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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第一部 旅立ち
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第八話 弟よりモフモフ

 ミヌ島東側の海岸。

 その海の先には、小さく対岸の山々が見える。

 あれが目的の王都がある大陸だ。


 穏やかな海のその先を見つめるカシミルドの姿が浜辺にあった。

 ここからもう少し北に行けば小さな村があり、向こうへ渡れる船も出ているのだが、月に二度しか出ないため、次に来るのは一週間も先だ。

 そこで昨晩徹夜でメイ子とクロゥがイカダを作ってくれた。


 カシミルドは作戦通り結界が崩壊した後、イカダを浜辺まで運んでみたものの、海へはまだ出られずにいた。



 ミラルドが作った結界を破壊した時の事だ。

 結界の魔力がその場から飛散し風が生まれ、カシミルドはその風にいつも触れてきた姉の匂いを感じた。

 突風に身体を押し返され、まるでミラルドに行かないで、と引き留められたように錯覚する。

 その時カシミルドの瞳から一筋の涙が零れ落ちたのだ。


「あれ? おかしいな……」


 突風で砂埃が目に入っただけだと、心の中で自分に言い聞かせイカダを運ぶ。


「迷うなよ」


 すぐ隣で囁かれたかのように、クロゥの言葉が甦る。


「迷わないよ。でも、僕は――逃げもしない」


 カシミルドはミラルドに会うことを心に決める。

 このまま行くのは、やはり卑怯だ。


 しかし姉さんに何て伝えよう。

 姉さんは僕を見て何て言うだろう。

 イカダを浜辺まで運び、青く静かな海を眺めた。



 風の騒ぎ声がした。

 遠くから木々をざわめかせる何かがこちらに向かってくる。


 この気配は……。

 カシミルドが、西の方を振り返ると、百メートル程向こうに黒い何かが二つ見えた。

 それはものすごい勢いでこちらに向かってくる。

 よくみると、箒に乗ったミラルドと、カシミルドのような? でも黒い羽の生えた……多分クロゥがこちらに向かってくる姿が見えた。

 黒鳥の時も大きさはまちまちだったが、人の姿で羽を生やして飛べるとは……。


 しかし、それよりも衝撃的な事は、ミラルドが箒で空を飛んでいる事だった。

 ミラルドの魔法は、呪術しか見たことが無かった。

 あんなことも出来るとは……。


 カシミルドが二人の登場の仕方に驚いている間に、ミラルドは浜辺に到着した。

 ミラルドはすぐさま箒から飛び降り、カシミルドに駆け寄る。


「カシミルドー!!」


 ミラルドの怒号が飛ぶ。

 カシミルドは反射的に思い切り全身でビクついてしまった。

 一発殴り飛ばされるかもしれない。

 が、ここで狼狽えてはいけないと意気込み口を開く、


「姉さん。僕っ」


 意を決してそう言いかけた時、ミラルドに真正面から抱き締められた。

 ミラルドの鼓動がカシミルドに響き、同調し、鼓動が早くなる。


 ミラルドは大きく息を吸い込んで、


「捕まえた。――はぁ」


 普段より、1トーンいや2トーン低い声で、カシミルドの耳元で囁いた。

 ミラルドの息が荒く耳にかかる。


 カシミルドの顔は一気に蒼白した。

 ここまで怒ったミラルドは……見たことがない。


 クロゥもやっと浜辺に降り立つ。

 それと共に黒い翼は魔力の粒となって消えていった。


「くっそ、何でまだこんな所にいんだよ。俺様の完璧な計画が。この裏切り者っ」


 クロゥはカシミルドを指差し罵倒する。

 そしてミラルドを引き剥がそうとするが、全くびくともしない。


「絶対離さないんだからっ。勝手に行くなんて許さないんだからっ。ひっく……。うわぁぁんっ」


 ミラルドは、カシミルドの肩に顔を埋めて、子どものように泣きじゃくる。

 カシミルドは優しくミラルドの背中を擦った。


 ミラルドの涙は五年ぶりだ。

 また自分のせいで泣かせてしまった。

 ミラルドはいつも気丈に振る舞っているが、本当はすごく泣き虫なんだ。

 知っていたはずなのに……。


「姉さんごめん。勝手に何処かへ行ったりしないからっ」

「っておい。行かねーのかよ!!」


 クロゥが速攻でツッコミをいれた。


「いや。行くけどさっ」

「……ぐすん。行くんだ……」


 カシミルドがクロゥに少しむきになって返すと、ミラルドはボソリと呟き、また泣き出した。


「あ~。もう。クロゥは少し黙っていて」

「へいへい」


 カシミルドに邪険に扱われ、クロゥはつまらなそうに、イカダの上でゴロゴロする事を選んだ。

 カシミルドはミラルドの方に向き直り、ミラルドに真摯に語りかける。


「姉さん。僕は行くよ。姉さんが止めても。どうしても、助けてあげたい子がいるんだ。その子にもお姉さんがいて、やっと見つけて、会わせてあげたいんだ」


 ミラルドは顔を上げ、泣いて赤くなった目でカシミルドを、見つめる。


「僕は、僕を必要としてくれる人の為に力になりたいって思う。姉さんみたいに……姉さんが僕をずっと守ってきてくれたみたいに、僕も誰かを守れる人になりたいんだ」


 カシミルドの黒い瞳にミラルドの顔が映り込む。

 ミラルドは瞳に映った情けない自分の姿を目にして恥ずかしくなった。

 自分の方が子供みたいだ。

 ミラルドは寂しげに微笑みながら言う。


「いつの間にか、こんなに大きくなったんだね。カシミルドの事、私は守れていたのかな?ただ失いたくなくて、閉じ込めていただけだったのかもって思うこともあるんだ。――知っていた? あの書庫には召喚術に関係する本なんて……一冊も無いんだよ」

「へっ?」


 ミラルドの発言に、カシミルドは思考が停止した。


「召喚魔法は口承なの。書物には残さないんだ」

「なん……」


 何で言ってくれなかったの。と続けたかったが、カシミルドは口が上手く動かずにどもってしまった。


「召喚魔法に憧れて、毎日書庫に通うカシミルドに……言い出せなかったのよ。それに、本に夢中になっていて、正直安心していたの。あの本の山を全部見終わるまで、カシミルドの興味はこの場所から離れたりしないって思えたから。外に行きたいなんて、考えないと思っていたから。――カシミルドが助けたい子って?」


 ミラルドの気持ちをカシミルドは初めて知る。

 こうやって向かい合って気持ちを言い合う事なんて、今までした事が無かった。

 お互い何か秘密を抱え、それを隠したくて、心配させたくなくて、虚勢を張っていたのかもしれない。


 ミラルドはカシミルドの魔力を封じることに力を注ぎ、その力の使い方については教えて来なかった。

 そしてカシミルドは魔獣の友だち、メイ子のことを今まで隠してきた。

 それはメイ子に頼まれたからでもあったが、ミラルドは外の世界にカシミルドが触れることを警戒していたから、友だちという存在を打ち明けられなかった。


 でも今なら……。


「メイ子。紹介しても、いい?」

「はいなのの。でもチレーヌは秘密がいいそうなのの」


 メイ子がカシミルドだけに聞こえる声ですぐに応答する。

 ミラルドが興味深くカシミルドを見る。


「姉さん。紹介するね。メイ……。何だっけ?」


 カシミルドは後ろに隠れているメイ子にばつの悪い様子で尋ねる。


「むぅぅ。メイ=フェルコルヌなのの!! レディーの名前を忘れるとは最低なのの」


 メイ子がカシミルドの後ろからひょっこり顔を出して言った。

 メイ子の突然の登場にミラルドは絶句し、驚嘆する。


「白い。……フワフワの……可愛い!! 食べちゃいたいっ」


 ミラルドは発狂し、メイ子を掴みかかろうとするが、サッと避けられる。


「ひぃぃっ」


 怯えるメイ子とミラルドの間にカシミルドが割って入る。


「姉さんっ。落ち着いて。この子のお姉さんを探しに行くんだ。王都の方にいるみたいでさ」


 カシミルドは今までの経緯をミラルドに説明した。




「要するに、メイ子ちゃんに助けてもらったお礼に、お姉さん探しを手伝ってあげたいって事ね。――クロゥには、他にも目的があるみたいだったけど」


 ミラルドはイカダで寝転ぶクロゥをチラリと見る。


「まぁ。あいつはいいわ……。私もカシミルドに話してないこと色々あるし、お互い様ね」

「えっ。話してないこと?」

「まぁ。色々?――それより、メイ子ちゃんのお姉さん? 今まで気配が無かったって事は、何処か結界とかで区切られた場所にいたのだと思うの。そこから出たってことは。何かがあったのよね? メイ子ちゃんはお姉さんの事、どこまでわかるの?」


 ミラルドはカシミルドの質問をはぐらかし、ミラルドの膝の上でモフモフされているメイ子に話を振る。



「むぅー? 少し元気ないなって位しかわからないなのの……」


 元気のないメイ子に、ミラルドは心苦しくなりモギュッとメイ子を抱き締める。

 柔らかくって温かくて幸せだ。

 この子のためなら、背に腹はかえられない。


「カシミルド。行っていいよ。メイ子ちゃんのお姉さん、絶対見つけてあげて。――クロゥも一緒に行くって言うし、あいつが居れば不本意ではあるけど……安心だし」


 ミラルドの言葉にクロゥが機嫌よくイカダから飛び起きる。


「ケケケッ。俺様は精霊に愛される男だからな。カシミルドの事は俺が命に代えても守りきるぜ」

「ふん。精霊には愛されているかもしれないけど。あんたなんかより、私の方がカシミルドには愛されているんだからね!! あんたを裏切って、ちゃんと、私の事待っていてくれたんだから」


 ミラルドはクロゥの力量は認めるも、性格は気に入らないようだ。

 今朝まで献身的に声を掛け、餌をあげていたというのに。

 クロゥを指差し、宣戦布告する。


「あっ。そうだ……これくれないと、俺行かねぇから」


 クロゥは急に思い出したように、ミラルドのポケットから少しはみ出た翆色の羽を指差して言った。

 ミラルドはポケットを手で覆い隠す、


「ダメよ。これは母さんの形見なんだから。――そっか祠からずっと持ったままだったんだ」

「えっ。見たい。母さんの形見なの?」


 カシミルドも興味深くミラルドの手をじっと見る。


「そうね。見たことないわよね。じゃあ」


 ミラルドはクロゥを警戒しつつ、ポケットからそっと翆色の羽を取り出す。

 羽は光を受けて霊妙に輝く。


「綺麗だね。何の羽かな?」


 カシミルドの様子を見て、ミラルドは得意気に鼻をならす。そして高々と羽を掲げ、陽に透かしながら言う。


「フフン。これは多分……ハルちゃんの羽だと思うの!!」

「えっ。ハルちゃんってあの? 母さんが召喚していたっていう魔獣の?」

「そうよ。一度しか見たことないけど、絶対そうだと思うの」


 ミラルドは自信たっぷりに力説した。

 クロゥは面倒臭そうに頭をかきながらそのやりとりを眺めていたが、痺れを切らして口を挟む。


「あー、ハルちゃんでも、何でもいいから、それくれって。それくれたら、カシミルドのこと本気で守っから!! な、御姉様」

「話聞いていた? 何であんたなんかに。ね? メイ子ちゃんもそうおもうわよね?」


 魔獣の羽の気持ちは魔獣のみぞ知る。

 とでも言いたいのか、ミラルドはメイ子の意志を確認する。


「メイ子は、クロゥたまが持つのが一番自然なことだと思うなのの。だって――」


 メイ子の言葉の途中でクロゥがメイ子を鷲掴みにしてニッコリと笑う。

 が、目は全く笑っていない。

 むしろこれ以上喋るなと言わんばかりに威圧的な態度をメイ子だけにむける。


「だよなー。毛玉。たまには良いこと言うじゃねーかよ」

「むぅぅ」


 メイ子はクロゥに捕まれ苦しそうに唸っている。

 すかさず、ミラルドがメイ子を奪い返す。


「ちょっとっ。メイ子ちゃんを離しなさいよ!!ほら、これあげるからっ」


 ミラルドはメイ子を撫でながら、ずっとぶつぶつと文句を言っている。

 メイ子もすっかりミラルドになついたようだ。

 自分からすり寄って甘えている。

 そんな事はどうでもよいとばかりに、クロゥは皆に背を向け翆色の羽を手にして呟いた。


「やっぱり――グリヴェール……。何でお前の羽が……」


――クロゥ……――


 クロゥの心に一瞬声が響く。

 クロゥの瞳から涙が溢れると同時に翆色の羽は魔力の粒子となり、そよ風とともに消えてしまった。


「畜生っ……勝手に。消えんなよ……」



「クロゥ? どうかした?――えっ? 泣いて……」


 切なく背中を向けるクロゥが心配になり、カシミルドはクロゥの顔を覗き込んだのだが、まさか泣き顔を見てしまうとは……。


 クロゥはうつ向いたまま何も言わない。

 戸惑うカシミルドを前にクロゥの身体が朧気に光を放ったかと思うと、その光は小さく纏まりいつもの黒鳥に姿を変えた。


「肩借りるぜ。何か疲れた」

「大丈夫? あれ? さっきの羽は?」


 クロゥは何気なくカシミルドから視線をそらす。

 不味いことを聞いてしまったようだとカシミルドも悟る。


「消えた。――そういやさっき、お前の姉ちゃんがさ、あの羽持ったまま魔法使っていたからな。羽に残された最後の魔力も使ったんだろうな。だから、消えた」


 世界に自分一人しか存在しないかのように寂しげにクロゥは言った。

 これ以上聞く事がクロゥにとって良いことなのかわからず、カシミルドは口をつぐむ。


 カシミルドはいつもそうだった。

 相手の心の中に入ってしまうような……悲しいことを思い出させてしまうような事を聞いてよいものだろうかと悩み、いつも言葉を自分の中に仕舞い込んできた。

 今回もそうだった。


「そろそろ行こうぜ」

「うん。――姉さん。そろそろ行くよ」


 メイ子とじゃれる手をピタリと止め、ミラルドは悲しげに笑う。


「そうよね。あっ、これだけは約束して――」


 これだけといった割に、ミラルドの話は長く小一時間は続いた。

 結局、浜辺で昼食をとってから出発しすることになった。


 その間ずっとミラルドはメイ子をモフモフし続けていた。

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