第三十五話 王都にて
その頃王都では……。
薔薇園にて、リュミエとユメアが淑やかにお茶を嗜んでいた。
リュミエはユメアがいれた紅茶を一口飲み、眉を潜め静かにカップを下ろした。
「ほほほ。ユメア様のように、甘い紅茶ですね」
「あら。カシミルド君は、甘い紅茶がお好きなのですよ? まさか、渋い紅茶をお出ししたのではないですよね?」
ユメアは、自分の方がカシミルドに詳しいと言わんばかりの顔でリュミエを見据えた。
そんなユメアに臆することなく、リュミエは余裕綽々としている。
「カシミルドは、私が出すものでしたら何でも喜んで下さいますわ。私の部屋で、二人っきりで過ごした仲ですから……ほほほほほ」
二人の間に見えない火花が散った。
そんな二人が、何故テーブルを囲んでいるかというと……実はユメアから誘ったのである。
カシミルドをリュミエに取られまいと、リュミエの弱みを握ろうとしていたのだ。
今なら、いつも一緒の氷のように冷たい目をした側近もいない。
またとない好機だ。
じっとリュミエを観察していると、ユメアはあることに気がついた。
リュミエはしきりに右手の人差し指に嵌めた指輪を擦っている。
黄色い小さな宝石の嵌め込まれた指輪だ。
もしや、これは弱みではないだろうか。
「あの……その指輪。素敵ですね」
「え?……ああ。これは、大した物では無いわ」
リュミエはそう言ったが、少々焦りが見えた。
「見せてもらってもいいですか?」
「……ええ」
リュミエは渋々ユメアに右手を差し出した。
ユメアはその白く細い指を両手で受け、リュミエの手をまじまじと見つめた。
爪も綺麗に磨かれ、肌は透き通る程白い。
この人幾つなんだろう。
魔法で若返りでもしているのでは無いだろうか。
「あの。もういいかしら」
「あっもう少し……」
ユメアはリュミエの顔色を伺いつつ、愛想笑いをした。
そして彼女の視線を自分に向けさせると、その隙に素早く指輪を抜き取った。
「へっ……?」
リュミエは急な出来事に驚いた様子だ。
そして次の瞬間、二人は指輪を中心に広がる真っ白な光に視界を奪われた。
ユメアは何が起こったのか分からず、リュミエの手を強く握り返した。
リュミエは手を引き抜こうとしているが、ユメアは離さなかった。
何故だろうか。
さっきより、リュミエの手が大きく固く感じた。
それはまるで兄の様な……男性の手のような感触だ。
やがて光が収まり、ユメアは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
そして、目の前のリュミエを見て、ユメアは首を傾げた。
「え?……貴方……リュミエ様の側近の……レーゼ?」
ユメアはレーゼの手を握りしめていた。
レーゼは顔をひきつらせ、ユメアから自分の手をさっと引き抜いた。
「あの……何故貴方がここに? カシミルド君達と一緒に、東へ行ったのでは? あら? リュミエ様は……? あらら?」
ユメアは状況が飲み込めず右手に持っていた指輪を見つめ考え込んだ。
レーゼは素早く立ち上がると、ユメアから指輪を掠め取った。
「失礼します」
そしてユメアに丁寧に一礼すると教会の方へと足早に去って行った。
ユメアは訳も分からないまま、その場に一人取り残されてしまった。
「今のは……どういう事かしら?」
◇◇◇◇
レーゼルは小さな指輪を握りしめて、薔薇園の一角に身を隠した。
植え込みの隙間から、そっとユメアの様子を伺う。
ユメアは先程と変わらず、ボーッと椅子に腰かけたままだ。
バレてはいない?
レーゼルは右手に持った指輪に視線を落とした。
まさかユメアがこれを奪うなど考えもしなかった。
リュミエに気を付けろとは言われていたが、あんなに行動派なお姫様だったとは思ってもみなかった。
自分は今ここに居てはならない存在だ。
皆、レーゼは一人だと思っているし、今レーゼは視察団に参加し王都を留守にしているからだ。
そして自分はリュミエの影武者をしている。
リュミエの我が儘……いや。願いを叶えるために。
リュミエ不在二日目でこの姿をさらすとは……。
レーゼルは、周りに誰も居ないことを確認すると、指輪を嵌めた。
白い光がレーゼルを包み込むと、その姿はリュミエの姿へと変身した。
「はぁ。バレていないと……信じよう」
リュミエの姿をしたレーゼルは、そう呟くと薔薇園を後にした。
◇◇◇◇
そして、第一王区のとある屋敷にて、真っ昼間からワインを嗜む男性がいた。
その男の膝の上には、やけに布の領域の狭い服を着た、金髪のグラマラスな女性が座っている。
男は、女性の白い太ももに左手を滑らせ、右手に持ったワインをその女性にも振る舞うと、残りを一気に飲み干した。
かなりご機嫌な様子だ。
「やはり、君が調達してくるワインが一番美味だ」
「サンドル様。お褒めに預かり光栄です。視察団後発隊についての情報をとの事でしたが、メンバーの資料をまとめておきました」
「おお。流石……君は素直で美しく、仕事も早いな……そうだ。視察団と言えば……実は、蜥蜴関連の話なのだが。今、特攻部隊がいい仕事をしていてね……」
「特攻部隊?」
「ああ。君には話したことが無かったかね? 我々が取り扱う商品の中でも、魔獣の部位を回収する部隊があってね」
「部位……ですか?」
「ああ。髪や毛皮。角や爪等……色々だよ」
サンドルは女性の髪や肌、そして爪を順に指でなぞり、女性の首元にキスをした。
「あっ。……サンドル様っ」
「良いじゃないか。私は今、気分が良いのだ。いつも魔獣狩りの邪魔ばかりしてきたルナールを、今度こそ追い詰めることが出来るのだから……」
女性の体が強ばった。
その緊張はサンドルにも伝わる。
「ん? どうしたんだ? ああ、そうか……君は確か、魔獣狩りで両親を失ったと言っていたな……」
「……はい。ルナールは……どうなるのですか?」
か細い女性の手や肩が、小刻みに震えている。
きっと、過去を思い出して怯えているのだろう。
サンドルは震える女性を抱きしめると、そのまま抱きかかえて寝室へと運んだ。
「さっサンドル様!?」
「見たまえ。君もルナールが憎いのだろう? 大丈夫だ。ルナールは壊滅する。皆、ただの調度品になるのだよ」
そう言ってサンドルは女性をベッドにゆっくりと下ろした。
そして部屋のあちこちに置かれた調度品に手を向ける。
「この枕にはハルピュイアの羽が詰まっている。絨毯はルーヴの毛皮。セルパン種の皮の靴や鞄……君にもあげようか?」
魔獣から作られた数多の調度品を前に、女性はゆっくりと瞳を閉じた。
「ルナールは、強いです。一筋縄ではいかないでしょう……」
「大丈夫だ。私の息子が東方視察団に参加している。蜥蜴を上手く動かして、合法的にルナールを潰す」
「ですが……」
苦言を呈する女性の唇を、サンドルは自分のそれで塞ぎ黙らせた。
女性は瞳を固く瞑りそれを受け入れる。
「安心しろ。お前の親の仇は、私が取ってやろう」
「……ワインの……ワインの仕入れでエテヘ向かいます。私に出来ることがごさいましたら……」
女性は青い瞳でサンドルを見上げた。
サンドルは笑みを浮かべ、女性の髪をかきあげる。
「そうか。ならば一つ、使いを頼もう。……その前に」
サンドルはもう一度女性に口づけをした。
そして彼女の耳元で囁いた。
「今日も、情報の褒美をやろう……パト……」
「はい。サンドル様……」
パトは瞳を閉じて、サンドルにその身を委ねた。




