第三十二話 転生の扉
クロゥは眉間にシワを寄せ呪文と共に現れた扉を見つめた。
どうやら扉が現れたことに驚いているようだ。
反対にカシミルドは、素直に喜んでいる。
『クロゥ、凄いよ! これが転生の扉?』
『だな。……生で見るのは初めてだぜ』
『この扉ってさ。結局何なの?』
クロゥは扉に近づき、足で扉をつついている。
『あ? まぁ、魔獣界への扉と似たようなもんだろ。作った奴も一緒だし。……こことは別の次元と繋ぐ扉だからな』
『また大雑把に凄い話をするね……クロゥ、このままこの扉が開かなければ、また魂は迷子になって、穢れてしまうんだよね?』
『ああ。在るべき場所へ導かねーとな……』
クロゥは俯いて辛そうな顔をした。
『取り敢えず扉の上に乗って踏んでみたらどうかな!? 意外と簡単に開くかも!』
カシミルドはクロゥを勇気づけるようにそう言うと、湖の底に張り付いた扉の上に立った。
『なあ。それで開いたら、そのまま中に落っこちるんじゃねーか? 転生の扉だぞ? 入っちまったら生まれ変わるぜ? 要するに死ぬぞ』
『えっ? 何それ、死にたくない! じゃあどうしようかな……引っ張ってみるか……あれ? 取っ手がないよ!』
「御主人様。もう少し考えをおまとめになってから行動してみては如何ですか?」
シレーヌの助言を受けて、カシミルドは扉の前に座り込んで頭を捻る。
何とかして開けられないかと考える。
きっとこの扉が開けば、クロゥだっていつもみたいに笑えるはずだ。
◇◇
しかしそんなカシミルドの想いとは逆に、クロゥは暗い表情で扉を見つめていた。
クロゥは目の前に現れた扉をみて、昔のことを思い出していたのだ。
あれは……今から百年前。
◇◇◇◇
「クロゥーー!! 扉開けてよ! また遊びに行こーー!」
木の上で昼寝をしていたクロゥに、元気で溌剌とした少女が声をかけた。
「やーだよーっだ。この前も勝手に扉を開けてたことがバレて、兄様に怒られたし」
「それはクロゥが悪いんでしょーー! ちゃんと扉を閉めておかないからっ」
「だって、閉めるの面倒くせーんだもん。開けるより閉める方が疲れるんだよ。取っ手もねーし、すんげー魔力使うんだぜ?」
「じゃあ、私が手伝うよ!」
そう言うと少女はクロゥの隣に腰かけた。
薄い翠色の長い髪が、クロゥの肌にかかる。
クロゥはそれを照れ臭そうに手で払い、木から飛び降りた。
「手伝うって言っても、グリヴェールには何も出来ねーだろ! ほら行くぞ。扉の向こう側!」
「やったーー! 今日はどこ行く? 私、海行きたーい」
俺はグリヴェールといつも一緒だった。
いつも二人で遊び回ってた。
あの時もそう。
いつも通り好き勝手遊び回って、その後、扉をちゃんと閉めなかった。
俺たちが住む場所と、人間が住む場所を隔てる、大切な扉だったのに。
俺が開けたから。開けたままにしたから……あんな事が起きたんだ。
◇◇◇◇
『クロゥ? どうしたの? ボーッとして』
カシミルドは呆けたクロゥの顔を覗き込んで尋ねた。
やはりクロゥは元気がない。
『あ……っと。何か言ったか?』
『いや。何も……あのさ、クロゥは開け方知ってるの?』
『……どうだかな。俺、これと似たような扉で、遊んでたことがあるんだ。勝手に開けちゃいけない扉だったのに。開けっぱなしにしてて、そのせいで……大切な人達を失った。……俺。多分、扉を開けるのが怖いんだ』
『大切な人……? それは何の扉だったの?』
『…………』
クロゥは何も答えなかった。
大切な人を失ったってクロゥは言った。
思い出したくないことなのかもしれない。
『ごめん。転生の扉を……開けてみたことはあるの?』
『ん? ああ……でも出来なくて。俺は逃げてばっか……一番の友達にも見放された。自分が悪いのは分かってるんだ。今も、カシミルドなら出来るかもって、ぜーんぶお前に押し付けようとしてる……のかもしれない……』
クロゥは俯いて、その場にしゃがみこんだ。
カシミルドはその姿に胸を痛めた。
こんな顔させたくて聞いたわけでは無かったのに。
クロゥに元気になって欲しかっただけなのに。
どうしたらクロゥは元気になるのだろう。
カシミルドはクロゥを励まそうと言葉をひねり出そうとした。
『出来ないことは……出来ないでいいんじゃないかな? 出来る人がやればいいんだよ!』
『はあ? でも……』
『でも? 僕に出来る気もしないよね。だけど、僕に押し付けられることなら……押し付けていいよ。クロゥは僕の大切な家族なんだから、頼ってよ。クロゥは一人なんかじゃないよ?』
『…………』
クロゥは今にも泣きそうな顔をした。
湖の中なんだから、泣いたってバレないのに。
必死で我慢してる。
クロゥはきっと、ずっと孤独で寂しかったんだと思う。
僕じゃその寂しさは埋められないかも知れないけれど。
出きる限りのことをしたいと思った。
家族として。
『でもさ、僕にも出来なかったら、笑って許してね……この扉、開ければいいんでしょ?』
『ん? まぁ、そうだけど……』
カシミルドは不敵な笑みを浮かべ、転生の扉に手をかざした。勿論、扉を開ける為だ。
その瞳に金色の光を呼び込み、意識を精霊に委ねる。
輝きを取り込んだのは、その瞳だけではない。
指先も、髪の毛一本一本も、そして湖全体が金色に輝きを放った。
◇◇
クロゥは、その様子を緊張した面持ちで眺めていた。
この魔力の振動、威圧感、この後何が起こるか想定できた。
自分はこのまま見ているだけでよいのか悩み、心の中でカシミルドの背に問いかけた。
その背中は、自分がずっと憧れていた兄の背中に重なって見える。
目の前の少年は、兄では無いと分かっているのに、期待してしまう。
頼っていいと言われたら、頼ってしまいたくなる。
弱い自分が恥ずかしい。そんな自分が嫌になる。
こんな自分でも、家族といってくれるのか?
俺は一人なんかじゃないって思ってもいいのか?
湖中の精霊達が、カシミルドの魔力で満ちていく。
こんなに一気に魔力を放出して……。
多分また、ミラルドの呪印を破ったんだろうな。
「クロゥ様は見ているだけでいいのですか?」
シレーヌがクロゥに疑問をぶつけた。確かにカシミルドに無理をさせるのは危険だ。俺は扉に向かって己の魔力を送ろうとしたが、右手の震えが止まらず断念した。
『情けねーなぁ……』
◇◇
カシミルドは、湖全体に命の精霊を感じると、詠唱を始めた。
今度は女性ではなく、男性の声が頭の中で呪文を唱えている。何だか偉そうな呪文の唱え方だ。
誰かに似ている気がする。そうだ、クロゥに似ている。
『命の精霊よ。我に従え。開闢より紡がれし黄泉への扉……我が権限により開きたまえ。迷いし魂を安寧の空へと解き放て……』
カシミルドは転生の扉に向かって手をかざすと、ゆっくりとクロゥに視線を送った。
自分の唱えた呪文を聞いていたか? と言わんばかりの顔をしている。
そしてその瞳は鋭く、クロゥはそのプレッシャーに負けじと、奥歯を噛みしめ拳に力を込めた。
扉はゆっくりと湖の底へ向かって開かれた。
周囲が畝り、浄化された魂が光の奔流となって扉の中へと吸い込まれていく。
不思議と、水は吸い込まれない。
カシミルドはそれを無表情で見ていた。
そして、らしくない顔のまま、クロゥに向かって口を開いた。
『クロゥ。次はお前が扉を開け……』
『!!』
その声はカシミルドから発せられたが、クロゥには別人の様に聞こえた。
そう聞こえただけかもしれないが、シレーヌも同じように感じた様子だ。
「クロゥ様。カシミルド様は……」
『やっぱり。俺じゃなくて……カシミルドなら……でも。だったらどうしたら……』
クロゥが悔しそうに頭を抱えた瞬間。
カシミルドの体が扉へ向かって倒れ込む姿が見えた。
瞳は固く閉じ、先程まで溢れていた魔力も光をなくし、意識もないように見える。
『カシミルド!』「御主人様!?」
クロゥもシレーヌも、カシミルドへ手を伸ばす。
シレーヌは咄嗟に呪文を唱えた。
「水よ、巻き上がれっ! クロゥ様! 扉を閉めて下さい。私が水流を操って時間を稼ぎますっ」
『あっ、そっか……命の精霊よーー』
クロゥは早口で詠唱する。
開ける時と違い、不思議と手の震えは起こらなかった。
これなら。出来る……。
クロゥはカシミルドが呼び込んだ精霊に、己の魔力を注ぎ込んだ。
するとまた、湖全体が金色の光に包まれた。
今度はクロゥの魔力に呼応して。




