同朋は異界より来たる
かけがえのない物を探す行為は、何よりも尊く美しく、そして楽しい探求の旅だ。探す物が高価か、有益かというのは、一つの観点ではあるけど、重要じゃない。
「レアアイテムが欲しいなぁ」
浪漫の中でも、最も興味をそそるもの、それはその唯一性によるものだ。思い出の品、というものは世に沢山あっても、その過程にあった経験を物に投影することで、仮初めの唯一性をそこに与えて特別な物になる。だったら、最初から世界に一つしかないものは、この世で最も浪漫的な概念だと言えるだろう。思い出が伴えば、尚更。
「……またいつもの口癖っすか。お宝なんて、そうそう簡単に手に入るもんじゃないっすよ、姐さん」
「甘いなぁ、見習い。そりゃ、誰でも価値が分かるようなお宝は、みんな狙ってるから手に入らないけど、誰も価値を認識してないお宝は、意外なところに落ちているものなんだよ?」
「それでいっつも役に立たないゴミばっか拾ってくるんすな。姐さんの奇行、ここらじゃ随分と知られちまってますよ?」
見習いはいつも失礼なことを言ってくる。そういうことじゃない、って何度も言ってるのにな。
「アイテムってのは使ってナンボっすし、ちょっと識別名が違うだけの、何の役に立たないものなんて、集める価値あるんすかねえ。まあ俺と姐さんの欲しい物が被らないのは、俺にとっちゃ都合がいいんすが……」
「むう、確かに。見習いにもこの浪漫が分かってもらえると嬉しいけど、分かられると今度は競合になるんだね。ライバル同士ってのも楽しそうだけど、ひとまず分からせるのは諦めてあげよう」
「そっすね(てきとう)」
あからさまにてきとうな返事をされた。いつか絶対分からせてやる。
そんな他愛のない話をしていると、手の中で弄んでいた『異界の楔』に、今まで感じたことのない違和感を覚えた。一応武器カテゴリの一品だけど、装備効果が特にないから、実用価値はない。それでも「違和感を覚えた」のなら、やはり使ってみるしかないだろう。
「そぉい!」
『異界の楔』を掲げた瞬間、轟音とともに何もなかった空間がひび割れ、冥いところから何かが飛び出してきた。ひび割れはすぐに消えたけど、何だったんだろう。見習いは何か椅子から転げ落ちてる。ださ。
「……なんすか姐さん! 何かするなら、せめてちゃんと宣言してからやれっていつも言ってるでしょうが!」
「ちゃんと言ったじゃん?」
「掛け声は宣言じゃねえんすわ。……パッションだけで行動してると、いつか痛い目見ますよ」
見習いは無駄に理屈っぽいなぁ。情熱だって大事なのに。痛い目については今までも何度も見てるし、今更だね。何かあっても、対応できればいいのよ。
不意に、知らない声が聞こえてきた。
「話す言葉は分かるけど、世界法則は違う? なんか面白そうなところだ! 全部が未知ってのも、とても良いな! 探索のしがいがある!」
興奮が抑えきれないといったような声の方を見ると、何かよくわからないものがいた。大きさは私よりちょっと小さいくらいで、球の形の体に、筒のような腕と脚らしいものがついている、とてもシンプルな…… 何? 体には、顔っぽい記号みたいなものもついているから、頭でもあるのかな。大枠で見ると、一応人でいい? 二頭身くらいの。
でも、話が通じそうな感じはする。なら、臆する事なく話してみればいい。未知との邂逅もまた浪漫だからね!
「こんにちは。あなたはやっぱり異界の人?」
「こんにちは。多分そうだ。おれは溢命陸の球人、名前はトレイシー・サークス! 溢命陸の名前が知られてないなら、ここは多分凄く遠いところか、君がいうような異界なんじゃないかな?」
ところどころに聞いたことのない単語があるけど、それが意味しているところは何となく伝わってくる、不思議な言葉だ。球の形の人だから球人なのね。
「よろしく、トレイシー。ホロウェンバークスってところは聞いたことないね。球人も見たことないや。わたしが知らないだけで、もしかしたら知ってる人もいるかもしんないけど」
「その通り! 知ってる人がいるかもしれないから、今これを断定することはできないな! とはいえ、今時点だとおれは異界の人という判断でいいと思う!」
ノリはよさそうだ。ひとまず危険性はないかも。そのまま朗らかに会話を続けようと思っていたら、見習いが割って入ってきた。
「おうおう待てよトレイシーさんよぉ、俺はお前を人とは認めねえぞ?」
「あー、おれの形のこと? 意思疎通ができてるなら、些細な違いじゃない? もちろん、それじゃ納得できないからこそ、そんなに喧嘩腰なんだと思うけどさ」
人ではなくない? というのはわたしもそう思う。意思疎通ができてるなら些細な違いかは…… でも、言われてみるとそうかも。問答無用で襲いかかってくるような人よりは、魔獣とかでも会話ができるやつのほうが好ましいだろうし、人であることそのものには、付加価値はあんまりないかな。
「まったく、見習いは初対面の人が相手でも失礼だなあ。そういうの、良くないと思う」
「……姐さんは順応が早すぎるんすわ。訳分からん生き物が突然現れて、警戒の一つもしないってのは、流石に危機意識が欠けてるっしょ」
それはそう。とはいっても、わたしだって考えなしに警戒を解いてるわけじゃない。トレイシーからは敵意が欠片も感じられない。だったら、こんな面白そうな人、仲良くしない理由がないと思う。
トレイシーは「呆れた」といった風に肩をすくめた。
「警戒するにしたって、そんなわかりやすく警戒したら相手にバレバレじゃんか。見習いさんは冒険とかしないからそういう感覚がなくていいんだろうけど、未知や脅威に最前線で立ち向かって、なおかつ生きて帰るんなら、敵意や害意にはことさら敏感じゃなくちゃあ」
「……表出ろや、このクソボール野郎が」
相性は良くないみたい。トレイシーの方はずっと余裕の雰囲気だったけど、警戒はしてたんだね。全く気付かなかったよ。
「もー、言われてることは真っ当よ? ごめんね、トレイシー。これでもわたしたち、冒険者なの。風格がないのは自覚してるけど、あんまり的確に地雷を踏み抜いてあげないでね?」
「……ごめん。姐さんの方はおれの同類っぽかったし、姐さんに見習いって呼ばれてるなら、そこは気付くべきだった。許してくれとは言わないけど、悪気はなかったんだ」
言葉通り、悪気はまったくないんだろうな。その弁明でも見習いのプライドはしっかり傷付けられてるんだけど、それはまぁ別にいっか。
「姐さん。俺、こいつ嫌いっす」
「わたしは好きだよ? それで、トレイシー。これからどうするの?」
そう聞くと、トレイシーは突然芝居がかったオーバーリアクションで腕を広げ、ゆっくりと後ろを向いて言った。
「これはまた異なことを! 異世界に来て、冒険をしない探索者がこの世にいるとでも? ついでに色んな良いものを探して、それを他のやつに自慢して回るとかができれば最高だね!」
あー、めっちゃわかるぅ。気が合うね。多分、自慢した結果「は?」みたいな顔もよくされているんだろう。絶対、わたしだけじゃないよ。
「じゃあ、わたしたちと一緒に行動しない? わたしたちも冒険して色々良いもの探してるんだ」
「いいの? 超ありがたいね。でもなー、そこの見習いさんが許してくれっかなー?」
「姐さん、俺は反対っすよ。こんな得体の知れないヘンテコ生物なんて……」
相性悪そうだしね。見習いはそう言うだろうな、とは思ってたけど。
「んー。まぁどっちか片方を選べっていうなら、わたしは見習いじゃなくてトレイシーを選ぶよ?」
「えぇっ!? そんな! 今までずぅっと仲良くやってきたじゃねえっすか!」
「だけど、これからはもう仲良くしていけない、ってことだね。仕方ないよね。かなしいなー(棒)」
長い付き合いだからね。こう言っとけば、折れてくれるだろう。見習いは、わたしには甘いから。
「かなしいねー。おれが他人事のように言うのもあれだけど」
おぉ、便乗して煽りよる……。悪意はないのかもしれないけど、性格は良くないかもね。見習いは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ああもう、わかったすよ! 同行を認めりゃいいんでしょ!? ……覚えとけよ、このクソ玉コロ野郎……」
「わあい、やったぜ。……大丈夫だよ、見習い兄さんの大事なものは取らないからさ」
なんか含みのある言い方だ。単純な相性の悪さ以外に、見習いが何かを危惧していて、トレイシーはそれをお見通しなのか。
「どういう意味? 知らない人からはともかく、仲間内での盗みはだめだよ?」
「ん。まあ、あれだよ。見つけたものの分前はいらないよ、みたいな? 人が増えると、報酬の分配もややこしくなるかんね。おれはあくまでも、探すのが好きなだけだし」
特に嘘は言っていないように感じるけど、違和感がある。見習いは価値の高いものを優先して欲しがるから、それなら確かに筋は通っているけど、都合が良すぎる。本当は別の意図があって、それについては追及されたくない、みたいな。
「そういうわけにはいかないよ。仲間なんだし」
「まあまあ、難しく考えることないよ。姐さんも見習い兄さんも、お互いに欲しい物を貰ってるだけさあ。だったらおれも同じように、欲しい物を貰うってだけだし、何も変わんないでしょ?」
わたしたちのやり方についても、特に説明もしてないのに既に把握しているらしい。単純な洞察能力だけじゃない、何か異質な力の働きを感じる。取り繕い方が無駄に怪しい。
「お前の言葉は信用ならねえよ」
「信用するかしないかはともかく、絶対何かはぐらかしてるよね?」
見習いは単に信用してなさそうだけど、わたしはそうは思わない。不審に思われることを承知の上で、敢えて真意を隠しているような感じがする。悪意も裏もまったくなく、そんなことをする意図がわからない。仮に悪意があるなら、トレイシーはもっと巧妙に隠すはずだ。
「もちろん、はぐらかしてはいるよ。嘘が言えないとはいえ、何でも正直に言えばいいわけじゃないしな。……なんにせよ、信用されるためにも対価を受け取る必要がある、ということなら、遠慮なく貰っちゃおうかな。なくてもいいけど、あるなら使い道もあるだろうしね」
それ以上答えるつもりはないらしい。ここまでの問答で、トレイシーは多分、そのとぼけた見た目とは裏腹に、遥かに強かで、決して油断ならない相手だ、と直感でわかる。敵対するわけでもないなら、深く考えても仕方ないけど、探りは入れておかないとね。
「まぁいいや。それじゃ、これからよろしくね。そういえば自己紹介をしてなかったけど、察しのいいあなたなら、わたしたちの名前も既に分かってるのかな?」
「えー、まっさかぁ。どこかに書いてあるならともかく、ここまでに見たもので、判断できるような情報なんてどこにもなかったと思うなー。せめてヒントがないとさー」
この態度、探りを入れられていることについては絶対分かってるね。だけど、名前については本当に分かってなさそう。
「ヒントかぁ。これとかはどう?」
そうして、わたしの原点の宝物を見せてみる。『ナズナの願い石』と名の付いたそれは、わたしの名前を冠する唯一無二の品、特に効果のない浪漫の結晶だ。文脈から、冠しているのがわたしの名前だというのは、トレイシーならすぐに察するだろう。でも。
「お、いい石だねえ。姐さんの尊い気持ちみたいなものが、強く感じられるよ。……つまり、石の記憶から当ててみろってやつ? おれには無理かなー。そういうの、得意じゃないし」
「……これの名前がわからないの?」
そんな人、見たことがない。アイテムの情報を見ることができない人なんて、聞いたことがない。生まれながらに誰にでもできるはずなのに。石の記憶とかいう発想もなかった。なにそれ?
「……なーるほど、世界法則の違いってやつかあ。ここじゃあ常識が色々違うんだね。……回答は肯定だ。石だなあ、ってくらいしかわかんない。知ることが出来るかどうか、については単にやり方がわかってないだけなのか、おれには無理なのか、が今んとこわかんないかな」
「そっか、異世界の人だもんね。じゃあ、素直に自己紹介しよう。わたし、ナズナ。冒険者団『浪漫の探求者』のリーダーだよ。ほら、見習いも」
「……ザック・バーグラー。姐さんからは見習いと呼ばれてる。だが、気安く呼ぶんじゃねえぞ、新入り」
トレイシーは嬉しそうに返した。
「ありがとう、ナズナ。兄さんは名前で呼ばれたくないらしいし、兄さんって呼ぶよ」
「それはそれでなんか馴れ馴れしいからムカつくな……」
「じゃあ、センパイ?」
「馬鹿野郎、鳥肌立つわ。……取り敢えず兄さんでいい」
ある意味仲はいいのかもね。
『異界の楔』効果なし
遠く異界より現れたとされる、謎の機構を持つ不明ななにか。刀剣の一種であるらしいが、忘却の果てに、その刃は損なわれているようだ。
『ナズナの願い石』効果なし
夢見る少女の願いがこめられた、良い形をした石。表面はぴかぴかと輝いており、触り心地がとてもよい。