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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第一章 城下の闇 第一部 旅立ち
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第六話 逃げるが勝ち

 作戦決行日。


 今日も空は澄み渡り、天気が良い。

 いつも通りの朝だ。

 でも、いつもと何かが違う。


 いつもより少し早く目が覚めたからだろうか。

 顔を洗う前から、頭がスッキリしていたからだろうか。

 パンケーキがいつもより、ふっくら焼けたからだろうか。


 いや違う。


 新しく手に取った本を開くときのような。

 初めてハチミツをパンケーキにかけて食べた時のような。

 心が浮き立つような気分だ。


 ただ、一握りのミラルドへの罪悪感を内に秘めて。


 カシミルドは旅の仕度を簡単に済ました。

 着替え、硬貨、保存食を肩掛けバッグにつめる。

 ……後は何がいる?

 外泊すらしたことがないカシミルドには旅の持ち物が想像もつかなかった。


 とりあえず、叔母さんが城下街に居るはずだから、そこまで行けば何とかなるはずだと楽観的に考える。


「よし。メイ子。シレーヌ」


 カシミルドが呼びかけると、二人は音もなく目の前に現れた。

 昨日は派手に登場していたのに、今日はやけに静かな登場だ。

 驚くカシミルドを見て、シレーヌが答える。


「御主人様。これが主従誓約の利点ですわ。まるで赤い糸で結ばれた恋人同士のように、私達は自然と引き合い、お互いの声はどこへいても繋がり響き合うのですわ」


 カシミルドの表情からシレーヌは察した様だ。

 解りやすく説明してくれた。


「なるほど。メイ子もそうだったの?」

「そうなのの。メイ子は初めてカチィたまに会ったときに、沢山血を貰いましたなのの。誓約完了なのの。鈍い男なのの」


 カシミルドは本当にただの魔力貯蔵庫にされるのではないか、この二人ならやりかねないかもと、密かに思った。


「おーい。俺様の名前も呼べよー」


 クロゥが窓枠に立ち、わざと寂しげに言った。


「クロゥは別に呼ばなくても勝手に来るじゃないか」


 クロゥは悪戯にケケッと笑い、三人の中心に飛び入り、皆を見下ろしながら言う。


「けっ。まーなっ。――みんな集まってるな。首尾よく頼むぜ。この作戦はタイミングが大事だ。結界は中々頑丈だからな。俺様の合図、ちゃんと見とけよ」


 身体は小さいが態度がデカく、クロゥは三人を奮い立たせるように鋭く言い放った。


「全員配置に着け!!」

「イエッサー!!」


 メイ子とシレーヌはヤル気満々で声を揃えて言った。

 そんな掛け声、いつの間に決めたのだろう。

 カシミルドだけが、緊張で体が硬くなる。


 クロゥはカシミルドの肩に降り、先程とは打って変わって、重く落ち着いた声で話しかける。


「カシミルド。――迷うなよ」


 カシミルドはきょとんとした後、少し頬を膨らませて言う。


「方向音痴じゃないんだから。大丈夫だよ」


 クロゥはフッと鼻で笑い、


「ちげぇーよ。シスコンを卒業しろって意味だよ。じゃっ。また後でな」


 そう笑いながら言い、クロゥは身を翻して窓から飛び立って行った。

 カシミルドはギュッとバッグの紐を握り締める。

 この服も、鞄も、身に付けている物全てミラルドが作ってくれた物だ。シスコンか……。


「ああ。わかってるよ」


 奥歯をぐっと噛み締める。

 胸に手を当てると鼓動が早い。


 僕の心はもう決まっている。

 作戦開始だ。みんなに――


「みんなに、天使の祝福があらんことを」


 カシミルドはそう呟き、一歩足を踏み出した。


「むむむむっ? カチィたま? 天使の祝福ってなんなのの?」


 メイ子が真顔でカシミルドに尋ね、行く手を阻む。

 今やっと気持ちを固めて歩き出そうとしていたのに。

 出鼻をくじくとはこの事か。

 しかしメイ子は本当にこの言葉を知らない様子だ。


「えっと。魔獣達の間では、そういうのないの?」

「そーいうのってなんなのの?」

「天使と人の出会いの絵本、読んであげたことあるよね? ほら、あの最後の一文。あなたにも、天使の祝福があらんことをって」

「むぅー?」


 メイ子は気のない言葉を返す。

 絶対、覚えていないのだろう。


「私も、気になりますわ」


 シレーヌが知らないということは、やはり魔獣達の間では使わない言葉のようだ。


「僕たち人は、天使様がその力を分け与えてくれたから魔法が使えるんだって言い伝えがあるんだ。だから、子どもが授かった時にも使う言葉だし、物事が上手くいきますようにって願掛けする時にも使われいてる言葉なんだよ。絵本、今度シレーヌにも読んであげるね」

「何かいい言葉なのの!! 気に入ったなの。天使の祝福があるなのの。おーー!!」

「メイ子。ちょっと違うよ。わわっ」


 メイ子はカシミルドの手を引き、家の外へと飛び出した。随分とこの言葉が気に入ったようだ。

 シレーヌもゆっくりと二人の後を追い、家の外へ出る。

 その瞳は氷の様に冷ややかに空を見上げる。

 そして呟く、


「人間って。つくづく傲慢で下劣な生き物ですわね」


 その声は誰に届くこともなく、青い空に泡の様に弾けて消えていった。




 その頃ミラルドは、森の奥深くにある洞窟の中の祠で祷りを捧げていた。洞窟の中は、奥に行けば行くほど寒く、氷が張っている。祠も氷に包まれ、祭壇も全て凍りついている。


 この氷は自然にできたものではない。

 自ら青、緑、黄の柔らかい光を揺らめかせ、その幻想的な様は、いかにも魔法で創られた物である。ミラルドは毎日欠かさず、この祠に足を運ぶ。

 そして誰かに語りかけるように、誰かに懇願するかのように、ミラルドは呟く。


「精霊の力が弱くなっております。少しずつ、少しずつ。魂の穢れが祓いきれなくなっております。迷える魂は何処へ導けばよいのですか?」


 黒の召喚士の一族は、人からそう呼ばれているだけで、それを生業とはしていない。

 黒の一族の役割は、この世界の魂を見守り、浄め、導くこと。

 ミラルドの母はそう言っていた。

 母の死後、何処かへいってしまった父も、きっと一族の役割を果たそうとしているのだと思う。がしかし、産まれたばかりの可愛い弟まで捨て去られたようなものだったから、承服できる話ではない。


 ミラルドは、祭壇に置かれた短刀に手を伸ばす。

 翆色の大きな宝石が嵌め込まれた、いつも祭壇に祀られている短刀だ。

 時折、この宝石が光ったように感じることがあるのだが、手に取っても特に変わりはない。何故ここにあるのか、何のために置かれているかも分からないが、聞く相手もいない。

 その短刀の横には宝石と同じ色の美しい鳥の羽が置かれている。羽を手に取り指でなぞると、絹のような滑らかな感触が心地よい。

 そんな羽を虚ろげに眺めている時だった。

 ズガーンッパキピキッ。

 大きな地響きと共に洞窟全体が揺れ、天井に割れ目が入る。


「きゃっ。何?」


 ミラルドはしゃがみこみ、辺りを見回す。

 遠くから、ズーンと地面を殴りつけるような音が微かに聞こえる。

 祭壇の水晶にヒビが入っている。――結界が攻撃されている?……水晶の隣に飾られた氷付けの大きな一輪の花が目に入る。昔いつだったか、カシミルドがプレゼントしてくれた花だ。あまりに嬉しく、ここで凍らせてとっておいたのだ。

 そう――


「カシミルド……」


 弟の顔が脳裏を霞める。あの子は今何処だろう。

 ミラルドの顔はみるみる青くなる。

 慌てて立ち上がり洞窟の外へと急ぐ。

 外へ近づくと強い魔力の波動を感じた。


 精霊達がざわついている。

 とても嬉しそうに……。

 まるで、主が戻ってきたと喜び勇むように飛び交っているではないか。


 ミラルドはある事に気付き立ち止まる。

 青ざめた顔は次第に紅潮し、瞳は怒りに満ちて光を帯びる。

 ――結界は内側から攻撃されているではないか。

 ミラルドは目をつむり集中し、魔力の出所を、精霊の動きを読む。

 結界は四ヶ所から攻撃を受けている。

 そして、どの位置からも、カシミルドの魔力を感じる。


「へぇー。まさかっ。ははは。……あの子が。反抗期かしら。いいえ……黒水晶でごまかしているつもりかもしれないけど、騙されるほど鈍くないわよ……」


 右手に翆色の羽を握りしめたまま、一歩一歩洞窟の外へと向かう。恐らく四ヶ所とも、カシミルドの魔力が込められた黒水晶を使って攻撃されている。


 しかし、術者の魔力も同時に感じる。

 東にカシミルド。

 北に慈愛の精霊、これは中々珍しい種だ。

 そして南に水の精霊、西に……カシミルドと同じような魔力を感じる。

 黒の一族しか扱えない、命の精霊の波動を感じる。


 一族の者?

 誰? 結界を攻撃する目的すらわからないが――


「全員ぶっとばしてあげる。……まずは――挑発にのってやろうじゃないのっ」


 洞窟の外倉庫から、掃除用の竹箒を左手に取る。

 ミラルドの漆黒の瞳に緑色の光が宿る。


「風の精霊よ。我声に従え。この物に力を与え、我を疾風の如く彼の地へ運べ」


 ミラルドの足元に緑色の光で描かれた魔方陣が浮かび上がる。竹箒が浮かび上がり、ミラルドはそこに腰かけた。

 風の精霊はミラルドの声に引き寄せられ、その周りに旋風を巻き起こす。


 ミラルドが目指すは、恐らく今回の主犯。

 西側で自分の魔力を誇示するかのように暴れ、大地を揺るがす者の所へ。


「さぁ。行きなさい」


 突風と共に木々より高く舞い上がり、ミラルドは西へと一直線に箒で空を飛んで行った。



 時同じくして、東の結界境界線。

 カシミルドは結界に黒水晶をかざし、魔力をみんなに送り続けていた。クロゥに言われた通り、この結界を壊したいという意思を持って魔力を注ぐ。


 風がサッとカシミルドを横切る。

 背筋にゾッと悪寒が走った。


「ひぃっ」


 声にならない声が唇から漏れる。

 あぁ。もう姉に気づかれた。とカシミルドは確信する。

 この殺気だつ魔力からは姉の気配を感じる。

 しかし、その気配はどんどん遠ざかっていく。


「クロゥの言った通りだ……。よし。今のうちだ」


 ミラルドの殺気に怯えながら、先程より強く魔力を込める。

 みんなが時間を稼いでくれている間に、結界をこわして、海まで逃げなくては


 ――逃げるが勝ちだ。

ご指摘頂いた点を改稿いたしました。

お読みいただき、ありがとうございます。

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