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風食みの武人

 某日、負け犬どもの棲家にて。(やかま)しく吠えるものがひとり。


「クソっ! 珍妙生物の分際で舐めやがって!」

「ふむ。良き(かぜ)に誘われて、態々(わざわざ)こんなところまで来てみたが、随分と面白そうなことをほざいておるな。『悪漢兵衛(ローグライク)』の若造よ」

()()! ちょうどいいところに! 俺らの(かたき)をとってくだせえ!」

「興味はある。だが、(ワシ)はヌシらの指図など受けん。情報だけさっさと吐け」


 その程度しか役に立てぬ、ヌシらの(すえ)など、心底興味はない。……嗚呼(ああ)、より心の踊る闘争を。


----


 初心者向けダンジョンの探索から帰ってきて、次の冒険に向けた準備をしていたある日のこと。


「この(たび)は誠にすみませんっした」


 冒険者団『浪漫の探求者(ロマンチェイサー)』の拠点にやってきたのは、ならずもの集団…… じゃない、同じく冒険者団『悪漢兵衛(ローグライク)』の人だね。名前は知らないけど、少なくともリーダーじゃないのはわかる。お詫びの品を持って丁寧に挨拶に来るというのは、失礼かもしれないけど、だいぶ意外だ。


「反省してるなら、いいよ。今後は悪いことはつつしんでね?」

「もちろんっす! ありがとうございます!」


 わたしが謝罪を受け入れていると、トレイシーの呑気そうで、どこか剣呑な雰囲気のある声が聞こえてきた。


「あれ。あんた、見たことあるね。()()()()()()の人だっけ? おかしいなあ、おれは『浪漫の探求者(ロマンチェイサー)』に()()()()、って言ったと思うんだけど」

「ひっ……! すみませんっ! 勘弁してください!」

「トレイシー。確かに言ってたけど……」


 あっかんべー、って。それはともかく、悪意なく、純粋な謝罪の気持ちで訪問してきたことまで否定するのは、さすがにちょっと狭量じゃないかな?


「冗談だよ、冗談。ごめんよ、おどかして。……だけどさ、その謝罪を受け入れることと、もしもあんたらが、おれたちにまたちょっかいをかけてきた時、おれが()()()()()()()()()()()()()()()()()って警告を撤回するのは、別の話だ。それだけは覚えておきなよ。言うまでもないけど、これは個人ごとの話じゃないからね」


 あれ、本気だったんだ。そんな気はしてたけど。トレイシーはその場の感情で誇張した表現はしないだろうし、そもそも例の警告の時は冷静そのものだった。冷淡とすら言えただろう。


「……それは……。……はい、理解してます」


 『悪漢兵衛(ローグライク)』の人が、複雑そうな顔で声を絞り出したのを聞いて、トレイシーは返事をした。「それ以上言う必要はない」というように。


「なるほどね。まあ、わかるよ。おれだって、あんたらが一枚岩の悪党連中だ、なんて認識してるわけじゃないさ。だから、これから()()()()()()起こるのかもしれない、あんたが望まなかった結末に対して、あんたとあんたの友達が関わってないと信じてほしいなら、これを持っていってよ」


 そう言ってトレイシーが渡したのは、蒼く輝く小さな欠片。名前は……『果たすべき約束の欠片エンゲージフラグメント』? 絶対レアアイテムなので、わたしもほしいです。


「もしもあんたら『悪漢兵衛(ローグライク)』が、おれの警告を無視した時、ちゃあんと『悪漢兵衛(ローグライク)』から足抜けします、って約束できる人がいるなら。みんなでその刃の欠片に誓っておきな。そしたらおれは、そいつらのことは許してあげるよ。もちろん、約束が果たされないとしても、そいつを許さないだけだから安心していい。気休めとでも思っておいて」


 徹底して仮定の形で言ってはいるけど、()()()()()()()()()()()()()()()()、という雰囲気だ。いつかはわからないけど、それならきっと確実に起こるんだろう。


「……ありがとうございます」

「まあ、大事なのは方法じゃなくて、()()()()()()()の方さ。各々(おのおの)思い通りにやればいいよ。……そうそう、あんたのお友達全員の約束が終わったら、その欠片はナズナにあげてね」


 例によって全部バレてるね。トレイシー、大好き。


----


 冒険者どうしの交流といえば酒場(パブ)だよ、ということで、みんなで街の酒場(パブ)にやってきた。最初は奇異の目で、遠巻きに見られていたトレイシーだけど、垣根を作らない人懐っこさで、あっという間に受け入れられてる。すごいね。


「お前も冒険の浪漫がわかる冒険者なんだな! ちょっとそのホロウェンバークスってところの話も聞かせてくれよ!」

「いいよお。溢命陸(ホロウェンバークス)で、喧嘩を挑まないほうがいい生き物かあ。ちょくちょく見かける剣魚(ガニラ)ってのがいてさ。『空の覇を統べるもの』だなんて大層な名前で呼ばれてるんだけど、剣みたいに鋭いヒレで、空を切るように泳いでるんだよ」


 剣の魚? 聞くだけならそんな強くなさそう。群れで襲ってくるとかかな?


「何だぁ、それ! 翼もねえのに空を飛ぶってのかい!」

「そうそう。詳しいやつは、反重力がどうとか言ってたっけか。地上にいるやつにはあんま興味ないらしいんだけど、空にいるやつにはバッチバチに戦意飛ばしてきてさ。だから、よく剣魚(ガニラ)同士で殺し合ってるんだあ」


 なにそれ。同種でもお構いなしなんだ。魔獣でもたまにいるけど、そういうやつは例外なく強いんだよね。そんな生態でも実際に遭遇したって時点で、そいつが歴戦の個体なのが決まってるから。


「物騒なやつだな! お前さんも、そいつに挑んだことがあるのかい?」

「まさかあ。誰かを守るため、とかって理由もないのに、いちいち強いのが分かってる奴に挑むわけないじゃん? こわいねえ、って言いながら距離取るよ、もちろん」

「なんだい、臆病なやつだな! いや、慎重ってやつか? じゃあ全然問題ないな! ガッハッハ!」


 トレイシーは確かに、理由もなく強敵に挑むようなタイプではないね。……ということは、導きの白竜さんに挑んだのは、本当に明確な理由として、尻尾を切ろうとしてたのか。その振る舞いは、臆病とも慎重とも違う気がする。もちろん、蛮勇でもなく。


()()()()()()()()、か。ならば、(ワシ)とも手合わせ願えるかな」


 酒場(パブ)の隅にいた、風格のある人がトレイシーに寄ってきて言った。


「『風食(かざは)み』の旦那!? こんなところで会えるなんて!」

「ん。有名な人? こんにちは。おれ、トレイシーっていうんだ。よろしく」


 言われてみると、超有名人だった。『風食み』のイブキ。最高位の冒険者のひとり。その二つ名の由来とされる長剣、『風切刃(かざきりば)』を持つ大剣豪。古風な口調だけど、別に年寄りじゃないんだよね。長命種なんじゃないかって噂もある。


「ふむ。トレイシーとやら。ヌシほどの()()なら、名乗りの作法も把握しておろう?」

「ええ? こんなところでやり合おうっての? 危ないじゃん。せめて外に出るとかさあ。というわけで、ばいばい」


 そう言い残して、トレイシーは素早く店の外に出ていった。『風食み』はその後を悠々と追っていく。みんなはそれについていった。


----


 トレイシーは別に逃げたわけじゃなくて、酒場(パブ)の外で待ってたようだ。『風食み』と対峙して、まさに一触即発って雰囲気だね。なんだなんだ、と野次馬が集まってくる。


「ねえ、『風食み』さんとやら。これは、誰の差し金かな」

「はて、何のことかな。(ワシ)は、(ワシ)自身の意向でここにおるさ」


 そういえば、『風食み』は『悪漢兵衛(ローグライク)』とも付き合いがある、と聞いたことがある。楯突(たてつ)くやつを代わりに倒す、みたいな感じで、用心棒みたいな仕事をしてたとか。最高位の冒険者なら、請ける仕事もこだわってほしいな。


「なるほど。それはそうか。戦ってあげてもいいけど、あんたにおれの事を教えたやつがいるよね。そいつが誰か教えてくれなきゃ、おれは逃げるよ」

成程(なるほど)の。義理立てするつもりは毛頭ないが、ヌシが強気に交渉出来る立場である、という思い上がりは好かぬな。ならば、ヌシが逃げれば、(ワシ)はそこの娘と、その腰巾着を(むご)たらしく殺すとしようか」


 あの、巻き込まないでください。いじめ、よくない。もちろん、トレイシーを見捨てるって訳じゃないんだけどね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()か、みたいな感じで雑に扱われるのは不服です。


「ちえー。そう来るかあ。まあいいや。どうせ『悪漢兵衛(ローグライク)』の連中だろ。別にあんたの口から聞かなきゃいけない理由もないし、素直に戦わせてもらおうじゃん。だから、ふたりには手を出さないでね」

「理解が早くて助かるのう。(ワシ)は『風食み』のイブキ。ただ一介の武人として、ヌシを値踏みしてやろう」

「えらそうなやつ。『機動探剣(レコンダガー)隊』の球人(ボルト)、トレイシー・サークス。あんたがどういうやつなのか、見極めさせてもらうよ」


 挨拶が終わった瞬間、『風切刃』が振られ、トレイシーは大きく後ろに跳んだ。武器のリーチを考えると、当たりそうな距離でもなかったけど、トレイシーはそれ以降も、常に一定以上の距離を保ちながら、かわし続けている。


 しばらく一方的な防戦が続いた後、『風食み』は言った。


「どうした、トレイシーとやら。ヌシの短剣の届かぬ間合いであろうと、遠戦(えんせん)の手段を全く持たない、というわけでもあるまい?」

「わかってるだろ。風食み(フェンドヴェイト)には、雑な投擲(とうてき)なんて効かない。おれは、あんたの隙を(うかが)ってんのさ」

成程(なるほど)、良い勘をしておるな。出し惜しみでないなら許してやろう」


 ()()。この前見た『探索者の短剣(ダウザー)』の黒刃の正体はそれか。あの刃、取り替えがきくんだね。取り替えているような動きがなかったから気付かなかった。


「しかし、参ったね。このままじゃ勝てる気がしないや」

「死地に飛び込む覚悟もなく、この(ワシ)に勝てる訳がなかろう。望みとあらば、()()()()()()か」

「おいおい、今日はただの値踏みだろ? そこまで本気にならなくたって……」

「ヌシが本気を出すのに理由を要するなら、()()()()()()()()()よ。それでもまだ、悠長に様子見など続けるつもりか?」


 ぞくり、と背筋に嫌な感覚が走る。何をする気かはわからないけど、『風食み』は何かをするつもりだ。それを察知したらしい、トレイシーの目付きが少し変わった…… 気がする。わかんないけど、たぶん。雰囲気がね。


「おれを本気にさせたいってだけで、関係ないみんなを巻き込もうっての? 狂ってんねえ、あんた」

「どうでもいいものがどうなったところで、問題あるまい。ならば、有効に使うまでのことよ」

「気に入らないねえ。武人(バロン)には相応の矜持(きょうじ)があるべきだ。……だけど、その挑発には乗らせてもらう」


 ずっと距離を取っていたトレイシーが、『風切刃』の届く範囲に飛び込んだ。猛然といった勢いで『風食み』に切りかかるも、その攻撃が届く様子はない。


「ヌシも大概変わり者よな。どうでもいい連中が、そんなに大事か。縁もゆかりもない、()()()凡百どもなど、ヌシには関係なかろう」

()()()()()()()()()よ。一緒に冒険の浪漫について語った、大事なお友達さ。どうでもいいっていうなら、おれにとっては武人(あんた)の方が遥かにどうでもいいね。好きに何処(どこ)へでも行って、勝手に死んできなよ」

()もありなん。……ならば、一度(ひとたび)死ぬがよい」

「ぐあっ!」


 トレイシーの体は『風切刃』に貫かれ、大きく持ち上げられる。


「風よ、喰らえ。『噛み裂く嵐の刃(テンペストバイト)』」


 不可視の刃にずたずたに引き裂かれたトレイシーは、振り抜かれた剣から飛ばされて、そのまま壁に叩きつけられた。最早ピクリとも動かない。


「トレイシー・サークス。良き闘争だったぞ。次に(まみ)える時は、ヌシの枷がないようにしてやろう。それがどういう意味であるかは、状況次第であろうがな」


 そう言い残して、『風食み』は去っていった。圧倒的すぎる。あれが最高位の冒険者。……周囲からは熱狂的な歓声があがった。滅多に見られるものじゃないから、気持ちはわかる。でも、今回やられたのはわたしたちの仲間だ。しばらく呆然としていると、


「……もう行った? ふう、良かった良かった。見逃してもらえて」


 いつも通りの呑気な声が聞こえ、平然と立ち上がるトレイシーの姿が見えた。……確実に死んだと思ってたのに、意外と元気そうだ。


「死なないよお。生きて帰ってこそ冒険じゃん? 最後に死んじゃうなら、それは自殺と大差ないって」

「……いや、見逃された、ってわけじゃないんじゃねえか? まさかアレ食らってもまだ死んでねえ、とは誰も思わんだろ」


 見習いが言う。わたしも同意見だね。どう考えても致命傷を受けた、というようにしか見えなかった。それでもトレイシーは、死んでないどころか、まだ動けるだけの余力すら残してるみたい。もちろん、万全というわけではないんだろうけど。


「そっかあ。()()()()()()()()()()()()ってことだね。何にせよ、大事にならなくてよかったよ」


 トレイシーは徹底的に、生きて帰ることを重視してるみたい。ホロウェンバークスでも、ずっとそうしてきたのかな。わたしも、ホロウェンバークスのお話には興味があるな。


「何にせよ、()()()()()()()ねえ。別にやりたかったってわけじゃないけど、目障りなゴミは掃除しないと。ああ、やだやだ。楽しいことばっかしていたいよ、まったく」

「……その、もしかしたら違うかもしれないじゃん? 何が、とは言わないけど」


 一応聞いておく。例の『風食み』さんが、たまたまトレイシーの噂を()()()から聞きつけて、手合わせを望んだっていう可能性も、ゼロじゃないよね。ゼロじゃ。


 トレイシーは、にっこりと笑って言った。


「ナズナ。ほんとにおれがそれ、信じると思ってる?」


 ……ですよね。いや、別にいいんだけどね。一応ね。

果たすべき約束の欠片エンゲージフラグメント

誓いを世界に伝え、契約を確立する蒼い刃の欠片。


風切刃(かざきりば)』効果:敏捷性の向上

風絶ちの巨鳥(アルバ・エイエワル)風切羽(かざきりばね)を加工して作られた、諸刃の長剣。その斬撃は空間を引き裂き、本来であれば刃の届かないところにも刃が届くと言われている。

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