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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
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第四十三話 まだ夢の中?

 テツが見張りにつくと、定刻より少し遅れてカンナがやって来た。来たというより、ラルムに両脇を掴まれ、引きずられて現れた。


「ラルム君。……どうした?」


「それが……全く起きなくて……はぁ……取り敢えず引きずって来ましたっ」


 ラルムは呆れた様子でカンナを地面に下ろした。カンナはメイ子に良く似たぬいぐるみを抱き締めたまま、眠っている。


「これを取れば……起きるのではないか?」


 テツがカンナのぬいぐるみを指差して言った。


「これですかっ?」


 テツの指示を疑いつつ、ラルムは眠るカンナとぬいぐるみを取り合うこと数分ーー。




 ◇◇◇◇




「ごっご迷惑おかけしましたっ」


 カンナはテツに深々と頭を下げた。

 ラルムはそれを見ると眠そうにテントへ帰っていく。

 手にはカンナのぬいぐるみを持って。


「いや。ラルム君が起こしてくれたからな……次に見張りの番をする時は、カンナ君は一番にしよう」


「すみませんっ」


 カンナは今一度頭を下げる。

 テツはそれが何だか可笑しくて、口元を隠して笑っていた。


「一先ず座ろうか。まだまだ見張りは長いからな」


「はい!」


 カンナは申し訳なさと情けなさと恥ずかしさが入り交じった顔で、焚き火の前に置かれた丸太に腰を下ろした。


 テツはカンナの隣に腰掛けた。

 そしてカンナの様子を楽しむように、顔を覗き込む。


「テツさん! そんなに面白いものを見るような目で見ないでください!」


「はははっ。これは失礼したね……しかし、髪を下ろしていると、初めて会った時を思い出すな……」


「初めて……?」


 カンナは寝起きということもあって、髪を束ねずにいた。言われてみれば、テツと初めて会った時は、髪を下ろしていた。


 教団長リュミエから逃げる時だった。あの時、カンナとカシミルドとクロゥ、そしてテツだけが、時間から切り離された別世界にいた。


「あの時、時間が止まったみたいでしたよね……テツさんは、魔法を拒絶出来るから、あの場所でも動けたんですか?」


「ああ。そうだな。あれは君達を逃がすためだったとはな……まさか、あんな魔法が使えるとは……」


「ですよね。クロゥって本当に不思議ちゃんですよね」


「ん? クロゥ君?」


 テツは眉間にシワを寄せ首をかしげた。

 テツはクロゥの魔法ではないと思っているようだ。


「え? クロゥの魔法……じゃないんですか?」


「うーん。クロゥ君は、カシミルド君と同じ系統で、命の精霊を司る……精霊魔法が使えるようだから、あの魔法は使えないと思うぞ」


「そっそうなんですか!? じゃあ……誰が……」


「さぁ? 誰だろうな……?」


 テツには誰の魔法か心当たりがあった。


 しかしカンナは知らないようだし、本人に魔法を使ったか聞いた訳でもないので、この件は曖昧に濁すことにした。


「そうですよね。知らないですよね……」


 カンナも首を捻るが見当もつかなかった。そして俯くと髪が肩に流れ、それを見て思い出したように髪をまとめ始めた。


 寝る時はほどくが、やはり結んでいないと気が引き締まらない。しかしカンナが髪を結ぼうとすると、その腕をテツが握り、そっとカンナの手を下ろさせた。


「テツさん?」


「少し、そのままで居てくれないか? 髪を下ろした君は……とても似ているんだ……」


 テツは熱のこもった瞳でカンナを真っ直ぐに見つめた。

 初めてカンナとぶつかった時も、テツは感じていた。

 カンナは似ている、髪を下ろしていると特に……。


「えっと……誰と……似ているんですか……?」


 顔を真っ赤に染め、カンナは尋ねた。

 カンナを、いや、自分のその先に、愛しい誰かを見つめるかの様な瞳をした、テツに向かって。


「誰って……昔々、おとぎ話の様な世界で出会った……天使にだよ……」


「てっ……」


 カンナは思いもよらぬ返答に驚いて、声も出せなかった。


 テツの瞳を見れば、嘘ではないと分かる。

 分かるけれども……分からない。何かの比喩なのだろうか。


 前世、天使、テツから紡ぎだされる言葉は、いつも半分夢の中の話の様だ。もしかしたら、自分はまだ夢の中なのかも知れない、と、カンナがそう思った時。


 じっとカンナを見つめていたテツの視線が、急に森の方へと向けられた。カンナから手を離し、森を睨みつけ立ち上がり、気配を探る。


「テツさん?」


「……誰か……追われているな」


 腕を組み、森を見据えるテツを見て、カンナも慌てて立ち上がった。


「追われている? 野生の……獣にですか?」


「ああ。野犬だな。まだ遠い……野生の獣と対峙した事はあるか?」


「えっと。ミヌ島にも、野生の獣はいました。でも、やんちゃで小さな野ウサギなんですけど……よく森でウサギ狩りをしてました」


「ほぅ。カシミルド君もか?」


「はい。ああ見えてカシィ君は食いしん坊なんです。罠を作ったり、追いかけ回したり……」


「なら、もし野犬が現れても、二人は戦力だな」


「ええっ。野犬……ウサギより大きいですよね……ロープ……ロープ……」


 カンナはポシェットからロープを取り出し両手で握りしめた。


「ははは。カンナ君は投げ縄でもするのか?」


「はい! 投げ縄、得意です。後は拳と足技は、それなりに!」


「……頼もしいな」


 テツはロープを握りしめて、闘志を燃やすカンナを見て苦笑いした。そして剣に手をかけ、森へ耳を傾ける。


 無数の獣の荒い息遣いが、何かを追いかけている。

 どちらも人とは思えぬ早さだ。何者だろうか。


 しかしまだ遠い。こちらに来るだろうか……。


「テツさんは……剣を使うんですよね? 離れていた方が良いですか?」


「ああ。そうだな。もしこちらに獣が来たら、私が森に入る。カンナ君はレーゼ殿を起こして、テントが襲われないように見張っていてくれ」


「起こすのはレーゼさんだけですか?」


「そうだな……テントにはレーゼ殿が光の加護をかけてくれているから、恐らく安全だ。カンナ君も、テントの中で待機していた方がいいかもな」


「えっ。私も戦いますよ! 一人になんてさせませんから!」


 カンナは気合いを入れるように、髪を頭の天辺に紐で結んだ。テツはそれを少し寂しげに見やり、剣の柄を撫でる。


 その時、獣がこちらに方向を変えた。何故だろうか。

 風に乗って血の匂いが微かにした。

 追われている者は怪我をしているようだ。


「こちらに来る。カンナ君、お言葉に甘えて協力してもらおう。初めに飛び出してくるのは追われている者だな。どうやら、怪我をしているようだ……」


「分かりました。テツさん、レーゼさんを……」


「待て。思ったより早いな。……怪我人を確保したら、すぐにテントに隠れるんだ」


 テツが、真っ暗で何も見えない森へ向かって剣を抜いた。


 その瞬間。森の奥から獣の唸り声が漏れ聞こえた。


 カンナも体を緊張させ、ロープを持つ手に力が入る。

 森の闇に無数の丸く小さな赤い光がちらついた。

 カンナはそれが何か気づくと肩をすくめた。


 これは獣の目だ。


「数が多いな。無理はするなよ」


「はいっ」


 カンナが返事した瞬間ーー。森から人影が飛び出した。


 それはカンナが想像していたよりも小柄で……。


 傷だらけの少年だった。







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