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従者は令嬢と触れ合う3(フラン視点)

 自分磨きをすると決めたお嬢様は、その日からたゆまぬ努力を始めた。


 勉学に励み、まともなご友人との社交に励み、ダンスに励み。レイン様とヒーニアス王子にも一切近づかなくなった。

 ……食事制限は自分一人ではおつらいようだったので、私が手助けをした。

 空になったお皿を悲しそうな目で見つめるお嬢様や、くるくると可愛いお腹の音を立てながら紅茶でお腹を満たそうとするお嬢様を見ていると、もう少し多めに食べさせてもよいのでは……という気持ちも湧きそうになったが。

 それこそお嬢様の努力を台無しにする行為なので私は必死に我慢した。


 努力をするお嬢様を見守ることはとても楽しい。


 日々を重ねるにつれてお嬢様の輝きは増し、その輝きは多くの人目を引くようになった。その人目の中には……ヒーニアス王子の姿もあって。


 私には、それが酷く腹立たしく思えた。


 お嬢様は以前から素敵なご令嬢だった。しかしヒーニアス王子は彼女のよさを理解しようとはしなかった。それだけではなく彼女の義妹と堂々と不義を働き、さらに彼女を苦しめたのだ。


 ……そんな彼がお嬢様の輝きが増したら目を向けるだなんて、虫がよすぎないか。


 そうは思うものの王子はお嬢様の想い人であり婚約者なのだ。

 どういう形であれ彼とお嬢様が仲睦まじくなるのであれば。それはとても素晴らしいことだ。その、はずだ。


「ねぇ、フラン。私、前よりも綺麗になったと思う?」


 お嬢様は鏡の前で自分の姿を眺めた後に、自信なさげな表情で私を振り返る。


 私は言葉を受けて、お嬢様の姿を見つめた。

 白く美しい肌。その頬はほんのりとした薄桃色だ。長い睫毛に縁取られた紅玉の瞳は切なげな輝きを湛え、片目の下に飾られた泣き黒子がそれに色香を添えている。少しぽってりとした唇は女性らしい美しさで、すっかり引き締まった頬は元より整っていた顔立ちをさらに引き立たせていた。

 腰まで伸びた紅い髪は美しい輝きを放ち、その嫋やかな肢体は女性らしい曲線を描き魅力に満ちており……つまりは……その。


 ――磨き上げられたお嬢様は、女神のように美しい。


「……お嬢様は、お綺麗です。本当に女神のように美しいです」

「大げさね。そう言われるとバカにされている気がするわ」


 お嬢様はそう言いながら愛らしい唇を尖らせる。こんなに美しくなったのに、彼女は自分に自信をまったく持てないらしい。

 お嬢様の愛らしい様子に私は思わず吹き出してしまう。すると彼女は少し不服そうな顔をした後に、ふわりと美しく笑った。その笑顔に私の胸は強く締めつけられる。


 ……惹かれてはいけない人に、惹かれてしまった。


 苦い想いが、胸に満ちる。

 私は従者であり国に仕える騎士。そして彼女は未来の王妃だ。惹かれてしまうなんて、そんなそんなことはあってはならなかったのに。


 それなのに……この繊細な心を周囲に手折られ続けた儚い少女に、私は恋をしてしまった。


「ヒーニアス王子が時々お嬢様のことを見ていることに、気づいていますか? それくらいお綺麗になったのですよ」


 私は胸の中で暴れ出しそうになる気持ちを抑えつけ、お嬢様に微笑んでみせる。お嬢様が婚約者の寵愛を取り戻し幸せになるのなら。それはとても素晴らしいことだ。

 そしてその一助ができたことを、誇りに思いながら私は生きていこう。


「まぁ、そんな知らなかったわ」


 お嬢様は私の言葉に目を丸くし……。その白い頬を染めるのだと私は思っていた。

 けれど彼女はその美しい眉を顰め微妙な表情になる。その意外な反応に私は秘かに首を傾げた。



 +++



「やぁ、マーガレット。近頃、綺麗になったね」


 学園のカフェテリアにお嬢様といる時。ヒーニアス王子が声をかけてきた。お嬢様はきっと、お喜びになるだろう。そう思いながら彼女の様子を窺うと、お嬢様は苦い顔をしていた。


「お久しぶりです、ヒーニアス王子。優しいお言葉、ありがとうございます」


 ヒーニアス王子にカーテシーをする彼女の声音は硬い。……一体、どうしたのだろう。私は心配になってしまう。

 お嬢様の冷ややかな様子にヒーニアス王子は驚いたようにその美しい緑色の目を見開く。驚いているのは、私も同じだ。


「本当に……中身も含めて、ずいぶんと変わったね。僕のために綺麗になったわけではないの?」


 王子の言葉にお嬢様は一瞬だけ怒りを堪えるような顔をして。私にちらりと視線を向けた。王子の言葉は実に傲慢だ。お嬢様がお怒りになる気持ちも理解できる。私はお嬢様を勇気づけるように頷いてみせた。


「私のためです。無駄なことに時間を浪費するのにはもう疲れてしまったので。私が前を向くためだけに、やったことです」


 彼女は視線を上げ……凛とした表情でそう言った。その気高く美しいお姿に、私は思わず見惚れてしまう。

 それと同時にお嬢様の中には『ヒーニアス王子のために』という気持ちが欠片もないのだと、その事実に驚いた。昔から、あれほど彼に焦がれていらっしゃったのに。


 そしてお嬢様は……引き止めるヒーニアス王子の手を振り払い。美しい所作で踵を返したのだった。


「大丈夫ですか、お嬢様」


 ヒーニアス王子との久しぶりの邂逅にお嬢様が動揺していないか。それが心配になり私は声をかけた。


「ふふ。どうしましょう、フラン。驚くほどヒーニアス王子への気持ちが消えていたの!」


 けれどお嬢様は動揺するどころか……美しい笑みを浮かべ、晴れ晴れとした顔をしている。


「お嬢様、それは……」


 どうあがいても、お嬢様は将来ヒーニアス王子に嫁ぐことになる。だったら気持ちは……あるに越したことはないのでは。


「婚姻したら、初めからずっとレインの所に通ってもらおうかしら。次の王位もレインと彼の子供が継げばいいわ。同じエインワースですもの、大差はないでしょう?」


 お嬢様は楽しそうに言う。本当に……それでいいのだろうか。

 王宮で一人、寂しく過ごすお嬢様の姿が脳裏に浮かび。私の心は鋭い痛みを訴えた。


「……でも、それでは。お嬢様の幸せは」


 従僕には過ぎたこと。しかし口にせずには、いられない。そんな私にお嬢様は……年齢に似合わない倦み疲れた笑みを見せた。


「……ヒーニアス王子とでは、幸せになれないことがわかってしまったから。……幸せを得ることはもう、諦めた方がいいと、思っているの」


 少女にはあまりにも早すぎる諦観。その結論に容易に至ってしまうくらいに、お嬢様の人生は人に踏みにじられ続けてきた。それを私は……ずっと見ていたのに。

 ……もっと早く、無理矢理にでも貴女の心に寄り添っていれば。そんな悲しい諦観を覚えさせずに済んだのに。無邪気に王子の愛が取り戻せたと笑う貴女が、きっと見られたはずなのだ。


 お嬢様の白い手が伸びて、私の手を取った。

 淡雪のように嫋やかで儚いお嬢様の感触。それはこちらから触れると消えてしまいそうで……私は、彼女の手を握り返すことができない。


「ねぇ、フラン。今まで出会ったすべての人間の中で、貴方に一番好感を持っているわ。真摯で、誠実で。私を『まとも』にしてくれた人ですもの。……貴方が私の、婚約者ならよかったのに」


 お嬢様の美しい紅玉の瞳から雫が零れる。それを私は……そっと指で拭った。


 お嬢様。私は貴女が苦しんでいるのを知っていたのに、なにもしなかった愚かな従僕です。

 真摯で、誠実なんて言葉には程遠い。


 けれどこれからは、私のできる限りで。貴女のお心を……お守りしてもよいでしょうか。

お嬢様の悲哀とフランさんの決意。


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