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公爵家令嬢は従者と箱庭で恋を育む1

 今までの人生はモノクロだったかのように。フランと一緒にいるようになって私の人生は色づいた。

 けれどこれも、ヒーニアス王子との婚姻までのことなのだ。彼との婚姻後はレインと愛を育むヒーニアス王子を横目に見ながら、また無為にモノクロの時間を過ごすのだろう。

 ……ヒーニアス王子と婚姻した後も、フランが側にいてくれないかしら。そんなことも思うのだけれど、彼は伯爵家の長男で跡取りなのだ。いつまでも私の側にいてくれるわけではない。

 

 こんな私がおこがましいけれど。……私は、フランのことが好きだ。

 好きになって、しまったのだ。


「私は、なにを生き甲斐にすればいいのかしらね」


 寮の部屋でフランが淹れてくれた紅茶を口にしつつ、私は小さな息を吐いた。彼はその言葉を聞いて、困ったように眉を顰める。


「立派な国母になることを目標にしたらいいのかもしれないけれど……」

「けれど?」


 フランが首を傾げると綺麗な黒髪がさらりと揺れた。目立たない顔のフランだけれど、手や髪などのパーツはとても綺麗だ。そのことに最近になってようやく気づいた。


「ヒーニアス王子がパートナーだと思うと、なかなか気分が乗らないわね。いっそレインが私の仕事もしてくれればいいのに。そして私は婚姻後すぐに蟄居して薔薇でも育てながら生活したいわ」


 昔は彼の隣で国母として務めることに憧れていた。けれどその気持ちは色褪せ、萎れきってしまっている。……彼は私と婚約していながら、妹と人目もはばからず親しげにするような人なのだ。そして多少私の容姿が変わった程度で、近づいて来るような人だ。そんな方を支えるために十八からの残りの長い人生を費やすのは、不幸としか言いようがない。

 けれどその不幸の中で生きることを……変えることは私にはできないのだ。


「……お嬢様」


 フランが悲しげな顔をする。嫌ね、そんな顔をしないで欲しいわ。

 ……フラン、貴方が好きよ。私のために心を痛め、そんな顔をしてくれる唯一の人。

 貴方と結ばれることは許されないけれど……もう少しだけ貴方のその優しさに甘えてしまってもいいかしら。


「ねぇ、フラン」

「なんです? お嬢様」


 私は今からフランに、とんでもないお願いをしようとしている。拒絶されるかしら。笑われるかしら。手の震えが、止まらない。


「……卒業までの残りの間だけ。この部屋の中でだけでいいから。私を貴方の恋人にして? 私に、卒業してから先の人生を前を向いて生きる支えをちょうだい」


 フランの瞳が大きく開く。私はなんて、浅ましいお願いをしているんだろう。


「貴方だけが私の光なの。……お願い、フラン。それ以上の迷惑はかけないわ」


 浅ましい私の、浅ましい願い。だけどお願いフラン、それさえあれば私は生きていけるの。国母として、偽りの笑顔だって一生浮かべられる。

 フランの顔をじっと見つめる。彼の頬を一筋の汗が流れて、首筋を伝っていった。


「……私は、従者です」

「そうね、フラン。でも貴方が好きなの。私に思い出をちょうだい」

「私は、貴女にふさわしく……」

「貴方にふさわしくないのは、私の方よ。お願い、好意を持った人間に愛されたという記憶が……欲しいのよ」


 フランの瞳を覗き込み感情を読み取ろうとするけれど、どういう感情を彼が感じているかがわからない。ああ、大好きなフラン。無表情なところだけは、困りものね。

 彼は重く沈黙する。断頭台で処刑を待っているような気持ちだ。

 ……そしてフランは、震える声を唇から紡いだ。


「……マーガレット」


 それはフランからの、甘やかな了承。貴方は本当に……優しい人。好きでもない女の浅ましい願いをきいてくれる、本当に素敵な人だ。


「フラン。抱きしめて」


 震える手を、フランに伸ばす。彼は私に歩み寄り……そっと抱きしめてくれる。温かな体温、思っていたよりも厚みを感じるしなやかな体。鼻先を掠める、フランの香水の香り。レインが来てからずっと、両親は私に冷たかった。人に抱きしめられたのなんて、いつぶりかしら。


「フラン、好きよ」


 私の言葉に彼は答えない。けれど抱きしめる腕の力が少しだけ強くなった。その胸に頬をすり寄せると、得も言われぬ幸福感が胸に湧きあがり思わず泣きそうになる。

 私の人生で唯一、本当に愛した人。その腕の中に私はいるのだ。


「愛してるわ」


 囁きながら顔を上げ、ねだるように瞳を瞑る。すると少し動揺するような間があった後に……フランの唇が、唇に落ちてきた。二度、三度と。触れるだけの口づけは続く。その感触に私は蕩けそうになる。


 ……ねぇ、フラン。少しだけでも貴方の中に。同情ではない気持ちはあるのかしら。


 そんな馬鹿なことを考える。この箱庭の中の秘密の時間だけでも、フランが私のものでいてくれる、それで十分じゃない。

 彼の綺麗な手が私の髪を少し乱して。その手は頬まで流れてくる。優しく頬を撫でられ、額同士を付けられて。青の瞳でじっと見つめられた。


「……マーガレット。貴女は私のものだ」


 少し低めの声で囁かれる言葉はなんて甘美なものなのだろう。……フランがそこまで徹底してくれるとは思わなかった。


「嬉しい、フラン」


 囁き返して、今度は私から。彼にそっと口づけをした。

箱庭で育まれる恋。

本編と違いマーガレットさんが儚く環境に恵まれていないので、フランさんも優しいのです。

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