十四話 開店準備のための奔放 その4
続いては中年の男性だ。
「しっかりと食べ応えのある料理ということなので……。
唐揚げをメインにさせてもらいました」
「唐揚げ?」
初めて聞いたらしい料理にきょとんとする。
「はい。唐揚げです。
そうですね。フライドチキンに近いと言えば近いかもしれません。
ただフライドチキンとはいろいろと違います。
肉にまずしっかりと下ごしらえをして肉そのものに味をつけます。
そしてあげるんです。
フライドチキンは基本的に揚げてから味をつけます。
なのでまずはソースなどをつけずに食べてみてください。
横に置いてあるレモンをその後にお好みでかけてみても美味しいですよ」
ちなみに作った唐揚げは塩とお酒、そしてショウガとニンニクで味付けをしている。醤油をあまり使わないようにしようと思ったのだ。
要するに塩味ベースの唐揚げだ。
個人的には醤油味ベースの方が好きだが……。
変わり種のカレー味とかそういうのでも美味しい。
「個人的には下味にスパイスなどを使っても美味しいですね」
しっかりと下味をつけて片栗粉と小麦粉を混ぜ合わせたので塗して揚げる。
このときの裏技として最初はやや低めの高温(170度)で揚げて油を切る。その後、高めの高温(190度)でさっと揚げる。
こうすると中はジューシーで外はカリカリの唐揚げができあがる。
「唐揚げは熱々が美味しいのでお早めにお召し上がりください」
これもまた事実だ。
唐揚げが一番、美味しいのは揚げたてだと思っている。まあ。最近では惣菜として冷めても美味しい唐揚げというのもあるが……。
「ちなみに添えているレモンは少しかけてみてください。
さっぱりとした後味になります。好みにもよりますが……。
ただ直接、食べるのはあまりおすすめできません」
にっこりとそう答える。
そして四人目の老婆は豪華なごちそうらしい一品ということだった。
そのために、
「こちらの牛肉を使わせていただいたすき煮です。
牛肉といっても年老いた牛を使わずにまだ若い牛を使っていますので柔らかいです。
タマネギと豆腐を使った味付けでして……。
本来ならば大人数で同じお鍋で食べるすき焼きなどと同じ味付けをしております。
本当ならごちそうといえるのはこちらのすき焼きでしょうが」
アカネの実家では簡単に食べられる代物だが、一般家庭ではすき焼きはごちそうだ。
「ほお。牛肉がごちそう」
「ええ。ここでは基本的に牛は労働力としているようです。
なので美味しくないのですが……。
私の故郷では牛をストレスのない……過剰に働かせずに美味しい餌を与えます。
そうして良い環境を作り上げて若い内にお肉にするんです。
そうして手間暇とお金をかけて育て上げたお肉です。
故郷からもらうい受けたものでして……。
ごちそうにふさわしいと思いまして使わせていただきました」
「牛がごちそうになるとは……信じられないな」
そういったのは若い男性だ。
「まあ。どんな動物でも年老いて……。そして体を悪くしていると美味しくないんですよ。
あいにくと確かめたことはありませんが人を食べるような猛獣も柔らかいお肉をしている若者を好むと思いますわ」
そう苦笑交じりに言うアカネ。
「私の故郷は食に関して追求はかなりすごいんですよ。
変わった餌を与えて牛や鳥、豚の肉の味を良くしようとしているんです。
他にも魚を育てているところもありますね。
とはいえ、美味しすぎて絶滅させかけてしまったものもいますけれど」
苦笑交じりにアカネはそう答える。
「まあ。嘘だと思うならば食べてみてください。
もしもお口に合わなければ違う料理をお出しします」
「そうだね。この年齢になって新しいチャレンジが出来る。
それだけでも嬉しいことだよ」
そういったのは老婆だ。
「ですが……」
「なに。それにこの肉は薄い。
これならこの老いぼれでもかみ切れるかもしれないだろ」
そう止める男性に老婆はそういうと、お肉を口へと入れたのだった。
一口、牛肉を食べた瞬間だった。
「これはっ!」
声を上げた老婆は叫ぶ。
「柔らかい! それに美味い!
革靴と表されている牛の肉とは思えない味わいだ」
ずいぶんな言われ用だな。
そうアカネは思ったがこの世界ではそう言われるほどだ。
牛は力が強くまた乳も出る。
牛の乳は栄養満点でありまた牛の力が強いことから農業などの力仕事にも使われる。そういったこともあり若い内に食べることもない。
また貴重な労働力として働かせているので環境はどうやっても快適ではない。
そういった事情があることから牛の肉というのは年老いて堅くなった。そして労働だらけで筋肉によって筋だらけ。そして痩せ細ったという食べるのには向いていない肉ばかりが出回るのだ。
対して日本から手に入れた牛肉。高級なブランド和牛というわけではないが現代の食品ロスと語られたりするような世界での食品だ。
牛にストレスを与えないようにした環境。管理をされた食生活。
丁寧な血抜きなどをした処理。
スーパーなどで安売りしている肉でもこの世界の牛肉と比べれば全くの別物となる。
さらに言えばアカネは下処理をしている。
牛肉が柔らかくなるように砂糖などで味をしみこませている。
そうすることで同じ牛肉でも柔らかくなってうまみが増すのだ。
「本当ですか?」
とはいえ、そんな事を知らない者達から聞いたらそれは信じられないの一言に尽きるだろう。とはいえ、
「ああ。牛肉。遠い異国では特別な祭典や儀式。
そのために労働を知らない若い牛を食べる事があるという。
なぜなのかわからなかったが……。
今、この瞬間にそれを理解した。
これは宮廷料理に並んでもおかしくない味わいだ」
「いや。さすがに大げさだと思いますが」
老婆の言葉にアカネは苦笑を浮かべる。
きちんとした料理の勉強をしたわけでは無い。
趣味のようなもので図書館やネットなどでほぼ独学で学んだようなものだ。
宮廷料理。
プロの料理人の中でも最高峰に位置するだろう。
そんな料理人が作る料理と比べられても困る。
「それに褒めていただいて嬉しいですが……。
この地でこれを食べるのは難しいと思いますよ」
アカネもフランからこの世界での牛肉事情を知っている。そしてそうなっている状況もわかっている。牛の肉は美味しいと主張してもその環境を整えるのにお金がかかるということもだ。そうで無ければ牛肉はあそこまで高くないだろう。
「他の方も是非、お食べください。
料理が美味しいのは基本的に出されてすぐですよ。
料理人は料理が美味しい瞬間を出すことをモットーにしているんですから」
そうアカネは言う。
料理はできたてが一番というつもりは無い。
時間をかけて冷やした方が美味しい料理というのだってある。
けれども料理がなるべく美味しい時に食べてもらおう。
そう考えている。
できたての温かい料理が美味しいのはできたてを……。
冷やして食べた方が美味しいのは出す直前までしっかりと冷やす。
そういった努力をするのが思いやりだと思っている。
もちろん、会話だって料理を美味しくするスパイスだ。
笑顔で楽しい気持ちで食べる。
そうなればどんな料理だってごちそうになる。
けれどもそれはそれとしてやはり料理を最善の状態で食べてほしい。
そう思うのが料理人というものだ。
アカネの言葉に他の客達も食べて、
「ほお」
「これは!」
「なんと」
「へえ」
それぞれが感嘆の声を上げる。
「このふろふき大根。
あの大根がこんなに美味しくそして柔らかくなるなんてね」
「大根というか根っこの野菜。
それらはしっかりと煮込むことで柔らかくなります。
特に大根は下ゆで……。一度、煮込んでからもう一度、味をつけて煮込む。
そうすることで美味しくなります。
主役として活躍させる料理は少ないですが……。
意外といろんな料理で活躍をしていますし……。
存外、重要な役目を補っているんですよ」
大根を使った料理というのはわりとある。
メインディッシュとして大根の味がする!
そう主張する料理は少ないしそういうのは人気は無い。
けれども大根の味があまりない料理というので人気が高い料理も多い。
「このスープも美味しいね。
今まで食べてきたのと味わいが違う。
味がしっかりとしているがかといって濃い印象はない。
なんというか安心できる味わいがあるね」
「味付けがシンプルなんですけれど……。
その味がわりとしっかりとしたものなんですよね。
薄味だけれどもしっかりとした味わいが多いんですよ。
私の故郷の料理は例外というか違うのもありますが……。
わりと健康的でヘルシーな料理だと言われていますね」
実際の所、精進料理などだとそうかもしれないが……それらはかなり専門的な知識が必要だ。あいにくと料理学校に通いそびれたアカネではそこまで料理を作るのは難しい。
「このアンカケユドウフというのも美味しいですね。
このタレも……味わいはきつくないのに……。
柔らかいのに口の中にしっかりと染み渡りますね」
「あ。はい。それはタレに水溶き片栗粉……。
ジャガイモなどを材料にして作った粉ですね。
それで作ったものでして水で溶かして暖めるととろみがでるんです。
ジャガイモが入ったスープにとろみが出るのと同じです」
「ほお。ジャガイモでこんなものが……」
そう驚いたように言うヨハンさん。
「作り方を今度、教えしましょうか?」
前に読んだことがある小説でジャガイモから片栗粉を作った話を読んだ。
そのために覚えていたのだ。
「まあ。けれどこんなに透明なのにしっかりとした味がありますね。
どうやって味付けを?」
「だし汁……ブイヨンに近いものを使っています。
乾燥させた魚やキノコを使っています」
「魚やキノコからこんな味が?」
アカネの説明に驚いた声を上げる。
「食材によりますが食べ物の中には乾燥させた方がうま味がぐっと増えるものがあります。そしてその乾燥を水で戻すことでそのうま味が水へと移るんです。
もちろんそれだけだと味は足らないので塩やこしょう、砂糖などで味を調えたりしますけれど……。
干物にすれば当然ながら日持ちもするのでとても便利ですよ」
とはいえ、元の日本では今日日、わざわざそうやって出汁を取る人間というのは少ない。 出汁の素などを使っているのが大半だ。
「へえ。なるほど……。
今まで干物なんて焼いて食べるぐらいしか方法は思いつかなかったが……」
「水で戻してほぐして食べる。
それだけでもちょっとした料理ですね。
さすがに料理店でお金を払ってまで食べる料理ではないですが……。
旅の最中などだと便利かと思いますね。
他にも乾燥させた野菜なども水で戻すと便利かと思います。
干し肉や干し魚などは塩などで味がついているのでスープの味付けにちょうど良いかと……。まあ。これらはさすがに旅人がすでに知っている人もいるかもしれませんが……」
料理でもこれらは美味く使える。
と、言うか鰹節というのは端的に言えば鰹の干物なのだから当たり前だ。
そう思って言う。
「料理に知識が無いとそれはどうだろうね」
そう言ったのはヨハンだ。
「へ?」
「いや。僕も旅をしていたから干物というか干し肉や干し魚。
そういった携帯食料を持って旅をしていたけれどさ。
正直、そのまま食べる。余裕があれば火であぶるぐらいだよ」
「えー。まずそうですね」
思わずアカネはそういう。
料理上手な人間というのは大抵は食べることに楽しみを持つ。
もちろん、必ず小食ということではない。
それでも美味しい料理を食べたいと言う考えがある。
「それにお金がないんだけれど……」
「お金がかかる高級食材を使えば美味しい。
そんなの当たり前すぎるじゃないですか……。
実際の所、安いものでも工夫次第で美味しく出来る。
それが料理を作る人の技量ですよ」
そうアカネは言う。
「たとえば筋が多いお肉。
それもしっかりと煮込んで時間をかければ美味しくなるんですよ。
まあ。ものすごく時間がかかりますけれど」
たっぷりの水を煮込みアクを抜き水気を切りまた水洗いをする。そして調味料を入れて弱火で煮込み続ける。
「ええ! ちょっと! すじ肉が! 本当ですか?」
「かなり癖がある料理ですし時間がかかるので簡単なお店では無理ですよ。
すごく手間暇がかかりますし……。
私だって作れない料理がありますよ。
その料理だけを極めるのが基本の人もいますし」
そうアカネは言う。
「牛すじを使った料理はそうですけれど……。
ラーメンとかうどんとか……。
それだけを極める職人もいますし」
「そうなのかい?」
アカネの言葉に老婆がそう尋ね返したので、
「はい。たとえばパン。
料理と言えば料理ですが……。パン職人と言うだけあってパンだけを売っている人もいるじゃないですか。まあ。パンと一言で言ってもいろんな形や応用がありますけれど」
アカネはそう肩をすくめたのだった。