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公爵家令嬢と従者は交流を開始する1

※小説家になろうで連載中の「悪役令嬢はモブ従者を振り向かせたい」のIFストーリーです。

※作中乙女ゲーム世界を舞台にしたもしものお話。もしも悪役令嬢が従者に心を開いていたら。

※本編未読でも読めるようになっております。

 私、マーガレット・エインワースは、なにも持っていない。


 筆頭公爵家の令嬢で、この国の第一王子であるヒーニアス王子の婚約者。これだけ聞くとどれだけ恵まれたご令嬢なのかと、皆は思うだろう。だけど……。


 私は鏡の前にそっと立つ。鏡には、赤い髪をした冴えない顔の女……そして体にはふんだんに無駄な脂肪がついている……が映っていた。


 ――今日も私は、醜い。


 吐き捨てるようにそう思いながら私は鏡から離れる。鏡なんて見ても、いいことなんて何一つないのだ。

 ところで、私には『義妹』がいる。私のところにあった数少ない愛情。それを根こそぎ持っていった、あの憎い平民出身の女が。

 あの女は平民出身だけれど今は誰も使えない光魔法の使い手だということを買われ、エインワース公爵家に養子にやってきた。あの女、レイン・エインワース。誇り高きエインワースの名をあの女に使わせるなんて悔しいけれど、養子になってしまったからにはそれは仕方ない。


『お義姉様……』


 気弱げな目で私を見つめるあの女が思い浮かぶ。抜けるように白い肌、さらさらと繊細な質感の輝く水色の髪。美しい珊瑚の色の唇。儚げな妖精のような美貌のあの女。

 あいつはお父様とお母様の愛情を……私からすぐに奪ってしまった。私の、ものなのに。そう思い彼女に罵声を飛ばすたびに、両親の愛情はさらに遠ざかっていく。


 けれどそれは、ただの始まりにしか過ぎなかったのだ。


 私は今年、十七歳。王立学園の二年生だ。私は今寮に入り、学生生活を過ごしている。そして……あの女も。

 窓の外に目をやる。すると婚約者のヒーニアス王子とあの女が並んで歩いているのが見えた。……王子は、私には見せない本当の笑顔をレインに向けていた。


 ……許せない。


 両親の愛情だけじゃなく、王子の愛情まで貴女が手に入れてしまうの? 王家と公爵家の盟約である私と王子の結婚を破棄することは叶わないだろう。けれど私が王太子妃になった暁には、きっとあの女が愛妾として王宮に上がり……。ヒーニアス王子の寵愛を一身に受けるのだ。そして私は、初夜の晩から一人なのだろう。

 私の、初恋の人なのに。そして婚約者なのに。どうして彼まであの女に奪われるの。


「……う……」


 涙が、溢れる。どうしていいのかわからない。どうして、あの子は全部奪っていくの? どうして、私の手には何も残らないの? 誰か、誰か。私を助けて。

 公爵家の令嬢とか、王子の婚約者とか。そんな地位なんてどうでもいい。……誰か私を愛してよ。お父様、お母様。ヒーニアス王子。私には……なにもないの。


「お嬢様、お加減が悪いのですか?」


 唐突に背後からかけられた声に、私はびくりと身を震わせた。彼の存在をすっかり忘れていた。……私の従者、フラン・ハドルストーン。影のように私に付き従う、黒髪のこれといった特徴のない冴えない細い目の男。整った顔立ちはしているのだと思う。けれどその風貌はなぜか目立たない。聞いたこともないような辺境の領地の伯爵家の長男。一応はそこの跡取りである彼がなぜ私の従者になっているのか、それはわからない。それを聞くほど、私は彼に興味を持っていなかった。従者ごときに向ける興味なんて欠片もない。


「フラン、水をちょうだい。少し吐き気がしただけよ」


 フランにばれないように涙を手で拭き、つっけんどんに言ってから彼の差し出す水を飲む。それは酷くぬるいもので、私を苛立たせた。


「……ぬるいわ」


 一口飲んで床に器ごと落とす。それを見てフランは少し眉を顰めただけですぐに床を拭き始めた。彼は私の癇癪には慣れているのだ。再び窓の外を見るとレインとヒーニアス王子はもういない。そのことに私は、少しほっとした。

 見目が醜いだけなら、どれだけよかっただろう。あの女が来てから、私は心までどんどん醜くなっている。

 長椅子に座り、ため息をつく。幸せそうな二人のことを思い出すと胸が裂けそうなくらいの痛みを覚えた。もう、嫌、こんなの耐えられない……。


「お嬢様、泣いて……」


 フランが心配そうな顔で声をかけてくる。無礼ね、と言おうとして彼の言葉を反芻し私はまた頬をたくさんの雫が伝っていることに気づいた。

 従者ごときの前で涙を見せるなんて。私はどれだけ気弱になってしまっているのだろう。


「……誰も、愛してくれないの」


 ぽつり、とそんな言葉が唇から漏れる。フランなんかに、私はなにを言っているの。けれど言葉は止まることなく、口から零れていく。フランの表情は変わらない。いつも無表情な男なのだ。


「お父様も、お母様も。ヒーニアス王子も。誰も愛してくれないの、心も体も醜い私のことなんて。僅かにあったものさえも、皆あの女が奪っていくの……」


 止まらない。一度漏れだすと、それはどんどん流れ出る。


「……誰か、私を愛して……!」


 絞り出すように漏れる悲鳴のような言葉。それを聞いたフランの瞳が、少しだけ大きく開いた気がした。


「お嬢様、お茶を用意します。温かいものは……心を休ませてくれますので」


 彼はそう言うとお茶の準備をしに、寮の部屋に備え付けられている簡易のキッチンへと向かって行く。そしてその途中で振り返った。


「……きっとヒーニアス王子は、お嬢様のよいところをわかってくれます。その……」


 そう言ってフランは途中で言い淀む。慰めようとして、上手く言葉が出てこない。きっとそんなところなのだろう。

 不器用な男ね。そう思うとなんだかおかしくなってしまって、私は小さく吹き出した。そんな私を見て少し安心したように、フランはキッチンへとまた向かう。


 ……心の奥にぽとりと温かくなにかが落ちたような気がした。

ゲーム版のマーガレットさんが不憫すぎるので幸せにしてあげようキャンペーンということで、番外編を始めました。

本編と違ってとてもシリアスです。

1日2~3話更新で、20話くらいでさっくり終わります。

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