従者は誓い、そして戦う3(フラン視点)
窓をコツコツと叩く音がする。
そちらに目を向けると、伝書鷹が愛らしく首を傾げながら私が窓を開けるのを待っていた。
――父からの、返事だ。
私は窓を開け、鷹の足に結わえ付けられた手紙の入った筒を外し、中身を取り出す。そして折り畳まれている紙を開いた。
そこに書かれていたのは、簡素な文だった。
『王都に二十人派兵した。しばらく留めおくから、好きに使うといい』
二十人。それだけ聞くと少ない数字に聞こえるが。
父が用意してくれたのはおそらく『ハドルストーンの血を受け継ぐ』精鋭たちだ。
ハドルストーン家の脅威を覚えている王家。近頃実感を持ってハドルストーン家の者の脅威を知った公爵家。父が用意してくれた兵は、彼らへの単純な威圧の手段として使いたい。
……穏便に、マーガレットを私の手に。それができれば一番だ。
よほどのことがない限りは、威圧のみで終わらせよう。
……よほどのことが、ない限りは。
私が手紙を送ったのは、二週間前。そして伝書鷹の往復にかかる時間は、約二週間だ。
ハドルストーン家の領地から王都までは、馬で約一ヶ月かかる。
父が手紙の着からすぐに派兵してくれたのなら、あと二週間ほどでハドルストーン家の者たちは王都に着くだろう。
私は、父に心からの感謝をした。
――兵が着くまでに、証拠をまとめ上げなければ。
+++
証拠を固めている間に、季節は春になろうとしていた。
あの女の護衛の任期も終わり、すべての準備は整った。
後はマーガレットを、救い出すだけだ。
「エインワース公爵、お話があります」
私が声をかけると、エインワース公爵は苦虫を噛み潰したような顔をした。
秘密を握る私が、とうとうなんらかの要求をすると。それを感じ取ったのだろう。
「……なにが欲しい。金か? 栄誉か?」
エインワース公爵の言葉に、私は笑いたくなった。そんなもの、いるわけがないだろう。
「マーガレットを、私の妻にしたい。それ以外の望みはありません」
そう言いながら私は、紙束を公爵に手渡した。
そこに書かれているのは、公爵の不正の記録。そしてレイン・エインワースを診た医師の診断書。
紙束をめくり目を通した後に、公爵は片眉を上げた。
「……田舎伯爵家に、エインワース公爵家の娘を渡せと言うのか」
「そうです、エインワース公爵。それができない場合は……私は王家に貴方の数々の罪を告発します」
公爵は大きく息を吐いた後に、天を仰いだ。
彼の中にはマーガレットを利用したさまざまな打算があったのだろう。ハドルストーン家に彼女を嫁がせることで、その目論見は潰えるのだ。
公爵の中で揺れる天秤が、手に取るように見て取れる。
私を殺し口封じができれば、公爵的には万々歳なのだろうが。それができないことは、私が倒した刺客の数から理解している……と思いたい。
「……わかった。娘に嫁ぎ先が決まったことを、伝えてくる」
公爵は絞り出すように言うと、マーガレットの部屋へと向かった。
……ひとまず、平穏無事に事を終えられそうだ。そのことに私は安堵の息を吐く。
「いつでも、連れて行け」
彼はすぐに戻ってくると、私にそう一言だけを告げた。
マーガレット。やっと貴女をこの王都から連れ出せる。
はやる気持ちを抑えながら、私はマーガレットの部屋へと向かった。
そしてその扉を開き、見たものは……
窓から身を乗り出し、命を断とうとしているマーガレットの姿だった。
それを見た瞬間、頭の中が真っ白になる。
「マーガレット!」
私は彼女の名を呼ぶと、その背中に向かって駆けた。そしてその体に触れると、夢中で抱きしめる。
温かな彼女の体が、胸に落ちてきた。以前から華奢だったその体はすっかり痩せ細り、抱きしめた感触の頼りなさに私の胸は締めつけられる。
「……死のうと、するなんて。ああ、こんなに痩せてしまって……」
「……フラン?」
マーガレットは、おそるおそるという様子でこちらに目を向けた。数カ月ぶりに美しい紅玉と視線が交わった。ああ、マーガレットがここにいる。
彼女の白い手が私の頬に伸び、存在を確かめるように何度も撫でた。その手首の細さが痛々しくて、私は泣きそうになる。
……もっと早く。助けたかった。
「本当に、フランなの?」
「私です、マーガレット。来るのが遅くなって……本当に申し訳ありません」
一歩間違えれば……私は彼女を目の前で失っていたのだ。
本当に、失わなくてよかった。
強く抱きしめると、マーガレットの手がおずおずと私の背中に回る。
彼女の存在があることに安堵しながら、私はさらに強く彼女の体を抱きしめた。
「……間に合って、よかった。貴女を……失わなくて」
虐げられ続けた少女の人生が、悲惨な終わりを迎えなくて本当によかった。
そんな安堵を覚えた私の耳に届いたのは……マーガレットの悲痛な言葉だった。
「……貴方に会えたのは、嬉しいの。でも、死なせて、フラン。生きるのは……もう辛いの」
マーガレットは消え入るような声で言うと、私から逃れようともがき始めた。そしてポロポロと美しい紅玉から涙を零す。
そんなことを、言わないでくれ。これから貴女を……一生幸せにしたいのに。
「やっと貴女との婚姻を勝ち取ったのに。そんなことを、言わないでください」
私の言葉を聞いて……マーガレットはぽかん、とした顔をした。
白い頬を撫でると、彼女は愛らしく小首を傾げる。
もしかしなくても。私との婚姻のことが伝わっていなかったのだろうか。
「……公爵からお話は?」
「嫁ぎ先が決まったと、さきほど聞いたけれど。誰のところに……というのは」
「貴女を娶るのは、私です。マーガレット」
優しくそう囁くと、マーガレットの頬が薔薇色に染まった。
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