取り返しのつかないもの
「ここが最後の区画だよ。大抵、ダンジョンの最奥にはダンジョンボスってやつがいるんだよね。ちょっと強いやつ」
「ほえー、物々しいねえ」
わたしたち『浪漫の探求者』一行は、無事にダンジョンボスのいるところまで到達した。初心者向けのダンジョンだし、余程のことが起きない限り、当たり前だね。途中、本来いらなかった苦労はあったかもしれないけど、得るものはあったから無駄じゃないね。
「じゃあ、早速突入しちゃう?」
「んにゃ、この辺に何かありそうな気がするんだよね。そっちを先に探したいかな」
「まだ何かあんのかよ……」
そういえば『証』を探してるんだったね。トレイシーが何か感じてるんだったら、最低でももう一つはあるってことかな。取り敢えずあたりを見渡してみるけど、特に変わったものはないように見える。
「ここだね。こっちに脇道があるみたいだよ」
ただの壁にしか見えなかったところに、通れる道があったらしい。たまたま見えにくかったのか、それとも意図的に隠蔽されてたのかな?
「すごいね、トレイシー。わたし、何回か来てるのに、今まで全然気付かなかったよ」
「何回か来てると、逆に分かんないってこともあるかな。慣れちゃうからね。まあ、おれはダウザー持ってるときは、違和感がよく見えるからさ。こういうのは得意だよ」
進んでみた先には、休憩地点があった。初心者向けダンジョンだから別になくてもいい、って理由でここにはないものと思い込んでいたけど、ここにもちゃんとあったんだね。
「何これ。安全地帯?」
「休憩地点だよ。安全地帯だし、ここで休んでおくと、全滅した時に再発生できるんだ。ダンジョンボスの直前にはお約束の機構だけど、ここにもあるってのは初めて知ったなぁ」
見習いにならって、わたしも説明してあげよう。……でもなんか、トレイシーは渋い顔をしてるね。珍しい。
「……再発生、だって? そりゃまた面妖な……」
苦々しい口調で呟いている。これは、異世界との常識の違いで理解が追い付かなかったんじゃなくて、むしろその逆の反応なんじゃないだろうか。
「トレイシー、どうしたの? なんか嫌だった?」
「ん。ああいや、何でもないよ。ただ、常識の違いにびっくりしちゃってさ。言葉が出なかったんだ」
先程までの様子はまったくない、いつもの調子でトレイシーは答えた。言葉通りの意味じゃない、というのだけはわかる。ある意味すごく素直だね。内容はともかく、隠し事をしてることの方は絶対に隠せなさそう。
「要するに、死んでもやり直しがきくってことだよね。……多分変なことを言うけど、ナズナも兄さんも、これに頼り切っちゃ駄目だよ。おれは、そういうのはよくないと思う」
今まで聞いたことがないような、真剣な声でトレイシーは言った。どういう意図かはわからないけど、本心からの切実な言葉が、重々しく心に響く。責められているわけでもないのに、上手く言葉が返せない。
しばらく沈黙していると、見習いが辛うじて返した。
「……言われなくても、やり直せるからといって、気軽にゾンビアタックはしねえよ」
「そっか。だったらいいんだ。変なこと言ってごめんね」
トレイシーはそう言い、完全に元の調子に戻ったようだ。張り詰めていた空気が緩むのを感じて、素直にほっとしてしまう。
「まあ、そんなことはいいんだよ。そんなのより、これだよこれ! ギミック付きの宝箱! すっごい露骨! テンション上がるなあ!」
「たまに見かけるやつだね。ギミック解くのに失敗したら、大抵消えちゃうんだよね。それ以外だと爆発するのが多いかな」
「爆発すんの!? いや、そうでなくても失敗したら消えちゃうのかあ……。ただの鍵開けなら感覚でなんとなく出来んだけど、こういうやつは直感でやると確実に失敗するんだよなあ……」
全然詳しくないけど、鍵開けってそんな単純な技能だっけ? わたしもギミックは苦手だけど。見習いに「危ないからやめなさい」って言われるから、独りのときしかやれないんだよね。成功率も高くないから、やめといたほうがいいってのはわかるんだけど、やらなきゃどうせ手に入らないなら、てきとうでも試したほうが得だよね?
「お前の直感も万能じゃねえんだな。まぁ絶対外れるってんなら、二択の場合は単に逆を選べばいいんじゃねえの? これは二択じゃねえから無理だろうけどよ」
「それも駄目なんだよ。むしろ、選んだほうがその瞬間に外れになってるんじゃないか、ってくらい確実に外れるんだ。考えればわかる、ってやつはおれには絶対無理なんだよ。誰か助けてえ!」
過剰なくらいうろたえてる。意外な弱点があるんだね、トレイシー。二択の問題で確実に外れを引くのは、もうそういう才能って言えそうな気はする。あるいは呪い? まぁ、なんかわかるよ。日々を情熱とか感覚に頼り続けて生きてると、頭を使うことがどんどんできなくなっちゃうんだよね。
「うるせえ。分かるやつなら代わりに解いてやるから、落ち着け。分からんかったら諦めるか、腹くくってお前がてきとうにやれ」
「センパイ……!」
「馬鹿野郎つってんだ。……けど、あんま期待すんなよ?」
書かれていたのはこんな内容だった。
『それ以上に割れない数を選ぶべし』
シンプルでありながら、味わい深い文章だね。で、いくつかの規則性がない数字の書かれたボタンがある。よくわかんない。わたしの手にかかれば、数なんて全部パァン、よ。つまり答えは「なし」です!
「なんだよ、ただの素数じゃねえか。知ってりゃ誰でも出来んだろ、こんなの。……ほらよ」
「センパイ……! 素敵です!」
「だから馬鹿野郎つってんだ鳥肌立つわ」
あっけなく開いたね。中身は……『知恵者の証』だけだね。サイズと中身が合ってないけど、がっかりなんてしてないよ。見たことないレアアイテムだからね。
「見習いは賢いねぇ。流石だね」
「……あざっす。中身はこれだけなら、まぁ俺はいらんっすよ」
「んじゃ、さっきの『蛮勇者の証』の方を返して。代わりにそれ持っといてね」
「……よくわからんこだわりっすな。まぁ仰せのままにしますけど」
ちょっと悔しいけど、この中でわたしが『知恵者の証』をもつのは流石に駄目な感じがする。というか、わたしたちの中でこれを持ってていいのは見習いだけだよね。
何となくしょんぼりしていると、トレイシーが声をかけてきた。
「ねえ、ナズナ。さっきのコインだけどさ、何となくおれのとナズナのを交換したほうがいいかなって思うんだ」
「なんでそう思うの? 振り分けといてあれだけど、別にどっちでもいいんじゃないかな?」
「そう、どっちでもいいからさ。だったらナズナは、より思い入れがある方を持ってる方がいいだろ?」
それは確かに。選択の余地があるのは、どっちでもいいときだ。明確に答えがあるなら、選択の余地はないよね。……でもなぁ。
「そんなのいいよぉ。『探索者の証』を拾ったのはトレイシーなんだし、わたしに気を遣わなくていいんだよ?」
「最初に見つけたやつと、今持ってるやつが違うって点は同じなんだ。そういう意味では、むしろおれが『蛮勇者の証』が欲しいんだよね。もちろん、無理にとは言わないけど」
気を遣ったわけじゃないよ、という言い訳の気持ちも感じられるけど、どっちかというと本音がそっちなのか。
「……そうだったね。お互い、変なこだわりを持ってるね?」
「なあに、おれたちにとっては、そういうのが存外大事なのさあ。実のところ意味なんてないかもしれないことに、価値を見出すのが浪漫だろう?」
「ふふ、確かにそうだね」
『証』を交換しておく。多分合理的な意味なんてまったくないけど、その過程もきっと大事な思い出になるよ。
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「あと気になるのは、もう最奥って言ってたところだけだね。ただ、それとは別に、なんか不穏な気配が近付いてきてるから、警戒はしとくほうがいいかも。多分、敵だよ」
「え?」
そう言って、トレイシーは部屋の隅の方に素早く移動した。一人だけ先に逃げたって感じでもないし、散開かな。
……ほどなくして、嫌らしい野太い声が聞こえてきた。またあいつらか。
「おうおう、今日はこんなところでごみ拾いかい。『ごみ拾い』のお二人さんよォ」
……冒険者団『悪漢兵衛』のごろつきたちのお出ましだ。
『知恵者の証』
汝、判断力に長ける者。常に冷静さを失うことなく、過度に恐れるなかれ。