僕の願いは
以前執筆しました『おとをきく』の続編になります。楽しんでいただけたら幸いです。
高校生における一大イベントといえば修学旅行だろう。そしてその一大イベントを間近に控えた今日、教室の空気はいつにもなく浮かれていた。
「じゃあ、今日のホームルームは修学旅行の班分けをするぞー。一つの班に五人ずつだ。決まったら前においてある紙に記入しに来い」
わらわらと教室の中のクラスメイトが動き出す。無論、班の人員を確保するためだ。空の周りにも普段仲良くしている友人たちが集まってきた。
「おい空、班組もうぜ」
「あぁ、いいけど」
口で答えながら空は目で教室をさっと見渡した。そして見つけた。目当ての人間は班の人員を確保するでもなく、一人椅子にポツンと座っていた。
「あのさぁ、俺らって合わせて四人じゃん? 一人俺が誘ってもいいか?」
「え、別にいいけど当てあるのか?」
「あるある、おっしゃ! 決まりだな」
空は立ち上がり真っ直ぐ目当ての人間の席に、石野真の席に向かった。
「おい真、班組もうぜ」
教室が一瞬どよめく。真は不意打ちの奇襲に顔を真っ赤にさせ空を睨み付けた。
(おー、怒ってる怒ってる)
教室で目立つことを何よりも嫌う真に今の状態は本意ではないはずだ。しかし、
「真、班の行く当てないだろ。あぶれて目立つよりこっちの班に入って目立つ方がまだましじゃないか?」
身をかがめてコソッとささやいた。
「それはそうだが……。お前のいるグループは目立ちすぎるんだ……」
確かに空のいるグループはスクールカーストの上位に位置する。なので目立つのは当然だ。しかもそこに、カースト下位の人間が紛れるからもっと目立つ。メロンの中にキュウリが混ざっているようなものだ。
(やっぱり、余計なお世話だったか……)
諦めて元の場所に戻ろうとした瞬間、真が立ち上がり驚きのあまり固まっている空の友人たちのもとへ歩み寄った。
「僕がこの班に入っても支障は無いか?」
友人たちは顔を見合わせる。そして慌てて首を縦に振った。
「全然ない! 支障なんて」
「ねーよ!」
「大丈夫大丈夫!」
相当混乱しているな、あれは。その友人たちの慌てっぷりに、空はこっそりと吹き出した。
***
「おい空!」
「ちょとこっちこい!」
ホームルームが終わってすぐ、空は友人たちによってトイレに拉致された。
「お前あれどういうことだよ!」
「いや、何の相談もなくあいつを誘ったのは悪かったって」
「そういう問題じゃねぇだろ! っていうか空って石野と仲良かったっけ?」
「いや、前からあいつに興味あったんだよ。面白そうなやつだなーって。そしたら修学旅行の班五人って言われたじゃん。俺ら四人だし、石野誘ったらちょうどいいかなーと思って」
「いや確かに人数的にはちょうどいいけどよ、そもそも石野と俺らって話とか合うのかよ。せっかくの修学旅行なのにずっとあいつに気を使わなきゃなんねぇのは嫌だぞ」
三人が不安そうな目で空を見た。
彼らは怯えているのだ。石野真という人間がどういう人間かわからない彼らは、真がどういう人間かを判断するものが『スクールカースト下位の人間』という情報しかない。話が合うのか、嫌な奴ではないのか、無事修学旅行の期間を乗り切れるのか、そして何より、高校生活最高のイベントになるであろう修学旅行を台無しにされないか。空はそれらの気持ちが手に取るようにわかった。
そんな彼らの不安を払拭するために、空はにっこりと笑う。
「大丈夫だって! 話は合わないかもしれないけど、おもしれーやつだよ! 多分!」
「……」
「……」
「……」
彼らは不安が全く晴れない顔でため息をついた
***
「ちょっといいか」
真が空に声をかけたのは放課後のことだった。
「あぁ、久しぶりに一緒に帰るか」
「大丈夫なのか?」
「あぁ、もう遅いし、人に見られることもないだろ。それに、真も俺に言いたいこと溜まってるんじゃないのか?」
真はぶすっとした顔で頷いた。
すっかり暗くなった帰り道を二人で歩く。つい一か月前までまだ夕日が照っていた時間なのに今はもう真っ暗だ。着実に冬が近づいていることを物語っていた。
「星が、きれいだな」
「え?」
空が頭上を見上げると、都会の空には珍しくいくつもの星が散らばっていた。眩しいわけでもない、息を吹いたら消えてしまいそうな星が懸命にかすかな光を放っている。
「冬になったらもっときれいに見えるぞ」
「そうだな……」
二人で頭上を見上げながらただ黙って歩く。ふと空が思い出したように声をかけた。
「真、俺に言いたいことあったんじゃねぇの?」
「あっ! そうだ!」
「忘れてたろ、今」
「今思い出したからいいんだ! それより鈴木、昼のあれはどういうことだ!」
次は空がぶすっとする番だった。
「何で名字で呼ぶんだよ……」
「は?」
「前は名前で呼んでくれただろ。俺は名前で呼んでるのに……」
「……鈴木、お前今相当面倒臭いこと言ってるぞ。自覚あるか? 付き合いたての女みたいだ」
「うるせぇな。君、女と付き合ったことないだろ……」
「それはそうだが……。そもそもクラスメイトの前でお前を名前で読んだら、それこそ面倒なことになる。だから僕は鈴木と呼ぶ」
「じゃあ二人の時ぐらい名前で呼んでくれても……」
「呼び間違えるだろそんなややこしいことをしたら。僕が目立つのが嫌なのはお前が一番よく知ってるだろ。僕がお前を名前で呼んだら、周りがほおっておかないだろう」
「まぁそうだけどさ……」
「だから! 何で目立つことが嫌だということを知ってるのに今日あんなことをしたんだよ!」
「あんなことって?」
空はあえてすっとぼけた。
「だから! 何でクラスメイトが周りにいっぱいいたのに僕に声をかけたんだと言ってるんだ!」
「言っただろ。君、ボッチを際立たせて目立ちたいのかよ」
「そういうわけじゃ……。余ったところに入れてもらう予定だったんだよ」
「どうせ余った班俺のところだったって。結果は一緒だろ」
「過程が全然違うだろう!」
「結果が一緒ならそれでいいだろ」
「全然よくない!」
結局二人の議論は何の解決を生むことなく、ただぎゃいぎゃいと騒ぎながら帰るだけとなった。
***
「ごめん、ちょっといいかな」
昼休みに恐る恐る真に声をかけてきたのは、いつも空と一緒にいる友人の一人だった。
「あの、自由行動のときに行く場所を決めたいんだけど……」
真が目を向けるとかすかにビクッと肩を震わる。
(え、僕そんなに怖がられるようなことしてるか?)
首をかしげながら答える。
「わかった。他のやつらはいるのか?」
「あ、うん、いるよ」
真は教室を見渡した。しかし空たちの姿はどこにも見えない。
「そ……、鈴木たちはどこにいるんだ?」
「あ、屋上で待ってる」
「はぁ!? 屋上!?」
思わず声を上げる。
「あっ、ごめんね、わざわざ来てもらうことになっちゃうんだけど……」
「いや、それはいいんだ。ちょっとだけ待ってもらえるか?」
「え? うん……」
真は屋上へ向かうための準備を始めた。
***
「おい真! なんだその格好、もこもこじゃねぇか!」
コート、マフラー、手袋、カイロとフル装備で屋上に向かった真を出迎えたのは大きな空の笑い声だった。今日は快晴で、空にはきれいな青空が広がっていた。そこに大きな笑い声が吸い込まれる。
「うるさい、寒いんだ。そもそもこんな時期に休み時間を外で過ごそうとするのが間違ってる」
「つってもまだ秋じゃん。それでその格好はないわー。真冬どうするんだよ」
「カイロが増えるだけだ」
「マジか!」
二人の時のように騒いでいる二人を他の三人はポカーンと見つめていた。
「え、何? お前ら仲いいの?」
「っていうか空、何で石野のこと名前で呼んでんの?」
「いつの間にそんなに仲良くなったの?」
三人の困惑の声が広がる。彼らからしてみれば、いきなり目の前で犬と亀が会話を始めたようなものだ。困惑するのも無理はない。
「あー、こないだちょっと喋って、気が合っちゃったんだよなー!」
三人と会話しながら空は真にこそっと目配せをした。
(頼むから話合わせてくれよ)
(わかってる)
真はこくっと頷いた。
「その、たまたま話す機会があって、それで少し面白かっただけだ」
「少し面白かったって何だよ!? どんな感想だよ!」
「じゃあどう言えばいいんだ。異文化交流ができて楽しかったとでも言えばいいのか」
「何だその感想!? 普通に面白かったとか気が合ったでよくないか!?」
他の三人は思わず顔を見合わせた。石野真が誰かと会話をしている。それだけでも驚くべきことなのにその相手が全く関わりのなさそうな鈴木空ときた。何があって、どんなきっかけで接点ができたのか、気になることは山ほどあったがそれよりもまず、三人は安堵していた。
(これで気まずい修学旅行になることはなさそうだ……)
この三人だけでなく、空以外のクラスメイトが基本的に真を恐れていたのは、真が教室内で声を出すことがなかったからだ。もちろん、先生から問題を当てられた時や、授業の質問を行うとき、クラスメイトに話しかけられた時の最低限の受け答えは普通にしていた。故に教師は真がクラスメイトに対して自分から声をかけないことに気付いていなかった。得体のしれない何かを認識するとき、人は嫌悪や恐怖、好奇心を覚える。そして真の周囲の反応は、幸か不幸か恐怖に転じたのだ。空の友人たちが一番恐れていたのは、真と修学旅行中に一言も会話をすることなく、気まずいまま修学旅行を終えることだった。しかし空と真のやり取りを見たことでその不安は払拭されたのだ。
「なんか、石野って意外と話せる奴なの?」
「意外とって何だ。普通に会話ぐらいできる」
「いや違うって真、こういうこと言いたいんじゃないんだってこいつらは」
「石野って国語苦手系男子?」
「どんな男子だ」
「やばい、石野面白いなー」
三人はケラケラと笑った。空は少し心配そうに真を見た。しかし真は、空が危惧したような不快感に襲われることはなかった。三人の笑い方が、真を馬鹿にしたものではなく、純粋に面白いから笑っているものだということがわかったからだ。
「それで、修学旅行の行き先を決めるんだろう。僕はわざわざ雑談をしにこんな寒い屋上に来たわけじゃないぞ」
「あぁそうだった。わりぃわりぃ」
空は手に持っていた旅行雑誌を開いた。
「一日目の大阪と二日目の奈良は団体行動だから基本的にクラスで動く。だから行き先は決まってる。でも二日目の京都は班の自由行動だから好きな場所に行けるよな。そこで、ちょっとでも多く遊べるように、行く前に計画を立てようぜ! って話なんだよ」
「まぁ、そんなことだろうと思った」
「用意周到な俺のおかげで、なんとここに京都の旅行雑誌があります! 皆、どんどん行きたいところ言ってくれ」
真と三人は、空が持ってきた旅行雑誌をパラパラとめくった。
「京都とか滅多にいけないから、やっぱ王道所に行きたいよなぁ」
「俺金閣寺行きたい!」
「僕は清水寺かなぁ」
「俺は伏見稲荷!」
空は口々に出された意見をメモにまとめる。
「真は? どっか行きたいとこあるか?」
真は少し黙ってから口を開いた。
「僕は、この意見を全部叶えるのは無理じゃないかと思う」
「え、なんでだよ」
「これ、見てみろ」
真が示したのは、京都の観光名所が描かれた地図だった。
「伏見稲荷と金閣寺の位置がこんなに離れている。この二つに向かうことは不可能ではないだろうが、観光できる時間……、君たちで言うところの遊べる時間がかなり少なくなるぞ」
四人は地図を見てそろって眉をひそめた。
「本当だ」
「これ、移動にかなり時間がかかるな」
「もし行けたとしても、他の場所を回る余裕はなさそうだな」
「どうしようか……」
四人は考え込んだ。その様子を見て、真が恐る恐る口火を切る。
「あの、観光の範囲を絞ったらいいんじゃないかと思うんだ」
「え?」
四人が一斉に真を見る。その勢いに若干押されつつ、真は説明を続けた。
「僕たちは朝京都駅について、それから自由行動。そのあとまた京都駅に夜の四時に集合しなくてはいけない。京都駅からなら伏見稲荷と清水寺はそう遠くない。でも伏見稲荷の周りには、観光要素が少ない。だから、一番最初に伏見稲荷に向かって、残りの時間で清水寺とその周辺を観光するのはどうだろう。清水寺の周りなら、店や神社もたくさんあるだろうし、歩けば祇園にも行ける」
真の説明を四人は頷きながら聞いた。
「ただ、そうなると金閣寺には行けなくなる。皆の中で、君だけの意見が通らないということになるんだが、どうだろうか」
金閣寺を提案した空の友人に、真はおずおずと尋ねた。
「別にいいって。確かに金閣寺に行けないのは残念だけどそれよりも俺は皆といっぱい遊びたいんだよ」
「そうか」
真はホッとしたように息を吐いた。
「じゃあ、伏見稲荷と清水寺は確定で。他に行きたいとこは、清水寺周辺で考えてくれ」
最後に空がまとめ、その日の少し変わったメンバーでの会合はお開きとなった。
***
「いいやつらだっただろ?」
一緒に帰ることになったその日の放課後、空は真に尋ねた。
「あぁ、皆、普通に僕と話してくれた」
真は嬉しそうに答えた。そして首を傾げる。
「最初の方は、怯えられていたような気がしたんだが、気のせいだったのかもしれない」
(いや、それは気のせいではないよ……)
空は心の中でこっそりと呟いた。代わりにあははははと笑ってごまかす。
「修学旅行、楽しめそうか?」
「あぁ、お陰様で、だ」
真の声が心なしかいつもよりも弾んでいた。その様子を見た空は微かにほほ笑む。
(こいつの友達は、もうすぐ俺だけじゃなくなるんだな)
空は、真が皆と馴染めていることに対する安堵と、少しの寂しさを感じていた。
***
さてついに修学旅行当日がやってきた。この日ばかりは空も真も、純度百パーセントで浮かれていた。東京駅から新幹線に乗り出発する。
「やっべー、俺新幹線初めて乗った」
「僕は何回か乗ったことがある」
「超静かに走るんだな」
新幹線に乗るだけでこのはしゃぎ様である。しかも運のいいことに、修学旅行の日程は三日とも晴れの予報だった。なので大阪へ行く道中、新幹線の窓からはきれいな富士山を見ることができた。富士山が現れた瞬間、修学旅行生で埋まった車内はどよめきに包まれた。
「大きいな」
「さすが日本一!」
普段見ることのできない景色にクラスメイト達のテンションはますます高まっていった。
東京駅から出発して約三時間、新幹線は大阪駅に到着した。一日目の行き先は、東京でも有名な大型テーマパークだった。入り口には平日にも関わらず多くの人が並んでいた。一歩中に入るとそこにはカラフルな非日常の世界が広がっていた。定期的に轟音をあげて通るジェットコースターが否応なしにテンションを高ぶらせる。
「おい、お前ら行こうぜ!」
空は、着いてすぐに真と友人三人を捕まえ、そのテーマパークの目玉でもあるジェットコースターに向かっていった。その結果、
「酔った……」
グロッキー状態へと成り果てた。
「情けないな全く」
「空ぁ、大丈夫?」
「生きてるか?」
「ちょっと休め」
「いや……皆ほんとごめん……」
いたるところに設置されているベンチにぐったりと座った。
「皆、俺には構わないで他のアトラクション乗ってきてくれ。俺に付き合ってもらっちゃ俺が申し訳ねぇよ」
「いや、でもせっかく皆で来たんだし……」
「どっちにしても俺、もう激しいアトラクションは乗れそうにないよ。俺が休んでる間に他のジェットコースター乗って来いよ。まだ乗り足りないだろ?」
空は、友人たちが絶叫系を大好きだということを知っていた。そしてこのテーマパークに来てジェットコースターに乗りたがっていたことも。
「俺は大丈夫だからさ、行ってきてくれよ」
三人は顔を見合わせる。顔には苦渋の色が浮かんでいた。そのとき、
「鈴木は僕が見ておくよ」
声を発したのは真だった。
「正直僕ももう絶叫系はつらい。鈴木と一緒に休憩しておくよ。少しましになったらゆったりしたすいているアトラクションにでも乗ってくるさ。だから乗りたいものに乗ってくればいい」
三人はパッと顔を輝かせた。
「いいのか石野」
「本当にありがとう!」
「乗り終わったらスマホで連絡するよ!」
三人はアトラクションの方に走っていった。
「よかったのか? 真」
「絶叫系がもうきついのは本当だ。お前が気に病むことは無い。ちょっと待ってろ」
真は少しの間その場を離れた。そして戻ってきたその手にはミネラルウォーターが握られていた。
「これを飲め。少しはマシになるはずだ」
「あぁ、ありがとう」
冷たい液体がのどを通る。その温度が心地よかった。ミネラルウォーターを半分ほど消費したところで空の容体はようやく落ち着いてきた。
「うん、もう大丈夫だ。真、ありがとう」
「いいんだ。それより、体調が戻ったなら何かアトラクションに乗ろう。激しくないやつ」
「そうだな!」
二人はサメが出てくることで有名な船のアトラクションに乗ることにした。炎が激しく燃え水飛沫が顔に降りかかる、迫力のあるアトラクションだった。ちょうどそのアトラクションに乗り終えた後、三人から合流しようと連絡が来た。ちょうどそのアトラクションの前で待ち合わせる。
「おまたせー!」
「うわっ」
「おぉ!?」
不意打ちで二人の頭に何かやわらかいものが被せられた。見るとそれはテーマパークのキャラクターを模した帽子だった。ふかふかしていて、黒い犬耳がついている。
「どうしたんだこれ?」
「皆でかぶろうと思って! 二人の分も買ってきたんだ」
「石野、空の面倒見てくれてありがとうな! これ、そのお礼だから!」
真は不意打ちの衝撃を受けて目をきょときょとさせた。そしてその帽子をかぶり直す。
「あ、あぁ……。こちらこそ、ありがとう」
少し照れたようにお礼を言う真を見て、三人の顔がパッと輝いた。
「よーし! 次は五人で回るぞ!」
五人は次のアトラクションに向けて元気よく歩き出した。
***
二日目の奈良は、クラス単位での団体行動だった。東大寺や奈良公園など、修学旅行生お馴染みの場所を巡る。大きな大仏を見て感嘆の声を漏らし、奈良公園で鹿と戯れた。また、写経体験も行った。もちろん体験用の短いものだが、普段扱いなれない筆を使うことで、かなりの時間を要した。
「つっかれたー!」
「目がちかちかする……」
「なぁ空、お前写経の最後に書く願い事、なんて書いたんだ?」
「え? あー、俺は……」
本当はずっと真と一緒にいれますようにと空は書きたかった。今仲のいい友人たちのことはもちろん好きだしずっと付き合っていきたいと思っている。そして彼らとは高校を卒業した後も付き合いが途切れることは無いだろう。彼らは気のいい人間だからきっと遊ぼうと誘えば答えてくれる。心地よい関係がきっとずっと続いていくという確信があった。しかし真は違う。良くも悪くも何を考えているのか読めない。だからこの先、真が空に構ってくれるという保証は無かった。だから真とずっと一緒にいたいという願い事を書きたかったのだが、さすがに誰に見られるかわからない状況でそれを書くのは理性が押しとどめた。
「俺は成績が上がりますようにって書いたな」
「超わかる! マジそれ!」
結局は高校生として無難な願い事を書いて終わらせた。
(これで本当に成績が上がったら苦労しねぇんだけどな)
筆を片付けながら、こっそりそんなことを考えていた。
***
三日目、京都の自由観光の日であり修学旅行最終日だ。朝早くに奈良を出発し、九時に京都駅に到着した。
「今から解散だが、新幹線の時間があるから四時にここに集合だ。絶対に時間は守れよ。新幹線は待ってくれないぞ。特に鈴木!」
「えー!? 大丈夫ですよー!」
教師たちに釘を刺されつつ、空たちの京都観光は始まった。
まず京都駅から電車に乗って伏見稲荷へ向かった。伏見稲荷大社は京都駅から近く、電車で十五分程度で到着する。まだ朝が早いからなのか、有名な観光地にも関わらず人は少なかった。伏見稲荷といえば有名なのは千本鳥居だ。千本鳥居は本殿の後ろにあった。千本鳥居と言われながら、しかし確実に千本以上は並んでいるであろう鳥居の中を空たちはゆっくりと通った。その厳かともいえる空気に呑み込まれ、声を発する者は誰もいない。鳥居と鳥居のすき間から朝日が差し込み五人を照らす。そして全ての鳥居を通り抜けた先には奥社が待っていた。五人でお賽銭を投げ入れ、手を合わせる。
「おい、これ見ろよ」
友人の一人が指さしたのは、二つの並んだ石灯籠だった。
「おもかる石だって」
「何それ」
「この石を持って、予想よりも軽かったら願いが叶うらしいよ」
「え、マジで!? 面白そう! やってみようぜ!」
空たちは順番に並んでおもかる石を持ちあげることにした。
「えっ! 無理! おっも!」
「あーあ、それ願い叶わねぇわ」
「何お願いしたの?」
「彼女できますようにって……」
「それ絶対叶わねぇわー!」
「うるさいな!」
ぎゃいぎゃいと騒がしい三人を横において、空は石を持ちあげた。
「お? ……軽い」
「何だと!?」
友人たちは目の色を変えて詰め寄ってきた。
「空! その石が軽いわけないだろ!」
「いや想像より軽かったんだって。ほら、お前らが重い重いって騒ぐから、超重いんだろうなと思って覚悟して持ったんだけど、普通に持てたから……」
「なんだって!? じゃあ空に彼女ができてしまうのか……」
「いや、俺彼女欲しいとか願ってねぇし……」
あれこれ騒いでいる間に、真も石を持ちあげた。
「……軽いな」
「何でだー!」
友人たちは今度は石野に詰め寄った。
「石野ぉ! 俺たちは友達だよな!?」
「あ、あぁ?」
「あぁ? とは何だ! うん、だろ!?」
「う、うん……?」
「その友達が彼女のいない孤独に打ち震えているのに、一人だけ彼女を作るというのは愚かしい行為だと思わないか!?」
「え? いや、僕は彼女が欲しいと祈ったわけじゃないんだが……」
友人たちは目をぱちくりとして固まった。そして笑って真の背中をバンバン叩く。
「何だよ石野! そういうのはもうちょっと早く言えよ!」
「いや、願い事が彼女が欲しいで統一されてるなんて、普通考えないだろ」
「何言ってんだ! 全高校生の願いだぞ!」
「その全高校生に僕は含まれていないな……」
真は軽いため息をついた。
「それで、石野は何をお願いしたんだ?」
真はしばらく黙り、フッと笑った。
「口に出したら願いが叶わなくなる。だから内緒だ」
「何だとー! 石野のケチー!」
「ケチで結構だ」
真は不敵に笑ってきた道を戻り始めた。
「あ、ちょっと待てよー!」
空の友人たちは真を囲い込む。その様子を空は後ろから複雑な思いで眺めていた。
一度京都駅に戻り、そこからバスで清水寺に向かった。時間は十二時前。ちょうどお昼時だった。
「腹減った! なんか食おうぜ」
「確かにお腹はすいたんだが、どこかの店に入る時間はそんなになさそうだぞ」
「清水寺の前の三年坂で食べ歩きしようぜ」
「それいいな! 俺かーちゃんから三年坂の七味、お土産に買って来いって言われてるんだよ」
「俺、妹からつげ櫛買ってきてって言われてるんだ」
各自、抹茶ソフトや団子を買って腹を膨らませる。特に飛騨牛を使っているという肉まんのお店はとてもおいしかった。飛騨は京都ではないんじゃなかろうかという疑問はこの際置いておく。おいしければいいのだ。お土産も各自購入し、ついに五人は清水寺へ足を踏み入れた。階段を上り、入場券を購入する。清水寺は伏見稲荷とは違い、多くの人でごった返していた。それもそのはず。今は紅葉シーズン。清水寺から見える景色が一番きれいな季節のはずなのだ。多くの人のすき間を縫い、空たちはついに清水の舞台へと辿り着いた。
「おぉー!」
「すげぇ!」
目の前に広がっていたのは真っ赤な紅葉だった。木によって赤の濃淡が違い、綺麗なグラデーションになっていた。五人は食い入るようにその風景を眺めた。しかし後ろにはまだまだ人が並んでいる。あまり長居もできず、早々に舞台から撤退した。
「この後どうする?」
「あ、俺、縁結び神社行きたい!」
「え? どこにあるんだよ」
「ここ、清水寺にあるんだよ!」
「えっ、寺の中に神社があるのか」
友人が言った通り、清水の舞台から出て外に出た所に鳥居が立っていた。
「ここには恋占いの石があるんだ! 俺はまだ彼女を諦めていないぞ!」
「嘘だろ、どれだけ執念深いんだよ」
「恋占いの石って何だ?」
「神社の中に二つの石が置いてあるんだ。その石の間を目を瞑ってわたることができれば恋が叶うというわけだ!」
「そうかよ、頑張れ」
鳥居のある階段を上ってみると、そこも人でごった返していた。
「おい、これ石の間を目を瞑って渡るなんて無理だぞ。絶対人にぶつかる」
「なんだって!?」
彼は悲痛そうな声を上げた。
「それはあんまりだ! これのために清水寺に来たといっても過言ではないのに!」
「マジかよ動機が不純すぎねぇ?」
「頼む! 目をつぶって歩くから誘導してくれよぉ!」
「……仕方ないなぁ。ほら、石の前に立てよ」
「本当か! ありがとう!」
ため息をついた空たちは、彼女が欲しいと騒いでいる友人の誘導を始めた。
「はい、オーライオーライ、アーすみませんお客さん、少々お待ちを」
「え、ちょっと待って、超恥ずかしい誘導の仕方してない?」
「彼女が欲しいならこれぐらいの誘導耐えて見せろ。はい、オーライ、あ、もうちょい右でーす」
彼はフラフラしながら歩き、ついに対岸の石まで辿り着いた。その瞬間に周りのお客さんからも拍手が起こる。
「うぉー! 皆さんありがとうございまーす!」
彼は満面の笑みを浮かべていた。その様子に思わず真も吹き出してしまった。
「うわっ! 石野笑った!」
「えっ! 嘘、マジで!?」
「は? 僕の笑った顔がそんなに珍しいか?」
真は首を傾げた。
「いや珍しいって言うか……」
「初めて見た……」
「え!?」
真は思わず空を見た。すると空も同意するようにコクコクと頷いている。
「おい石野ー! お前笑ったら親しみやすいじゃん!? 普段からもっと笑えばいいんだよ!」
「無茶を言うな! 笑いたい時に笑えるわけじゃないんだ!」
「何だよー! 能面みたいなやつかっと思ってたけどちゃんと笑えるんじゃん!」
「の、能面!?」
目を白黒させながら、真は目線で空に助けを求めた。しかし空は、少し強張った顔をしてこちらを眺めているだけだった。
「……おい、」
どうした、と声をかけようとした時、三人があーっと叫んだ。
「どうした?」
「時間がやばい」
時計を見ると、時間は三時を示していた。
「っ!」
「この後八坂神社も回る予定なのに! 走るぞ!」
「ちょっと待て、行くのか!? 八坂神社に!? 諦めて京都駅に向かった方が……」
「諦めたらそこで終わりだ!」
「それっぽいことを言うんじゃない!」
五人は慌てて八坂神社に走っていったのだった。
***
「ま、まにあったぁ……」
息も絶え絶えの五人が京都駅の集合場所に到着したのは、三時五十九分十五秒のことだった。
「よし、間に合ったな。あと四十五秒遅ければ、お前らを放って帰っていた所だ」
教師は時計を見ながら頷く。
「ぼ、僕は、やめておこうって言ったのに……」
真は咳き込みながら三人に恨めし気な目を向けた。
「旅は道連れって言うだろ……」
「一蓮托生だよ……」
「死なば諸共だな……」
「どれも何か違うだろう!」
真はがっくりと肩を落とした。
「さて、全員がそろった所で、今から東京へ帰る。家に帰るまでが修学旅行だ。気を抜かないように」
こうして空たちは、関西の空気に別れを告げた。
***
「お前、なんかあったのか」
真が空に声をかけたのは帰りの新幹線の中だった。三日間の疲労が蓄積していたこともあり、空と真以外のクラスメイトは行きの車内と打って変わって静かに眠っていた。
「さっきから様子がおかしいぞ」
「いや、何でもない」
空は黙って窓の外を眺めていた。昔から人と接することの少なかった真にはこんな時どうしたらいいかわからない。だから素直に気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、おもかる石の時、お前なんて願い事したんだ?」
まさかお前も彼女か? 訝しげに尋ねる真に思わず空は吹き出した。
「違うよ」
「じゃあ何だ?」
「口に出したら願いは叶わないんじゃなかったのか?」
「それはそうだが……」
むぅっと真が黙り込む。
「そういう君は?」
「え?」
「真はなんて願い事をしたんだよ」
「あぁ、お前とずっと一緒にいれますように、かな」
「……はぁ?」
空の声が思わず裏返った。
「お前はさ、僕以外にもたくさん友人がいるだろ。僕はその友人の中の一人でしかない。なんていうか、思い知るよ。僕はいつ君に愛想付かされてもおかしくないんだってことを。だから、修学旅行一緒に回ろうって誘ってくれたのは嬉しかったさ。少なくとも一つ、確実な思い出が出来たんだ」
「なんっだよそれ」
空の顔が大きくゆがんだ。空も真も、考えていたことは一緒だった。そのことがわかり、嬉しいやら安堵やらで空の顔は大変なことになった。
「っひ、人に願い事を言ったら叶わないんじゃなかったのかよ」
「あぁ、お前ならいいかと思ったんだ。本人だしな。……おい、どうしたんだ泣いてるのか?」
「泣いてねぇよ!」
顔を覗き込む真から空は顔を背けた。
あぁそうだ、こいつはいつも、何気ない一言で俺を救うんだ。
「そうか」
真はすっと空から離れた。そしてポツリと呟く。
「なぁ空、これから先ずっと僕と友達でいてくれるか?」
「っあたりまえだろ!」
なんでこんな時だけ名前で呼ぶんだ。本当にずるいよ君ってやつは。
同じ願い事をしたんだ。絶対に叶うさ。
新幹線は二人を乗せ、ゆっくり日常へと帰っていった。




