海で生まれた…… とかなんとか、そういう説を唱えてる人もいるみたいだよ」
「ふーん。ま、おれの起源とは絶対関係ないだろうけどね。海なんて地元にはなかったし」
地元にはないとか、そういうことじゃないような気はするけど。とはいえ、わたしも別に信じてないしね。過程が違っても、結論が同じなら似たようなもんか。伝承については、美味しい食べ物がよく産出される、とかそういう意味じゃないかな。生命は命渦から生まれるものだし。
他愛のない話をしていると、サングラスをかけた、妙に胡散臭いお兄さんが声をかけてきた。
「そそ、海は私らの故郷でっせ。そこの球の兄さん、海は初めてですのん?」
「ん。そうだよ。おれ、田舎者だからね。初めて見たけど、綺麗でいいところだなって思ったよ」
とぼけた態度とは裏腹に、隙がない。素性を探るその目線は鋭く、端々の情報から何でも見透かしてしまいそうな、そんな感じがする。只者じゃないね。
「ほーん。そら嬉しいわぁ。しかし、田舎もん、ねぇ。……ま、ええわ。ところで君ら、冒険者やろ? 近々、ここらでひとつでっかい仕事やるつもりやさかい、興味あったらまた顔出してなぁ。ちぃっとばかし危険かも知らへんけど、割の良さは保証すんでぇ」
「大きい仕事って、何をするんですか?」
気になったので、聞いてみる。請けるかどうかは別だけどね。ちょっと危険、というのが言葉通りの意味だとは到底思えないし。
「お、興味ある? ほなまた正式に聞きに来てや、でもええねんけど…… お姉ちゃん、可愛いからサービスしといたるわ。そのでっかい仕事ってのはなぁ……」
サングラスのお兄さんは、意味深に溜めてから、声を潜めて言った。
「……なぁんとなんと、龍狩りや。この海におるバケモン、『克己獲星』をぶっ殺すねん。一人やと怖いし、みんなで力合わせてな」
『果たされた約束の欠片』
契約を果たした、蒼い刃の欠片。既に役目を終えており、特に使い道はない。