親睦会
「さて、参りましょうか!!」
「ラピスさん元気だなぁ」
僕達はあの集まりから数日後、転送用ターミナルの前に全員集合していた。
今日はラピスさん発案の、懇親会である。
この人は行動力の化身だろう。
事の始まりはあの日まで遡る。
「運営の名を騙り、バグモンスターへの対処を行う…… その件につきましてはこちらで調べておきます。我々からの話はこれで終わりですが、最後に皆さんの意志を確認させて下さい。協力して頂けるか否か」
その場のいた全員が説明された内容に思うところはあるものの、先の女性の答えを聞いて考えは固まっていたらしい。
断ってログアウトする人は誰もいなかった。
「いやー、なんか大変なことになっちゃったね。こんなのアニメでしか見たことなかったけど、あるもんなのねぇ」
「そうそうあることじゃないと思いますけど……」
「このメンバーをひとまとめとして、一つのチームで基本的に対処をお願いすることになります。名称は、ゲーム内で聞いても運営関係者と察知しにくく、尚且つゲーム用語と誤認しやすいモノとして『調律者』と呼称します」
「まあ! それっぽいですわ!!」
こうして僕達は『調律者』という、何とも仰々しい名前を貰った。
その名前に少しむず痒いものを感じながら、運営の人が消えるのを見送る。
「それじゃあ、とりあえず自己紹介でもする?」
そして見知らぬキャラが顔を見合わせる少し気まずい空間で、僕達がおずおずと自己紹介をするのだった。
「じゃあ多分年上だろうし、アタシから始めてやりやすくしようか。パラベラムって名前で遊んでる。さっきも言ったけど、社会人。だからプレイは基本的に仕事が終わった後の遅い時間が多いかな。よろしく」
先程から積極的に話を進めていた女性が名乗る。
落ち着いた雰囲気だけど、その印象とは裏腹にかなり攻撃的なビルドをしているみたいだ。
「普段は強化用のクエストとPvPエリアを往復してる様なプレイだけど、みんなで遊ぶなら気軽に呼んでいいからね」
「ストイックですわ!!」
「ははは、そんなんじゃないわよ。仕事でのイライラを銃でぶつけてるだけだから……」
「社会の闇ですわ……」
ラピスさんと会話している間にキャラのステータスを見たけど、火力とスピードにガン振りだ。
それにここのメンバーで一番レベルが高い。
怒らせてはいけない人かもしれない……
「それじゃお次は…… そこのあなたにする?」
「わ、私ですか…… えっと、ヒーラー専門でやってます…… フローレンスです……」
「まあ! ナイチンゲールですのね!!」
「ヒーラー専門って凄いですね。大体の人は攻撃も補助も取るのに」
「いや、まぁ、性に合ってて。私も仕事してますので、プレイ時間はパラベラムさんと似た様な感じになると思います。次の方どうぞ……」
ローブを被ってほとんどキャラが見えないけど、やっぱり大人しい人みたいだ。
フローレンスさんが後ろに下がりながら次を促すと、今まで黙っていた女の子のキャラが前に出た。
「も~、みんなのキャラが強すぎて喋れなかったじゃ~ん。ワタシはリルカ、キャスターやってるけど魔法は色々取ってビルドしてるからヨロシク!」
(十分にキャラが強い……!)
ピンクのフリフリ衣装でウインクしながら自己紹介する様は、まるで周りに星が飛ぶエフェクトが見えてきそうだ。
会話の合間にもポーズを取ることを忘れず、落ち着きがない。
「学生なんで夕方から夜がプレイ時間です! そっちのお姉さん達以外は学生で同じなんじゃない? そんじゃお次の人!」
「ではわたくしが! 名前はラピス!! 剣を振るっておりますわ!!」
「勢いが凄いなぁ」
「プレイ時間についてはリルカさんと変わりませんが、ちょっと長時間のプレイは難しいかもしれません。両親の時間管理が厳しいもので……」
「ははは、あるあるだね。アタシ達社会人は自己責任だけど学生さんはそれが当たり前よ」
「楽しくプレイしているのは間違いありませんので、皆さま宜しくお願い致します。ではピースメーカーさんどうぞ!」
嵐の様な自己紹介の後、自分にその番がやってくる。
他の人みたいな面白みは無いだろうけど、とりあえず済ませてしまおう。
……いや、他の人が特殊なのか?
「えっと、ピースメーカーです。ガンナーやってますけど、そんなにやりこんでなかったのでレベルはあんまり高くないです。宜しくお願いします」
「ほう、ピースメーカーとはいいセンスだね少年」
「パラベラムさん、そもそもピースメーカーとはどんな意味ですの?」
「ピースメーカーっていうのは、とある銃の愛称だよ。割と古いリボルバーだけど、西部劇なんかでは必ず見る様なド定番。シンプルな構造とデザインだけど、それだけに安定した性能が魅力。今でも使う人がいる渋い銃さ」
「なんか、恥ずかしいですね……」
偶然映画で見かけた単語をそのまま採用しただけなんだけど、こんなに詳しい解説が入るとは思わず恥ずかしいやら照れくさいやら。
集まる視線に耐えきれず、思わず次の人へバトンを渡してしまう。
「……アックスだ。別に特別なことは何もしてねえ」
「シンプルですわ!!」
「ちょっとラピスさん……!」
今までの運営さんとのやり取りでなんとなく感じてたけど、なんかコワモテの雰囲気が滲み出ている。
無邪気に相槌を入れるラピスさんに思わずツッコんでしまった。
「アックスさんも学生ですの?」
「ああ。プレイは毎日してる訳じゃねえし、皆で足並み揃えて活動とかはやる気ねえぞ」
「うーん、それは残念ですわね。折角お知り合いになれましたのに」
明らかに『関わるなオーラ』を出しているアックスさんに、ラピスさんは構わずグイグイ押している。
なんだろう、そこにいるのはPCなのに、鬱陶しそうにするアックスさんと悪気なく近寄っていくラピスさんの姿が見えた。
「そうですわ!! 親睦会を兼ねて、皆さんでクエストを回りませんか?」
「……お前、話聞いてたか?」
「これから仲良くなるかもしれませんもの! やってもいないのに可能性を摘むなんてもったいないですわ!!」
「……っふはは! ラピスちゃん凄いわ。この子は将来大物になりそうね。アタシは賛成よ」
「おい、勝手に進めるな!」
「そんな…… 一緒に遊んでくれませんの?」
「ぐっ」
ラピスさんの泣きそうな声に押し黙るところを見ると、そんなに悪い人じゃないのかもしれない。
「あー、泣かせたー。イケないんだー」
「うるせえ! テンプレみたいな煽りすんな!! ……分かったよ、行けばいいんだろ!」
「まあ! ありがとうございます!!」
リルカさんの後押しもあり、こうして僕達の不思議な親睦会が決まったのだった。
周回イベントが開催中のターミナルで、僕らは集まり出発するところだ。
全員時間通りに集まったのが少し意外だったけど。
「アックスくんさぁ、あんなに嫌々言ってた割に時間キッチリじゃーん。ひょっとして楽しみにしてた?」
「そんなことあるか、うるせえ」
「やだー、反応が冷たーい」
パラベラムさんがエリア情報を入力している間にリルカさんがダル絡みをしている。
でも塩対応だけどちゃんとクエストは回ろうとしているし、自分勝手な人じゃなさそうだ。
最初の印象より、ずっと良い人なのかもしれない。
「ほら、設定終わったから行くよー」
「ガンガン稼ぎますわよ!!」
「か、回復は任せてください……」
そうして僕らの親睦会兼キャラ強化の為の素材周回が始まったのだが、僕はこの戦いで皆の意外な面を次々と見ることになった。
「オラオラオラオラオラオラ!!!!」
「ひぃぃ、回復とバフのカーソルが追いつかないですー……!」
一番の常識人で落ち着いたお姉さんだと思われたパラベラムさんだが、戦闘になるとまるで真逆の人格になった様に走り回り銃を撃ち続ける。
フローレンスさんが悲鳴を上げながら必死にバフを掛けようとわたわたしている。
片や、
「フフフ、行きますわよォォ!!!」
「バカ、突っ込み過ぎだ! リボルバー野郎、そこのキャスターと援護してやれ!!」
「りょ、了解!」
「もぉ~、リルカちゃんって呼んでよぉ」
「うっせえ!!」
ハイテンションで以前より動きが雑になっているラピスさんを気にかけ、僕とリルカさんに指示を飛ばすアックスさん。
口は悪いけど、周りをよく見ているし自分の操作も的確だ。
まとまっているとは言えないけど、僕達はあっという間に一周目のクエストを終えてしまった。
「あら? もう終わってしまいましたの?」
「もっと掛かるかと思ったけど、結構楽勝だったわね」
「サポート側は…… 手一杯でしたけど……」
「お前らがバーサーカーみたいに突っ込んで行くから、敵もお前らのHPも溶けていくんだよ!!」
「ふふん、防御を考えてないビルドなのは見りゃ分かるでしょ? アタシはこれが好きなの」
「おねーさんマジで怖かったんだけどぉ」
各々に満足した笑みを浮かべたり、疲労にうな垂れていたり、感じるモノは二極化していた様だ。
「よぉーし、もう一丁行こうか。目標は今のアタシと同じレベルまで皆上げよう!!」
「えっ、このお姉さん結構スパルタじゃない? ワタシ割とキツイんだけど」
「こういうイベントとか人数集まった時にやらないと。どうせ普段は効率悪いんだからさ!!」
「そうですわよ!!」
まるで本当に手を引かれている様な錯覚を覚えながら、僕はその賑やかな空気が好きになり始めていた。
2回ほど周回した時、異変が起きる。
クエストの最終エリアで獲得品の確認をしていたその時、ノイズの様に視界が歪んだ。
一瞬の事に目をしかめ、瞬きを繰り返してもう一度目を開くと、そこには自分達以外にも沢山のPCの姿があった。
「……ん!? なんだこれ」
「このクエスト、別にレイドでも無いのになんで?」
僕達以外のPCも困惑しているのか、しきりに辺りを見回している。
幸いにも近くに皆が集まっていて、僕がはぐれることはなかった。
「ピースメーカーさん! よかったですわ!!」
「とりあえず顔見知りは全員合流できたね。見た感じ、全員クエストをやってた人達みたいね」
「なんで参加者が全員まとめられてんのぉ? そもそもそんな事って出来んの?」
「……一般プレイヤーには出来ねえだろうな。見てみろ、ログアウトできねえぞ」
「あら本当! あの時と同じですわ!!」
「あああ…… 運営さんに連絡しなきゃ……」
フローレンスさんが慌てて何かをタップする動きでわたわたしている。
このままじゃ、『調停者』関係のことを口走ってしまうかもしれない。
ちょっと落ち着いてもらおうと、僕はウィスパーで話しかけた。
(みんないますから大丈夫ですよ。あの件は一般的には内緒ですし、落ち着いてホットラインに連絡しましょう?)
(あ、そうだね。口にしないようにしないと…… ごめんなさいね)
(大丈夫です。誰だってこんなこと慌てますよ)
少しは安心してもらえたようだけど、周りの様子がおかしい。
やけにざわついているというか、不安なのは分かるけどやたら騒いでいる声が大きい。
まるで感情がハネ上げられているみたいに。
「おい!! どうなってんだよ!!」
「ちょっと、まだ対応終わらないの!?」
「うるせえ! 大声で喋んな!!」
どんどん言葉が乱暴になり、PvPエリアじゃないのにスキルの空撃ちが始まる。
だんだんと、だんだんと、その異常は大きくなっていく。
その空気に圧されて、僕達はいつの間にかエリアの隅に固まっていた。
「なんだ、何が起きてる?」
「皆さん何だか乱暴になってしまいましたわ……」
「……幸いアタシ達はマトモみたいね。事態が改善するまで大人しくしていましょう」
「……ゴーグル外して物理的ログアウトはナシ?」
「キャラデータがどうなってもいいならいいわよ」
「まるでホラー映画です……」
前に見たあの光景が蘇る。
PCがPCで無くなり、人が人で無くなるあの光景が。
そんなことは起きないで欲しいと思いながら、どうしても頭から離れない。
チラつく不安にラピスさんの顔を見る。
グラフィックの表現の先に、隠しきれない動揺があった。
声を掛けようとしたその時、恐れていたそれは訪れた。
怒号の中を突き抜ける悲鳴と一緒に。
「なんだ!?」
「なんだこいつ!? キャラ変わってるぞ!?」
お世辞にも服とは言えないボロ布を着て、両腕と足が拘束用のバンドで留められたそれは、不気味に蠢きながら声を出す。
うな垂れていた顔を上げると、そこには血の気の引いた亡者のそれがあった。
そこから発せられる声は、とても言葉には聞こえない。
只々怖気立つ不協和音。
アアアアアああああああ$#%$“#$!%#!
喧騒は一瞬で静まり、次の瞬間悲鳴に変わった。
周りにいる人数が全然違うけど、完全にあの光景が重なる。
消灯しているログアウトボタンも変わらない。
違うのは、一度この恐怖を感じたことがあるということ。
「効くか分からないけど、とりあえず撃ちましょう!」
「お、おう! キャスター連中は近づくなよ!」
「あんなの頼まれても近づかないわよぉ!!」
「ラピスさん、フローレンスさん達と離れてて!!」
視界の端で固まっているラピスさんに、思わず声が出る。
PCに反映されていなくても分かる、今あの人は震えてる。
そう至った思考が、前の僕には出来なかった動きをさせた。
クールタイム最短でスキルを回しながら前に出る。
後追いで攻撃してくれるアックスさんのスキルも命中しているのに、あの時の様に一切怯まない。
「ぐっ、やっぱり通じないか……」
「チィッ、おい! 周りのお前らも手ェ貸せや!!」
「ピースメーカー君のスキルが利かないなら、アタシのが効く筈ないよねぇ……!」
援護に来てくれたのはパラベラムさんだけだ。
みんな怪物から離れ、逃げ惑っている。
そこに協力して止めようという意志はカケラも無かった。
「駄目だッ! PCに攻撃が行く!!」
「いくら撃っても止まらないんだけど……!」
「クソッ、どうにもならねえ!!」
拘束具のバンドが引きちぎれ、血色の良いPCとはかけ離れた腕が一人を抱きかかえようとしたその時、もう一度僕には重なる光景があった。
ガラスの様に空間を破り飛び込んできたそのPCは、間髪入れずに両手に持った巨大な銃を放つ。
僕達ではどうにもならなかったソレは、叩き込まれた弾丸で壁に縫い付けられ、苦しむ様にもがいていた。
黒いマントに黒い全身スーツ。
顔の上半分を隠した覆面と、やり過ぎたくらいに作り上げられたその姿は、どこから見てもアメコミのヒーローだった。
「は?」
「皆さん! お待たせして申し訳ありません。今対処を完了致しましたので、これから皆さんを通常のエリアに転送します。バグで未設定のモンスターデータが出現してしまった様で、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。今回の補填は用意が出来次第、皆さんのデータへお知らせと共に反映させて頂きますのでお待ちください。問い合わせはゲームページからお願い致します」
「いや、ちょっ、まっ……」
姿にも対応にも口を挟む暇を与えず、運営らしき人は矢継ぎ早に説明を終わらせる。
そして一瞬視界が暗くなると、次の瞬間にはクエスト開始地点に戻されていた。
あれだけ逃げ惑っていたPC達も、今は一人もいない。
「な、なんだったんだ…… 今のは」
「ラピスさん、大丈夫?」
ずっと言葉を発さなかった彼女が心配で、思わず声をかける。
そこにいつもの明るさは無い。
「え、ええ。大丈夫ですわ」
「……何も出来なくてごめんね」
「い、いえ、そんなことは……」
「そうそう、あの場で真っ先に動いたのは君だよ。胸を張りなよ、少年。アックス君もありがとうね!!」
「何も出来なかったのは俺も一緒だ。礼はいらねえよ」
「もー、素直に受け取っておきなよ」
みんなのおかげで少しずつ空気が温度を取り戻していく。
口に出さずとも全員が安心したところで、ふとフローレンスさんが問いかけた。
「ところで、あの突入してきたPCって運営の人ですか?」
「えっ、だってフローレンスさんが連絡したんですよね?」
「連絡はしたんですけど、返事が無かったからちょっと不安で…… あっ」
「どうかしました?」
言葉の途中で彼女の様子が変わった。
それは戸惑っている様な、恐怖している様な、少なくともポジティブな感情は感じられなかった。
「……運営さんからの返事、今来たんだけど」
その言葉に、僕達は再び言葉を失った。




