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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第二部 精霊の森
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第二十八話 懐かしい森


 朝食を終え、カシミルドはカンナと二人でリリィの部屋を訪れる。スピラルが心配そうな顔をしていたが、レーゼさんに任せる事にした。


 部屋の中には、やはりクロゥがいた。

 窓枠に腰掛け、外をじっと見ている。


 いつもなら、「よっ!」とか声を掛けて来るのに。

 カシミルドの存在に気づいているだろうに、無表情のまま、こちらに顔すら向けないでいる。


 リリィの部屋は、白を基調とした明るい室内だった。

 しかし、独特の緊張感が漂っている。


 ふかふかのソファーに案内されたが、それとは対照的にカシミルドの体は強張った。

 カンナはというと、もっと緊張していそうだ。


「カンナ。大丈夫?」


「ふぇ!? うん平気」


 カンナの固い表情とぎこちない返事。


 最近カシミルドはある事に気が付いた。

 恐らくカンナは、キラキラしたものに弱い。

 レーゼやルミエル、そしてリリィに対しては特に、畏まった態度を取る。


 こういう時、いつもカンナはカシミルドの服の裾をギュッと握りしめている。頼りにされているようで、結構嬉しかったりする。


「して、カシミルドと言ったな。もう具合は良いのか?」


「はい。部屋を貸して頂いてありがとうございます」


「良いのだ。きっとお前がここに来ることは定め。何かに導かれたのだろう。えっと、お前は……」


「カッカンナです!」


「ふむ。カンナだな。二人とも会えて良かったな。ーーさて、早速森へ行こう。ここで話すより見た方が早い。覚悟は良いな?」


 リリィは晴れやかに尋ねた。

 いきなり覚悟を問われて、カシミルドは戸惑った。


「えっと……どんな覚悟ですか?」


「……精霊と向き合う覚悟だ。対話すれば良い。難しく考えずと良い。あの娘にした様に、穢れを祓って欲しい。そして、魂を導いてやっておくれ……後は森を歩きながら話そう」


 リリィはそう言って直ぐに立ち上がった。

 意外とせっかちな性格のようだ。


「クロゥ。行くよ」


 リリィの言葉を受けて、クロゥは黒鳥に変身しカシミルドのフードに潜り込んだ。


「クロゥ? 元気ないけど……大丈夫? 僕がまた、迷惑かけたから? あっタルトが甘くなかったから?」


「どれも違う。気にすんな……わりぃな」


 クロゥは顔も出さずにフードの中で呟いた。

 やはり、様子がおかしい。


 部屋を出るとき、リリィは何故か窓を選んだ。

 不思議そうに見つめるカシミルドとカンナの視線に気付き、リリィは微笑んで答えた。


「こちらの方が近道なんだ」


 リリィはやはり、せっかちな性格のようだ。



 ◇◇◇◇



 窓から出る時、リリィはカンナに手を貸してくれた。

 カンナはその細く長い指に触れ、緊張した。


 美しいからだけではない。

 この人に逆らってはいけないような威圧感がある。

 間近で見るリリィの瞳は宝石の様にキラキラしていた。


「カンナ。欠片はお留守番か?」


「欠片?」


「知らないのか……まぁ良い。もし、オンディーヌと喧嘩になったら、手当ては頼むぞ?」


「はい」


 欠片? とは何だろうか。


 さっきも言われた気がした。


「カンナ? どうかした?」


 カシミルドがカンナの顔を覗き込む。


「大丈夫! 行こう!」



 ◇◇◇◇



 森の前ではルミエルが待ち構えていた。

 オンディーヌがどうのこうのと、リリィは文句を言っているようだったが、ルミエルは半ば強引に付いてくることになった。

 


 リリィを先頭に、カシミルドは初めて精霊の森に足を踏み入れた。

 初めて来た筈なのに、懐かしさを感じる。

 故郷の森に似ているのかもしれない。


 この森は、大きく育った木が多く、寝るのに丁度良さそうな根っこが沢山ある。木の根ばかり見ているカシミルドとは対照的に、カンナは上ばかり見ていた。

 カンナは寝心地の良さそうな枝を探しているのだ。


「カンナ。丁度いい枝あった?」


「うん! って、私、そんな顔してた?」


「してた。この森、何だか懐かしいと思わない? ミヌ島の森に似てるからかな?」


 カンナは辺りを見回した。巨木ばかりの森だ。

 樹齢は千年ぐらいありそうだ。


 木にはふかふかの苔が生え、枝には鬱蒼と葉が生い茂る。

 ミヌ島の森よりも、深く長い時の流れを感じさせる森だ。


「そうかな? あんまり似てないよ」


 そうこう話していると、カシミルドか急に足を止めた。

 何かを探すように遠くに目をやる。


「声が……する。これは……誰?」


「カシィ君?」


 リリィも立ち止まりカシミルドに近付いた。


「聞こえるのか? 私には聞こえないのだ。だからこそ断言できる。それは死者の声だ」


「死者?」


「ああ。死んだ者の魂は、命の天使に導かれ、新しい命へと生まれ変わるために、転生の扉をくぐるのだ」


 リリィは淡々と話続けた。クロゥがカシミルドのフードの中でモゾっと動いた気がした。


「しかし、たまに迷子になる魂がいるのだ。地上に残され迷い、輝きを失い、気が枯れ、魂は徐々に穢れていくのだ」


「その穢れを祓うことが、黒の一族の役目なんですよね」


 カシミルドの言葉にクロゥはビクッと顔を上げた。


「カシミルド……知ってたのか?」


「さっき知ったばかりだけどね……」


 カシミルドはラルムの穢れを祓った時を思い出した。

 そして、あの時の女性の声を頭の中で再生する。

 やはり、心地いい。


「知っておるなら話が早いな。それがお主ら人間の役目だ。しかし昨今、転生の扉をくぐれない魂で溢れておってな……」


「何故ですか?」


「扉が閉まっているからだ」


「転生の扉……ですか?」


「ああ。本来その扉を開ける役目を担う者がいるのだがな。現行不在でな……」


「それも、黒の一族の役目なんですか?」


「いや……違う。それは……」


 リリィが言葉を濁すと、クロゥがフードから顔を出した。


「それ、俺の役目なんだ。あーっと……黒の一族に使える黒鳥の俺様が、引き継ぐ役目。でも俺は……」


「へっ? クロゥが?」


 カシミルドは、クロゥが自分の事を話していることに驚いた。カンナもクロゥをまじまじと見つめた。


「転生の扉……生まれ変わる? 天使の導き? まるでお伽噺みたいだね! クロゥは、扉の番人みたいな感じってことかな?」


「おー? それだ。カンナちゃん流石」


「クロゥ……だから元気ないの? 扉を開けるのは、難しいの?」


「ん。俺じゃ無理なんだよ。だから……扉を開けられる者を探してる」


 クロゥは小さな金色の瞳でカシミルドを見つめた。


 そんなクロゥの頭をリリィは人差し指で優しく撫でた。


「クロゥ。そう重く取るでない。穢れを祓ってくれるだけでよい。穢れたままでは、どのみち転生の扉をくぐれないのだ」


「だから黒の一族は、各地で穢れを祓っているのかな?」


「そうだよ。カシィ君」


 カンナが当たり前の様に答えた。カンナは知っているのだ。

 黒の一族なのに。知らないのは自分だけ。


「いつも、僕は何も知らない。すべき事も、自分がしている事すらも……知らない」


「ふふふっ少年は……いや。カシミルドは、知らないと言うことを知っているのだ。案ずることはない。必要なことは、時がくれば自ずと知るものよ。ーーゆっくりと。自身の歩幅で進みたまえ。な? クロゥ?」


「はい。リリィさん」


 クロゥは小さく頷いた。

 カシミルドは、クロゥを見て思う。


 クロゥはリリィさんには従順だ。

 凄く懐いているみたいに。でも少し分かる。


 カシミルドはリリィを不思議そうに眺めた。

 リリィは一緒にいると、安心する。

 リュミエの姉だそうだし、似ているけど、全く違う。

 とても優しい眼差しを僕に送る。

 この人は……人?


「リリィさんって何者なんですか?」


「ん? いずれ時が来ればわかるさ。ほら? 聞こえてきたぞ?」


 リリィは森の中心に目を向けた。


 耳を澄ますと、女性のすすり泣く声が聞こえる。


 カシミルドとカンナはリリィの後を追い、声のする方へと足を進めた。ルミエルもその後ろをゆっくりと付いていった。


 



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