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元公爵家令嬢は元従者と幸福に微笑む

 ふわりと、白い衣が揺れる。それは窓から差す陽に透けて、とても綺麗だ。


 今日はレインとヒーニアス王子が婚姻する日。私はその様子を、フランと寄り添って見守っていた。

 本当はこんな行事に参加する気はなかった。けれど王命だ義務だと言われてしまえば、逆らいようがない。


 私の体はほとんど癒えた。食欲も戻り、体型も少しずつ戻りつつある。……戻りすぎて前のように太ってしまったらどうしよう。そんな心配を覚えてしまうけれど。フランが『あの頃のマーガレットも可愛らしかったです』なんて言ってくれるから。甘えてしまいそうになり本当に困ってしまう。


 この茶番に付き合った後は、私はハドルストーン家の領地へと旅立つ。これがエインワース公爵家と関わる、最後の機会だ。


 大聖堂には招待された数々の貴族が詰めかけている。

 花嫁は儚げで美しく、花婿は信じられないほどの美貌だ。レインは幸せそうに笑っている。ヒーニアス王子はどこか苦さが残る笑みを浮かべていた。

 レインは、自身の体の異変を知らない。知った時……彼女はどうなってしまうのかしら。

 私はフランの腕に自分の腕を絡め、彼を見上げる。すると柔らかく微笑まれ、額に口づけを落とされた。……フランはいつでも優しくて。私に愛を注いでくれる。怖いくらいに……私は幸せだ。

 レインがふと、どこか得意げな表情で私に視線を向けた。


 ――愛も婚約者も奪われ、子も産めず、辺境の伯爵家に嫁に行く哀れなお義姉様。


 義妹の青い瞳は私にそう語っている。私はレインに笑みを返した。


 ――私は一番欲しいものを手に入れて、幸せなのよ。レイン。


 そんな想いを込めて。満面の笑みをレインに向ける。

 レインは一瞬怪訝そうな顔をしたけれど。不幸せそうな花婿に腕を絡めた。


 大聖堂の鐘が鳴る。

 大きな秘め事抱えた夫婦の人生が、これから始まるのだ。


「帰りましょう、フラン」

「そうですね、マーガレット」


 私はフランの手を引いて、大聖堂を後にする。

 もうこの王都には、なんの未練もない。私はただ前を向いて……フランと歩いて行くのだ。



 +++



 ハドルストーン家へと旅立ち、フランの妻になって二年が経った。


 王都と違ってなにもないけれど、私はこの緑が多いハドルストーン家の領地が好きだ。

 フランのご家族はとても私に優しくて。子を産めないことも『気にしなくていい』と笑い飛ばしてくれる。……本当に温かい人たちだ。

 フランのご友人や、ご親戚もよく遊びに来てくださる。こちらも本当にいい方々ばかりで、悪意に晒されて生きてきた私にとっては驚きの連続だ。

 ……フランの従姉のご令嬢がフランとそっくりなお顔だったのは、少し面白かったわね。お義父様も同じ顔をしていらっしゃるし、きっと家系なのだろう。

 娘ができたと嬉しそうに、お義父様もお義母様も私を可愛がってくれる。それがとてもくすぐったくて。慣れない私はどうしていいのかわからなくなる。ちゃんと照れずに気持ちを返せるようになりたいわ。


 ……フランが私を連れて逃げる、なんて選択をしなくてよかった。この人たちに迷惑なんてかけられない。


 婚姻してから、私は今まで知らなかったフランの家のことを知った。

 彼の家は『護国騎士』という古い称号を持つ家で、百年以上前に魔王が出現した際にそれを討ち果たした……いわゆる勇者の家系らしい。

 ハドルストーン家の領地には竜が多く出没している。そしてハドルストーン家の者たちは、それを害虫であるかのように易々と駆除していた。だから彼らは『竜殺し』と、秘かに呼ばれているそうだ。

 竜を倒すことは簡単にできることではない。百人規模の騎士団をもってしても、倒せるかどうかだ。それをフランやお義父様は……驚くことに単騎でやってしまう。

 その事実を知った時、私は目が点になったものだ。未来の国母の護衛を、任されるわけね。

 こんな功績がどうして王都に伝わらないのかしら? と考えたのだけれど……。辺境を守る大きな軍部と異能持つハドルストーン家に権力を持たせないよう、王家が仕組んでいるのだという考えに私は至った。

 ハドルストーン家に諸侯と組まれ謀反でも起こされれば、この国は一夜にしてひっくり返るだろうから。

 フランたちが不当に認められないのは、とても悔しい。だけどそのことにより、ハドルストーン家がいらぬ注視を浴びず平穏が保たれているのも事実で……。


 ……納得はできないけれど。現状維持も大事ね。もう権力なんてものに関わるのは、こりごり。


 そんなことを考えながら、私は寝台で横になっていた。

 近頃なぜか気分が悪く、寝たきりのようになっているのだ。フランは泣きそうな青い顔で、私の頬をずっと撫でていて。フランの方が死んでしまいそうな顔をしているわ、なんてことを思ってしまう。


「もうすぐ医者が来ますから。……大したことがないといいのですが……」


 フランは心配そうに言いながら、また私の頬を撫でた。フランは本当に……優しくて、温かい。彼はいつでも寄り添って、私を支えてくれる。

 そしてやって来た医師から聞いたのは……驚くべき言葉だった。


「ご懐妊ですよ、奥様」


 白髪の老医師はそう言って、私に微笑みかけた。


 ――懐妊? 嘘、でしょう?


「でも、私……。妊娠ができないのでは」

「たしかに傷は子宮の近くにありますし、そのせいで妊娠できない、との診断が出てもおかしくなかったでしょうねぇ。ですが妊娠は事実です。よかったですね、奥様」


 フランとの、子供……? 呆然としてフランを見ると、彼も驚いた顔をしている。


「……フ、フラン。どうしましょう」

「どうしましょう、というか。ああ、お祝いをしなければ! いや、それはもっと安定してからがいいですよね。ひとまず父と母に……。いや、その前に……!」


 フランが激しく混乱している。その細い目をぎゅっと閉じたり開いたりして表情を変えながら、彼はせわしなく部屋を歩き回っていた。

 そんなフランの服の裾をそっと引くと、彼ははっとした表情でこちらを見た。


「……嬉しい? フラン」

「当然です!」


 フランは間髪入れずにそう答える。……よかった、少し不安だったから。


「……なんだか、夢の中みたい」


 私は溜め息をつきながら、自分のお腹をゆるりと撫でた。

 愛おしい人の側にいられて、たくさんのよい人たちに囲まれ。その上子供まで授かるなんて。


 ……こんなに幸せで、大丈夫なのかしら。


「……幸せになりましょうね、マーガレット。家族、みんなで」


 フランが、嬉しそうに笑う。薄い唇が綺麗な弧を描いて、豊かな黒髪がさらりと揺れた。

 ……そうね、幸せになりましょう。

 そのためならば、私も戦うわ。身分としがらみに縛られ、流されて生きるだけの私では、もうないのだもの。


 私の懐妊を知った父が、男であれば後継ぎに寄越せと手紙を送ってきたりしたけれど。


「こんなものは捨ててしまいましょう。こんな辺境まで来れやしないんですから。来たとしても、追い返します」


 フランはあっさりそう言うと、手紙を破いて屋敷の窓から捨ててしまった。紙屑は風に乗って遠くへと飛んで行く。その光景がなんだか爽快に思えて、私は声を立てて笑った。


 私の子供が生まれた頃。

 ヒーニアス王子の愛妾が孕んだと、そんな噂を聞いた。

 レインが今どうしているかなんてことは、私は知らないし興味もない。


「フラン」

「なんですか? マーガレット」


 フランに寄り添い、身をすり寄せる。腕の中には可愛い私の息子。


「……幸せ……」


 愛も、家族の温もりも。十七までの人生で知らなかったことを、全部フランが教えてくれた。私の人生はフランと触れ合うようになってから。やっと始まったのだ。


「幸せですね、マーガレット」


 私の紅い髪を撫でながら、フランが笑う。


 きっとこれからも……幸せなのだわ。


 そんなことを考えながら、私は彼に抱きしめられつつ微睡んだ。

マーガレットさん視点はここで終わりになります。

次回からはフランさん視点を数話やりまして、

レイン視点2話、そして幸せ家族な後日談を追加いたします。

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