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従者は令嬢と触れ合う5(フラン視点)

お久しぶりの更新となってしまいました!

楽しんで頂けますと幸いです。

 マーガレットは二人きりの時、ずいぶんと私に甘えるようになった。

 その様子は今まで得られなかったものを必死に取り戻そうとするかのようで。その痛々しくも愛らしい様子に、心に愛おしさがつのった。

 ……けれどこれは、期限付きの関係なのだ。あと数ヶ月もすれば、私はマーガレットを手放さねばならない。それを考えるだけで心は激しく軋んだ。

 ヒーニアス王子との婚姻後、マーガレットが幸せになる未来が私には想像できない。愛する人が不幸になるのを、指を咥えて見ていないとならないなんて……


 いっそ、ハドルストーン家の領地へ攫ってしまおうか。


 そんな気持ちが頭をもたげる。

 筆頭公爵家のご令嬢であり王太子の婚約者であるマーガレットを攫えば、王家とエインワース公爵家は当然彼女を奪還しようとするだろう。

 それは中央とハドルストーン家の内紛が起きることを意味した。

 ハドルストーン家は、伯爵家にして国の守備の要を担っている。そしてその血を引く者たちは、一騎当千に等しい異能を持つ。

 辺境で常に近隣諸国や竜を相手に戦っているハドルストーン家の軍隊が、百年以上の安穏を貪っている中央の軍隊に負けることはないと……私は断言できるが。

 完全なる私情に、家を巻き込む覚悟が私にはまだできていない。

 ……そしてなにより、マーガレットがそれを望むかが大事だ。


「フラン、その……甘えさせて?」


 部屋の片隅で思考に浸っていると、マーガレットにそっと服の裾を引かれた。美しい紅玉がじっとこちらを見つめている。その瞳に揺れるのは拒絶されるのではないかという不安だ。

 マーガレットは、蔑ろにされ続けたせいで相変わらず自分に自信を持てずにいる。


 こんなに美しく清らかな人なのに。

 マーガレットを取り巻く環境は、その自尊心をボロボロにしてしまった。


 少し前まで自分もその環境の一つだったのだと思うと、後悔の気持ちしかないのだが。

 そっと手を伸ばすと柔らかな白い頬に触れる。そして額に口づけると、了承の意を汲んだマーガレットは嬉しそうに笑った。


「嬉しい。フラン」


 マーガレットは恥ずかしそうに言いながら私の手を引いて長椅子に座らせ、正面から抱きついた。そして、幸せそうなため息を漏らす。愛する女性に密着されると、正直困ってしまう。私も、その、男なのだ。

 深呼吸を一つした後に、そっと抱きしめ返すと、ふわりと花の香が漂う。愛おしい、マーガレットの香りだ。


「……フランの体は、温かいわね」

「マーガレットもですよ。そして、いい香りがします」

「恥ずかしいわ……」


 頬を染め、はにかんで言うとマーガレットは私の胸に顔を隠してしまった。その様子は、愛らしいにもほどがある。

 紅い髪を優しく撫で、つむじに何度も口づけをする。するとマーガレットはくすくすと小さく声を立てて笑った。


「大好きよ、フラン」


 甘い甘い、彼女の囁き。

 幸せだ、とても。けれどこの幸せは……偽りのものなのだ。



 +++



 レイン様と、ヒーニアス王子の仲が上手くいっていないらしい。

 それは私とマーガレットにはなんの関係もないことなのだが。レイン様に興味を失ったヒーニアス王子がマーガレットに干渉を始めたり、レイン様のご様子がおかしかったり……。面倒事が増えつつもある。

 レイン様が部屋に来た時には驚いたものだ。その青い瞳の奥には仄暗い感情が蠢いていて……それを見て私は嫌な予感を感じた。

 マーガレットを守らないと。虐げられながら生きてきたこの人に、これ以上のつらい思いをさせてはいけない。


「フラン、愛してるわ」


 白い頬を染めて、マーガレットは今日も私に愛を囁く。その柔らかな体を抱きしめ、唇を合わせる。するとマーガレットは本当に幸せそうに笑った。


「……貴女を、連れて逃げてしまいたい」


 思わずそんな言葉が口から零れた。するとマーガレットは美しい紅玉を大きく開いた後に、ふるふると首を横に振る。


「貴方にも私にも、家があるもの」


 そう言って彼女は、諦めの感情を含んだ苦い笑みを浮かべた。一言『連れて逃げて』と言ってさえくれれば、私はその覚悟を決めることができるのに。

 マーガレットを連れて逃げられなかったとしても。従姉にハドルストーン家は任せて、マーガレットの護衛として王宮に入ってしまおうか。いや、これもマーガレットは拒絶しそうだな。彼女は私の将来のことを、慮ってばかりだから。

 白い頬をそっと撫でる。するとマーガレットは憂いを帯びた美しい瞳を私に向けた。その瞳は、本当は欲しいものがあると私に訴えている。


 ……けれど彼女は、それを口にすることをしない。


 手前勝手な周囲の人々に振り回され続けた彼女の心は、自らの幸せを望むことを諦めているのだ。

 両手でマーガレットの頬を包み、何度も優しく口づける。


「ふふ。幸せだわ」


 マーガレットは嬉しそうに笑う。けれど私は……

 この偽りの箱庭から貴女を連れ出したいと、本当の意味での幸せを知って欲しいと。そう願ってしまう。


 そして私は。願うだけですぐにでも行動に移さなかったことを、後悔することになる。


 ――無理やりにでも。連れて逃げればよかった。

 ――そうすれば彼女にあんな思いをさせずに済んだ。


 数日後。レイン様に呼び出されたマーガレットを迎えに行った私は……

 血溜まりの中に倒れ伏した、彼女の姿を見ることになる。

乱れるフランさんの心。

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