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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第二部 精霊の森
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第二十話 万病に効く角

 リリィの家に入ると、テーブルの上に食事が用意されていた。パンにシチュー、ハムにサラダ、果物。

 そしてカシミルドが好きそうなタルトまで並んでいる。

 皆、その豪華な食事に目を奪われる。


「良かったら召し上がれ。私は失礼するよ。ルミエル。片割れ。私の部屋においで」 


 リリィはルミエルとレーゼに向かってそう言うと、自室へ入って行った。片割れとはレーゼの事のようだ。ルミエルは早々に食卓に着き我関せずとばかりに呟いた。


「私は後で行くわ」


「駄目ですよ。ルミエルと話ができるなら泊めてくれる、とおっしゃっていたので。さぁ」


「えっ? 嫌よ。レーゼっ……」


 レーゼはリリィの部屋へ、嫌がるルミエルを引きずって行った。


 クロゥは食事に目もくれず二階の階段を上がっていく。

 カシミルドをベッドで寝かせる為だ。カンナもそれに続くが、直ぐに二階に上がらず、テツに向かって申し訳無さそうに向き直った。


「テツさん達は先に食べていてくださいね。私とクロゥでカシィ君に付き添いますから。御迷惑かけてすみません」


「別に迷惑ではありませんよ。むしろグッジョブです。私は医学の知識はありませんので、カシミルド君をお願いしますね」


 ラルムは真顔でそう答えた。シエルが隣で呆れている。テツは優しく微笑んでいた。


「カンナ君。気にすることは無いよ。後で私も様子を見に行くから、ゆっくり休ませてやってくれ」


「はい。では失礼します。スピラルちゃんも先に食べててね」


 スピラルはカンナの言葉を聞いて首を横に振る。

 そしてカンナより先に階段を駆け上がって行った。


「あっスピラルちゃん! 待って」


 カンナもバタバタとスピラルの後を追いかけて行った。



 ◇◇◇◇



 テツとシエルは、浮かない表情で食卓に着いた。

 ラルムだけは少しテンションがおかしい。


 やはり精霊の森を前にして気持ちが高ぶっているようだ。いつもより口数が多い。


「カシミルド君。大丈夫ですかね? 道中の雨、冷たかったからですかね?」


「さあな。でも平気だろ。風邪だとさ。ったく毎度毎度冷や冷やさせやがって……」


「まあ、無事で何よりだ。クロゥ君がいて良かったよ」


 ラルムがテツの言葉に反応した。


「そうです。クロゥって事は、この間の鳥ですよね!」


「鳥?」


「シエルは初めてかな? クロゥ君は、地下のオークションの時にも居たんだぞ。ーーラルム。食事の時にメモを取るのは止めなさい」


「はい! あっ後、リリィさん何ですけど、何故ここに住んでいるんですかね? リュミエ様のお姉様なら、教団の偉い方ですかね? 精霊の研究でもしているのですかね? というより、本当に人なのですかね?ーー」


 誰かに疑問を投げ掛けるというより、自分の中から湧き出てくる疑問をああでもないこうでもないと一人で喋り続けるラルムであった。



 ◇◇◇◇



 クロゥはカシミルドをベッドに寝かせた。

 最近こんなことばかりな気がしていた。


「カシミルド~。大丈夫か~……ごめんな。一番近くにいたのに気づけなくて……」


「カシィ君、すごい汗だね。熱も高そう。ずっと無理ばっかりしてたんだろうな……」


 カンナは手際よくシャツのボタンを外し、体を布で拭いていく。メイ子は人型に戻り、その様子を真剣に見ていた。


「むぅ。どうにかしてあげたいなのの……。風邪に効くモノ……風邪? 病気? むむ! メイ子、良いモノ持ってるなのの!」


 メイ子は先程まで自分が入っていたカンナのポシェットの中を漁る。そして満面の笑みでそれをポシェットから出して頭上に掲げた。


「見るなの! これが万病に効く、姉たまの……角なのの!」


 スピラルはそれを目を丸くして見ていた。

 そして徐々に顔色が悪くなる。


「え……? それ……アン……の?」


「そうなのの。姉たま、アヴリルをスピラルに。そしてこの角をメイ子に託したなのの。姉たまの意思を継いで、今! この角を使う時が来たなのの!」


 スピラルはすぐ後ろに置かれていたベッドにフラフラと腰を下ろした。アンを失った時の映像がフラッシュバックする。


 もう、誰にもアンを傷つけて欲しくない。

 それが誰の為でも。


 だけど……。アンならきっと……。



 アヴリルが心配してスピラルの頬に体を擦り付けた。


「アヴ? ありがと。大丈夫だよ。アンもきっと望んでる。メイと同じ事を……」


 スピラルはアヴリルを抱き締めて泣きそうな顔で俯いた。


「スピラルには、分かって欲しいなのの。姉たま。これでカシィたまが元気になったら絶対喜ぶなのの! よいしょっとなの……」


 メイ子は力強くそう言うと、カシミルドの口を開き、アンの角をそのまま押し込んだ。


 クロゥとカンナがそれを見て慌てふためく。


「おい!? メイ子。それは違うだろ!」


「そうだよ。メイ子ちゃん!? 正しいやり方は分からないけど……一旦口から出そう!」


「むう??」


 スピラルはその光景を見て部屋を飛び出した。


 そして一階にいるテツの元へ急ぐ。今まで観察してきて、一番医学に詳しそうなのはテツだと思ったからだ。


 カシミルドの様子をみる時、テツは脈を診ていた。

 きっとテツなら、アンの角を活用してくれる筈だ。


 このままアンの角を無駄にしたくはない。


 一階からはラルムの話し声がしていた。しかしスピラルが駆け降りてくると、声は止み、皆スピラルに注目する。


「あの。……魔獣の角で、薬を作れますか?」


 テツはその言葉を聞くと、頷き、テーブルから立ち上がる。そして外へ出て手頃な石を探し、カシミルドの部屋へスピラルと訪ねた。


 扉を開けなくても分かる。中で何か揉めているようだ。


「失礼するよ。大丈夫か? スピラル君から話を聞いて……」 


 扉を開けてテツは絶句した。

 スピラルが不安がるのも無理はない。


 何がどうしてそうなったのかは分からないが、カシミルドの額から魔獣の角が生えている……ように角が置かれていた。


「……斬新だな。その角を貸してもらえるかい?」


「はっはい!」


 カンナは申し訳無さそうに、角をカシミルドの額から取り、テツに渡した。


 テツは拾ってきた石で角を削り、粉末を作った。

 そしてそれを小さな鍋に水と一緒に入れ、ランタンの火で煮出し、銀色の煎じ薬を作り出した。


 余りの手際の良さに、皆無言でテツを見守った。


「よし。出来たぞ。これを冷まして飲ませなさい。余った粉はどうするかい?」


「それはテツにあげるなのの!」


 メイ子は余った粉を小さな巾着袋に入れて紐を付け、テツの首にかけた。


「おお。ありがとう。メイ子君」


「メイ子でいいなの。テツ、良いヤツなの! きっと姉たまの角は役に立つなの。お礼なのの」


 テツも嬉しそうに微笑んだ。

 カンナはカシミルドに一口ずつゆっくり薬を飲ませた。

 カシミルドの呼吸が落ち着き、顔色もうっすら良くなったように感じる。


「よし。これで大丈夫かな?」


 カンナもやっと一息ついた。


「私がカシミルド君に付いているから。皆も食事を取るといい」


「では、お言葉に甘えて」


「メイ子も安心したらお腹すいたなのの~」


 カンナとスピラルは、テツに挨拶をして部屋を後にした。クロゥだけは窓の外を眺めたままその場に残る。


「クロゥ君は行かないのか?」


「……俺もメイ子も、食べなくても別に平気だからな」


 クロゥは外を眺めたまま答えた。


 夕陽は西の空に微かな陽を残し、空には夜への静寂が訪れつつあった。クロゥと二人きりで話ができるなど、テツは良い機会だと思った。


「クロゥ君は自分を魔獣と言うが、人の姿へ変身できる魔獣と言えば、ルナールしか思い当たらないのだが……そうなのか?」


「あ? ルナール?……あ~あの姉ちゃんの種族か。そうだな。そうかも」


「かも……か。私の知るルナールとは君のような変身の仕方はしないし、鳥にもなれないぞ?」


「……何だよ。鎌かけたつもりか? 敵意が無いのは分かるけどさ。お前本当に食えない奴だよな。何でか魔獣にも詳しいし……王家に伝わる秘密の書でもあるのか?」


 クロゥはテツを真っ直ぐに見返して言った。

 金色の瞳がテツを捉える。テツは無意識の内に懐に仕舞った古びた本に手を当てた。


「ああ。そうかもな。……しかし私は、君のように変身して、君のように鳥になって空も飛べる種族を……一つだけ知っている。ルミエル君も、似た力を使っているな」


「ケッ。あのババアと一緒にすんなよ。何が言いたい訳?」


「……クロゥ君はーーか?」


 ーー。クロゥはその言葉に驚き、息を吸うことすら一瞬忘れた。しかしここでボロを出してはいけない。


 口角をゆっくり上げて、笑みを溢す。


「ケケケッ。寝言は寝て言えよ。王子様?」


「寝言で聞けば認めてくれるか?」


「……バッカじゃねぇの? 意味分かんねぇよ。ーー俺、ここの家主に呼ばれたから挨拶してくるわ。カシミルドの事よろしくな」


「ああ。任せてくれ」


 クロゥは静かに眠るカシミルドを確認すると、窓から外へ飛び降りて行った。



 ◇◇◇◇



 テツはクロゥが去った窓辺を覗き、カシミルドが眠るベッドに腰を下ろした。


「クロゥ君には逃げられてしまったな。ーーカシミルド君。君の周りには、不思議と私と所縁のあるものが集まってくるようだ。黒の一族……命の天使ラビエルの祝福を受けし子孫だからか?」


 テツの独り言に反応してか、カシミルドはテツの服の裾を掴んだ。


「ん? カシミルド君?」


「……。姉……」


 寝言と共にカシミルドの瞳から一筋の涙が溢れた。

 テツがその涙を指で拭う。


「お姉さんと二人暮らしだと言っていたな。まだ十四歳か……姉が恋しいか?」


 テツはカシミルドの手を握りしめた。


 ルミエルは、ここに来ることを必然と言った。まだあどけなさの残る少年に、この世界は何を求めているのだろう。そして自分は、この少年を利用しようとしているのだろうか。


 私は今度こそ、自分の手で未来を切り開きたい。


 俺が犯した罪を償うために。


 僕の意思を繋ぐために。

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