卒業パーティーに彼等は現れた
宜しければお付き合いください。
「ジョゼット! アデライト! バルバラ! よくも平気な顔でパーティーに出られたものだな!」
赤色の服を着た王子サミュエルがビシィッ! と壇上で指を突き出し、大きな声でわたしとお友達の名前を言った。
今日は学園の卒業パーティーである。学生として苦楽を共にした仲間達との最後の思い出作りの為に、学園へ通わせる親が企画して催される。
参加しないなんて考えない。よく出られたな! と言われる意味が分からない。
壇上ではフリルとリボンがたくさん付いたピンク色のドレスを身にまとう男爵令嬢のソレーヌがサミュエルに寄り添っている。
その2人の背後を守るように、青色の服を着た宰相の息子ヴァレールが眼鏡を中指で押し上げ、黄色の服を着た騎士団長の息子ユーグが両腕を組んで睨み、緑色の服を着た聖職者の資格を持つエリクが憐れみを込めた視線を向けていた。
…………うん。
どう見ても彼等の服装はアレだ。5色の戦隊カラーだ。
こっちの世界で、この5色が並ぶ姿を目の当たりにするとは思わなかった。
わたし、ジョゼットには前世の記憶がある。前世で事故に遭って、こちらの世界へ転生した。
転生したからといって、特別な能力なんてものは無く、周りと同じように生きてきたつもり。
公爵家に生まれようが、王太子の婚約者であろうが、わたしは普通の女の子だ。
「ソレーヌを随分といじめてくれたな! この悪女共め!!」
ソレーヌの肩を抱き寄せて、サミュエルが騒ぎ立てている。
立ち位置からしてサミュエルに名を呼ばれたわたし達は、さしずめ悪の組織の女幹部辺りだろうか。
色違いで同じデザインのドレスを身にまとっているし、見るからに仲間といった感じだ。
最後だからドレスのデザインを合わせた。わたしがコスモス色、アデライトはヒヤシンス色、バルバラはマリーゴールド色。どの色でも大人っぽく見えるように3人で話し合って決めた。
ワンショルダーのAラインドレス。同じ布で作った花を縫い付け卒業生らしく、ドレープの出し方にまでこだわった、1度しか着る事の出来ないドレスだ。
会場に入ってから同級生達の評判は良い。特に女子生徒達は仲の良い者同士で、デザインを合わせれば良かったとすら言うくらいだ。
この卒業パーティーが終われば、似通ったデザインのドレスを身にまとう事があっても全く同じ物を着る事は許されない。身分差のある友人であれば尚更であるし、いらない争いを生むこともある。
卒業パーティーは最後のチャンスなのだ。友情を示せて、かつ目立てる。
そんな事より、彼等の服装だ。ちょっとだけ納得がいかない。
どうしてユーグが黄色を着ているのか、という事だ。エリクが着た方がイメージに合うのに。エリクはお金大好きだから、彼こそ黄色を着るべき。衣装チェンジをお願いしたい。
あとポーズ。
どうせなら出だしでしっかりキメて欲しかった。そうしたら、もっと感動できたのに。
示し合わせて壇上に立っているのだから、それくらいやってくれないと。
「おい! 聞いているのか!」
無言のわたし達に向かって、何やら色々言っていたらしいサミュエルが怒鳴る。
「ジョゼット様、ジョゼット様」
「なぁに?」
「ワタシ達が悪女の理由を仰っていますが……」
「どんな?」
バルバラが小声で呼びながら袖を軽く引いて意識を戻させる。
全く話を聞いていなかったので、首を傾げた。
「~~~~っ!」
全く話を聞いていない様子のわたしに、サミュエルが顔を赤くしてプルプル震えている。
「ソレーヌ様に対して、私達が嫌がらせしていたそうですわよ」
見かねたアデライトがわたしの腕をツンツンして話しかけてきた。あのサミュエルの様子を見たら、心配になるのは分かる。けれどこのくらいのやり取りはいつもの事。
どうせ大したことの無い内容、言いがかりだ。真面目に聞くだけ馬鹿馬鹿しい。
サミュエルはわたしの事が嫌いだから、何かと突っかかりたいのだ。それで何度も怒られている癖に、懲りないから困る。
「そうなの? 心当たりは無いけれど、どんな事が嫌がらせだと思ったのかしら。せいぜい注意くらいよね。廊下を走らない、とか」
「なんでもソレーヌ様は私達から暴言を言われ、持ち物を壊されたり……」
ああ、よくある話ね。
本とかで読んだ。前世で読んだ本だけど。
「池へ落とされたり」
「えっ?! あの旧校舎にあるドロッドロの池? よく病気にならなかったわね。生臭い匂いも取れないでしょうに」
「そうですわよね? 毎日サミュエル様達と一緒に居ましたし。いつかは分かりませんが、異臭騒ぎがあった時がありましたよね。その時の異臭の元が、もしかしたらソレーヌ様だったのかもしれませんわね。そうそう、あと他にも階段から落とされたとか」
「ええっ?! 危ないわね! あら? でも怪我していた時があったのかしら?」
「1段目で落ちたといいますか……上る時に」
「えええっ?! 単に足が上がっていなくて、躓いただけじゃないの? 自分の失敗を人に擦り付けるのは、どうかと思うわぁ」
周りに聞こえる声で喋っているけれど、別に構わない。あちらだって周りに聞こえるように、わたし達が悪いと言っているのだから。
周囲から噴き出し笑う声が聞こえてきて、彼等が動揺し始めた。ソレーヌに至っては顔を赤くし、口をへの字にしている。
「ソレーヌ! 悪臭の原因は君じゃないぞ、気にするな!」
「で、でも……」
「そうですよ。あの3人は、ああしてソレーヌを貶めようとしているのですから、気にする必要はありません」
「そうだぜ。ソレーヌは臭くないぜ!」
「あの方達は、わざと言っているだけですよ」
「うん、ありがとみんな」
人差し指の背で目元の涙を拭い、ソレーヌは自分を取り囲む彼等に笑顔を向けた。それだけでサミュエル、ヴァレール、ユーグ、エリクはホッとした様子だ。
何ともやるせない気持ちになる。
「あの程度で泣きそうになるなんて、わたし達の立場がありませんわね。聞く限り、身に覚えのない嫌がらせの犯人にされて、泣きたいのはこちらよね?」
「ええ、本当に」
「全くです」
うんうん頷き合っていると、ヴァレールが前に出てきた。
「なんて悪質な性格だろうか! そうやって、いつもソレーヌに寄ってたかって、酷いことを言ってきたのだろう。アデライト、そんな君とはやっていけない。婚約破棄を申し付ける!」
「アデライト、しっかりなさって」
クイッと眼鏡を中指で押し上げながら、ヴァレールが言った。怒りのあまり、眩暈を起こしてよろめいたアデライトの背を支え、声をかける。
すぐアデライトはしっかり立ち、スカートを摘まんでカテーシーをした。
「承りました」
「あ、ああ……」
すんなり受け入れたアデライトに驚きを隠せないのか、眼鏡のブリッジから指を離せないどころか、激しく上下させている。
……動揺しすぎ。
ヴァレールは何を期待していたのか。
思っていた反応と違っていたからと、簡単に動揺するなんて残念な眼鏡だ。
ヴァレールはあんなふうに眼鏡を押し上げる動作をよくする。見ない日なんて無いんじゃないかってくらい、その動作を見る。今はやりすぎだけど。
「というか、ヴァレール様の眼鏡はズレすぎよね? 直す余裕くらいあるでしょうに」
「……頭が良いアピールなんですよ、あれ。それに、あの眼鏡はレンズが入っていませんから。前は成績が良かったから、認めたくないのよきっと。ソレーヌ様と関わるようになってから、成績が底にまで落ちましたもの」
「サミュエル様に付き合った結果ならば、申し訳ない事だわ」
「ジョゼット様が謝る事ではありませんわ。ヴァレール様が努力を辞めた結果ですもの」
フーっと疲れたような溜息を吐いて、アデライトは遠い目で壇上を見た。
すると次はユーグが前に出てきた。
「か弱いソレーヌを3人でいじめる、その性根は極悪非道だな! バルバラ、俺もお前とは婚約破棄するっ!」
「……ハンッ!」
顔を少し上に上げ、見下したユーグをバルバラが鼻で笑った。
「ええ、ええ! 喜んで承りますわ! 浮気者なんて、こちらから願い下げよ!」
「バルバラ様、抑えて」
今までの恨み言を全てぶちまかしそうな勢いがあるバルバラへ声をかけた。
バルバラはユーグの事が大好きだった。お茶会では、よく惚気を聞かされたものだ。ソレーヌと関わるようになって、それは悲しみとなり、失望し、そして諦め、怒りに変じている。
わたしとアデライトは、ずっと傍で見て聞いてきた。
思う存分彼女の思いの丈をぶつけさせてあげたいところだけれど、多くの人が居るパーティー会場で無様な姿を晒させたくない。今後の為にバルバラには良い人と巡りあって欲しいから。
そもそも、彼等が言っている嫌がらせとやらをわたし達はやっていない。わたしは余計な言い争いをしないようサミュエル達を避けていたし、アデライトとバルバラもわたしと行動を共にしていたので、無実だと断言できる。
こうして断罪しているという事は、ソレーヌの自作自演が疑わしい。
ちゃんと調べていれば、わたし達に向かってあのような態度は取れないだろう。
それ以前に、壇上の彼等がここに居る事自体、おかしいのだけれど。
ユーグはバルバラから了承を得ると、満足したようにサミュエルの後ろへ下がった。
次はエリクかと思っていたら、案の定前に出て来て祈るように胸の前で手を組んだ。
「ああ……なんて穢れた魂達なのだろう! 嫌がらせをしてきたソレーヌに謝るどころか、更に貶めるなんて。君達はすぐにでも、その穢れを祓うべきだ」
「つまり多額の寄付金を払え、という事ね」
ハッキリお金の事を言うと、エリクがたじろいだ。
「払い先がエリク様という事?」
「それは聖職者としてどうなのかしら。むしろ穢れを祓うのはエリク様の方では?」
「うるさい! 僕に払えなんて言っていないだろう。それにまだ聖職者じゃない。資格があるだけだ」
「あら、違うの? 聖職者のような言い方をされているから。ねぇ?」
「「ええ」」
「聖職者ぶりたいのなら、わたし達の言い分も聞いて欲しいわね。沢山の人の話を聞き、導くのが役目じゃなくて?」
「黙れっ! 穢れた魂を持つ者達の声を耳にするだけで、僕まで穢れが付く!」
あらあら、耳を塞いで下がってしまった。
あちらの方が人数が多いから、気が大きくなったのだろうけど。都合が悪くなると耳を塞いで子供みたい。
……どうやって聖職者の資格を取ったのかしらね。
「ソレーヌに謝ったらどうなんだ。特にジョゼット! お前は国母に相応しくない! 今すぐ……」
「貴方にそれを命令される権限はありませんわ」
エリクが下がった後、再びサミュエルが声を上げた。今度はソレーヌを後ろに隠して。
口元を隠していた扇をパシンと閉じる。様子が変わったわたしに彼等が怯んだ。
「まず第一に、わたしがソレーヌ様へ嫌がらせをする理由が無いわ。何を理由に嫌がらせをするというの。もしかして、嫉妬? フッ……それこそあり得ないわ」
カッとサミュエルの頬に赤味が差す。
どうしてわたしが彼に嫉妬すると思っているのか。初めて会った時から仲が悪いのに。こんなおかしな言いがかりを付けられて、とても迷惑だ。
「ジョゼット、お前は……」
パーティー会場のドアが開く音がして、複数の足音がこちらへ向かってくる。
「――随分、面白いことをしているじゃないか」
振り返るとサミュエルの兄アロイスが教師達と騎士を連れて会場入りし、人が左右に分かれ道が出来ていた。アロイスは綺麗な笑みを浮かべながらゆっくり歩いて来て、わたしの前で止まる。右手を差し出すと彼は手の甲にキスをした。
「待ちくたびれましたわ。来るまで引き延ばすのは大変でしたのよ」
「少々、立て込んでしまってね」
「ジョゼットはソレーヌをいじめる性悪女です! 今すぐ婚約破棄を!」
「……は?」
表情はそのままにアロイスは低い声を出す。そして連れてきた騎士達へ命令を出した。
「壇上に居る者を全員降ろせ」
「はっ!」
騎士達は走り出したかと思うと、あっという間に戦隊カラーの5人組を壇上から降ろし、後ろ手に拘束し並べた。
罪人のように扱われ、納得がいかない彼等はワーワー何か言っているけれど、同時に言うものだから何を言っているのか聞き取れない。
アロイスは大股で進み、並べて拘束されている彼等の前へ立つ。
「お前達はっ!(ベシッ) 本当にっ!(ベシッ) 何をしてっ!(ベシッ) いるのかっ!(ベシッ) 分かっているのかっ!(ベシッ)」
1人ずつ頭を叩かれ、情けない声が5つ、サミュエルから順番に上がった。
「兄ちゃ……」
「公の場では兄上、だろう?」
先程までの勢いはどこへやら。すっかり意気消沈した男性陣4人。目を見開きアロイスを見上げるソレーヌ。遠目から見て、ソレーヌは彼に魅入られているようにも見えた。
分かる。アロイスは全てがパーフェクトだもの。わたしの自慢の婚約者よ。
「に……兄上、あの3人はソレーヌに嫌がらせをしていたのです」
「それで?」
「それで、とは?」
「私が学園長をやっているのを忘れたのか? 学園の様子くらい入ってきている」
「「「「……あっ」」」」
「ジョゼットの事も、お前達の事も耳に入っているさ」
男性陣4人は思い出したようだった。その上で、こうされている事の意味に気づき、表情が強張った。
「学園から家へ通知と、直接教師から留年だと言われただろう。つまり、お前達は卒業生でも無いのに、卒業パーティーを台無しにしているんだよ」
学園は病気などの余程の事情が無い限り、授業に出席し、紳士淑女らしい行動さえ取れていれば、多少勉強が出来なくても卒業は出来る。
特に遠くに領地を持つ家の子は、領地を栄えさせるために専門的な事を勉強する傾向が強い為、多少テストの点数が悪くても条件さえ満たせば大目に見られるのである。
それなのに、卒業できない。
今初めて知りました、みたいな顔をして4人はアロイスの顔を見ている。
まさか冗談だと思っていたのだろうか。どうして会場に、しかも壇上に堂々と立っていられるのか不思議に思っていたけれど。なるほど、そういう事……。
「……で…………なんでアロイスが生きているのよ。もう殺されているはずでしょ?!」
突然、我に返ったらしいソレーヌが物騒な事を言い放った。
会場に居る全員がギョッとして注目する。ソレーヌを拘束していた騎士は思わず力を強め、頭を床に押し付けると、くぐもった呻き声がした。
「私の命を狙っていたのか。今すぐ連れて行き、全て吐かせろ」
「はっ!」
「え、ちょ……ちょっと待ってよ! こんなのストーリーに無かった! 何であたしが退場するのよ。退場するのはあっちでしょ。これも全部ジョゼット、あんたの仕業ね。あんたが狂わせたのね!」
立たされ、ズルズル騎士に引きずられて行く。その最中、ソレーヌが睨みつけ、わたしはそれを冷静に、何の感情も込めずに見返した。
彼女の去った後には靴だけが残った。10センチくらいありそうな白色のハイヒールが。
薄々感じてはいたけれど、やはり彼女も転生者か。だったら早く気づけば良かったのに。
ヒロインとして転生したのなら、ライバル役も転生している可能性に、ストーリーを壊す存在に気づくべきだった。
ま、言いたいことは尋問室で思う存分言えばいい。
「来週までに反省文を3枚以上、書いて提出するように。適当に書いたら再提出だ。わかったな」
「「「「はい……」」」」
サミュエル達は騎士達に連れられて、大人しく会場から出て行った。
彼等が出て行き、ドアが閉められるとアロイスは楽団に指示を出し、大太鼓を2度叩かせ注目を集める。
「アクシデントが起きてしまったが、卒業パーティーは今から始まりだ。諸君、卒業おめでとう! これからの活躍を楽しみに待っている」
あちこちで卒業を祝う声が上がり、卒業パーティーは夜更け近くまで続いたのだった。