第四十三話 まだ夢の中?
テツが見張りにつくと、定刻より少し遅れてカンナがやって来た。来たというより、ラルムに両脇を掴まれ、引きずられて現れた。
「ラルム君。……どうした?」
「それが……全く起きなくて……はぁ……取り敢えず引きずって来ましたっ」
ラルムは呆れた様子でカンナを地面に下ろした。カンナはメイ子に良く似たぬいぐるみを抱き締めたまま、眠っている。
「これを取れば……起きるのではないか?」
テツがカンナのぬいぐるみを指差して言った。
「これですかっ?」
テツの指示を疑いつつ、ラルムは眠るカンナとぬいぐるみを取り合うこと数分ーー。
◇◇◇◇
「ごっご迷惑おかけしましたっ」
カンナはテツに深々と頭を下げた。
ラルムはそれを見ると眠そうにテントへ帰っていく。
手にはカンナのぬいぐるみを持って。
「いや。ラルム君が起こしてくれたからな……次に見張りの番をする時は、カンナ君は一番にしよう」
「すみませんっ」
カンナは今一度頭を下げる。
テツはそれが何だか可笑しくて、口元を隠して笑っていた。
「一先ず座ろうか。まだまだ見張りは長いからな」
「はい!」
カンナは申し訳なさと情けなさと恥ずかしさが入り交じった顔で、焚き火の前に置かれた丸太に腰を下ろした。
テツはカンナの隣に腰掛けた。
そしてカンナの様子を楽しむように、顔を覗き込む。
「テツさん! そんなに面白いものを見るような目で見ないでください!」
「はははっ。これは失礼したね……しかし、髪を下ろしていると、初めて会った時を思い出すな……」
「初めて……?」
カンナは寝起きということもあって、髪を束ねずにいた。言われてみれば、テツと初めて会った時は、髪を下ろしていた。
教団長リュミエから逃げる時だった。あの時、カンナとカシミルドとクロゥ、そしてテツだけが、時間から切り離された別世界にいた。
「あの時、時間が止まったみたいでしたよね……テツさんは、魔法を拒絶出来るから、あの場所でも動けたんですか?」
「ああ。そうだな。あれは君達を逃がすためだったとはな……まさか、あんな魔法が使えるとは……」
「ですよね。クロゥって本当に不思議ちゃんですよね」
「ん? クロゥ君?」
テツは眉間にシワを寄せ首をかしげた。
テツはクロゥの魔法ではないと思っているようだ。
「え? クロゥの魔法……じゃないんですか?」
「うーん。クロゥ君は、カシミルド君と同じ系統で、命の精霊を司る……精霊魔法が使えるようだから、あの魔法は使えないと思うぞ」
「そっそうなんですか!? じゃあ……誰が……」
「さぁ? 誰だろうな……?」
テツには誰の魔法か心当たりがあった。
しかしカンナは知らないようだし、本人に魔法を使ったか聞いた訳でもないので、この件は曖昧に濁すことにした。
「そうですよね。知らないですよね……」
カンナも首を捻るが見当もつかなかった。そして俯くと髪が肩に流れ、それを見て思い出したように髪をまとめ始めた。
寝る時はほどくが、やはり結んでいないと気が引き締まらない。しかしカンナが髪を結ぼうとすると、その腕をテツが握り、そっとカンナの手を下ろさせた。
「テツさん?」
「少し、そのままで居てくれないか? 髪を下ろした君は……とても似ているんだ……」
テツは熱のこもった瞳でカンナを真っ直ぐに見つめた。
初めてカンナとぶつかった時も、テツは感じていた。
カンナは似ている、髪を下ろしていると特に……。
「えっと……誰と……似ているんですか……?」
顔を真っ赤に染め、カンナは尋ねた。
カンナを、いや、自分のその先に、愛しい誰かを見つめるかの様な瞳をした、テツに向かって。
「誰って……昔々、おとぎ話の様な世界で出会った……天使にだよ……」
「てっ……」
カンナは思いもよらぬ返答に驚いて、声も出せなかった。
テツの瞳を見れば、嘘ではないと分かる。
分かるけれども……分からない。何かの比喩なのだろうか。
前世、天使、テツから紡ぎだされる言葉は、いつも半分夢の中の話の様だ。もしかしたら、自分はまだ夢の中なのかも知れない、と、カンナがそう思った時。
じっとカンナを見つめていたテツの視線が、急に森の方へと向けられた。カンナから手を離し、森を睨みつけ立ち上がり、気配を探る。
「テツさん?」
「……誰か……追われているな」
腕を組み、森を見据えるテツを見て、カンナも慌てて立ち上がった。
「追われている? 野生の……獣にですか?」
「ああ。野犬だな。まだ遠い……野生の獣と対峙した事はあるか?」
「えっと。ミヌ島にも、野生の獣はいました。でも、やんちゃで小さな野ウサギなんですけど……よく森でウサギ狩りをしてました」
「ほぅ。カシミルド君もか?」
「はい。ああ見えてカシィ君は食いしん坊なんです。罠を作ったり、追いかけ回したり……」
「なら、もし野犬が現れても、二人は戦力だな」
「ええっ。野犬……ウサギより大きいですよね……ロープ……ロープ……」
カンナはポシェットからロープを取り出し両手で握りしめた。
「ははは。カンナ君は投げ縄でもするのか?」
「はい! 投げ縄、得意です。後は拳と足技は、それなりに!」
「……頼もしいな」
テツはロープを握りしめて、闘志を燃やすカンナを見て苦笑いした。そして剣に手をかけ、森へ耳を傾ける。
無数の獣の荒い息遣いが、何かを追いかけている。
どちらも人とは思えぬ早さだ。何者だろうか。
しかしまだ遠い。こちらに来るだろうか……。
「テツさんは……剣を使うんですよね? 離れていた方が良いですか?」
「ああ。そうだな。もしこちらに獣が来たら、私が森に入る。カンナ君はレーゼ殿を起こして、テントが襲われないように見張っていてくれ」
「起こすのはレーゼさんだけですか?」
「そうだな……テントにはレーゼ殿が光の加護をかけてくれているから、恐らく安全だ。カンナ君も、テントの中で待機していた方がいいかもな」
「えっ。私も戦いますよ! 一人になんてさせませんから!」
カンナは気合いを入れるように、髪を頭の天辺に紐で結んだ。テツはそれを少し寂しげに見やり、剣の柄を撫でる。
その時、獣がこちらに方向を変えた。何故だろうか。
風に乗って血の匂いが微かにした。
追われている者は怪我をしているようだ。
「こちらに来る。カンナ君、お言葉に甘えて協力してもらおう。初めに飛び出してくるのは追われている者だな。どうやら、怪我をしているようだ……」
「分かりました。テツさん、レーゼさんを……」
「待て。思ったより早いな。……怪我人を確保したら、すぐにテントに隠れるんだ」
テツが、真っ暗で何も見えない森へ向かって剣を抜いた。
その瞬間。森の奥から獣の唸り声が漏れ聞こえた。
カンナも体を緊張させ、ロープを持つ手に力が入る。
森の闇に無数の丸く小さな赤い光がちらついた。
カンナはそれが何か気づくと肩をすくめた。
これは獣の目だ。
「数が多いな。無理はするなよ」
「はいっ」
カンナが返事した瞬間ーー。森から人影が飛び出した。
それはカンナが想像していたよりも小柄で……。
傷だらけの少年だった。




