公爵家令嬢は従者に救われる1
私の体調はなかなか回復せず、寝台の上で日々は過ぎていった。
私は事故で体を損ねたことにされ、レインは何食わぬ顔で学園に通い。王子の婚約者としての日々を過ごしている……らしい。そしてその隣にはフランがいるのだ。
その光景を想像すると悲しくて、胸が張り裂けそうになる。
本当ならフランはまだ私の側にいたはずなのに。そしてあの箱庭で、仮初めの恋人として私と過ごしていたはずなのに。
「……っ……」
泣いても泣いても涙は枯れない。私は上掛けの中で身を縮こまらせ、声を殺して泣き続ける。世間ではきっと私は哀れな女として噂になっているのだろう。その通りだわ、笑うといい。自分自身ですら哀れすぎて笑いたくなる。
「お嬢様、少しは食べませんと……。回復するものもしませんよ?」
メイドが遠慮がちに声をかけてきた。私はのそりと上掛けから顔を出す。けれど彼女が持ってきた粥の匂いを嗅いだだけで吐き気がして、小さく首を振って拒絶を伝えた。
……体が、生きることを拒否しているようだ。
固形物は二日に一度食べられればよい方で、無理に食べると吐き戻してしまう。果実を絞ったものなら吐かずに飲み込めるから、私の今の栄養はほとんどそれで補われている。
昔の姿は見る影もないくらいに、私は痩せ衰えつつあった。
メイドは悲しそうな顔をして、果実を絞ったものを私に手渡す。それを数時間かけてゆっくり飲みながら、私は窓の外を眺めた。
私が意識を失っている間に、季節は秋から冬になり。
こうして床に臥せっている間に春になろうとしている。
……フランは、そろそろ任期を終える頃かしら。そして領地へ帰ってしまうのね。
私の見舞いにフランは一度も来ていない。病で臥せっている筆頭公爵家の令嬢に格下の家の男性が面会を申し込んでも、断られてしまうのかもしれないわね。
それとも……私にはもう会いたくもないのかしら。私は彼の優しさに付け込んで、恋人遊びを強要するような女なのだから。
フランのことを考えると、また涙が滲んでしまう。
このまま、一生フランに会えないの? そんなの……嫌。
顔を覆って寝台の上で泣いていると、扉が無遠慮にノックされた。
「誰……?」
力なく声をかける。部屋に入って来たのは、お父様だった。私が目を覚ました時以来の来訪だ。……本当に、私に興味も愛情もないのね。
「お前の嫁ぎ先が決まった。ご挨拶に来てくださっているから、身支度を最低限整えて待っていなさい」
「そう……」
お父様は用件だけ言うと、扉を閉めて去って行った。
まだ体調が回復していない娘に、嫁ぎ先を見つけてくるとは。お父様はよほど私を追い出したいらしい。
それにしても……子を産めず、体に大きな傷が二つもある私を娶ろうなんて。あちらも相当問題がある人物なのだろう。再婚のご老人かしら。それとも性的倒錯者……?
どちらにしても幸せな結婚ができるとは、到底思えない。
……フラン以外に、触れられるのは……嫌だわ。
じっと、窓の外を見る。
この部屋は三階だ。ここから飛べば、弱った私の体は……簡単に死に至るんじゃないかしら。そんな考えに私の思考は絡め取られる。だって生きていても、なにもいいことはない。
愛も、未来も、矜持も。私のすべては義妹に踏みにじられ、今ここにあるのは残り滓だ。
ふらふらする足取りで寝台の上に立ち上がる。そして私は、窓を大きく開いた。
窓枠に足をかけて、その上に上る。見下ろした地面は……なんだかとても、優しいものに見えた。
「……さようなら、フラン」
貴方以外にさようならを言いたい人も見つからない。そんな寂しい人生だった。
私はゆっくりと……窓の外に身を投げ出した。
そのはず、だった。
「マーガレット!」
懐かしい声がして、私の体は後ろに引かれる。そしてしなやかな腕の中に閉じ込められた。……大好きな、香りがする。フランの香りだ。
「……死のうと、するなんて。ああ、こんなに痩せてしまって……」
「……フラン?」
呆然としながら、視線を声の方へ向ける。するとそこには……焦りと、悲しみと、怒りと、心配と。いろいろな感情をない交ぜにさせた表情の、フランがいた。
手を伸ばして、その白い頬に触れる。幻じゃない、フランだ。どうして?
「本当に、フランなの?」
「私です、マーガレット。来るのが遅くなって……本当に申し訳ありません」
フランはそう言って、痛いくらいの力で私を抱きしめる。
「……間に合って、よかった。貴女を……失わなくて」
囁くフランの声は震えていて、その瞳は涙で潤んでいる。彼の私を抱く力は、さらに強くなった。
フランの腕の中にいるのが嬉しくて胸がいっぱいになる。けれど同時に……私はもう誰かの妻になることが決まっていて、この腕の中にはずっといられないのだと。そんな絶望が胸に訪れた。
「……貴方に会えたのは、嬉しいの。でも、死なせて、フラン。生きるのは……もう辛いの」
「マーガレット……!?」
私はフランの腕から抜け出そうと、懸命にもがいた。けれど強く抱きしめる彼の腕から、弱った体が抜け落ちることはなくて。どうしていいのかわからなくて、私はポロポロと瞳から雫を零した。
「やっと貴女との婚姻を勝ち取ったのに。そんなことを、言わないでください」
……婚姻?
フランの言葉が理解できなくて、ぽかんとした顔で彼を見つめてしまう。
するとフランがしょうがないな、という優しい表情で私の頬を何度も撫でた。
「……公爵からお話は?」
「嫁ぎ先が決まったと、さきほど聞いたけれど。誰のところに……というのは」
「貴女を娶るのは、私です。マーガレット」
彼の言葉を聞いて。私は目を、大きく見開いた。
ようやく救いのターンです。
面白いと思って頂けましたら、感想・評価などで応援頂けますと更新の励みになります(n*´ω`*n)