表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第三部 蒼き湖の街エテへ
89/166

第三十七話 二つの剣

 カシミルド達一行は、東のエテへ向けて馬を進めていた。

 リリィに教えてもらった方角へ、道無き森を進んで行くと、程なくして街道へ抜けることができた。

 この辺りの街道は、森と崖の間にほっそりと延び、暫くの間、それが続くらしい。


 左手の森には野生の獣が多く棲み、特に夜の森は危険なのだそうだ。

 右手の崖下には、似たような森が広がり、崖の高さは五十メートル以上ある。


 ここからもし落ちたらと思うと、カシミルドは心臓がヒュッとした。


「シエルさん。道幅狭いですけど……大丈夫ですか?」


「高いところ苦手か? 馬に乗ってると狭く見えるかも知れないけど、これぐらい大丈夫だ……変な魔法使うなよ」


「……はい」


 カシミルドは早速シエルに釘を刺された。

 クロゥはカシミルドのフードから顔を出し、耳元で囁く。


「もし落ちても大丈夫だろ? 俺様が飛び方、教えてやったじゃん」


「あれは、上へ飛んだんでしょ? もし落ちたら……魔法なんて無理だよ……」


 カシミルドは、考えただけでも足がすくんだ。


 後ろでコソコソ会話するカシミルド達に、シエルは苛々しながら吐き捨てる様に言った。


「余計なこと考えてないで掴まってろよ。それと、今日は野営だからな。順番で見張りに起きることになるから、覚えとけよ」


「はいっ」


 カシミルドはシエルに言われて思い出した。熱で倒れる前に、テツから野営の説明を受けていた。


 確か、レーゼとテツが交代で見張り、そこにラルム、カンナ、シエル、カシミルドの順で番をすると言っていた。


 カシミルドは夜明け前の番になるが、カンナは大丈夫だろうか。一度寝るとカンナは起きない。


 というか、こういう番って王子自らするものなのだろうか。


「シエルさん。テツさんも見張り、やるんですよね」


「ああ。教官は最低でも二人は視察についてくるんだが、今回は先発隊に人が取られたからな。テツ様が自分もって名乗り出てくださった」


「そうなんだ。僕って四番でしたよね?」


「知るかっ!? 自分の番ぐらい自分で覚えとけっ!……でも、偶数ならテツ様と見張りだな……。俺は……レーゼさんとだ」


 シエルは肩を落とし、ため息を漏らした。


「レーゼさん。優しくて可愛らしい方ですよね?」


「はぁ? 可愛いって……お前、何をどうみたら……」


 シエルは信じられない様子で首を振り、呟いた。


「お前はあの氷の瞳と対峙したことがないんだな……」


「氷……?」


 シエルはそれ以上何も言わなかった。


 カシミルドはふと、自分を捕縛したレーゼルを思い出した。

 確かにレーゼルからは、氷の様に冷たいプレッシャーを感じた。肌を突き刺すような冷たい声色と、気迫。


 しかしレーゼラは、一見近寄りがたいオーラがあるものの、物腰の柔らかさと、悪戯心が垣間見られる。見た目はそっくりでも、性格は全く違うのだと気付くと、中々面白いと思った。


 レーゼラの話をしていたからか、前を行くレーゼラがゆっくりとこちらに振り返った。そして、不適な笑みを二人に向けると、直ぐに前へと向き直った。


「げっ。聞かれたか?……いや、まさかな……」




 ◇◇◇◇




 テツとカンナを乗せた馬は、先頭を走っていた。


 行く予定で無かった筈の精霊の森に寄り、予定は大分遅れている。しかしテツはいつも通り涼しい顔で馬を走らせていた。


 怪我は大丈夫なのだろうか。カンナは疑問に思う。


「あの。テツさん。怪我の具合はいかがですか?」


「ああ。もうほとんど傷はないよ。私は慈愛の天使の祝福を受けているからな。傷の治りが早いのだ。王家の特権だな」


「そうなんですか。祝福を受けている……でも、魔法は使えないんですよね?」


「そうだな。この力だけは拒否出来なかった」


「拒否……?」


 まるで魔法が使えないのが、自分の意思のような言い方だった。


「この辺りは野生の獣が多いからな、怪我が治っていて良かったよ。血の匂いは、獣を引き寄せるからな。……夜は特に注意が必要だ。何か気になったことがあったら、すぐに知らせるように」


「はい!」


 微かに潮風を感じる細い街道を、カシミルド達は順調に馬を進めて行った。




 ◇◇◇◇




 その頃、王都第三王区にて。


 パトは店の前で馬車に荷を積んでいた。

 馬車の荷台に空の樽を敷き詰め、その隙間に布でくるまれた大剣を積み込む。パトの身長程の長さの大剣は、赤い光を纏っている。


 そしてもう一本、布にくるまれた剣を積んだ。

 こちらは一メートル程の両手剣の様だ。魚の鱗の様な装飾が柄に施され七色に光を反射する。パトはそれを大事そうに荷台に積んだ。


 二つの剣は、荷台の樽の隙間に、それぞれ離して置かれた。

 この剣は互いに相性が悪く、反発し合うからだ。


 パトの隣には、教団の制服を着た青年が立っていた。

 そして、荷を積み終えた様子のパトに尋ねる。


「パトさん。準備はよろしいですか?」


「ええ。あの……私、いつも出発の前に、旅が無事に済むようにと、おまじないを唱えるんですけど……」


「おまじないですか?」


 パトは青年を上目遣いで見上げ、耳元でそっと囁いた。


「貴方の……手を握ってもいいですか? 誰かと一緒にお願いすると、効果が増すらしいんです」


 青年は顔を赤らめ、恥ずかしそうに頭をかいた。

 そして躊躇いながらも右手をパトに向けて差し出した。


「ありがとうございます。目を、瞑っていてくださいね」


「はいっ」


 パトは青年の手に左手を乗せ、右手で、先程荷台に積んだ両手剣に手を添えた。

 そして青年に聞こえないように、小さな声で呪文を唱えた。

 パトの青色の瞳に、赤みがかった光が宿り、青年の手に淡い光が纏う。


 剣の柄の鱗が七色に煌めくと、パトはハッと瞳を見開き、その場に崩れ落ちた。


「だっ大丈夫ですか!?」


「……ええ。ごめんなさい。荷造りで疲れたみたい。でも、おまじないは上手く出来たと思うわ。貴方も祈ってくれたのでしょう?」


「えっと。はい。……具合が悪いなら、出発を遅らせますか?」


「いいえ。急ぎの用なの。いつもの……お願い出来ますか?」


「はい。今回はエテですよね。サンドル様から仰せつかっております。二日で着くように風の加護を施しますね!」


 パトは青年に微笑み掛けると、馬車に乗り込んだ。

 馬車の後方で青年が呪文を唱える。


 パトは風の加護を感じると、馬に鞭を打った。


「お気をつけて~」


 青年の声が遠くに聞こえた。



 パトは青年の声を背中で聞き、手綱を握りしめた。

 そして、剣に触れた時に見た光景を思い起こす。


 パトは、剣の柄が煌めいた時、ある光景を目にしていた。


 ルナールの里が燃え、火の海と化した光景を。

 そしてそれを前に、愕然と立ち尽くす自分の姿を。


 しかし、何故自分が見えたのか。

 あれはあの剣から見た光景だ。


 剣を手にしていたのは、誰なのだろうか。

 パトは、はやる気持ちを抑えながら、馬に鞭を打つ。


「ルナールが……。早く、早く行かなくちゃ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ