十五話 開店準備のための奔放 その5
いろいろとあったが料理は全て完食してもらえた。
そして代金をいただく。
ちなみにお値段はヨハンが考えてくれた。
「ヨハンさんがいてくれて助かりました。
料理のほうは大丈夫なんですけれど……値段の考えとかはちょっと……。
原価率とか考え方もわからなくて」
そうアカネは苦笑を浮かべる。
「それでお店を始めようとしていたんですか?」
そうフランが言う。
「……故郷でまずそういったことも学べる場所に行く予定だったんです。
学費もコツコツと貯金をして……。
けれど諦める羽目になりこうしてこの国に来たんですが」
ヨハン達には異世界出身と言っているがさすがに客には秘密としている。
なので表向きの設定では訳ありで故郷に帰ることが出来ない異国出身の娘。そういう設定となっている。
その訳とは元々は名のある貴族が作った愛人の娘でありお家騒動で命を狙われてこの国に亡命。故郷に戻れば命が危ないと言う設定だ。
まあ。実際に名のある家に生まれた。愛人の娘ではなくちゃんと本妻の娘であるのだが……。本当に娘として扱われていた記憶が無いので似たようなものだ。
そしてあまり言いふらすと追っ手が来る可能性があるという設定だ。
来られさえあればあまり詳しく言わなくても大丈夫だ。
まあ。追っ手はそうそう来ないだろう。
異国どころか異世界なので……。
可能性も低いという設定だが怖いという理由にしている。
そういった事情を聞いている客達は慰めるように言う。
「気にすることは無いよ。
料理人にとって最も大切なのは美味しい料理。
何よりあなたの料理には愛情があるし……。
贅沢なものを贅沢に使えば良い。
そんな傲慢な感情もないからね」
「ありがとうございます」
老婆の言葉にアカネは頭を下げる。
豪華な食材を贅沢に使った料理というのをアカネも知っている。
まだ食べられるだろうにあえて食べない。
そんな贅沢三昧の食事。
料理を作る者としてはあまり喜ばしい手段では無い。
もちろん客商売なので少しばかりの手間暇をしたりして形を整えることがある。それでもそういった残った部分をまた使えるようにすることも出来る。
そうアカネは思うわけだ。
「何よりもそれぞれの体調や好み。
希望を聞いてくれる。
一方的な押しつけではない温かい料理。
本当に久しぶりだよ」
そう老婆は笑顔で言ったのだった。
アカネの店から出てそれぞれが馬車に乗る。
当然ながら老婆も馬車に乗っていた。
もしもその馬車をヨハンが見たら飛び上がって驚いていただろう。
何しろその馬車に記された紋章。
それは王家の紋章だった。
「このたびはどうでしたか? 王太后」
そうついて行っていた筋骨隆々な男性……。
騎士団団長が訪ねる。
そう老婆の正体は王太后……。この国の国王の実母でああり先代女王である。
現在は伴侶である夫を亡くしており表舞台からは引退しているが……。その発言力と影響力は並大抵では無い。
「とてもおいしかったわ。
ええ。本当に……宮殿の料理をまずいというわけではありませんが……。
いろいろとさみしいものもありますからね」
「料理人達も悪くないんですよ。
騎士達も」
そうッ騎士団長が苦笑交じりに言う。
皇太后は今でも発言力がある重鎮である。
当然ながらその身辺を丁重に守られており食べる料理も注意される。
具体的に言えば毒殺を警戒している。
できたての料理も何人もの人間が毒味をしてようやっと食べることが許される。当然ながらその時間が流れれば冷めてしまう。
そのためにできたての温かい料理というのはそうそう食べられない。
また時には皇太后への料理だ。そう気合いを変なふうに入れた料理人がとにかく贅沢な食材を大量に使う事を重視した。
そんな事だってありえるのだ。
そういった料理というのは存外、味に影響が出たりするのだ。
「あの子は私の正体を知らない。
だからこそ私のことを本当に思ってだった。
私に気に入られる必要性を考えていなかった。
本当に純粋に美味しい料理を作ろう。
そんな感情が伝わってきたよ」
そう嬉しそうに言う皇太后。
生まれたときから王族として暮らしてきたが……。
幼い頃はかなりのおてんばであったことを騎士団長は亡き祖父から聞いた。
その結果として身分を隠して料理を食べ歩きなどしたりしたというのもだ。
そのことを知るのはもうほとんど居ないだろう。
すでにご高齢となりまた立場も立場だ。
そう簡単に出歩くことも難しい。
だからこそ此度の食事は楽しめたのかもしれない。
もちろんあの料理が美味しかったことは騎士団長も理解していた。
熱々のできたての料理こそ食べられない。けれども宮廷の料理人は腕前は本物だ。それに何より材料だって厳選した高級品だ。
もちろん金をかけているから美味しいというわけではない。
だが、お金をかけたことにもあるだけのうま味があるというのは事実だ。
「それに……今まで食べた事が無い料理というのを食べたのは初めてですよ。
この年齢になって初めてを経験するというのは驚きね」
「まあ。それは理解できますね」
すでに老年である王太后だ。
王族と言うことだけあって様々なことを経験していた。
波乱の人生を送ってきたとも言える。
それを考えれば驚くだろう。
「それにしてもあのお嬢さんはどこの出身なんでしょうね」
「……調べましょうか?」
その言葉に騎士団長はすっと真顔で尋ねる。
別に王国は閉ざされた国ではない。
他国からの移民や難民も気にせずに受け入れている。
とはいえ、誰でもかまわずと言うわけではない。
大国と言うことだけ会って敵国というのは存在している。
戦争をしているわけではないがだからといってそれは争いがない平和というわけではない。むしろ平和こそ気をつけなければならないのだ。
平和によって財力が豊かとなる。
それは大木が大きくなりリンゴが大量に実るようなものだ。
リンゴを収穫するならばそれこそそのタイミングということだろう。
そして平和で騎士団などの軍備が実力が落ちてしまうこともある。
それを警戒してそして迫ってくる攻撃を先手で防ぐ必要がある。
騎士団長ともなればそういうことが理解できるのだ。
ひょっとしてスパイという可能性が?
そう思って言えば、
「あの商売人がそういうことに気づかないわけはないでしょう。
むしろ残念なのは……」
そういうと騎士団長を見る。
「フェンシル家ね」
「あの家ですか?」
騎士団長が尋ねる。
騎士団長と言うが実際の所、複数の団長が存在している。
その中の一人であり先祖代々、騎士の家系として有名な名家である。
「あの家の出身よ。……まあ。騎士になれない体質だから商人になったようだが……。
詳しく調べてみる必要があると思うわ」
そう静かに王太后は言ったのだった。