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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第二部 精霊の森
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第三十話 穢れた湖を前に

 静まり返る精霊の森に、一石を投じたのはリリィだった。


「はははっ。カシミルド、お前はオンディーヌに似てお子様だなっ」


 リリィは、不穏な空気を打ち消すように大声で笑った。

 カシミルドもカンナもリリィの輝かしい笑顔に、先程までの会話の内容が吹っ飛んでしまった。

 カシミルドは恥ずかしそうに顔を赤くさせる。


「リリィさんっ。お子様って……そんなに笑わないでください!」


「仕方なかろう。オンディーヌと同じく、カシミルド……お前も穢れに負けておるぞ? 自分でも分かっているだろう?」


 カシミルドは湖に視線を向ける。

 やはり、底の方に何かいる。


「言葉とは厄介な物だ。たとえその言葉が本心であっても、そうでなくても、それを耳にした者の心にはその言葉が、そのままその意味で刻み込まれる。だから、カシミルドも、無闇な言葉は口にしてはならん」


「そうだよ。カシィ君……」


 カンナが潤んだ瞳でカシミルドを見つめた。


 カンナは僕を必要としてくれている。

 この気持ちに答えたい。カシミルドはそう思った。


「私には子供はおらぬが、人殺し等と、お前の母が聞いたら……さぞ悲しむであろうな。自分のせいで子に罪を背負わせるなど……命を賭して、お前をこの世に送り出した母が、そんな事をしたかった筈がないであろう?」


 リリィがそう言うと、後ろでずっと黙っていたルミエルが恥ずかしそうに、でもカシミルドを励ますように話し始めた。


「私……も、子供はいないけど、赤ちゃんの頃から育てた子がいるんですの」


 そういえば、リュミエは孤児院を開いていたそうだ。

 ルミエルもそこで育ったのかもしれない。


「ある日その子が、私の不注意で怪我をしてしまいましたの……幼かったから命に関わるものでした……私は本当の母ではないのですけど……あの時は本当に生きた心地がしませんでしたわ。私の命を与えても構わないとまで思いましたもの。ですから……カシミルドのお母様は……きっと、貴方にそんな風に思って欲しくないと思いますわ」


 ルミエルはリリィと目が合うと、クルリと後ろを向いて顔をそらした。


「まさかルミエルがそんな経験をしていたとは……。良いことを聞かせてもらった。ーーカシミルド。穢れた魂も、生前は憎しみだけで生きていた事などない筈だ。彼らの声に耳を傾け、浄化して欲しいが……言葉に縛られては駄目だぞ?」


 カシミルドはハッと目を見開いた。


 ーー声に縛られては駄目よーー


 海の上でも誰かに言われた。

 あれは……リリィさん? それとも……。



「では。お喋りはここまでだ。カシミルド! 気は落ち着いたな? 早速であるが、行ってみよう!」


 リリィはオンディーヌを体から引き剥がし、湖の縁にカシミルドを案内した。


 カシミルドはそっと湖を覗き込む。

 近くで見ると、水面の輝きと対照的に、底の見えない程に淀んだ湖に息を飲んだ。


「あの……。これから僕は……?」


「ふふふ。この湖の穢れを祓って参れ。ーールミエルは光。闇を追い払うことは出来ても、消すことは出来ない。闇と己を混ぜ、浄化出来るのは黒の一族のみだ。我が家に泊まった宿代だぞ」


 クロゥはカシミルドのフードから飛び出し、人型に変化し湖の縁に降り立った。

 そしてカシミルドを横目でチラリと見て、湖に視線を反らした。


「俺も行くぜ。俺に穢れは祓えねぇけど……転生の扉、ついでに拝みに行ってやる」


 クロゥは自分と向き合う覚悟を決めたようだ。

 その後ろで、カンナは拳を握りしめ、カシミルドにエールを送る。


「カシィ君! 頑張って!」


「うん!」


 最近カシミルドは、ベッドで寝込んでばかりだった。

 それに、穢れを前に簡単に感化されて弱音ばっかり吐いてしまった。


 カシミルドは心に誓った。

 自分を東へ導いてくれたテツの為にも、少しぐらい役に立つことを証明したい。

 リリィさんの期待にも答えたい。

 クロゥの不安も打ち消してやりたい。

 それに、カンナにも良いところを見せたい。


 ーーあれ? 僕ってこんなに欲張りだったんだ。


「よし! 湖の穢れを……穢れを? カンナ!? 叔父さんがやってたの見たって言ったよね! 穢れた魂を浄化するのってどうやるのかな?」


「え? カシィ君、さっきラルムさんにやってたよね?」


「あー。あれは、穢れた気に当てられていただけだから……穢れの元を浄化するのとは違うと思って……」


 カンナは叔父さんがしていたことを思い出す。

 しかし、先程の魔法と何が違うのか何も思い当たらなかった。


「う~ん。ごめん。わかんないや……」


「そっか……」


 カシミルドはクロゥに目をやるが、反らされた。


 どうしたものか。またあの声は聞こえるだろうか。

 湖の縁でカシミルドが考え込むと、リリィは後ろでため息をついた。


「づべこべ言わずに、さっさと行け!」


 リリィはカシミルドの背中を思いっきり足で蹴り、湖へとふっ飛ばした。


「えっ!?」


 カンナとルミエル、そしてクロゥも驚き、湖に沈んでいくカシミルドを呆然と目で追った。


「リリィさん!?」


「リリィさん!? ではない! お前も行け! クロゥ!」


「ゲッ!」


 リリィはクロゥもカシミルド同様、湖に蹴りおとした。

 カンナは心配そうに湖を見つめる。


「うわ~。大丈夫かな……」


「リリエル……私のカシミルドに何て事してますの?」


 ルミエルはリリィを睨み、そして隣のカンナを見た。

 この女はいつもフェルコルヌ臭い。

 ルミエルはこの匂いが嫌いだった。


「あなた。またフェルコルヌと一緒ですの? まあ、いい心がけね。カシミルドが怪我した時はよろしくね」


「え?……あ、はい……」


 カンナはペシャンコのポシェットに手を当てた。

 そうだ。メイ子を置いてきてしまった。

 もしカシミルドが怪我でもしたらどうしよう。


 しかしふと、脳裏にユメアの顔が浮かんだ。

 カシミルドは、ユメアの加護石を持っている。


 それに、メイ子なら一瞬でここまで来れるのかも知れない。

 カンナは両手を握りしめて、湖を見守った。


 そんなカンナの隣に、オンディーヌがフワリと近づいてきた。

 そしてカンナの瞳をじーっと見つめる。


 人間嫌いかと思ったが、そんな事もない様子だ。

 オンディーヌのとても澄んだ瞳で見つめられた。


「お前。綺麗な瞳をしているな。さっきの男と兄妹か?」


「兄妹!? 違います。ただの幼馴染です!」


「そうなのか? 同じ匂いがするのだが……その腰の短刀は……」


「カンナ!? あなた、カシミルドと幼馴染ですの?」


 オンディーヌの言葉を遮り、ルミエルが興奮気味で割り込んだ。

 カンナを睨み付け威嚇してくる。

 何か不味いことを言ってしまったようだ。


「え……一応そうですけど。小さい頃だから……ずっと会えなかったし。カシィ君の事は知らないことばかりで……」


「……ならいいんですの……」


 ルミエルはまじまじとカンナを見た。


「可愛げのない焦げ茶色の髪と瞳。そしてフェルコルヌの匂い……獣臭いわね。……で? カシミルドと幼馴染? 目障りなポジションね。……ユメアはカシミルドに色目ばかり使うけど……この女は何かしら。こいつも邪魔者?」


 カンナの背後でルミエルが呟いている。

 気不味い雰囲気が四人を取り囲む。


「ルミエル。心の声が駄々漏れだぞ? はしたない」


 リリィの助言にルミエルは顔を真っ赤にして反論した。


「な、ななな何ですって? い、良いじゃない! 私が何を考えていようと! リリエルは誰かを好きになった事が無いから、そんな事を言えるんですわ」


 カンナはルミエルの言葉に顔を俯かせた。

 ルミエルがカシミルドに固執していることは分かっていたが、本当に好意があったのだと、思い知った。


 ユメアと違って、カシミルドは何故かルミエルに冷たい。

 だから、何となく余裕があった。


 自分の方がカシミルドを……。

 カンナは首を横に振る。また自分は何を考えているのだ。

 カシミルドは湖の底で頑張っているというのに。


 しかし、後ろの二人は色恋沙汰の話で言い合いをしていた。


「私も愛は知っているぞ? 私は精霊を愛している」


「それ。私が紅茶を愛していると言うのと一緒ですわ」


「違うぞ!? 精霊を紅茶と同等に扱うでない!」


「そうよ。そうよ~」


 オンディーヌもリリィに加勢するが、ルミエルに睨まると、肩を竦めてカンナに身を寄せた。


「オンディーヌを睨むでない。私はオンディーヌの様に、無垢で純真で、そして世界を美しく彩る精霊達を愛しているのだ。私は精霊を見守るためにこの生を捧げると誓った。ーールミエルはどうなのだ? もしアレが他の女を選んだらどうする? 真にアレを愛しているのなら、喜んでアレの幸せを祝福できるだろうなぁ?」


「やっぱり、リリエルと話しても平行線ね。綺麗事ばかりで大嫌い。いつも自分の意見が正しいって顔して、押し付けて。私だって一度は……でも、二度目はごめんですの」


 ルミエルはそう言い捨てると、皆から少し離れた湖の縁に腰かけた。

 もう話しかけるな、というオーラが出ている。


 その時、静かだった湖の中心から波紋が広がった。


「始まったな……」


 リリィが湖に向かって呟いた。





 湖の対岸に、一人の男性が立っていた。

 深くフードを被り、顔は見えないが、フードの端から黒髪が垂れている。


 湖の波紋を見て、男性は慌ててフードを取り、目を凝らした。

 黒い瞳と黒髪が露になる。年は三十オーバー。

 顎には無精髭が生えている。


「あれは……」


 男性は不安げに空を見上げた。

 そして、空中の一点を見つめて頷いた。


「そうか……カシミルドか……」


 そう呟くと、彼は手に持っていた水晶を湖に投げ入れ、その場に腰を下ろした。








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