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譲れないものを守る力

 冒険者団『悪漢兵衛(ローグライク)』。中堅の冒険者団で、とにかく評判が悪い連中だ。腕っぷしだけは強い奴らも多くて、たちが悪いんだよね。格下にしか突っかからないあたりが最高にダサい。


「今日は何の用? わたしたち、あんたたちに構ってる暇なんてないの」

「つれねえなぁ……。今更こんなシケたダンジョンに来るほど、暇で暇で仕方無ェんだろ? 俺達とも遊ぼうぜぇ?」

「別にいいでしょ、用事があっても。じゃああんたたちは、何でこんなところに来たの? あんたたちこそ、こんなところに来る必要ないと思うんだけど?」

「決まってらァ。弱小『ごみ拾い(ガベージコレクター)』の雑魚どもが、初級のダンジョンの攻略にすら困るんじゃねェかって、心配して付いてきてやったのさぁ」

「困らせる、の間違いじゃない?」


 こいつらの嫌がらせの話はよく聞くし、実際何回か受けてきた。攻略の妨害とか、カツアゲとかね。


「相変わらず生意気だなァ、ナズナ。だが、俺はお前の能力は評価してんだぜ。無能の腰抜けしか所属してねえような、馬鹿みてェなお遊び冒険者団なんて、さっさと解散しちまえよ。そしたら俺達が飼ってやるぜぇ?」

「お断りよ。そんなの絶対楽しくないし、わたしたちは自由にやるの」


 どうせろくな扱いはされないし、こいつらと一緒にいるなんて絶対嫌。死んだほうがマシよ。


「おうおう、まだ選択権が自分にあるって思ってんの…… なァ!」

「がはっ!」


 振り抜かれた拳が見習いのお腹にめり込み、見習いは崩れ落ちた。


「ザック!」

「ナズナぁ。お前が首を縦に振るまで、こいつを痛めつけてやるよ。大事な仲間なんだろ? 可哀想だって思わないかぁ?」

「ぐっ……。姐さん、(アチ)は大丈夫っすから」


 唇を噛みしめる。理不尽な暴虐に、抗えるだけの力がない。ひとりひとりはわたしより弱いけど、相手は沢山いる。暴れたって、取り押さえられるのがオチだ。悔しさに俯いていると、場違いな呑気な声が響いた。


「なんだなんだあ? なんの騒ぎ? はあい、そこの怖あいお兄さんたち。暴力は良くないよう。やめようよう」

「あァ? 何だてめえ、は……? え、マジで何こいつ?」

「トレイシー!?」


 仲裁に来たの? どう考えてもそんな空気じゃないよね?


「……何だ? お前の知り合いか? 人間の仲間に困って、ゴミだけじゃなく、珍妙生物まで見境なく拾い始めたのか? とうとう頭おかしくなったか?」

「別に良いでしょ! 失礼ね! 何が悪いの!?」

「悪いっつーか、正気たァ思えねえけどよ。……まぁいい。邪魔だ、退いてなァ!」

「ぬわーっ!?」


 トレイシーは突き飛ばされ、めちゃくちゃわざとらしく転がっていった。その光景に、空気がだらしなく弛緩する感じがした。……展開が分からなくて困惑していると、ふと心の中にトレイシーの声が聞こえてくる。


(ねえ、ナズナ。おれたちはこのまま、こいつらにいいようになぶられて、ただ嵐が過ぎ去るのを待っていたほうがいいのかな?)


 そんなわけない。抗えるなら抗いたい。


(そうだよね。……おれには、ここの常識がわかんないんだ。もし抗っていいのなら、こういう状況では、どこまでやり返しても許されるのか、を教えてほしい)


 ……聞こえてるの? ……街中はともかく、外では何も咎められることはないの。殺しも、最終的には生き返るから問題ないって考えてる人が多いよ。弱い方が、やられる方が悪いんだ。


(なるほど。つまり、()()()()()()()()()()()()ってことだね。ありがとう)


 その瞬間、転がっていたトレイシーの姿が消えた。最初から、そこには誰にもいなかったというみたいに。


「がッ…!」

「グゥッ…!」


 微かな風切り音が聞こえると、わたしの近くにいた二人の取り巻きが突然呻き、その場に倒れ込む。その背には、黒い刃が突き刺さっていた。これは『探索者の短剣(ダウザー)』の刃の部分……?


「……何だ!? 野郎ども! 警戒態勢!」

「応!」


 号令を受けた残り七人の取り巻きは、素早く散開した。こういうところはしっかり冒険者らしい。その能力を、もっと良いことに活かせばいいのに。


「暴力は良くないよね。特に、何も悪くない誰かを、理不尽に痛めつけるような暴力は最悪だあ。そういうのは止めとかないと、手痛いしっぺ返しを受けちゃうよ」


 声の方を見てみると、トレイシーが何処かから現れた。まるで、認知の隙間からするりと出てくるように。最初からずっとそこにいた、とでもいうように。


「てめえの仕業か!」

「ああ、そうだよ。おれがやった。もしかしてあんたたちは、そこまではやってないだろ、みたいなことを言うのかな?」

「……何を訳の分からないことを言ってやがる! 舐めやがって! ぶっ殺してやるァ!」

「そうかい。じゃ、御託はいいから、さっさとかかってきなよ。誰からでもいいよ」


 もちろん、順番に、なんて行儀のいい襲いかかり方はしない。一斉に飛びかかっていった取り巻きは、一人、また一人と切り捨てられていく。五人ほどが地に倒れ伏したころ、驚愕に引きつった声で、『悪漢兵衛(ローグライク)』のリーダーは叫んだ。


「……て、てめえ……! 一体何者だ!?」

「そういえば、名乗ってなかったねえ。あんたが知る必要はないけど、聞きたいんなら名乗っておこうか。溢命陸(ホロウェンバークス)球人刀剣団(ナイフェンエッジ)機動探剣(レコンダガー)隊』が隊長、名をトレイシー・サークス。そんで今は、冒険者団『浪漫の探求者(ロマンチェイサー)』の新入りさあ」


 どこまでも無感情に、淡々とした口調で名乗る間に、最後の取り巻きも切り捨てられた。理外の強さだ。法則を捻じ曲げるような。


「それで、そういうあんたは何者だい。……早く名乗らなくちゃ、名無しになっちゃうよ。おれは別に、知りたいわけじゃないんだ」

「こ…… この、バケモンがあァァッ!!」


 半ば恐慌状態のリーダーは、力任せに大斧を振るう。トレイシーは意にも介さず、幽鬼のようにふらりと近付き、リーダーの喉を貫いて、そのまま床に押し倒した。


「もう遅かったね。じゃあ、まだ息のあるうちに警告だ。今後『浪漫の探求者(ロマンチェイサー)』には二度と関わるな。もし関わったら、また殺す。そうなったら次はもう、おれたちの視界にも入るな。見かけ次第殺す。それでも何度も目に入るようなら、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。わかったな? わかったら肯定の意を示しなあ」


 息も絶え絶えの様子で、リーダーはがくがくと頷く。……ごめん、わたしも名前ど忘れしちゃったよ。暫定名無しでお願いします。あるいは悪漢太郎でもいいよ。


「うんうん、いいこだ。……じゃ、もう楽になっていいよ。おやすみ」


 そして、リーダーは首をはねられた。慈悲なのか、無慈悲なのかは判断が付き辛い。多分慈悲の方に入ると思う。殺すことは最初から決まってて、苦しめることは目的じゃないってことだろう。


「生きてるやつも残ってるよね。あんたらのリーダーは死んだよ。警告は聞こえたなあ? もし聞こえてなかったなら、生き返ってきたリーダーに聞きなあ。おれは満足したから、もう帰っていいよお。死にたいならちゃあんと殺してやるけど、動けないならしばらく転がっときなあ。……ん? 助けを待たせるより、殺してあげたほうがいいんだっけ?」

「ひっ……!」

「待ってトレイシー。放っとけばそのうち回復するから、抵抗の意思がない人は放っといてあげて?」


 正当防衛感が減っちゃうでしょ。別にいいっちゃいいんだけど、血に飢えてるわけじゃないんだから。正直、今時点でも普通にやり過ぎだとは思うけど、彼らの自業自得だから仕方ないよね。


「はあい、了解。んじゃ、そういうことで。またねえ。……じゃないや、もう(つら)見せんなよお。つっても、何もしない間は、居ること自体は許容してやるから、そこは安心しなあ」


----


「……何ていうか、助かったとかどうこう以前に、怖えよお前」

「ええー? 何が不満なのさあ、兄さん。楽しかったでしょお?」

「楽しくはねえだろ……。まぁ、スカッとはしたが。……取り敢えず、今はまだ今後のことは考えたくねぇかな」

「大丈夫だってえ。あんだけ警告もしたんだからさ」


 うーん。懲りない人は懲りないからなぁ。警告を聞くような知性が残ってるかどうか、感情的に復讐に来ないかどうかって、結構人によるんだよね。仮にわたしが同じ立場だったら、絶対もう関わりたくないけど、『悪漢兵衛(ローグライク)』の連中が、同じように考えるかはわかんないし。


「まあ、あいつらのことは()()()()()()()よう。ここが最奥だね。でも、何もいないや」

「普段はいるんだけどね。あいつらの嫌がらせかなぁ、先に倒されちゃったのかもね」


 過剰に好意的に解釈するなら、本当に彼らはわたしたちの事を心配してて、ダンジョンボスを先に倒しててくれた、という可能性もあるか。仮にそうならドロップ品もちゃんとちょうだいって感じだし、どちらにせよ嫌がらせでいいと思う。


「ちょっと強いってだけのモンスターなら、別にそいつ自体はそこまで興味ないかな。見れるなら見ておこうか、くらいだったし。そんなのより、奥だよ奥」

「奥?」


 奥の方には、お約束の転移装置があるね。用が済んだら、さっさと外に出られるやつだ。


「転移装置だね。これは……」

「ん。入口あたりと空間が繋がってるやつでしょ。そっちはなんとなくわかるから、今はこっち」


 こっち、と招かれる方を見てみると、なんか刻まれた言葉と、小さな隙間があった。『冒険の心得を確認すべし』って書かれてるね。


「なぁに、これ? こんなのあったんだ」

「分かりにくい仕掛けが多いねえ。改善要求(クレーム)出さないとね。それじゃ、持ってきた『証』をここに入れていこうか」


 そう言って、トレイシーは『蛮勇者の証』を隙間に入れた。ガチャリという音とともに、証は吸い込まれていったね。


「持って帰らなくてよかったの?」

「ナズナの話だと、持って帰れなかったんだろうしね。じゃあ()()()使()()()()()ほうが、まだいいかなってさ」

「確かに? 賢いねぇ、トレイシー」

「えへへ」

「……よくわからんすが、取り敢えずさっきのはここに入れときゃいいんすな?」


 見習いは『知恵者の証』を入れる。ならって、私も『探索者の証』を入れた。自分からレアアイテムをどこかになくす、ってのは初めてだね。そんな勿体無いこと、やろうって発想もなかった。


 壁の隙間は閉じてしまった。……でも、特に何も起こらないね。トレイシーは肩を落とし、がっかりしたような口調で呟いた。


「……本当、分かりにくい仕掛けだなあ。秘密にするのはいいけど、誰にも気付かれなかったら何も意味ないじゃんか」

「思わせぶりなのに、何もないのはひどいね。気を落とさないで、トレイシー」

「いや、部屋の入口辺りのところさ。階段でも出てんでしょ、どうせ」


 そっちを見もしないでトレイシーは言った。言われて見にいってみると、言葉の通り、地下へと続く階段がそこにはあった。


「何あれ!? 見たことないよ! 凄いね! ……でも、どうしてわかったの?」


 それと、なんでそんな分かりやすくがっかりしてんの? 隠されたものを探すのは好きだって言ってたのに。そこに何もないから?


「耳も良いからさ、微かに聞こえたんだよ。……いや、教えたがりなくせに、伝えようとはしないっていうやり方が気持ち悪くってさ。それじゃ、行ってみようか」

黒刃(くろば)』効果:対象の防御力を無視

由来の不明な物質で出来た、黒い刃。理外の強度を持つが、存在自体が不確かであり、幾度かの衝撃を受けると消滅してしまうようだ。


豪腕王斧(ハイプレッシャー)』効果:筋力増加

かつて「豪腕」と呼ばれた王が特別に作らせた、非常に重い大斧。王の強大な意志の力が宿っており、使用者の筋力を大きく増強するが、王の高潔な心までは受け継がれない。

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