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従者は誓い、そして戦う2(フラン視点)

「さて……どうしたものか」


 私は小さくつぶやいた。

 できるだけ『穏便』に私は事態を収拾したいと思っている。


 しかしマーガレットは子を望めなくなったといっても筆頭公爵家のご令嬢だ。政略的な価値は今でもあまりある。

 私がただ『妻にください』と言っても公爵が素直に首を縦に振ることはないだろう。


 ――手札を、集めねば。


 あの女の罪の隠蔽、王家から派遣された護衛である私の暗殺未遂。その二つだけでは、まだ手札としては弱い。

 公爵の立場が一気に揺らぐような、もっと決定的な手札を集め……それを突きつけ『お願い』をせねばなるまい。


 私は眠っているマーガレットの、その美しいかんばせを眺めた。彼女の容態は一時よりも安定したが、数日経っても目を覚ますことはなかった。

 マーガレットが目を覚ますまで側にいたい。

 しかし私は、彼女の側を離れなければならないのだ。忌々しいことであるが、まんまとヒーニアス王子の婚約者の座に収まった、あの女の護衛の任を王家から仰せつかったからだ。

 私の任務はあくまで『未来の王妃』の護衛である。ヒーニアス王子の婚約者の座から離れたマーガレットとは、もう一緒にいることはできない。

 いずれ迎えに来ると、彼女に告げてから立ち去りたかったが。

 マーガレットは私が去るその日も……目を覚ますことはなかった。

 手紙は残せない。公爵に見つかれば、私の狙いがバレてしまう。行動を起こすその日までは、私はあくまで王家からの遣いであり、マーガレットとの情の行き来はなかったという体を貫かねばならない。


「マーガレット。……必ず、迎えに来ますから」


 囁いて彼女の頬に何度も唇を落とす。今の私には、こうすることしかできないのだ。



 +++



 その日。私は公爵からの頼まれごとで、あの女の護衛を二時間ほど離れていた。

 そしてその離れている短い時間の間に、あの女は令嬢たちに絡まれた……らしい。

 私が学園へ戻った時。あの女は校舎の裏で一人倒れていた。

 それは偶然にもマーガレットが倒れていたのと同じ場所で……。脳裏にあの時の光景が蘇り、私は眉を顰めた。


「レイン様」


 倒れ伏した女を見下ろし、声をかける。すると彼女は脂汗を流しながら顔を上げ、私を見ると安堵の息を漏らした。


「フラン、助けて。突き飛ばされて、お腹が痛いの。ヒーニアス王子の子になにかあったら……」


 女は切れ切れに私に言う。この女は、王子の子を孕んでいたのか。なんて呆れた話なのだろう。


「エインワース公爵家のお屋敷へ戻り、侍医に診てもらいましょう」


 優しく声をかけながら、女の体をそっと抱える。本当は触れたくもないのだが。私はまだ、従順な下僕を装わねばならない。

 抱き上げると女は、心細そうな視線を私に向けながらすがりついてくる。地面に叩きつけたい気持ちをこらえ、私は彼女をエインワース公爵家の屋敷へと運んだ。

 ……マーガレットがまだ眠っている、その屋敷へと。


「お腹のお子は、ダメでした。――そして次のお子のご懐妊は難しいかと……」


 あの女が眠る部屋の隣室で。侍医が公爵と話す内容を、私は部屋の隅で聞いていた。

 あれからエインワース公爵からは何度も刺客が送られている。それを撃退し、屍を累々と積み上げているせいか、公爵は私に対して激しい怯えを見せるようになった。

 だから部屋から出て行くようにと投げられた視線を私が無視しても、彼は怯えた目を向けるだけで部屋から追い出したりはしなかった。

 秘密を蓄え、しかし王家に密告する風でもない。そんな私に公爵は恐々としているだろう。


 ……お腹の子供はダメだったのか。

 あの女は憎いが、子には罪がない。それだけは気の毒だと思ってしまう。

 そしてあの女も不妊になるとは……


 公爵は、どうするつもりなのだ?

 エインワース公爵家にもう子はいない。隠し子はいるかもしれないが、そんなものを王家に婚約者として差し出すわけにはいかないだろう。

 あの女も不妊ということが王家に知れれば、婚約の話は消え、他家に流れるのは確実だ。

 そしてそれは、エインワース公爵家の弱体を意味する。


「フラン、その。この話は……内密で」


 侍医を帰した後。エインワース公爵は大量の汗をかきながら震える声で私に言った。

 ああ、なるほど。不妊という不都合な事実を隠蔽し、あの女を王家に嫁にやる気なのか。


「わかりました、エインワース公爵」


 私は無害に見える笑顔で微笑んでみせた。

 世継ぎを産めない女をそれを知っていて輿入れさせるという、あきらかな王家への裏切り。これは交渉の大きな手札だ。

 マーガレットが手に入った後。

 エインワース公爵家の秘密を、私は王家に話すつもりはない。

 それはエインワース公爵家への義理立てではなく、王家に降りかかる不利益を、わざわざ親切に教えてやるつもりがないからだ。

 マーガレットの不幸の原因はヒーニアス王子にもある。親切を働く理由が、どこにある。

 あの女の不妊と、エインワース公爵家がそれを隠していたことは、数年もすればバレるだろう。その時に王家と公爵家で、泥仕合でもすればいい。

 ……エインワース公爵家と私の交渉が決裂したら、その限りではないが。

 その場合は手に入れた情報を王家に密告し、報奨としてマーガレットを求めるか。


 そのどれもが失敗に終わってしまったら。

 私は、強硬手段に訴えるつもりだ。

 そのためには、ハドルストーン本家の協力が必要なのだが。


 私は屋敷を抜け出すと、曇天に伝書鷹を飛ばした。それは空に羽根を広げ、あっという間に見えなくなる。

 足に括り付けた手紙の送り先は、ハドルストーン伯爵家だ。

 手紙にはありのままの状況と『場合によっては不穏な手段を取るかもしれないので、協力をして欲しい』ということを書いている。そして『迷惑をかけて申し訳ない』、とも。

 家からの返事には数週間……いや。分家との話し合いが難航すれば一、二ヶ月はかかるかもしれない。

 父はどんな、返信を返すのだろうか。


 あの女の件から一週間ほどした頃。

 マーガレットが目を覚ましたと、マーガレット付きのメイドに聞いた。

 彼女に会いに行きたい、そして抱きしめたい。

 そうは思うが、今はまだそうするわけにはいかない。

  

 長年のエインワース公爵家勤めの中で、私は不自然な金の流れに気づいていた。その証拠を私は集めている。


 もう少しだ。もう少しで交渉の材料がすべて揃う。

フランさんの裏の動き諸々なのです。

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