七話 迷惑をかけることになりました。
「確かに迷惑をかけてしまうことがあるかもしれない。
けれど、人間というのは生きている限り誰かに迷惑をかけてしまうものだ。
けれどその相手がそれを迷惑と考えるか。それは別だ。
積み荷を失い無一文になり空腹で倒れていた僕をあなたは助けた。
世間一般ではそれを迷惑をかけるといいます。けれどあなたはそれを不快と思いましたか?」
「そんなこと思っていません」
ヨハンの言葉にアカネは即答する。
困っているから助けたいと思ったのはアカネ自身だ。
それにヨハンはきちんとありがとうと言ってくれた。
あの家にいて、あの家の影響が強い近辺にいてきちんとアカネに『ありがとう』といったお礼を言ってくれた存在というのはほとんどいない。
だからこそアカネはとてもうれしかったのだ。
「僕もそうです。
あなたを助けたい。そう思ったしあなたが困っているなら力になりたい。
そう思った。
その善意をあなたはちゃんと善意で返している。
誠意を誠意で返す。善意を善意で返す。
それならば何の問題もありません。
それに人間、誰しも生きていくうえで何物にも迷惑をかけない生き物などいません。
生まれたての赤子なんて生まれてくる瞬間にたくさんの人に苦労をさせています。
そしてその後もたくさんの人に迷惑や苦労をかけています。
むしろきちんとそれにお礼を言えているのだから当然です。
良い年をした大人になって迷惑をかけてお礼も言えないのは困りますけれどね」
そういって苦笑を浮かべるヨハン。
おそらくヨハンの脳裏には実の家族が浮かんでいるのだろうとアカネは思った。アカネ自身もヨハンの言葉で脳裏に元の世界にいるだろう家族が思い浮かんだ。
アカネのみならず権力と財力をかさに着ていた家族は迷惑をこうむられることを何よりも嫌っていたくせに迷惑をかけまくっていた。
だが、そのことに謝罪も感謝もせずにむしろ常に上から目線であった。
「まあ。そういった感情面もあるしね。
それにこれは投資だ」
そうヨハンは言う。
「投資ですか」
「そう。商売というのは新しく始める場合はどうやっても出費がかさむものだ。
それに確実に絶対に成功する商売なんてありえない。
ノーリスクハイリターンなんてものは存在しない。
もちろん賭け事のように一か八かとは言わないけれどね。
どんな商売でも損をする可能性はある。
そして始めるのに多少のお金や労力がかかるのは当然だ。
そして僕らは君の料理に出資して成功すればもうけが出ると思ったんだ。
それは僕らの考えだ。
万が一、これで僕らが損をしたとしてもそれは僕らの証人としての見極めが甘かった。それだけだ。君がすべて悪いというわけじゃないさ」
そうヨハンは笑って言ったのだった。
そこにエルダが説明を始める。
「今回の場合は有望な才能を持った人への出資という形だ。
君が料理店を営みそれで利益が出た場合、その利益金額の何割かをヨハンが手にする。
そうすることでヨハンは利益がえるというわけだ。
もちろんすぐにその出資した金額を賄うことは不可能だろう。
けれどお店を起業するというのはすぐにその使った金額を利益にして取り返すというのは不可能だ。
最低でも数年。普通は十数年。下手をすれば数十年もかけてその使ったお金をとりものだ。さすがに数百年もかけるつもりはないけれどね」
数百年も生きていられる自信がないのでそれはすでに踏み倒しのような気がする。
「だからこのことに関して負い目とか遠慮をするつもりはない。
そういった出資をしているのは商売人だけじゃなくていろいろといるからね。
金持ちの貴族なんかはお金を出資して定期的にその利益をいただくという形で商売をしている人もいる。中には自分が気に入った芸術家や研究者などを支援するのもいる。
研究者や芸術家の場合は下手をしたら生涯にわたって利益が出ない。死後にようやっと利益が出るというようなのもいるくらいだ。
だからこのことに関しては気にしない方が良い。
むしろ君に出資するべきだと思ったのはヨハンだ。
損をしたところでそれはヨハンの視る目がなかったということだ。
もしも迷惑をかけたくない。損をさせたくない。
そう思うならば君が思う立派な料理人になればよい。
立派な料理人という定義は人それぞれだろう。
けれども料理人として成功するならば自然と利益が出る。
それが大金なのかそれとも細々としたものかはさておいてだけれどね。
そうしていけばきっと君が納得できることになると思うよ」
「でも」
エルダの言葉を聞いてもアカネは思ってしまう。
きちんと利益を与えることが出なかったら……。
迷惑を不利益を困らせてしまったら……。
そしたらどうしようかと思ってしまう。
そこに、
「大丈夫だって」
そういったのは今まで黙ってポテチをかじっていたホムラであった。
「何を心配しているかはわかるけれどな。
オレがいるんだ。
商売繁盛もオレの得意分野だぞ。
座敷童がいる店は栄えるもんなんだ」
そうホムラが言う。
それは事実である。そもそも座敷童が住む民家というのは大抵に商売をしていたものである。そうしてまじめに働いている人たちに服を与え富を与えるのが座敷童だ。
だからそういう意味ではホムラが住むお店が繁栄するのは決定事項だろう。
(けれどそれはホムラを利用しているみたいでいやだな)
そうひそかに思うアカネ。
ホムラのことをはアカネにとっては友人である。
幼いころから育っており弟が生まれてからは跡継ぎではない女ということもあり冷遇されていた。さらに見えないものが見えていたことから忌み嫌われていたアカネにとってホムラは親のようであり兄のようであり幼馴染のようでありそして弟のようにも思えていた。だからこそ利用するようなことはしたくないのだが……。
そんなアカネの考えがわかったのか。
「勘違いするな。オレのできること何で真面目に働いている人間を裏切らせないようなもんだ。努力や苦労、頑張りを裏切らさせないようにする程度の力だ。
オレがいるから何もしなくても商売が成功するわけじゃない。
オレがいたら絶対に不運が起きない。その程度だ。
それに絶対に幸せにできるならお前が家出するようなことにならなかったさ」
そうホムラが言う。
その言葉にアカネは苦笑を浮かべてしまう。
実際にアカネはあの家にホムラという話し相手がいて救われたが幸せだったと言えない。アカネが眠る部屋にはエアコンは愚か扇風機もストーブもない。
食事は基本として最低限というか賄いですらない。
残飯のようなものを与えられる。
掃除や料理をする家政婦も節約といって最低限の人数。そのために朝早くに起きたアカネはお湯を使うことも許されずに掃除をする。
両親が眠っているということから音が出る電化製品である掃除機などは使えない。夏はともかく冬でも寒い朝に凍るように冷たい水を使って雑巾がけをするのだ。
それを六時までに終わらせなければならない。
掃除が終わらせられたらすぐに部屋に戻らなければならない。
もしも六時すぎから勝手に部屋を出ていたらひどく怒られるからだ。
無駄に広い屋敷を掃除するのはすごく大変であった。
その後、家族が朝食を食べている間に残った残飯を使い自分の朝食を作る。この時にアカネはホムラの朝食も作っていた。
本来ならば飲食を必要としていないのだが食べようと思えば食べれる。
その後、裏口から歩いて仕事へと向かうのだ。
学校では彼女に仲良くすると天童家ににらまれるという理由から接触しない。それでなくても幼稚園のころなど見えないものが見えていたことからの言動。
それを知っているものは彼女を奇異の目で見ていたのもあるだろう。
ある程度、大きくなったアカネはそれが悪いということは自覚していた。
とはいえ、自分と仲良くしたり話しかけたら相手に迷惑がかかる。それも理解していたことから無理に環境改善へと向かおうと努力もしなかったしできなかった。
その後、授業が終われば急いで帰り掃除や洗濯などの家事をする。料理はまともに与えられずに家族が夕食を食べ終えた中で残飯をあさるような生活であった。
それを幸せとは言えない。
「オレたちは家の守り神。けれども限界はある。
そもそも本来、俺たちは努力を怠ったり怠けるようになったら見限るぐらいだからな。
ただお前の家はお前がいたからあそこにいたんだ」
そう静かにホムラは言う。
ホムラはあえて言っていないが座敷童というのは家に憑く守り神である。けれどもその座敷童が家を出た場合、その家は没落するともいわれている。
座敷童が読んでいた幸運のしっぺ返しがやってくるのだ。
座敷童がいる間は疫病神や貧乏神といった不幸を呼ぶ存在から守られる。
事実、天童家はホムラがいたからこそ幸運があったのだ。けれどもその幸運のおかげで恨みや憎しみによって集まるだろう災いから守られていた。
その存在がいたのである。
けれどそれを止めていた存在であるホムラがいなくなった天童家。
(あの家は間違いなく不幸が相次いでいるだろうな)
そう思ったがそれをホムラは言わない。
曲がりなりにも一応、アカネの家である。
自分が家出したことがきっかけで家が没落する。それはおそらく気にするだろう。とはいえ、それは自業自得だとホムラはあっさりと思ったのである。
(そもそもあの家の契約はそういったのだろう)
ホムラ達座敷童は子供である。
楽しいことが好きである。
かつて天童家の祖先の中に視える存在がいた。
そしてホムラと遊び相手をしてくれたのである。
だからこそ契約をして視えるものが本家にいる限りその家に住むという契約をした。最初のころこそ見えるものが遊び相手にしてくれたし一緒に楽しんでくれた。
家の者も座敷童を大切にしておりごちそうを用意しており楽しむことができた。
けれども時代の流れによってなかなか、見えるものが生まれなくなってしまった。それだけならばホムラは天童家を見限ることはなかっただろう。
それも時代の流れとして理解した。
それに座敷童は視える目を持ってなくても子供ならば見えたりする。
遊び相手になるだろうし真面目に仕事を続けていれば文句はなかった。
けれどもそうではなかった。
大金を稼ぐ幸運。それによってその家系は腐っていった。
傲慢に強欲になりやさしさも一つもなくなっていった。
それでも視える目をもったのもはなんとか耐えることはなくまた優しい人間だった。けれどもそういった人間をどんどんと見下すようになっていった。
その結果が長い間の契約であった視えるものが常に天童家にいるという約束をたがえたのだ。天童家ではなく違う家の嫁へと向かわせる。それも不幸が約束されている契約である。なのでどちらにしてもあの家を出るつもりだった。
とはいえ、生きずらい世界となっていたのでいっそのこと異世界へと行く。そして大好きであるアカネも共にと思ったのだった。