彼女は勇者に恋してます。〜 先に続く道。
……、私は今……、人生において、一番大きな賭けをしている。それは負ければ喰われるというもの。勝てばきっと道が続いている。
「こい!魔法が無ければ弱いと思ってるだろう!私は負けない!」
もう何時間繰り返してるのだろう……、何時もならここを通り抜ける時は、魔法を駆使して向かってくる輩を浄化し、消し飛ばしている。
だけど今は剣一本で戦いながら進んでいる。相棒の杖を剣の姿に変えた。それから身に宿る力は使っていない。
「いいか、杖を剣に変えたら詠唱してはいかん、まぁ命の危険が来たら……仕方ないと諦めて使え」
私のお師匠様にそう言われた。命の危険……さっきから何回あったか、その度に口に出そうになる『詠唱』を噛み締め殺す。飲み込む、それは巡る血の中に戻り熱を高めていく。
熱い、暑い、熱い……身体の中が燃えるよう。息が上がる。取り囲むこの森に巣食うヨカラヌヤツラ……、魔力が満ちる血を持つ女を捉えて喰らうモノ達。
舌なめずりをして私を見てくる腹を減らしたヤツラ。イヤだ!嫌だ!こんな奴等の餌になりたくない!力が高まっていく……外に出ようと、喉元にこみ上げる。どうすればいい。
「きっかけを掴め!」
お師匠様の教え。きっかけ……きっかけ、それを手に入れれば……私は欲しい力を手に入れる事が出来る!共にどこまでも行ける。きっと!だから、
「私は強くなりたい!最高の相棒になりたいの!肝心要で守られるのじゃなくて!そこをおのき!先に進む!」
汗とヤツラの体液でヌルヌルとしている手を、片方づつ着ているもので拭うと、再びしっかりと握りしめた。そんな私をギョロギョロと見てくるヤツラ、ハラヘッタ、ハラヘッタと、間合いを詰めてくる、私は……!負けない!
「まだまだぁぁー!」
先に進む為に、道を切り開く為に斬りかかる。
☆☆☆☆☆
「無詠唱?やめとけ、魔力の流れが壊れたら……ダメになっちまうぞ!せっかく上級にまで登り詰めているのに……」
お師匠様のところにやってきた私。今使っている術式を変えたいと相談したら、案の定ダメ出しされてしまった。
「何が不足なのだ?ありとあらゆる呪文を唱える事ができ、具現化もかなりの腕前だろ、天地に住む精霊とも、交信出来ると言うのに……」
「でも、お師匠様も前に使えるって……。私、どうしてもそうなりたいのです」
「……、俺は詠唱するぞ?そっちのが楽だからな、ん?………そうかぁ、それで使いたいのだな、でも女のお前では大変だぞ?術の錬成に、体力勝負のところがある」
「大丈夫です!お願いします!どうすればいいのですか?どうしても必要なんです」
私は勇者と旅をしている。一つの討伐が終わりとある国で休んでいたら、『沈黙の城』で何か不穏な動きありとの知らせか飛ばされてきた。それを掴んだのは共に旅している勇者。
「沈黙の城か……、独りで行くから、大丈夫、無言の業は受けたし、気配も消せる、心配するな」
「でも!不穏な動きって書いてある、私だって気配は消せるし、ついていく!」
そう言ったけど……だめだと言われてしまった。
「気配を消せても……戦いはどうする?君は『詠唱』をしなくては力を使えないだろ」
心配するな、そう頭にポン、と手を置かれて……、悔しくて悔しくて!なので私は、ハズレの谷に住む、お師匠様のところにやってきた。
「……ふーん『沈黙の城』……そして戦力外にされた。ほおお、ソウカソウカ、まぁ弟子っ娘の、恋の道に手助けするかな、ん?そういやお前んちの勇者は、イケメン。くくく、お前!面食いだったな、そういや、クヒヒ」
ニヤニヤとしながら私の頭の中を読んで来た。お師匠様は当たり前なのだが、私より魔力が高い、なので仕方がないけれど。たけど意味有りげに、ニヤニヤ笑われるのはちょっと苛つく。
「……、もう!そうです!お師匠様もイケメンだったから弟子入りしたんです!強くなりたいのです。小さな声でも詠唱するとダメだって、反響の術がかけられていると聞きます、口の中でつぶやいても、響いてしまうから……、相方一人で行くって……でも!付いていきたいのです!だって悔しくて」
ふんふんと親身に聞いてくれるお師匠様。
「そうかぁ、そうだったよ、確か俺は、一度ボコボコにされて出直したんだ、で、急ぐのか?」
「はい!置いてけぼり食らってるので、一刻も早く追いつきたいのです!」
「急ぎかよ、一週間程あれば、お前の事だから無茶せず覚るんだがな……俺の良く出来た弟子だからな!で、お前、剣術使えたか?」
「あんまり、一応型だけ覚えたけれど下手です。完全に実践不足。それに斬るのは勇者担当だし……」
「そうだよな、奴等は聖剣持ってるしな……、うーん、女の子にはこの方法はなぁ……ある事はあるんだな、一か八かの大勝負になる」
渋るお師匠様。どうやら危ない事らしい。でも私は、どうしても必要だったので頼み込み、無理やりに聞き出した。
「それはな、かかりに魔法をつかわず、ハズレの森を通り抜けをするんだ、もちろんなんやかやと襲って来る、それは剣で討伐するんだな、すると……『存在』が意識できる。そしてそれを動かす事が出来れば、無詠唱で使えるようになる」
☆☆☆☆☆
柄を持つ手に力を込める。熱い、熱い、血が沸き立っている。喉にこみ上げる塊。コレが『魔力』の存在、今までは、漠然としかわからなかった。今ハッキリと分かる、内にある異質な存在。それを……どう使うか。込み上げて来ては押し込める。
「存在を動かす事が出来れば、使える様になる」
私の周りには累々たる屍。ムッとする瘴気が色濃く立ち昇っている。それは濃度が濃くなるに連れ、私に毒霧となり私にダメージを与えてくる。身体が痺れ、耳鳴りがする。酷く気分が悪くなる。
「セイア!清めの魔法を地に、空にかけろ!」
ジンジンとする頭の中で、勇者の声が聞こえる。彼は私の前にいつも立っている。勇者だからと、私は後方から支援している。戦う事は出来る。焼き尽くす事も、凍らす事も。なのに私は前には出ない。
「勇者の仕事を取るなよ、聖剣が泣くだろ」
そう言って怯むことなく、斬り込んで行く。私は場を作る、大きな結界をはる。瘴気が空に昇り広がらない様に、戦う彼に、天地に存在する、清浄なるモノ達の気脈を分け与えられる様に……。
「ぐ……、何時も、何時も背中ばかり、背中……私は、わたし、は……、そんなの」
暗黒の森で出会った二人組を思い出す。背合わせに陣を組み、戦っていた。魔法使いは……次々と攻撃、防御を繰り返していた、詠唱の声など無かった。
「……速かった、あんな、風に……わた……しも、く……」
呼吸が困難になってきた。命が危ないと本脳が知らせてくる。呪文を唱えて楽になりたい、ボヤける意識の中で喉奥深くにある、熱くドロリとした『塊』が込み上げてくるのを抑える。
「存在を動かす事が出来れば、使える様になる」
――ソレを動かす?熱いスライムみたいなのを……下げてみる。
ジリ……と身の内を焼くように進んだ……喉から鎖骨の窪みにソレがウズウズとしている……。
――動かせた?ガクガクと膝がわらう中、何かを掴んだ。意識を飛ばさぬ様に、柄を持つ手に力を、目は刃に向ける。
そして『塊』に集中をする。周りには私を喰らおうとするモノ達が、崩れ落ちる瞬間を、下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをしながら待ち構えている。
『オレは手』
『オレは目玉と、腸』
『骨はコリコリ、乙女の血は甘い』
クキキ、ヒヒヒ、イヒヒヒ……、私をバラして分ける相談の声。冗談じゃないわ!喰われてなるものですか!ギリギリで踏みとどまっている、自分に叱咤激励をする。
この森を抜けて……追いついて、出会ったら……、私を見て……何というかしら。
「お前!どうしたんよ、ボロボロ?」
きっとそう言って、不機嫌そうに帰れと言って……そこで私は……新しい術式で力を見せて……、呆れた様に見られるかな、それとも……、未来を考える。それは希望。
周りの奴らの事を意識の外から出す、集中をする、ソレを動かす、鎖骨の窪みに、ウズウズとしている熱を、利き腕の方向に……動かす。そして下に下に……慌てずに、あわてずに、肘に、手首に……息が上がる。気を散じたら弾けて口から出そう。
もう少し、もう少し……頭の中で……浄化の呪文が浮かんでくる。奥歯を噛みしめる。唇をきゅっとしめる。ジリジリと下がる力、分かるわかる、手のひらに集める。
集める 集める 集める、まとめる 高める そして……
出来るか、手を通し柄にソレを入れるイメージを持つ。応えて、私の『杖』……、形を変えているけどコレは私の杖、私の……コココココ……、応える様に震える剣。そして、言葉を出した。
「私は……!負けない!」
喉には何時もの感覚はない、代わりに利き腕が、燃えるように熱い!チリチリと熱を放ち始めた剣を、私は大上段に振り上げた!
「セリア、待ってろ、直ぐに帰ってくるから」
勇者の声が耳に聞こえる。冗談じゃない!私は、私は……!
「強くなり、追いかける!追いついてみせる!絶対に、負けないんだからぁぁ!」
叫び声と同時に大きく一歩踏み込み、上に飛び上がる。目の先にいた敵の脳天目掛けて、渾身の力を込め振り下ろした!練り込まれた浄化の呪文の力が光となり、軌道に沿い線を描く、ガッ!グシャ刃が入りこむ。
そのままに斜めに下ろした!頭半分切り落としていた、目玉がドロリと溶けている。切り口がジュクジュクと、嫌な色のアブクを立てて沸立っている。
『キャジャァァァァ!あ、あ、ア』
斬られたモノの、断末魔の声、ズジャ!ドォ……音立て倒れたソレ。そして、私の周りの瘴気が消え、澄んだ空気が新たなる力を与えてくれる。
『キャジャァァァァ!』
雄叫びを上げ、ズザッと下る生き残った奴ら、出来た。出来る!私は身体の中のソレを集める。血に巡る力を、私の意のままに、動き集める事が出来る。
「……!これで、これで!行ける!そこをおどき!私は、前に進むのだから!」
剣を構えて、共に旅をしている勇者の様に、斬り込んで行く、ヤれる、絶対に出来る!私は勇者が好き、大好き。出会った時から……ずっとずっと!
共に歩いて生きたい!一緒に知らない世界を見たい、ずっと側に、ずっと側にいたいから!私は……。
――、強くなる!なってみせる!
「だから!私は先に進む!歯向かうヤツは斬り捨てる!」
剣を振り上げる、身体が熱い!耳に聞こえるお師匠様の声……。
「流石は俺の弟子っ娘!頑張れ」
もちろん!と私は応えた。
終。