ご令嬢とハドルストーンたち
ほのぼの回です。
ハドルストーンの人々の、マーガレットに対する反応。
ここは王都にある、とある貴族のタウンハウス。フランが借りてくれたもので、私の体調が回復するまではここに逗留することになっている。
屋敷にはフランと私以外にも、私付きのメイドと、警護をしてくださる方々が日替わりで滞在していた。なんでも彼らはフランのご親戚らしく……総勢二十名もいらっしゃるのだ。
どうしてフランのご親戚が警護なんて、と思ったのだけれど。『我が家は騎士の家系なので』というフランの言葉で私は納得することにした。
……他に理由がありそうね、となんとなく思いながらも。
「マーガレットさん、お菓子食べます?」
ご親戚の一人、リオさんがクッキーがたくさん入った籠を持って私の部屋にやってきた。
リオさんは茶色の髪と茶色の瞳の、童顔な方で、その。少し地味なお顔の作りをしている。というか皆様少し地味なお顔立ちだ。
……こういう言い方は失礼ね。自分も外見のことを言われるのが、あんなに嫌だったくせに。慎みなさい、マーガレット。
私はまだ体が万全ではなく少し歩くとふらつくような状態なので、この部屋から動けずにいる。だから皆様は私を気遣い、よく部屋を訪れてくださるのだ。
「ありがとう、リオさん。お気遣いいただいてばかりで、申し訳ないわ」
にこりと笑いながらお礼を言うと、リオさんはなぜか真っ赤になってクッキーの籠を落としそうになった。それを慌てて空中で受け止め、そのまま地面にしゃがみこんでしまう。
「……いや、フラン。ずりーでしょ。これ、ずりー」
彼は顔を伏せ、ブツブツとなにかをつぶやき始めた。……一体どうしたのだろう。
「リオさん、大丈夫?」
寝台からそっと出て、しゃがみこんだリオさんの前に私もしゃがむ。顔を上げた彼は、私と目を合わせた瞬間……また、顔を伏せてしまった。
……困ったわ。私、そんなに不快な容姿をしているのかしら。
近頃めっきりやつれてしまったし、日にもまったく当たっていないし、引きこもりっぱなしだから髪もボサボサだし、お化粧もしていないし……
淑女としての礼を欠いた姿を、よりにもよって大切なフランのご親戚にさらしているのね、私は。
その考えに至り、私は真っ青になった。
「ご、ごめんなさい。リオさん。私、不快な容姿をしているわね?」
「はぁ!? どこが!」
私が謝るとリオさんは勢いよく頭を上げる。この口調が素なのだろうか。ちょっと荒々しくてびっくりした。
「……めちゃくちゃ綺麗だし!」
リオさんはそう言うと、困ったような顔をしながら頭をがしがしと乱暴にかいた。
……綺麗、か。
お世辞だろうけれど、言われて不快な言葉じゃない。
言われて嬉しいと思えるのは、フランからの『綺麗』だけだけれど。お礼はちゃんと言っておこう。
「ありが……」
「マーガレット、楽しそうですね」
お礼を言おうとした瞬間、後ろから声をかけられた。
この声は、聞き間違えようがない。フランだわ。
「フラン。リオさんにお話をしてもらっていたのよ」
私は立ち上がり、フランの胸に飛び込んだ。……というか足元がふらついて、そのような形になってしまった。フランは私の体を優しく抱きしめてから、額に口づけをしてくれる。
「マーガレット。まだ病み上がりにもなっていないのですから。ちゃんと寝台にいてください」
そう言うとフランは私を抱え上げ、ぐりぐりと額同士をくっつけた。
そうね、心配をかけて申し訳なかったわ……
「フラン、ごめんなさい。私今までちゃんとしたお友達ができたことがないから。つい嬉しくてはしゃいでしまったの」
「……お友達」
背後でリオさんがつぶやきを漏らす。私と友達だなんて、お嫌かしら。だけどせっかくだから、仲良くして欲しい。
「私の縁者と仲良くしてくださるのは、とても嬉しいですが。体を第一に考えてください」
「はい……」
フランのお顔が少し怖いから。私は思わずしゅんとしてしまった。
「リオ、今から夫婦の時間を過ごしますので。しばらく外していただいていいですか?」
「へいへーい。じゃーまたね、マーガレットさん」
リオさんはクッキーをサイドテーブルに置くと、手を振りながら去っていく。
「俺も結婚してぇなぁ……」
彼が出ていく寸前に、そんな言葉が聞こえた気がした。
フランは私を抱えたまま、長椅子に腰をかけた。そして優しく私を抱きしめると、何度も口づけをする。
「フラン。息ができないわ」
箱庭で秘密の関係を育んでいた時から、フランはたまに甘えっ子になっていたけれど。正式に……私が妻になることが決まってからは、なおさら甘えるようになった気がする。
それはとても嬉しいことなのだけれど。少しだけ、恥ずかしい。
「愛してます。マーガレット」
フランは囁くと、きつく私を抱きしめる。
「フラン、私もよ。愛してるわ」
どうしたのかしら、今日のフランは。本当に甘えっ子だ。
私はそんなことを思いながら、フランの頬に口づけをした。
……私は、気づいていなかった。
扉の隙間から、フランのご親戚一同にこの光景を見られていたことに。
ハドルストーン分家の方々に婚活ブームが訪れるのは、少しだけ先の話である。
+++
私、エラリィ・ハドルストーンは、ハドルストーン分家であるサルディナーン子爵家の子女だ。
つい最近。従弟のフランが、ハドルストーン本家に嫁を連れてきた。
それはエインワース公爵家の元ご令嬢で、王太子の元婚約者で、王都でのスキャンダラスな三角関係の渦中にいた人物……という過去に箔という箔が付きまくったご令嬢だ。平凡の塊であるフランとは釣り合わないにもほどがある。アイツは本当に平凡でつまらん男なのだ。
……その平凡なフランと私の顔が、双子のように瓜二つなのはこの際置いておく。
フランの嫁になる酔狂な女なんて、そんな面白いもの見に行かないわけがない。私は馬を飛ばし、ハドルストーン本家の門を叩いたのだった。
「マーガレット・ハドルストーンです、エラリィ様」
通された応接間にフランと現れたその女性……マーガレット様はお手本のような美しいカーテシーをした後に、長い赤の睫毛を震わせ、紅玉の瞳に緊張を含ませながら顔を上げた。
私はその女神のように美しいかんばせに、思わず見惚れてしまう。
おいおいおいおい。こんな絶世の美少女だなんて聞いてないぞ。フランにはもったいないにもほどがあるだろう。
私が男だったらうっかり惚れてるところだ。正直負ける気はしないし、私が女でよかったな、フラン。
「お初お目にかかります。フランの従姉でサルディナーン子爵家の長女、エラリィ・ハドルストーンと申します。貴女のような高貴なお方とお会いするのは初めてなので、非礼がございましたら申し訳ありません」
私はカーテシーをしながら挨拶をし、自信たっぷりな表情でマーガレット様を見据えた。私のカーテシーは上等なものではないが、社交の場で一番必要なのはハッタリだ。自信満々な風を装っていれば、出来ていなくても案外騙されてくれる。
彼女が居たような都会の事情はよくわからんが、そうそう変わらんだろう。
マーガレット様は私の視線を受けて、少し怯えたような笑顔をみせた。……なにに怯えているかは知らんが、愛らしいな。捕食してしまいたくなる。
「……エラリィ。マーガレットを威嚇しないでもらえますか? 怯えています」
マーガレット様の肩をそっと抱きながらフランが苦笑いをする。ほう、一人前に旦那様気取りか。そして私は威嚇なんぞした覚えはない。
「フラン、怯えてなんかないわ。エラリィ様とは初対面だし緊張しているだけなの」
彼女はそう言いながら紅玉をフランに向ける。その表情からはフランに全幅の信頼を置いているのが見て取れた。あのいつまでも尻に卵の殻を付けたままのフランが、一人の女性を支えられるようになったとは実に感慨深いな。
「レディ、少し散歩しながら話そうか。フランの昔の話を聞かせてあげよう」
「本当ですか、エラリィ様!」
フランの昔の話と聞いてマーガレット様はぱっと明るい表情になり、フランは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「ああ。アイツの初恋から寝小便がいつ終わったかまで私は知っているからね。私はフランの姉のようなものだから、お姉様と呼んでくれると嬉しいな」
「わ、わかりました。お姉様……」
マーガレット様は『お姉様』と私を呼びながら恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
……本当に愛らしい人だ。
私はマーガレット様の肩をそっと抱いた。すると端正な美貌がはにかんだように笑う。
この方は……辛いことが今までの人生でたくさんあったのだろうな。その瞳の奥には深く傷ついた色がある。私でよければ、少しでもそれを癒やして差し上げたい。
私はフランを振り返ると、ニヤリと笑ってみせた。
「フラン。女同士の罪のない会話を、邪魔したりはしないよな?」
「私もついて行きますよ! 貴女ろくなことを話さないでしょう。というかエラリィ、早く帰ってくださいよ。こっちは新婚なんですから! それと毎日来たりはしないでくださいよ!」
フランは青の瞳を薄く開いて、私と同じ顔で怒りもあらわだ。
……ケチくさいことばかりを言うね、我が従弟殿は。
「フラン、剣を持て。マーガレット様とお二人でお話する機会を賭けて、正々堂々戦おうじゃないか」
「……望むところですよ、エラリィ。一瞬で地面を舐めさせてあげます」
「フラン? お姉様!?」
マーガレット様がオロオロしながら殺気立つ私たちを交互に見る。
……大丈夫だよ、お姫様。私が勝利するからおとなしくそこで見ているといい。
活動報告に上げていたエラリィさんの短編もこちらにまとめました。




