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従者は令嬢と触れ合う2(フラン視点)

「おはよう。フラン」


 制服に着替えたお嬢様が長椅子に座り、まだ開きづらそうな目を向け私に朝の挨拶をする。そんなお嬢様に挨拶を返して紅茶を手渡すと、彼女はゆっくりとそれを飲んで一息ついた。


「……美味しいわ、ありがとう」


 お嬢様は紅茶を飲み終わると、少し照れくさそうに礼を言って私に微笑む。その柔らかな手から空になったカップを受け取ると、私も彼女に微笑み返した。


「お口に合って、よかったです」


 ……昔なら、考えられない穏やかな光景だ。


 お嬢様とは、あの日以来話をするようになった。私がそれを望み、彼女もそれを望んだのか……自然とそうなったのだ。

 お嬢様は他愛ない話をすることに慣れておらず、最初のうちはなにを話していいのかわからないご様子だった。ご友人とは人の噂話ばかりで、なんでもない話をする機会があまりなかったらしい。王都の貴族らしいな、と田舎貴族の私は思ったものだ。

 ぎこちないながらもお嬢様は私との会話を楽しんでくださっているようで、近頃はずいぶん打ち解けたように思う。

 眉間に皺ばかり浮かべていた表情も、本当に柔らかくなった。


 この時間が少しでもつらいことばかりの、彼女の気晴らしになるといいのだが。


「カフェテリアに新しいメニューが追加されたそうですよ、お嬢様」

「あら、なにかしら?」

「柑橘類のパルフェだったと思いますが……」

「まぁ、いいわね。放課後行きましょう?」


 お嬢様が嬉しそうに笑う。今までお仕えしてきて、お嬢様が笑っているところなんて数えるほどしか見たことがなかったが……最近はよく笑顔を見せてくれる。

 お嬢様の笑った顔には安心できる優しさがあり、そして愛らしい。その笑顔をもっとご両親やヒーニアス王子に見せていれば、なにかが変わったのかもしれないと、私はつい考えてしまう。

 けれど気弱で引っ込み思案なお嬢様には、それは難しいことだったのだ。

 お嬢様のように笑顔を浮かべることすら委縮してできない人間もいれば、レイン様のようにてらいなくそれを浮かべられる人間もいる。

 一見するとレイン様の方が儚いように見えるが、彼女はあれでかなり図太い。……図太くなければ義姉の婚約者を奪い、平然とした顔はしていられないだろう。


「フラン、眉間に皺が寄っているわ」


 そう言いながらお嬢様が首を傾げる。そして眉間に皺を寄せて、私の真似をした。

 ……日に日に、お嬢様は愛らしくなるな。

 このお嬢様のよさをヒーニアス王子がちゃんと理解し、彼女を大事にしてくれることを私は祈るしかない。



 +++



「……レインに近づくのは、もう止めるわ。あんなことをしても意味がないもの」


 寮で紅茶を淹れていた時。お嬢様は私に、そう言った。

 こうは言うもののお嬢様は少し前から、レイン様に近づくのを止めている。これは改めての決意表明のようなものなのだろう。


「……よいことだと、思います」


 私は微笑みながらそう答えた。本当に素晴らしいことだと思う。彼女に近づくことで、お嬢様が得るものはまったくない。むしろ失うものが増えるばかりだ。

 お嬢様の貴重な時間は、もっと有用なことに使うべきだ。


「でもレインをいじめる時間がなくなると、私、暇になってしまうのよね。代わりになにをすればいいかしら」


 お嬢様は冗談っぽい口調で、私に問いかけた。

 ……なにを、か。

 私は顎に手を当てて少し考える。

 ヒーニアス王子はわかりやすく容姿端麗な方が好きだ。そしてお嬢様は元の素材がとてもよい。お嬢様が自分磨きに専念すれば、レイン様からヒーニアス王子のお心を取り戻せるのではないだろうか。

 今のお嬢様でも十分愛らしいと私は思うが……いや、私の主観は関係ないな。

 お嬢様とヒーニアス王子の婚姻はどうやっても覆らないものだ。ならば愛されない結婚生活を送るよりも、愛された方が幸せに決まっている。

 お嬢様は長年ヒーニアス王子を愛しているのだから、なおさらだ。


「……自分磨きをされては、と」


 私がそう言うとお嬢様は少し傷ついた顔をする。ああ、言葉選びの順番を間違えたな。内心焦りながら、私は言葉を重ねた。


「お嬢様は素材がとてもいいのですから。磨いて、光らせて。浮気者を驚かせてやりましょう」

「まぁ……。フランがそんなお世辞を言えるなんて思わなかったわ。それに王子を浮気者だなんて不敬よ」


 お嬢様はくすくすと笑う。白い頬をそのふっくらとした手で覆い笑うその様子は、なんだかとても嬉しそうで。

 だけど私は……お嬢様が自分を卑下することを言うので、悲しくなってしまった。お世辞などではない。素材がいい、なんて言葉を使ってしまったが、お嬢様は今でも十分に魅力的なご令嬢だ。


「お世辞ではありませんよ、お嬢様。貴女はお綺麗です。まだそれに、気づいていないだけで」


 私は、お嬢様に言い聞かせるようにそう言った。すると彼女の白い頬は、みるみるうちに真っ赤になる。お嬢様はその紅玉を大きく開いて私を見つめた。

 ……お嬢様、従僕に褒められたくらいでそんなに照れなくてもいいじゃないですか。そんな反応をされると……私も照れてしまいそうになる。


「……フランがそう言ってくれるなら、頑張ろうかしら……。本当に、綺麗になれると思う?」

「なれます、お嬢様」

「頭がよくも、なれるかしら」

「お嬢様は元から頭がよい方です。ですが努力をすれば今まで以上によくなれます」

「まぁ! フランは褒め上手ね」


 お嬢様は楽しそうに笑う。その様子を見ていると、嬉しくなり口元に笑みが浮かんでしまった。


「頑張るわ、フラン。そして浮気者を見返すの」


 そう言って彼女は心からのものであろう、華やいだ笑みを私に向ける。


 それを見た瞬間、心臓が……小さく跳ねたような気がした。

フランさん視点その2です。

フランさんはお嬢様の激変前にすでに……というお話。


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