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公爵家令嬢と従者は交流を開始する2

 彼の前で泣いてしまった日から。私はフランと話をするようになった。


 今まではフランのことはそのあたりにある家具程度のものだと思っていたけれど。フランは話しをすると、ちゃんと『人間』だった。そして私の周囲にいる誰よりも『まとも』だった。


 私の立場にむらがってくる者たちは山のようにいる。言葉では私を褒めそやしつつも、その瞳には打算と、バカな女だ醜い女だという蔑みとが鈍く光っていて。それがわかっていても私は、彼や彼女たちを側に置いた。そんな人々しか私の周囲にはいなかったから、それすら失うのが怖かったのだ。

 彼らは私に『レイン様はなんてひどい人なの。あんな人、ひどい目にあって当然なのです』と欲しい言葉をくれた。私はその言葉で自分自身の行為を正当化できたのだ。


 そしてレインへの時には暴行が伴うような行為を……加速させた。


 けれどフランと話すようになって。私は自分の行為を恥じることが増え。『まとも』な彼に『まとも』に見られたいと、そう思うようになったのだ。


「……レインに近づくのは、もう止めるわ。あんなことをしても意味がないもの」


 寮の部屋で紅茶を淹れるフランに、私はそう言った。

 そう、あんなことをしても私に両親や、ヒーニアス王子の愛情が向くことはない。レインのことは今でも憎い。私からすべてを奪ったことに変わりはないから。けれど彼女に近づき貶めることは、自分自身をさらに貶めることだとそう気づいたのだ。


 ……自分自身がこれ以上醜くならないために、レインには近づかない。


 私は自分のために、そう決めた。

 私の言葉を聞いたフランは細い目を少しだけ開いて、嬉しそうに笑った。


「……よいことだと、思います」


 そして静かな声で言う。彼はいつでも穏やかで、一緒にいると心地がいい。


「でもレインをいじめる時間がなくなると、私、暇になってしまうのよね。代わりになにをすればいいかしら」


 冗談めかしてフランに言うと、彼は少し思案した。


「……自分磨きをされては、と」


 フランの言葉に私は傷つく。彼も私をバカで醜いと思っていたのかと。だけどフランの次の言葉に、私は驚いた。


「お嬢様は素材がとてもいいのですから。磨いて、光らせて。浮気者を驚かせてやりましょう」

「まぁ……。フランがそんなお世辞を言えるなんて思わなかったわ。それに王子を浮気者だなんて不敬よ」


 お世辞でもなんだか嬉しくなって、私はくすくすと笑ってしまう。今まで側に置いていた取り巻きの見え透いたおべっかなんて目じゃないくらいに、彼のお世辞は嬉しかった。


「お世辞ではありませんよ、お嬢様。貴女はお綺麗です。まだそれに、気づいていないだけで」


 だけどフランは、真剣な瞳で私にそう言った。心臓が妙な音を立て、顔が熱くなる。こんなに真摯な言葉を私は今まで誰からももらったことがない。なんだか泣きそうになってしまうじゃないの。


「……フランがそう言ってくれるなら、頑張ろうかしら……。本当に、綺麗になれると思う?」

「なれます、お嬢様」

「頭がよくも、なれるかしら」

「お嬢様は元から頭がよい方です。ですが努力をすれば今まで以上によくなれます」

「まぁ! フランは褒め上手ね」


 声を立てて笑う私を、フランが優しい表情で見守る。こんな心穏やかな時間はいつぶりなのだろう。


「頑張るわ、フラン。そして浮気者を見返すの」


 私はそう言って、心の底からの笑顔を浮かべた。



 +++



 それからの私は、自分磨きに励んだ。それは始めてみると思いのほか楽しいもので。私はレインを憎むことにかまけていて、自分が楽しいと思うことを何一つしていなかったのだということに気づいた。

 勉学に励んでは知識を吸収し、ダンスに励んでは自らがどう見えるかを研究する。痩身のための食事の管理はフランがしてくれた。最初はちょっぴり……いえ、だいぶ物足りなかったけれど、慣れると胃にちょうどよく馴染んでくる。

 『まとも』な方々との交流に勤しみ、嫉妬に駆られないようにレインやヒーニアス王子には近づかないようにして生活をし。


 三年生になる頃には、私は……標準的な体重の令嬢になっていた。素行や成績も、かなりまともなものになったと思う。悪い友人とのお付き合いも、全部止めてしまった。


「ねぇ、フラン。私、前よりも綺麗になったと思う?」


 何度も訊ねたことを、私はフランに訊いてみる。今まで醜い容姿を小馬鹿にされながら生きてきた私は、痩せたくらいでは自分の容姿に自信が持てなくて。不安になってフランによくそう訊ねてしまうのだ。

 毎日覗く鏡の中にいるのは醜い前の私ではなく、紅玉の瞳と深紅の髪を持つ令嬢だ。胸の部分が妙に飛び出しているけれど、標準的な肉づきにはなったと、思う。けれど……なんだかまだ自信が持てないのだ。


「……お嬢様は、お綺麗です。本当に女神のように美しいです」

「大げさね。そう言われるとバカにされている気がするわ」


 私が拗ねたように言うと、フランは楽しそうに笑う。前よりもフランとは気安くなり、彼は笑顔もたくさん見せてくれるようになった。そして私はその笑顔を見るのが、とても好きだ。


「ヒーニアス王子が時々お嬢様のことを見ていることに、気づいていますか? それくらいお綺麗になったのですよ」

「まぁ、そんな知らなかったわ」


 ヒーニアス王子が、私を見ているなんて。

 ……昔であれば喜べたのであろうその事実。だけどなぜか、今はちっとも嬉しくはない。


 それよりもフランが楽しそうに笑ってくれる今の方が。私にはよほど嬉しいことだった。

マーガレットさんは逃げ場がどこにもなかった普通の子、なので心を開ける相手がいればまともになるのです。

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