従者は誓い、そして戦う5(フラン視点)
残酷な描写ご注意ください。
風魔法を使った防音障壁が、タウンハウスを包み込む感覚がした。
ここは王都の外れとはいえ市街に位置する。外に音を漏らさないためのものだろう。
――やはり、来たか。
多数の侵入者が庭に踏み込む気配を感じる。私は寝台から身を起こすと、侵入者を撃退しに向かおうとしたが……
つい、と服が引っ張られ、そちらを振り返った。
マーガレットが、私の服を掴んでいる。と言っても彼女はよく眠っているようだが。起こさないように、その白く細い指をシャツから丁寧に剥がす。
そしてその美しいかんばせの額に、頬に。優しく口づけをした。
「……すぐに戻ってきますから」
囁いて今度は唇を合わせる。すぐに血なまぐさい用事は済ませて、貴女のところへ戻るから。
今日の警備は三人いる。彼らだけでもじゅうぶんに人数は足りているはずだが……
――私が打って出た方が、早く終わる。
「フラン」
廊下に出るとボーマンに声をかけられた。
「何人います?」
「五十人くらいだな。正規の騎士のような格好をしてたぞ」
「エインワース公爵家の正規兵でしょうね。私が出るので、マーガレットの護衛を」
私はそう言うと、ボーマンの返事を待たずに廊下の窓を開け、庭へと飛び降りた。
猫のようにしなやかに着地をすると、騎士たちの驚愕の視線が私に集まる。視界に見えるのは、三十人ほど。残りは裏にでも回っているのだろう。
お誂え向きに防音もしてくれたことだし、派手に暴れても大丈夫だな。
「死ぬ覚悟があっていらしたのですか? 覚悟がない者は今すぐ立ち去ってください」
私は、騎士たちに声をかけた。
彼らは主命でここにいる。
金に目が眩んだりの、能動的な動機でここに来たわけではないだろう。
だからこれで逃げ出す者に関しては、見逃そうと思ったのだ。
しかし騎士たちは臆すことなく、剣を抜き放った。
――愚かだな、本当に。
決着は、ほどなく着いた。
……だから逃げろと言ったのに。
そう思いながら私は地に伏した死体の首を刈り取っていく。
屋敷の裏からも剣を切り結ぶ気配がするが、もうすぐ終わるだろう。
ふと、地面にペンダント式のロケットが落ちているのが目に留まった。拾い上げ、中を確認すると……それは家族の肖像だった。
やるせない気持ちになりながら、私はそれを閉じる。
「あ、もう片づいたんだ。やっぱり本家は強いね。で、その首はどうするの?」
裏手に回っていたリオともう一人がやって来て、私に声をかけた。裏から侵入した二十人ほども、似たような惨状になっているのだろう。
「……エインワース公爵家に置いてこようかと」
別に悪趣味が高じて、エインワース公爵家に首を置き去るわけではない。
――公爵に脅しをかけるためだ。
こんなことが頻繁にあっても困るのだ。私は好んで殺生をする性質ではない。
犠牲をこれ以上出さないためにも、愚かな頭に脅しをかけることは必要だ。
「了解。バカに脅しが効くといいね」
そう言いながらリオはひらりと手を振って、裏の方へと戻っていった。
重量のある袋を馬車に載せて公爵家の屋敷へと向かう。
そして勝手知ったる公爵家の玄関にそれを置くと、私は道を引き返した。
明日。公爵家は大騒ぎになるだろうが、脛に傷を持つエインワース公爵は内々に処理をするしかない。
脅しが効いて、二度と刺客を差し向けるような真似をしなければいいんだが。
タウンハウスに戻ると、庭の死体はすべて姿を消していた。リオたちが処理をしてくれたのだろう。
大人数を相手にしたので、多少返り血を浴びている。それが気持ち悪かったので、私は風呂に入って汚れを体から落すことにした。
マーガレットの姿を一目確認してから、風呂に入ろうかとも思ったのだが。汚れた体でマーガレットのところに戻るのが、どうしても嫌だった。
……自分の命を守るために。
……マーガレットを手に入れるために。
私の手は多くの人々の血で汚れてしまった。
騎士としての大義ではなく私情で、人々の命を奪ったのだ。
仕方なかったこととはいえ、その事実にひどく落ち込む時がある。
マーガレットには、私のしたことを知られたくない。繊細な彼女の心に大きな負担をかけてしまうだろうから。
いや。マーガレットに蔑まれたら、私が生きていけなくなる。そんな自分勝手な理由が大きいな。
湯船の中で何度も、何度も。もう血の付いていない体を擦る。
それでも体中に返り血が残っているような、そんな気持ちの悪い錯覚を覚えた。
部屋に戻ると、マーガレットは安らかな表情で眠ったままだった。私はほっとしながら、その額や頬に口づけをする。するとマーガレットの瞳がうっすらと開いた。
「……フラン?」
寝ぼけた表情で、彼女が話しかけてくる。その愛らしい様子に私の頬は思わずゆるんだ。
「起こしてしまいましたね」
「大丈夫。いい香りね、お風呂に入っていたの?」
「はい、寝汗をかいてしまったので」
寝台に潜り込み、マーガレットの体を抱きしめる。すると彼女はくすくすと嬉しそうに笑った。
「どうしたの? フラン。甘えん坊ね」
「……甘えさせてください、マーガレット」
華奢な体をさらに強く抱きしめ、紅の髪に顔を埋める。こんな汚れた手で触れていいのかと、内心激しく怯えながら。
そうしていると、マーガレットの手が伸びて私の髪をさらりと何度も撫でた。
「大好きよ、フラン」
マーガレットは囁きながら、唇を合わせてくる。
そして、蕩けるような笑みを浮かべた。
「私も大好きです、マーガレット」
……ああ、これでよかったのだと。その笑顔を見ながら私は安堵を覚える。
なによりもマーガレットが大事だ。
私の手がいくら汚れても。
マーガレットが笑っていれば……それでいい。
フランさんは近隣諸国との戦争未満の小競り合いには慣れていても、
私情での戦いには気持ちが慣れていないのです。
フラン視点はここで一旦切りまして、
次回投稿はレイン視点になります。




