プロローグ 一人の少女の転機にしてある家の転機
天童院家。名前からしてなんか金持ちそうな家と思われそうな家名であるが本当に立派な家柄である。歴史をたどれば平安時代までさかのぼる。朝廷や帝に将軍などに関与していたそこは第二次世界大戦を乗り越えて高度経済成長期でさらに成長。バブルの荒波を乗り越えて今では日本だけではなく世界から見ても財界、政界では名を馳せている名家だ。
長く言ったが一言で言えば歴史と財力と権力を持つ家である。
とはいえそれで人間が立派というわけではなかった。
「どうしよう……」
呆然としながら一人の少女が狭く日当たりの悪い部屋でつぶやいていた。
彼女の名前は天童院朱音という。この家の長子であるが少女でもある。そう少女なのだ。この家の両親は今日日では絶滅していてもおかしくないような長男教である。つまり、跡取りは長男であり長男を優先。他の子供は長男に何かあった時のスペアの弟と後は長男のために行動する召使のように思っていた。
最初に生まれなかった長男ではない子供。その二年後に長男が生まれてから彼女は冷遇されていた。……彼女が冷遇されていたのはそれだけではない。
とにかくそんな彼女は早々と家を出ることを決めていた。
朱音の人生計画は高校までは親の不条理に耐えながら勉学に励む。その後、五年前に亡くなった大叔母(未婚であり家にずっと住んでいた祖父の妹であった)が残してくれていた貯金を使い料理学校に入学。バイトに学業を両立させて調理資格を手にして料理人になる。そこでお店などで修業をしていつかは小さいながらも料理店(できれば料理がおいしい喫茶店)を営んで人並み程度の幸せな家庭を得る。そんな目標を立てていた。
そして高校二年の夏の誕生日だ。誕生日とはいえお祝いをされたことは大祖母が死んでからは家族から祝われたことはない。だが、珍しくその日は良心に呼ばれて家に向かったのである。そしたら、
「結婚……って私、まだ高校生ですが」
そう。朱音は正真正銘の高校生である。一応、十七歳と女である朱音は結婚は可能な年齢ではある。結婚可能な年齢であるが結婚するには早すぎるといわれる年齢だ。
むしろ晩婚化が進んでいるといわれている現在。中には早くに子供を産む夫婦というのも存在するが高校在学中に結婚は非常識と言われてもおかしくない。
世間体だけはきっちりと気にする両親が言い出すとは思えない。だが、
「この前にちょうど、お前が見初められてな。相手方の年齢があるからな。お前はすぐに結婚するということになった。何、女に学歴なんて意味がないだろう」
「あの、相手の年齢って……」
父親の言葉に彼女は顔を引きつらせて尋ねる。相手の年齢があるということは相手は年配ということだ。
「今年で五十七だ」
くらり……。と、朱音は倒れそうになった。
五十七。年の差結婚というのがあるがもはや犯罪といっても過言ではない。
四十も年の差がある。そもそも女として人生がこれからの朱音と人生がいくら長寿大国の日本と呼ばれていたとしてもすでに人生が終盤にさしかかっている。三回りも年の差があるほどだ。さらに話を聞けばもっとひどかった。
結婚相手の写真。それは渋めの男性というわけではない。ただでさえ年上なのにさらに年上に見える老け顔に髪の毛は薄く身なりはお世辞にも整ってはいない。太った体はろくに運動はしていないことがわかり、垢で汚れているようにも見える。下卑た笑みがスケベそうな印象を感じさせる。
と、いうかそういう人間である。
曲がりなりにも良い家のご令嬢として社交界などを見てきていた。だからこそ知っているのだが彼は家柄はよく金持ちの財界でも有数の人物。ところが当人は商才は高いわけではなく女好き。金遣いの荒さから女性が寄ってくるのはモテると思い込んでいる勘違い男。 ちなみに結婚と離婚の経験が三回。離婚の理由は主に年増には興味がないという理由である。金と地位があるので女が寄ってくることから自分はいまだに若いイケメンと思い込んでいるということで有名である。
当然、離婚の中ですでに子供もいるがトンビが鷹を生むことはなくトンビがトンビを生んでいる状態だった。そのために実の母親じゃないからと戸籍の上では母親である女性を性処理として扱うのだ。そのために今では結婚までは考えるものはいない。
朱音だってそのことを知っていたし、両親も知っているだろう。
「相手はそろそろ年配だ。身の回りを処理をする召使がほしいそうだ。それに妻がいないと外聞が悪いそうだからな。良い値段で売れたよ」
どうどうと実質、人身売買扱いだといわれてしまう。
しかも、
「式は明日だ。学校にはすでにやめるように連絡をした」
「そんな!」
いくら何でも早すぎる。そう思う中で自室へと連れていかれた。自室といっても元は大叔母が住んでいた離れというなの物置みたいな場所だった。
そこに閉じ込められた朱音は窓の外を見ると見張りがいる。
「頭のおかしいお嬢様を使える最後の手段か」
そうつぶやく。
朱音には物心ついたときから普通と違うところがあった。
普通の人には見えない『存在』が見えたのだ。それは大叔母も見えていたが、ほかの家族は見えなかった。ごくまれに生まれるというそういった頭のおかしい人間を閉じ込める離れだ。
「ごめんね。大叔母ちゃん」
そういって数少ないし物である大叔母の写真を見る。写真立ての中には大叔母からもらっていた自分名義の貯金もあった。家を出ることに決めたなら使いなさい。
そういってくれており高校卒業後に出るつもりだった。まさか、高校を卒業すらさせてくれないとは予想外だった。
そう思っていると、
「逃げ出す方法ならあるぜ。朱音」
そういって誰も入れないはずの部屋に現れたのは一人の男の子だった。
「焔」
朱音はそういって少年の名を呼ぶ。黒髪黒目と日本人らしい外見をしているが、現代人らしい服装ではない。髪の毛を長く伸ばして赤い紐で一つに結んでいる。身に着けているのは赤い着流しのような着物だ。
いくら歴史がある家系とはいえ常に着物を着ている人間はいない。
「お前、このままでよいのか?」
「…………」
焔の言葉に朱音は言う。
「予言するぞ。このまま放置していたらお前は不幸になる。
あそこの家で性処理道具とされてズタボロに使い果たされる。
それでよいのか?」
まだ幼げのある小学校に入ったばかりだろう。そんな年齢にしか思えないのに雰囲気は大人っぽく言うことは子供らしくない。
そんな焔の言葉に、
「嫌に決まっているじゃない!」
朱音は叫ぶように言う。
「高校を卒業したら小さくても調理師学校に通って……。
資格を取ってどこかのお店で修業を積んで……。いずれは喫茶店を開きたい。
そう思っていたのよ! 小さくてもよいし、雇われ店長でもよい。
自分が作った料理で自分の意思で考えて自分で経営をする。
豊かな生活じゃなくてよい。自分で考えて自分で歩いていく。
運がよかったらそこでイケメンとか金持ちじゃなくてよい。優しくてわたしをちゃんと人間とみてくれるような人と結婚をして子供を産んで普通に生きたい。
誰もこの家を知らない場所で自分の意思で考えて生きたい。そう思って努力してきて、あと一歩のところで……。どうして邪魔されるのよ!」
朱音はそう叫ぶ。
朱音は幼いころから冷遇されていた。テレビを自由に見る権利も授業でどうしても必要な鉛筆やノートといった筆記用具を購入することすら土下座しなければ無理。とはいえ外聞だけはしっかりとしていた両親はある程度の品は渡していた。
スマホを渡された朱音はネット小説や無料のネット漫画にはまった。そんな中でここではない世界で喫茶店や料理屋などをする主人公にあこがれた。
とはいえ、ここではない世界に行きたいという願望まではなかった。
望んだのはこの環境じゃない場所で喫茶店だ。
それを望んで真剣に下調べをして計画を立てた。
幸いにも大叔母が用意してくれていた貯金があるので可能だったはずだった。
「なら逃げるか」
焔はそういって窓を見る。窓の外からは満月がこちらを除いていた。
「……逃げる? どうやってよ。焔はいつも神出鬼没だけれど」
朱音の言う通り焔は神出鬼没だった。そもそも不思議だった。
物心ついたときから家にいるならばどこにでもいた。そもそも、住んでいる両親や弟は見えていない様子だ。そのくせに高価なお菓子をたまに盗み出して食べていた。
ちなみに朱音のアリバイが確実にある状況だった。そのために弟が食べたのだろうと思われているのが現状である。
「それにどこへ逃げても一緒よ」
地方だが政界、財界に名を馳せている天童院家。
結婚させるとここまで来ているならばそう簡単に逃げられないだろう。
そう思っていると、
「逃げる場所は追手が来れない場所。
……異世界に逃げないか?」
「へ?」
異世界。その言葉に朱音はきょとんとした。
異世界というのならばネット小説で読んだ。けれど、実現は不可能な話のはずだ。
「今夜は月と星のめぐりが良い」
そういうと同時に焔がどこからか取り出したのは三面鏡だった。
古びた三面鏡が開くとそこには朱音の顔が映る……はずだった。
だが現れたのは見慣れるどこかの光景だった。
「異世界へと行くことができる鏡だ。
ただし星の位置と月の道行き。時代の流れ。
これらが大きく関与している。
それに俺の力が必要だからな」
「……焔……。あなたは一体?」
朱音が驚いたように尋ねると、
「俺は座敷童だ。
この家に古くから住んでいた。
けれどお前が逃げたいなら逃がしてやるし俺も一緒に行く。
いい加減にこの家も居心地が悪くなってきたからな。
あこがれていただろ。異世界で喫茶店をやるの」
「いや、そう簡単にうまくいくとは」
「お前が住めるような良い結果が生まれそうな世界を選んだよ。
それに生きた人間を運ぶのは今晩だけだが妖怪や道具などは運ぶのはほかでも可能だ。
それでどうする?」
焔の言葉にしばらく考える。
「他の場所でほしいのを買うのはお金を使えばよいだろ」
そういうと通帳と印鑑など朱音の数少ない私物や貴重品を見せる。
その言葉に決意を決めたように朱音は言った。
「一人なら怖かったけれど、焔と一緒なら」
そして天童院家から一人の少女が消えた。
それは朱音にとっても大きな人生の転機であり天童院家の転機にもなったのだった