第二十七話 魔法拒絶体質
カシミルドとカンナ、そしてシエルは、リリィの家の一階で朝食を並べていた。
昨夜同様豪華な食事に、カシミルドは目を丸くする。
全て、リリィの手作りだそうだ。
そこへテツとルミエル、そしてスピラルとレーゼが帰って来た。
どうやら無事に会えたようだ。
カンナはスピラルの帰還を喜んだ。
「良かった。スピラルちゃん。それに皆さんも……テツさん!? 怪我してますよ!」
「ああ。大したことはない。ラルムはどうだ?」
テツの問いに、シエルは顔を曇らせ答えた。
「部屋で……塞ぎこんでます。テツ様。先程はありがとうございました」
「そうか無事でよかった……。後で顔を見に行くよ。ーー私も少し部屋で休む。皆は食事にしてくれ」
テツは脇腹を押さえて二階へ上がろうとする。
カシミルドはテツの後ろ姿に声を掛けた。
「あっ。テツさん。色々ご迷惑おかけしました……怪我なら、メイ子にーー」
「カシミルド君。いいんだ……自分で手当て位できる。それと……。私は魔法が使えないんだが……それだけでは無いんだ」
皆が手を止めテツを見た。テツは意を決して話し始める。
「私は、魔法拒絶体質なんだ。魔法は使えないし、魔法を受け付けもしない。術者と精霊の繋がりを断ち、魔法を無効化したり、弾く事もできる。だから、メイ子君の魔法も効かない。……先に話しておくべきかとも思ったのだが、城では話したく無かったのでな……」
シエルは、ルミエルと対峙した時、そしてオークションでの出来事を思い出し納得した。
反対にルミエルは納得のいかない顔だ。
いくら拒絶体質といっても、自分の超高等魔法を意図も簡単に弾かれるのは、解せない。
というより、魔法拒絶体質など、初めて聞く言葉だった。
カシミルドはシエルと同じく、納得したように頷いた。
「だから僕の暴走を止められたんですね!」
「ああ。地下でのあれは……やはり力を制御出来なくなっていたのだな……」
テツはあの時のカシミルドの重い魔力の畝りを思いだし苦笑いした。
カンナはそれならばと名乗り出る。
「あの。私、手当て、手伝います!」
テツはカンナに薬草を渡すと、二人で二階へ上がって行った。
◇◇◇◇
二階にて、ラルムは一人ベッドで丸くなっていた。
今日、自分がしたことを振り返る。
瞳を閉じれば、黒い湖が浮かび上がる。
冷たいオンディーヌの手、瞳。
思い出すだけで身がすくみ、体と心が冷えていく。
憧れの水の大精霊、オンディーヌ。
自分はそのオンディーヌから、憎しみの対象として攻撃された。拒絶され、殺されそうになった。
まだ現実なのか信じ難い。でも。夢じゃない。
精霊への憧れ、そして幻想が崩壊し、失望と恐怖が心を支配していく。
ラルムは大粒の涙を溢した。
いつまでも枯れることのないその涙を、そっと隠すように枕に顔を埋めた。
◇◇◇◇
隣の部屋では、テツがカンナに薬の作り方を教えている。
手際の良いカンナを見て、テツは感心していた。
「カンナ君は、何でもそつなくこなすな」
「いえっ。そんな事は……あの。これどうしますか?」
「そっちの薬草は湿布用だ。それは傷薬になる」
「成る程。葉っぱによって違うんですね!」
テツはカンナがすり下ろした薬草に小麦粉を混ぜ布に貼り付け湿布を完成させた。
カンナはその横で、傷薬となる薬草をすり下ろす。
脇腹の切り傷は大して深くなかった。
しかし、上着を脱いだテツの背中や胸は痣だらけだった。
「あの……何があったんですか?」
「さあ? 精霊の暴走……とでも言ったら良いのか? 詳しくはルミエル君に聞いてくれ。ーーただ、この痣はルミエル君のせいだ……」
「えっ?」
「ははは。冗談だよ」
テツは微かに笑いながらそう言った。
何故だか冗談には聞こえなかった。
カンナはテツの大きな背中に湿布を乗せた。
テツは体を鍛えているのだろうか。
筋肉トレーニングを生き甲斐としている、宿屋の主人、ヴァニーユおじさんの様に、引き締まった体をしていた。
カンナは自分自身あまり怪我をしないため、怪我の手当ては初めてだったが、テツの教え方が上手く、問題なく手当てを終えた。
しかし、テツは医学にも精通しているとは、本当にただの王子様では無いな、と思う。
「テツさん。薬を作れるなんて凄いですね!」
「そうか? 私が魔法を使えれば、こんな傷すぐに治せただろうな……」
「……」
確かに。王家の者は、癒しの魔法が使えるそうだ。
カンナは魔法を使えないテツに酷いことを言ってしまったと思い、言葉を失う。
「ははは。少し意地悪を言ってしまったな……。昔、父や兄に。いや、父や兄のような存在だった人に教えて貰ったんだよ。皆、医者だったから」
「そうなんですね。テツさんはお知り合いが多いんですね。さすが王子様」
テツはその言葉を聞くと、小さく息を吐いた。
「王子か……名前だけだがな。私は魔法も使えないお飾り王子。他国との政治にも使えない……国内ですら、誰からも必要とされない。そんな存在だよ」
「そんな……皆、テツさんの事頼りにしてますよ? 私達にとってテツさんの存在はどんどん大きくなってます。カシィ君もそうだと思います。テツさんだから、付いてきたんだと思うんです。他の方の誘いなら……きっと、夜の内に空でも飛んで逃げちゃってましたよ!」
「はははっ。カシミルド君ならやりかねないな。ーー本当に君たちは不思議な子だよ。もしかしたら、前世で出会っていたのかもな……」
テツは寂しげにそう言うと、シャツを羽織り服を整えた。
前世……。
何となくカンナはその言葉が胸に残った。
前世なんて考えたことも無かった。
テツはとてもロマンチストなのだと驚く。
周りをよく見ていて、落ち着いていて現実的で大人だな、と思っていたが。
それだけではないのかもしれない。
年齢に見合わないほど落ち着いた人。
魔法拒絶体質も、受け入れて動じない。
でも、何処か夢を見ているような、そんな事を呟く。
不思議な王子様。
「どうかしたか? そうだ。これを借りていた」
テツはカンナに短刀を差し出した。それは七色に輝く。
「あ。パトさんの……」
「勝手に借りてすまないな。もしかしたらと思って借りたんだ。それのお陰で助かった。ーーさあ。私はラルムの様子を見てから下へ降りる。先に行っていなさい」
「はっはい!」
カンナは腰に短刀を差し、テツに言われた通り部屋を出て一階へ向かった。
テツと話しやすいのは、前世でもこんな風に仲間だったのかもしれない。
そう思うと、何となくしっくり来た。
じゃあ。カシミルドとは……。
カンナは恥ずかしくなり顔を横に振って、妄想を消し去った。
◇◇◇◇
一階では静かに朝食の時間が始まろうしていた。
カシミルドの隣には、ぴったりとルミエルがスタンバイしている。
そしてその向かいにはスピラルとシエル、レーゼもいる。
メイ子はアヴリルと、部屋でラルムを見ていてくれるそうだ。
リリィはカシミルドの隣に腰かけた。
テーブルの上にはご馳走だ。
昨日の昼食から何も食べていないカシミルドは空腹だった。
「どうぞ。召し上がれ」
リリィに促され、カシミルドは意気揚々と手を合わせた。
「いただきます!」
パンやシチューもあるのだが、カシミルドは速攻でタルトに手を伸ばした。
そして大口を開けて一口食べて。
……勢い良く吹き出した。
「ゴホッゲホッ……」
「大丈夫か?」
その様子にリリィは心配そうに声を掛け、ルミエルは無言でカシミルドの背中を擦った。
他の者は理由が分かっているのだろう。
平然とそれを見守った。
カシミルドは涙目で悲観する様に言った。
「な、何で……タルトがしょっぱいんですか!? フルーツが乗ってるのに……全っ然甘くない!!」
リリィは不満そうに首を傾げる。
「うーん。何故皆、同じ事を聞く? 美味しいからに決まっておるだろう?」
リリィはそう言うと静かにスープをすする。
そして満足そうな笑みを浮かべる。
カシミルドもリリィと同じ様にスープに口を付けた。
今度は恐る恐る。
野菜たっぷりのスープは、これでもかと言うほどに甘かった。
こんな甘さをスープに求めてはいない。
「甘っ……」
「だろう。美味だ」
「…………」
普通なのはパンだけであった。
カシミルドは改めて食卓に並んだご馳走を順に見た。
見た目の美しさから、タルト、スープ共に期待が高かった。
しかし、その分裏切られた時の落胆は半端無かった。
タルトに例えるのは申し訳ないような気もするが、ラルムも同じ様な気持ちになったのではないだろうか。
水の大精霊とは、どんな存在なのだろう。
カシミルドは、タルトを見つめながらそんな事を考えていた。
ボーっとタルトを見つめるカシミルドを見て、リリィは急に思い出したようにスプーンをテーブルの上に置いた。
「そうだ! 少年。後で精霊の森に付き合ってくれないか?」
「えっ? 精霊の森ですか?」
「ふふっ。そう。精霊の森だ。野暮用を済ませに行く。私の家に泊まった宿代だと思って真摯に勤めたまえ」
精霊の森に野暮用? 何だろう。
「あっ。果実を採りにいくんですね! それなら得意です」
カシミルドは自信満々だったか、リリィは口を尖らせた。
「たわけ。オンディーヌに会いに行くのだ」
シエルは驚いてリリィを見た。
「な……あんな危険な奴に……まさか。こいつに倒させる気かよ」
リリィは眉を吊り上げ、怪訝そうにシエルを見た。
「倒す?……そんな事をする訳がなかろう。オンディーヌは心の綺麗な精霊なのだ。勝手にオンディーヌを呼んで怒らせたのは、あの娘だろう?」
シエルはラルムの事を話題にされ、リリィを睨み付けた。
「なんだ。少年。そう睨むな……私は精霊が好きでここでくらしておるのだ。愛すべき精霊を倒すはずがなかろう。……だから、そこの少年に救ってもらおうと思うておるのだ。黒の一族として……少年の宿命だ。よいか?」
リリィはカシミルドに尋ねた。皆不安そうな顔をしている。
こんな時、クロゥなら何と答えただろう。
しかし、カシミルドの答えは決まっている。
多分、自分はこの為にここへ来たのだ。
きっと、そうに違いない。
「行きます。僕もオンディーヌに会ってみたいです。それに、一族の宿命とまで言われて、無視も出来ません」
「私も行きます!」
丁度二階から降りてきたカンナもリリィに言った。
リリィは声の主を頭の天辺から、つま先までじっくりと眺めた。
「な。何ですか?」
「いや。欠けたままなのか……」
リリィはカンナを見て、小さく呟いた。
「えっ?」
リリィは席を立ち、自室へと向かった。
そして扉を開ける手を止め、皆の方に向き直った。
「朝食の後で私の部屋に来い。少年と、お前で」
リリィはカシミルドとカンナに視線を送り自室へと入って行った。
部屋の中にはクロゥが一瞬だけ見えたが、直ぐに扉は閉まってしまった。
ルミエルがカシミルドの手をそっと握りしめた。
「私もご一緒しますわ」
「え? 大丈夫だよ。リリィさんとカンナがいるから」
カシミルドはルミエルの申し出を笑顔で断った。
そして渋い顔でシチューを食べ始めた。こっちは甘じょっぱい。
ルミエルはカシミルドに目を細めてため息を吐き、不機嫌さをアピールする。
しかし、全く気づいて貰えなかった。




