第三十七話 二つの剣
カシミルド達一行は、東のエテへ向けて馬を進めていた。
リリィに教えてもらった方角へ、道無き森を進んで行くと、程なくして街道へ抜けることができた。
この辺りの街道は、森と崖の間にほっそりと延び、暫くの間、それが続くらしい。
左手の森には野生の獣が多く棲み、特に夜の森は危険なのだそうだ。
右手の崖下には、似たような森が広がり、崖の高さは五十メートル以上ある。
ここからもし落ちたらと思うと、カシミルドは心臓がヒュッとした。
「シエルさん。道幅狭いですけど……大丈夫ですか?」
「高いところ苦手か? 馬に乗ってると狭く見えるかも知れないけど、これぐらい大丈夫だ……変な魔法使うなよ」
「……はい」
カシミルドは早速シエルに釘を刺された。
クロゥはカシミルドのフードから顔を出し、耳元で囁く。
「もし落ちても大丈夫だろ? 俺様が飛び方、教えてやったじゃん」
「あれは、上へ飛んだんでしょ? もし落ちたら……魔法なんて無理だよ……」
カシミルドは、考えただけでも足がすくんだ。
後ろでコソコソ会話するカシミルド達に、シエルは苛々しながら吐き捨てる様に言った。
「余計なこと考えてないで掴まってろよ。それと、今日は野営だからな。順番で見張りに起きることになるから、覚えとけよ」
「はいっ」
カシミルドはシエルに言われて思い出した。熱で倒れる前に、テツから野営の説明を受けていた。
確か、レーゼとテツが交代で見張り、そこにラルム、カンナ、シエル、カシミルドの順で番をすると言っていた。
カシミルドは夜明け前の番になるが、カンナは大丈夫だろうか。一度寝るとカンナは起きない。
というか、こういう番って王子自らするものなのだろうか。
「シエルさん。テツさんも見張り、やるんですよね」
「ああ。教官は最低でも二人は視察についてくるんだが、今回は先発隊に人が取られたからな。テツ様が自分もって名乗り出てくださった」
「そうなんだ。僕って四番でしたよね?」
「知るかっ!? 自分の番ぐらい自分で覚えとけっ!……でも、偶数ならテツ様と見張りだな……。俺は……レーゼさんとだ」
シエルは肩を落とし、ため息を漏らした。
「レーゼさん。優しくて可愛らしい方ですよね?」
「はぁ? 可愛いって……お前、何をどうみたら……」
シエルは信じられない様子で首を振り、呟いた。
「お前はあの氷の瞳と対峙したことがないんだな……」
「氷……?」
シエルはそれ以上何も言わなかった。
カシミルドはふと、自分を捕縛したレーゼルを思い出した。
確かにレーゼルからは、氷の様に冷たいプレッシャーを感じた。肌を突き刺すような冷たい声色と、気迫。
しかしレーゼラは、一見近寄りがたいオーラがあるものの、物腰の柔らかさと、悪戯心が垣間見られる。見た目はそっくりでも、性格は全く違うのだと気付くと、中々面白いと思った。
レーゼラの話をしていたからか、前を行くレーゼラがゆっくりとこちらに振り返った。そして、不適な笑みを二人に向けると、直ぐに前へと向き直った。
「げっ。聞かれたか?……いや、まさかな……」
◇◇◇◇
テツとカンナを乗せた馬は、先頭を走っていた。
行く予定で無かった筈の精霊の森に寄り、予定は大分遅れている。しかしテツはいつも通り涼しい顔で馬を走らせていた。
怪我は大丈夫なのだろうか。カンナは疑問に思う。
「あの。テツさん。怪我の具合はいかがですか?」
「ああ。もうほとんど傷はないよ。私は慈愛の天使の祝福を受けているからな。傷の治りが早いのだ。王家の特権だな」
「そうなんですか。祝福を受けている……でも、魔法は使えないんですよね?」
「そうだな。この力だけは拒否出来なかった」
「拒否……?」
まるで魔法が使えないのが、自分の意思のような言い方だった。
「この辺りは野生の獣が多いからな、怪我が治っていて良かったよ。血の匂いは、獣を引き寄せるからな。……夜は特に注意が必要だ。何か気になったことがあったら、すぐに知らせるように」
「はい!」
微かに潮風を感じる細い街道を、カシミルド達は順調に馬を進めて行った。
◇◇◇◇
その頃、王都第三王区にて。
パトは店の前で馬車に荷を積んでいた。
馬車の荷台に空の樽を敷き詰め、その隙間に布でくるまれた大剣を積み込む。パトの身長程の長さの大剣は、赤い光を纏っている。
そしてもう一本、布にくるまれた剣を積んだ。
こちらは一メートル程の両手剣の様だ。魚の鱗の様な装飾が柄に施され七色に光を反射する。パトはそれを大事そうに荷台に積んだ。
二つの剣は、荷台の樽の隙間に、それぞれ離して置かれた。
この剣は互いに相性が悪く、反発し合うからだ。
パトの隣には、教団の制服を着た青年が立っていた。
そして、荷を積み終えた様子のパトに尋ねる。
「パトさん。準備はよろしいですか?」
「ええ。あの……私、いつも出発の前に、旅が無事に済むようにと、おまじないを唱えるんですけど……」
「おまじないですか?」
パトは青年を上目遣いで見上げ、耳元でそっと囁いた。
「貴方の……手を握ってもいいですか? 誰かと一緒にお願いすると、効果が増すらしいんです」
青年は顔を赤らめ、恥ずかしそうに頭をかいた。
そして躊躇いながらも右手をパトに向けて差し出した。
「ありがとうございます。目を、瞑っていてくださいね」
「はいっ」
パトは青年の手に左手を乗せ、右手で、先程荷台に積んだ両手剣に手を添えた。
そして青年に聞こえないように、小さな声で呪文を唱えた。
パトの青色の瞳に、赤みがかった光が宿り、青年の手に淡い光が纏う。
剣の柄の鱗が七色に煌めくと、パトはハッと瞳を見開き、その場に崩れ落ちた。
「だっ大丈夫ですか!?」
「……ええ。ごめんなさい。荷造りで疲れたみたい。でも、おまじないは上手く出来たと思うわ。貴方も祈ってくれたのでしょう?」
「えっと。はい。……具合が悪いなら、出発を遅らせますか?」
「いいえ。急ぎの用なの。いつもの……お願い出来ますか?」
「はい。今回はエテですよね。サンドル様から仰せつかっております。二日で着くように風の加護を施しますね!」
パトは青年に微笑み掛けると、馬車に乗り込んだ。
馬車の後方で青年が呪文を唱える。
パトは風の加護を感じると、馬に鞭を打った。
「お気をつけて~」
青年の声が遠くに聞こえた。
パトは青年の声を背中で聞き、手綱を握りしめた。
そして、剣に触れた時に見た光景を思い起こす。
パトは、剣の柄が煌めいた時、ある光景を目にしていた。
ルナールの里が燃え、火の海と化した光景を。
そしてそれを前に、愕然と立ち尽くす自分の姿を。
しかし、何故自分が見えたのか。
あれはあの剣から見た光景だ。
剣を手にしていたのは、誰なのだろうか。
パトは、はやる気持ちを抑えながら、馬に鞭を打つ。
「ルナールが……。早く、早く行かなくちゃ」




