第三十八話 レオナール=ルナール
ここはルナールの隠れ里。
二度にわたり人間の奇襲を受け、里の戦士達は、戦々恐々とした面持ちである。里の女、子供達は、怯えつつも成るべく顔に出さないように、普段通り過ごそうとしていた。
一度目の奇襲では、ペペジィの予言通り、六人の戦士を失い、二度目は九人の戦士を失った。これもペペジィの予言通りだった。
ペペジィは、皆に最低限の荷物を常に用意させ、見張り役の戦士の未来を常に気にかけていた。いつまた奇襲されても皆を守れるように。
「ペペジィ様。次に奴等はいつ、襲ってきますか?」
「それが分からぬのじゃ……」
見張りは三時間交代にしている。予め誰が見張りに着くか決められており、ペペジィは、誰に死の予言が出るか知ることにより、奇襲時刻を予測していた。
しかし今回、誰の死も見えなかった。ただ、大地が割れ、嵐が吹き、皆が逃げ惑う姿しか……見えなかったのである。
前回の奇襲から今日で二日が過ぎた。
やはり、今夜が怪しい。
「……皆に里を移動すると伝えるのじゃ」
「また誰か……未来が視えたのですか?」
ペペジィは無言で首を横に振った。
それを見てルナールの若者はホッと息をつく。
ペペジィが里の家長達に移動の指示を出していると、木の上から少年が顔を出した。
「じぃちゃん!? もう移動するのか?」
「おお。レオナール。そうじゃ。里を移る。ーーミィシアはどうした?」
「ミィシアなら、川に水を汲みに行ったよ。じぃちゃん……また、誰か死ぬの?」
レオナールは木から飛び降り、ペペジィの服を掴んで悲壮な面持ちで尋ねた。ペペジィはそんな孫息子の肩を両手で包み込み、ゆっくりと腰を下ろし、レオナールと目線を合わせた。
「心配するでない。誰の死も見えなかったのじゃ」
「本当に!? ……良かった。すぐ出るんだよね? ミィの事、呼んでくる!」
「ああ。気を付けて行くんじゃぞ。レオナール」
「はーい!」
レオナールは里の端に流れる川を目掛けて走り出した。
レオナールはルナールの少年だ。
少し長めの金髪を後ろで束ね、頭にはフサフサの三角の耳が二つ生えている。
太い尻尾も光沢のある金色で先の方が橙色。
気の強そうな大きな瞳は青紫色だ。
レオナールは里長ペペジィの孫にあたり、兄と姉が合わせて四人、そして妹の六人兄妹だ。
ルナールの成人は十五歳。まだ子供の部類に入るのは、兄妹の中でも自分と妹だけである。
妹は八歳で、兄妹の中で唯一の母似。白い毛と薄紫色の瞳を持つ、色素の薄いアルビノという種類らしい。
ルナールの中でもその存在は希少で、現在アルビノはミィシアただ一人である。アルビノは元来魔力が強いとされ、里では巫女と呼ばれている。
ミィシアはその名前もあって、里の者からはミィコ様と呼ばれ、可愛がられている。じぃちゃんの跡を継ぐのは、恐らくミィシアになるだろう。
小さい頃は体が弱かったけれど、ここ最近は月に一度、熱を出すくらい丈夫になってきた。小さくっておとなしくって、でも里の皆の為に水汲みを率先して担当したり、とても頑張り屋な妹なのだ。
「レオ!? どこ行くの?」
レオナールは頭上から声を掛けられた。
馴染みのある女性の声に、レオナールは足を止め振り返る。
見上げた先には木の上から飛び降りる姉の姿があった。
「レティ姉! 今からミィの事呼びに行くんだ! 川に水を汲みに行ってるから!」
「そう。出発が決まったのね。……ミィの事、よろしくね。私も他の者に知らせるわ」
「うん!」
レオナールとレティシアは互いに短く言葉を交わすと、反対の方へと足を向けた。
レティシアは十歳も年上のしっかり者の長女。
顔立ちはレオナールそっくりで、違うところは、出るところがしっかり出ていて、髪が長いくらい。
金色の髪と青紫色の瞳を持つルナールの戦士だ。
普通、女性は戦士にならないが、レオナールの家系は父親の血を色濃く受け継いでしまったらしく、家族みんな戦士になった。
戦士は里を守ったり、他の種の魔獣の里を守る為に派遣されたり、森の獣を狩ったり。主に外敵から魔獣達を守るために戦うのだ。
そして、一番の外敵は、森の獣ではなく、人間だ。
レオナールはまだ人間を見たことがない。
しかし後二年すれば、自分も成人する。
人間と対峙する時は近いだろう。
みんな、里を守ることばかり考えているが、レオナールの考えは少し違っていた。
やられたらやり返すのではなく、やられる前に殺れ。
という考えだった。
しかし、自分の考えが危険なものだということを、レオナールは知っていた。
八年前のプランタニエの乱。その争いで両親は死んだ。
レオナールは小さかったから余り覚えていないが、事を起こしたセルパン種とルーヴ種に、ルナールも戦士を送り、人と争ったそうだ。
魔獣達から仕掛けた争いだったが、結果は魔獣の惨敗。
しかも、守りが手薄になっていたルナールの里まで襲われて、ミィシアを出産したばかりの母は拐われて、他にも何人も女、子達が拐われていった。
あの時まだ成人していなかった二番目の兄や姉たちが、何とか里の半数の者達を逃がしたらしい。
まだ、今のレオナールと同じ位の年だったというのに……。
兄や姉たちの事は、本当に尊敬している。近頃また魔獣狩りの動きが活発で、みんな顔には出さないようにしているが、里の中はピリピリしていた。
自分に何ができるのだろう。レオナールはいつも考えていた。
レオナールがもし、敵と向き合うことになったら……。
八年前の兄たちの様に、勇敢に戦えるだろうか。
森の獣狩りの手伝いに行っても何も出来なかった自分。
レオナールには経験も自信もなかった。
あれこれ考えている内に、川のせせらぎの音が聞こえた。
そして川の水を汲むミィシアの姿が見えた。
「ミィ…………」
レオナールは妹の名前を呼ぼうとして途中で止めた。
振り上げた手をゆっくり下ろし、木の後ろに身を隠す。
ミィシアは一人ではなかった。親しげに誰かと話している。
その誰かは、金色の髪を頭の上にお団子にまとめ、三角の耳も尻尾も見当たらない……。
レオナールはそれがなんという種族か知っていた。
あれはーー。
「人……間……?」




