四話 不思議な屋敷の話です
「とはいえ行商をするにしてもいろいろと入用だ」
そうエルダの言葉にアカネとヨハンは黙る。
いくら幸運を招く存在がついているとはいえ二人とも家にいる。それが条件だ。
テントなどならばしばらくは大丈夫だがその加護もあくまでも多少だ。
「出来ることなら屋敷が欲しいんだけれどな。
そうすれば商売繁盛も約束できるんだけれど」
そうホムラがため息交じりに言う。
グラウニーは家事をするといった家事手伝いの要素が多い。それに対して座敷童はどちらかというと家を栄えさせる力が大きい。
そのために商売をしている商家などではお客がたくさん来たりする。
けれども行商となると難しい。
それに、
「あとアカネさんは俺の知り合いだと知られている可能性もあります。
こうなった以上、彼女も離れた方が良いでしょう。
そうなると彼女も働ける場所となると」
「私は将来、料理店をしたいと思っていたんですが……。
行商で料理はちょっと難しいですよね」
そうアカネはため息交じりに言う。
江戸時代とかならば行商というか屋台での料理人もいただろう。実際に地球の現代でも屋台でラーメンを作ったりするのもいる。
けれども微妙に治安が悪いこの世界。
ちょっとばかり難易度が高いだろう。
そもそもアカネとしても屋台でできるような料理のレパートリーはないわけじゃない。けれども行商をしていきながらとなると難易度が高い。
当初の予定ではたどり着いた街でどこかの料理屋などで働く予定だったのだ。
それがこの現状である。
そこに、
「うーん。そういえば面白い話があるよ」
そう思い出したかのようにエルダが言う。
「面白い話ですか?」
「そう。どこの街にもあってどこの街にもない家があるそうだ」
まるでなぞかけのような言葉にアカネとヨハンは顔を見合わせる。
その反応が面白かったのだろう。笑みを浮かべるエルダ。
「これはあくまで噂なんだけれどね」
そう前置きをして語り始めた内容は、アカネからしてみたらどこか怪談のようだった。
ある男が歩いていると一つの家があった。
雨が降っていたことも手伝い雨宿りを求めてその家の近くにきた。
当初は玄関口のところだったのだが家の扉があく。
ひょっとしたら空き家なのかもしれない。
そう思った男は中へと入る。
そこはとても広くそして不思議だった。
家は掃除がされておりまるで人通りがあるようだった。
もしも誰かの家ならば勝手に入ったことを謝罪せねば。そう思って歩くが誰もいない。
けれども屋敷には誰もいない。
なのにある部屋にはきちんと並んだ高級食器がそろっている。
台所にも立派な調理器具。しかも今まで料理の準備をしたかのようになっている。
それぞれの部屋にも誰もいないが今まで誰かいたかのような部屋。
そして見るからに一目でわかる高級品の品々。
男はそれをみているなかで一つの懐中時計が転がってきた。
金細工の時計は今も動いており彫り込まれた品もよく見た目も高級。男が一生かけて働いたとしてもとてもじゃないが手に入らないような一級品だとわかった。
男はそれを手に取ったが、
「いや、これはこの屋敷に会ったものだ。
勝手に入ってきてそのうえものを取ったら俺は泥棒に成り下がってしまう」
そう言って時計を元あった場所に戻して屋敷から出た。
ところがその後、男が井戸で水を汲んでいると懐中時計が井戸から組んだバケツから出てきたのだ。それは間違いなくあの屋敷に会った代物であり水にぬれたというのに動いていた。まるで男についてきたかのようであり男は驚いたがこれも何かの縁。そう思ってその時計を手にすることにいた。
平凡な男には不釣り合いなほどの立派な時計。当然ながら人目をひく。そのために男の知人がその時計をどこで手に入れたのか? そう尋ねた。
男は正直に何があったのかを話した。
それを聞いた一人の男が言った。
「時計一つでそれだけ高級品があるんだ。
どうせならもっと手にしてしまえばよかったのに」
そう言うと男はその家を探し始めた。
そして男はその屋敷を見つけ出したのだ。
だが、不思議なことに男が見つけたのは仕事の都合で離れた別の街でだった。
男は最初は話に聞いたよく似た屋敷かと思った。
けれども見てはみるほど要因が同じだった。
そして男は思った。
「ここの者を手に入れたらひと財産だ」
男はそこにある調度品をありったけカバンに詰めていく。
食器の類、調度品、本などとカバンに入るものならば何でも入れた。
男はさほどに目利きができるわけではないがとにかく手に入れるつもりだった。
ここまで根こそぎ奪おうとするように手にしたのも理由がある。
懐中時計を手に入れた男はそれから類まれな幸運に恵まれたからだ。仕事を探しているときに時計を認められそれほどの時計を丹念に使うことから興味を惹かれてよい職場にあっせんされる。時計の調子がおかしくなって遅刻したら事故から守られる。あるいは早くなっていて急いでいたら豪雨などで遅刻確定だったはずが遅刻にならない。
そういった時計のおかげとしか言えない幸運の結果、男は立派な商会の一人娘と婚約をしている始末だ。この一人娘も顔が良く気立てもよく男に惚れているという好条件。
同じ地位や立場だったはずなのにここまでの成功。
懐中時計を手に入れてからの幸運に嫉妬していたのだ。
だから自分もここの代物を手に入れれば同じような幸運が……。否、もっとたく三持って帰ればさらにたくさんの幸運が手に入る。
たった一つの懐中時計で商会の跡取り婿になったのだ。
大量に手に入れればひょっとしたら貴族や王にすらなれるかもしれない。
そして男は大量の品々を持ち帰って帰路へと就いたのだが、
「待っていたのは不幸だった?」
エルダの説明を聞いていてアカネは負とある可能性に気づいて口を挟んだ。
「ああ。その通り。
よくわかったね」
「まあ。だが、の時点で予想と違うことが起きるというのはわかりますし……。
それに私の故郷では似たような話はよくあるんです。
動物や何かに善い行いをしてお土産をもらう。
そのお土産が自分も欲しくってまねをしたものは失敗をして不幸になる。
そんな話です」
アカネはそう簡単に端折って言う。
実際に『おむすびころりん』や『舌切り雀』といった物語がわかりやすいたとえだろう。善い行いをしたお爺さんは幸運を手に入れる。
けれど猿真似をしたり悪いことをしていた人は結果として性根の悪さによって不幸になる。日本昔話での王道ともいえる展開である。
ただ普通の話にしてはちょっと怪談に近いところがある。
まあ。おむすびころりんや舌切り雀も浄土……つまり、あの世へといった。そんな説があったりする詳しく調べると怖い話なのだがそれはさておいておこう。
そう思っている中でエルダは話を続ける。
屋敷に戻ったのだが持ってきた品々はすべてが馬のクソになっていたのである。
「馬のクソ」
その言葉にアカネは考える。
この世界にも馬がいる。
けれどもこの世界で価値がない代物への変化として馬の糞になるというのはまた珍しいタイプだろう。そう感じ取った。
なんとなくだが話している内容が西洋を舞台にしている日本昔話のように感じる。
特に馬糞である。
キツネが人を化かすのにお茶菓子などを馬糞で出したりする。そういったものなどは聞くのだ。
「自信満々で馬糞を持ってきてね。
当然ながら店主を怒らせて殴られてしまった。
そして馬糞を投げられて追い出された。
それだけじゃない」
そんなある意味「ウン」がついた話であったのだがそれで終わらない。
男の周囲には不幸が起きる。何をしたとしてもろくでもない出来事がこれでもカと連続して起きる。思うようなことは起きずに不穏や失敗が起きる。
財布を落とす。何かの商談をしてもその商談で失敗する。
道を歩いてもお金が無くなってしまう。
不幸や不運はこれでもかと連続して起きる。
どんどんと男は落ちぶれていった。
結果として妻や子供も離れ借金まみれとなり病気となり誰にも看取られずに孤独で過ごすことになってしまったのだった。
そんな話がある。
「安易に誰かのものを盗んではいけないという話ですかね?」
「いや。そんな子供に教訓を教えるための作り話と」
「一緒にしているわけじゃないんですけれどね。
たしか故郷にも似たような話があるんですよ。
迷い家って話なんですけれどね」
東北地方、関東地方に伝わる昔話だ。
訪れたものに富をもたらすという家でありその家から何かしらの物品を持ち出してよいとあれている。その品は冨と幸運を与えると言われている。
ただし誰もがその恩恵に恵まれるわけではない。無欲な人間の場合は成功するが強欲すぎると逆に身を滅ぼしてしまうという。
まあ。持ってきたものが根こそぎ馬糞に代わるとかは聞いたことがないけれど……。
そう付け足してアカネは言う。
「なるほどな。確かに条件は一致する」
「ただ迷い家は本来、山中に存在しているんですよね。
その屋敷は町中にあったんですよね。それも移動している。まあ。迷い家は通説だと移動するとか言われているんですけれど」
アカネは困惑したようにそう言ったのだった。
「家が移動?」
その言葉にヨハンが戸惑ったように聞き返す。
無理もないだろう。
「あー。きちんとした屋敷なんですけれどね。
屋敷自体が生きているんです。妖怪っていうんですけれどね」
「ヨウカイ? ですか」
アカネの言葉に反応したのはエルだが難しい顔を下。
「あ。はい。わたしの世界特融でして……。 住んでいると富を与えると言われている座敷童とかお風呂に残っている垢をなめるとかトイレで用を足しているのを見守っているとかいろんな妖怪がいるんですけれど」
「後半二つはいったいどんな意味が?」
アカネの言葉にヨハンが困惑したように叫ぶ。
アカネだって聞かれても困る。
垢なめと頑張り入道。頑張り入道は幸運を与えると言われている福の神的な要素があるが垢なめの方は正直な話、アカネも存在理由がわからない。
「えっと他にも天井をなめるとか手に目がついているとかお尻に目玉がついていてカオには何もないとか」
「アカネ。アカネ。
もうちょっとたとえで出すやつを選べ。オレでもフォローできないやつばかりを口に出さないでくれ」
アカネの言葉にホムラが困ったようにツッコミを入れる。
「えっと他にも人を襲ったりするやつとか逆に人を守るのとかいます。
あとはなんだかよくわからないのがいますね。
私の故郷だと八百万……実際にはこれだけいるというわ消えじゃないんですけれどね。沢山の神様がいると言われています。
その神様というほどのものじゃない。けれど幽霊とかそういう弱いわけじゃない。
そんな存在を妖怪と呼んでいたりするんです」
「……そういった存在ですか」
考え込むエルダにヨハンは、
「ああ。そういえばあなたはそう言ったのが見えるんですよね」
「はい。なんか特殊なスキルみたいです」
「それは……あまり言わない方が良いですね」
アカネの言葉にエルダは真面目な顔をして言う。
「? どういうことですか?」
「ヨハンはあまりそういうのには興味がなかったみたいだけれどね。
最近、そういった存在を魔物として断じる宗教が台頭しているんだ。
特に神のなりそこないなんてあの宗教はそれを許さない」
「あの宗教?」
エルダの言葉にヨハンは首をかしげてつぶやいた。