従者は誓い、そして戦う4(フラン視点)
「待って、フラン。同情で……そこまでしてもらうわけには」
マーガレットは困ったように、眉根を下げながら言う。
……同情? 私はそんなもので妻に娶るような酔狂な人間ではない。
箱庭での私たちの関係は、特殊だった。私が、同情のみでそれに付き合っていたのだと。マーガレットはそんな解釈をしていたのだろうか。
「……同情なんかじゃありません、マーガレット」
「フラン……?」
「貴女を愛しているから、婚姻したいんです」
まっすぐに見つめて、マーガレットに伝える。この気持ちがちゃんと、彼女の心に届くようにと願いながら。
私の言葉を聞いたマーガレットは、呆気に取られた顔で固まってしまう。
……これは、どう捉えたらいいのだろうか。
マーガレットの反応に、私はすっかり困ってしまう。彼女とは相思相愛だと思っていたのだが。私の気持ちは、迷惑だったのだろうか。
マーガレットは数分固まった後に、顔を真っ赤にした。そして私の胸に、そっと白い頬を寄せる。その背中におそるおそる手を回して抱きしめても、彼女が抵抗することはなかった。
「……私との婚姻は嫌ですか?」
「嬉しいわ。フランのことを、愛しているもの。でも……」
「でも?」
「私、フランの子供が……産めない」
マーガレットは、貴族の子女としての生き方に縛られすぎている。
筆頭公爵家のご令嬢という高貴な立場で生きていた女性なのだから、それは仕方がないのだが。
「できないのであれば、養子を迎えましょう」
私はそう言ってマーガレットの額に口づけをした。
爵位を継げるのは基本的には長男だけだ。次男以降の子供の将来をどうしようかと、頭を悩ませている親戚夫婦もいる。そちらにお願いして、養子をもらうなど……やり方はいくらでもある。
「あの、私は愛人がいてもいいのよ? ……血を残すことは大事だわ」
「私は好きでもない女と子を作れるほど器用な男じゃないんですよ、マーガレット。血の繋がりがなくても家族にはなれます」
「フラン……でも。私の体の大きな傷は時々酷く痛むから。社交も碌にこなせないかもしれないの」
私はそんな外聞などどうでもいい。マーガレットが側にさえいてくれればいいのだ。
……一言『はい』と言ってくれればいいのに。
そんな拗ねた気持ちにもなってしまうが、今までの人生で形成された感覚を今すぐに変えて欲しいというのは、無理であるとも理解している。
マーガレットは私を見つめながら瞳を揺らす。その頬を、できるだけ優しく撫でた。
「貴女は長年、たくさんのものに縛られて生きてきました。そろそろ……ご自身の幸せだけを考えてもいいんじゃないですか?」
「私の、幸せ……」
「幸せにします、マーガレット。お願いですから一緒に幸せになってください」
そっと、薄紅色の唇に口づけをする。するとマーガレットは恥ずかしそうに瞳を閉じ、それを受け入れた。唇を離すと、頬を染めたマーガレットにじっと見つめられた。
「私は幸せに、なってもいいの?」
「いいんです」
「……もう、誰にも奪われない?」
訊ねるマーガレットの表情は不安げだ。
……誰にも、貴女の幸せを奪わせない。
これからはずっと、私の側で笑っていて欲しい。
「私が全身全霊をもって貴女をお守りします。誰にも貴女の幸せを奪わせません。私が奪うようなことも、当然いたしません」
紅い髪を撫でながら見つめると、マーガレットは安心したように小さな笑みを漏らした。
「結婚してください、マーガレット・エインワース」
「私とで、いいのなら。その……一緒に幸せになって? フラン・ハドルストーン」
マーガレットはようやく、私のプロポーズにうなずいてくれた。
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「結局俺ら、用無しってわけ?」
叔祖父の孫であるリオが、頬を膨らませる。
「そうだよ。せっかく王都まで来たのにさぁ」
どれだけ離れた親戚だったか。レーネも不満そうに言う。
それもそうだ。遠路はるばる王都までハドルストーン家の血筋のものを招集しておいて、ひとまず平和に終わりました、ということになったのだから。
マーガレットを縁があった貴族から借りた王都の外れにあるタウンハウスに移した私は、そのリビングで、父が派兵した二十人の兵……という名の親戚に責められているわけである。
マーガレットの体を休ませたかったので、安眠効果のあるハーブティーを寝る前に飲ませはしたが。ここまで皆がうるさいと目を覚ましてしまうかもしれないな。
しかし……
「出番はあるかもしれませんよ」
私は彼らの顔を見回しながら言った。
……自分も人のことを言えないが、タイプは違うがみんな地味な顔立ちをしている。
ハドルストーン家の血が濃く出た者たちは、妙に顔が地味なのだ。
「私の口を封じ、マーガレットを奪い返す。それを公爵が諦めていない可能性はありますので」
欲を出した公爵が戦力を整え、私の暗殺とマーガレットの奪還に来ても、おかしくはない。
……しかしハドルストーン家の者たちが、王都にいると公爵は知らない。
知っていたとしてもそれを倒せる人材を、公爵が見繕えるとは思えないが。
とにかく、彼らと私で警備に当たれば、どんな輩が来ても平気だろう。
「じゃあ、交代制で屋敷の警備に当たるか」
従兄弟違いのボーマンが腕を組みながら言う。それをお願いしたいと思っていたところだったのだ。申し出てくれたのはとてもありがたい。
「ぜひ、よろしくお願いします。皆の滞在中の出費は全部本家が持ちますので、気合いを入れて警備をしていただけるとありがたいです」
「さすが本家!」
皆から歓声が上がった。
ハドルストーン本家の持っている領地は、竜が特に多く出没する。その竜殺しの副産物で本家の財政は潤っている。
二十人分の滞在費と遊興費くらいは、大した出費ではないだろう。
……たぶん、おそらく。後で父に怒られるかもしれないが。
連続更新中でございます(*´ェ`*)
派兵された人々=親戚連中というアレコレ。
力が一番強かったフランの先祖の血筋が直系であり本家。
その他のご兄弟からの派生は傍系となっています。
傍系と直系にはかなりの力の差があります。




