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公爵家令嬢は従者と箱庭で恋を育む4

 目を覚まし寝台の上で起き上がる。

 見渡した部屋の中にはフランの姿はない。そのことに一抹の寂しさを感じるけれど仕方がないことだ。彼はこの箱庭で恋人を演じてくれているけれど、本来は従者なのだから。フランにはこなさなければならない日々の仕事があるのだ。


 ……フランは私のことを、どう思っているのかしら。


 そんなことをいまさら考えてしまう。

 恋人を演じてくれる程度には、嫌われてはいない。『一緒に逃げよう』と言ってくれる程度には、深い同情もされている。触れるのを厭わない程度には容姿も彼の嗜好に合っている……そのはずだ。


 けれど彼が本心でどう考えているのかは、怖くてとても訊けない。


 本当に愛していると言われても、同情だけで愛してはいないと言われても。

 私は、どうしていいのかわからなくなってしまうだろうから。

 寝台から下りて、夜着を体から落とす。すると時間通りにメイドがやって来て、器用に制服を着せていった。


「お嬢様、扉の隙間にこれが……」


 制服を着せ終えたメイドが少し困った顔で、私に封筒らしきものを差し出した。部屋に入ろうとした時に扉の隙間から落ちたらしい。

 私は彼女から封筒を受け取ると、送り主の名前を確認して眉を顰めた。

 『レイン・エインワース』。封筒にはしっかりとそう書かれていた。メイドが困った顔をするわけね。


「……レインからなのね」

「捨てておきましょうか? お嬢様」

「いいえ、読むわ」


 エインワース公爵家にいる頃から私付きのメイドである彼女は、私に同情的な数少ない人物だ。気遣うような表情の彼女に微笑んで、退出するよう言ってから私はその封筒を開けた。


『ヒーニアス王子のことで内密にお話があります。放課後、校舎裏の大木のところにお一人で来てください』


 ……封筒に入っていた便箋にはそう書かれていた。義理の妹とはいえ、筆頭公爵家の令嬢を一人で呼びつけるなんてなんとも不躾だ。

 無視をしてしまおうかと、最初は思った。用件は大体想像がつくもの。先日のお茶会のヒーニアス王子の口ぶりからすると、レインを愛妾にする気はないらしい。ヒーニアス王子の心が離れたことへの的外れな抗議か、愛妾になることへの口添えの依頼か……そんなところだろう。


「どうしようかしら……」


 小さく息を吐いて、私は呟く。愛妾になることへの口添えの方なら。彼女が王子の愛妾になることは、私にだってメリットがあることだから別に協力してもいい。的外れな抗議の方なら……まともに取り合わなければいい。行くだけ行ってみようかしら。


「マーガレット、そのお手紙は?」


 いつの間にか部屋へ入って来ていたフランに手紙のことを見咎められた。彼は私の肩に顎を乗せるようにして、手紙を覗き込んでくる。艶のある黒髪がさらりと頬に当たって少しくすぐったくて、それが心地いい。


「……レインからよ。放課後内密な件で話があるから一人で来て欲しいんですって」

「ヒーニアス王子の件ですか……なんて図々しい」


 フランから聞こえる声はなんだかとても渋いものだ。


「今まで彼女のせいでマーガレットは苦しんできたのですから。放っておいていいのでは?」

「愛妾として王宮に上がりたいから口添えろという話であれば、私にもメリットがあるわ」

「愛妾なら、別の女性をあてがえばいいのです。わざわざ彼女に協力する必要なんてない」


 彼の方に体を向けてその表情を見ると、めずらしくかなり憮然としたものだった。細い目はさらに細くなり、口元は苦い薬を飲んだ後のようにへの字に歪んでいる。それがおかしくて私は思わず吹き出した。


「マーガレット。私は真剣なのですよ……」

「ごめんなさいね、フラン」


 私はフランの手を握り、その青の瞳を見つめた。


「私のために怒ってくれて、ありがとう。そんな貴方が大好きよ」

「マーガレット……」


 フランの白い頬に僅かな朱が差す。いつ見てもフランの顔には特徴がない。ここまで普通の顔って逆になかなかないんじゃないかしら。

 だけど絶世の美貌なんかよりも、今はこのお顔が。世界で一番大好きだわ。


「レインの話を聞くのは、今回だけにするわ。残り少ない卒業までの時間を、貴方以外のために使うのは……私だって嫌だもの。話が終わる頃に迎えに来て?」

「私も一緒に……」

「平気よ。少し義妹と会うだけなんだから。過保護すぎるの、フランは」


 そっと体を寄せると優しく抱きしめられる。フランは一見細身だけれど、密着すると逞しい。ハドルストーン家は騎士の家系だと聞いて私は納得したものだ。


「ではせめて。少し離れたところで見張らせてもらえませんか?」

「……フラン。だから過保護だと」

「……わかりました」


 フランはとても不服そうだけれど。学園の警備は下手をすれば王宮よりも厳重である。……仮にも身分ある家の子息子女を預かる場所なのだから、安全性が保たれていないと話にならない。

 そんな場所で義妹と数分立ち話をするだけなのだし、そんなに心配しなくてもいいのに。

 ……フランに心配してもらえるのは、嬉しいけれど。


 笑い合って、何度か口づけてから。私たちは校舎へと向かった。

 放課後のことを思うと少し気が重いけれど。レインの話を聞いて、できることであれば協力し、できないことであれば無理だと言って、理不尽だと思えば相手にしなければいい。それだけのことだ。


 レインは……私が何度訴えても、奪われる者の苦痛を理解しようとしてくれなかったわね。


 そんなことを、ふと思う。

 その彼女が今、私になにかを訴えようとしている。


 ――奪うのは平気で、失うのは嫌なのね、レイン。


 昏い気持ちが、心に満ちようとする。

 けれどその気持ちは……フランの顔を思い浮かべるとすぐに引いていった。


 フラン。貴方に恥じない私に……私は、なれているのかしら。

レインさんからの不吉な呼び出し。


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