十二話 開店準備のための奔放 その2
「いろいろとほしいのがあるんですね」
「まずほしいのは出汁の素になるのなんですよね。
キノコがあると良いんですけれど」
そう言いながら向かったのは市場だ。
「ここは食料を扱う市場です。
ちなみに別の市場では家具などの品々。また別の場所では武器。ある場所では衣服など様々なものがあります。
食料といってもここは食材。少し離れた場所では料理を売っていたりします」
「なるほど……。まあ。確かに商品同士で問題がおきるかもしれないし……」
ヨハンの言葉にアカネは納得する。
牛や豚を販売しているところの隣で売っている肉まんなんて食べたくない。布だってなんとなくだが匂いが移りそうで断りたい。
そういったこともあるので売る場所をあらかじめ種類によって分けているのだろう。
そう見ながらアカネは見て回る。
「にんじん、ジャガイモ、ピーマン、タマネギ……とりあえずある程度の食材はある」
そうアカネは確認する。
驚いたことだが魚などもきっちりとある。
「内陸だけれど魚もあるんですね」
「魔法道具によって保存ができるんです」
「なるほど……さすがにお刺身は危険だよなぁ」
「オサシミ?」
「あー。生魚の切り身……カルパッチョの故郷版です」
とりあえずそう答える。
生魚を食べるのは日本だけというイメージがあるが実際のところは違う。
カルパッチョなど厳密に言えば肉を使う料理であるが西洋でも魚を使う。それに地域などによったら魚を生で食べるという文化はわりとあるのだ。
「生で魚。ああ、海辺などではごくまれにありますが……。さすがに内陸ではあまり……。保存の問題もありますが……川魚でまねをすると危険ですから」
「あー」
生魚の危険は主に腐敗と寄生虫だ。川魚には寄生虫が多くいる可能性がある。
「まあ。それはのちのちかな」
そうつぶやきながら商品を見て回る。
刺身が忌避されているならば無理に進めるのはやめておこう。
だとすると生卵も無理だろうな。
日本では生卵をそのまま食べる……卵がけご飯にすき焼きに生卵を使うというのはメジャーだが……。実際のところ海外では異色と言うか悪食の極みでだ。
サルモネラによる原因だ。日本のように衛生がきちんと管理してならばともかく……。この世界ではあまり期待できなさそうだが一応、聞いてみる。
「あの。生卵を食べる文化は」
「死ぬ気ですか?」
「無いんですね」
即答にアカネはあっさりと諦めた。
衛生面の心配もある。アカネとしても食中毒で死にたくないし飲食店をするならば食中毒だけは絶対にだめだと思う。ゲテモノ料理ならば好みの問題だが食中毒は料理人として最低のことだと思っているのだ。
「そちらでは生卵を食べる文化が?」
「もちろんちゃんと衛生面に気をつけた卵ですよ。
だからこちらでするつもりはありません」
とりあえずそう答える。
「とりあえずこちらでも受け付けられそうな品からといきましょうかね。
唐揚げとか豆腐ハンバーグとか」
和食と一口に言ってもその種類はピンキリだ。
日本古来の本当に純粋な意味での和食もあるが……。そもそも日本は魔改造国家と呼ばれていたりするほどだ。和菓子の羊羹も元々は羊の肉をどうにかした料理だったがそれを適当に聞きかじった結果、作られた代物だという。
肉じゃがだってビーフシチューを聞きかじりだけで作った料理だったという。
全く別物に変化しているのだが人間というのは料理は基本的においしければ良い。なのだ。おいしいは正義ということだろう。
「『とーふ』とは?」
「まあ。こっちはさすがに最初から無理だろうけれど……。
いろいろとあるから」
和風の代物というのはいろいろとある。
そもそも豆腐や味噌、醤油などを作るのはすぐではない。
それを考えると……」
「まずは簡単な和食とまではいかなくても料理かな」
そうつぶやいて買い物をする。
そして大量とまではいかないが二人で買い物したにはそれなりの量を購入して迷い家へと帰ってきた。すると迷い家はかなり様変わりしていた。
「おー。これはすごい。
家の間取りをどうするべきか。家具などの調達費用を考えていましたが……。
この心配は必要なくなったようですね」
そうしみじみと言う印象でヨハンが言うが気持ちはわかる。
先ほどまでどちらかと言えば洋風のお屋敷だった場所が変わった。
そこには住みよい印象の民家を改装した食堂となっている。
入り口をあけるといくつかの机と椅子が並び飲食店となっている。
カウンター席に普通の座席といくつかある形である。
「落ち着いた印象のお店になりましたね。
でもよかった。もしも立派なレストランみたいだとしたらどうしようかと思った」
そうアカネはつぶやく。外聞を気にする両親などからまったくレストランに行ったことはある。そういった外出などをしておりアカネもきちんとそういったお出かけをしているということである。
飲食店と一口で言っても多種多様である。
和風、洋風、中華風という料理の雰囲気だけでは無くデザインの見た目などである。
両親につれていかれたコース料理などの高級料理店。そういったお店の見た目でアカネが作るような家庭料理は出せない。
家庭料理となるともう少しシンプルな親しみやすいお店がよいのだ。
そう思って言えば、
「それは俺がどうにかしたんだよ」
そう言ったのはホムラだ。
「ホムラ」
「本来、こいつは豪華なお屋敷になるのが基本だ。
洋風だろうがなんだろうが……豪華になる。
だが、アカネの作るお店のイメージじゃ無いからな。
俺が調節していたんだよ」
そう言ってくれる。
「それを聞いて安心したわ」
「まあな。
それにしてもけっこう買ったな」
「まあね。
ある程度、料理を作ってみないとね。
それに味が合うか会わないかもあるし」
そう答えてアカネは奥を見る。そこにはキッチンもある。
そちらはさすがに飲食店ということもあり普通の台所より大きい。コンロはそれなりの数があり煮込み料理を複数、料理しながらも他の料理もできる。
ついでに言うと、
「おお。設備は元の世界と同じ」
「そうじゃないとちょっと大変だろ。この世界の魔法道具を無理に当てはめなくてもな」
そうアカネの言葉にホムラはそう答えたのだった。
「それじゃ早速、お昼ご飯として……そうですね。
おにぎりを作りますね」
簡単に作れるし塩があれば最悪、塩むすび。
それがなくても具材はいろいろと自由がきく。
そう思いながら言う。
「おれ焼きおにぎりが良い」
アカネの言葉にホムラが言えば、
「いや。醤油も味噌もないんだけれど」
そう突っ込みを入れる。
塩むすびを単純に焼くという方法もあるだろうが……。そう思って言えば、
「ああ。この屋敷に味噌や醤油に日本酒にみりんが保管されているぞ」
「早く言って!」
思わずという感じがアカネは叫ぶ。
「客にごちそうを出したりするから材料があるんだよ」
「理屈はわかるけれど……。
けれどそれならいろいろと作れるね。
それなら味噌汁も作っておくね。あと、卵焼き」
そう言うとまずは米をといで炊いておく。
続いて用意するのは味噌汁だ。
キノコの戻し汁を使った出汁を使いキノコの味噌汁を作る。
「できるなら豆腐とわかめが理想なんだけれど……。
まあ。良いか」
味噌汁はいろいろと応用が利く。
焼なすやピーマンにトマトなど……チーズを入れたりするというのも聞いたことはある。試したことは無いが……。
続いておにぎりの具材の準備。ゆでた鶏肉をほぐす。ゆでたトウモロコシに一口サイズにした焼きベーコン。他にも野菜も使っており濃いめの下味をつけておく。
続いて卵焼き。
卵をほぐして塩とそしてちょっぴりの砂糖。
「塩だけじゃなく砂糖もいれるんですか?」
「まあ。これは好みですね。塩だけという家もあれば砂糖ではなくみりんという甘味料を入れる家もありますし……。マヨネーズと言う家もありますしだし汁を混ぜる家もあります。だし汁は入れすぎると別の料理になりますが……」
だし巻き卵にするつもりは今日は無い。
さっと焼いていき調味料がデキたのを確認する。
そして卵焼きが焼けたのを確認するとご飯も炊ける。
「本来なら具材を中に入れるんですが……。今回は混ぜご飯にしましょう」
洋食風になるのでとアカネは言うとボールに分けてそれぞれの味付けに混ぜていった。
できあがったのはバターコーンのおにぎり。チーズとこしょうの混ぜご飯。枝豆とハムの混ぜご飯。キノコとガーリックバターのご飯だ。
「どうですかね」
「どれもおいしいです。
おにぎりというのも食べやすいですし……。味付けは落ち着きます。
そして卵焼きは落ち着く味わいです。
作るのを見ましたが……。本当に職人技みたいです」
「あー」
卵焼き。薄焼き卵をくるくると巻いていく光景というのはなれていない人から見たら驚くものらしい。
「味噌汁というのも見た目は驚きましたが……。
おいしいものです。落ち着く味わいですね。
濃い味では無いのに……しっかりと味がある」
「和食って言うのは下味がしっかりとするんですよ。だから洋食……この世界の味付けに比べると薄味ですが……。しっかりと味がするんです」
そう答える。
もちろん西洋料理でも下味というか出汁という概念はある。
ブイヨンというやつだ。
だが、基本的にそれだけな印象だ。
「和食は油が少なめの料理が多いんです。
だからダイエット効果もありますし健康にも良いんですよ」
別に西洋料理を馬鹿にするつもりは無いが……。
西洋の料理というのはバターなど高カロリーの料理が多い。
そういった料理があることからかわりと成人病がある。
実際にアメリカなどでは肥満がわりと社会問題になっている。大して日本人は西洋文化が入ってくるまではあまり肥満が無かったという話だ。
……もちろん例外があるけれど……。
「まあ。油をしっかりと使っている料理もありますけれどね」
そう苦笑を浮かべる。
「今度、エルダさんも読んでみましょうか?
今度は定食という形で」
「なるほど。それも面白そうだね」
そううなずいてくれた。
そしてある程度の料理などを作ってみて食材の味を確認。どれも私が知っているのと見た目も味も大きな違いはなさそうだ。
品種改良などもされていたのか料理も悪くない。
ただ和食の概念が無い様子だ。
そして三日後、
「よし。作りますか」
エルダさんと信用が出来る人がくるプレオープンの日がやってきたのだった。
ようやっと本格的に物語が動き出した気がする。