第十五話 休憩地点にて
昼食を食べ、小一時間程休憩してから出発となる。
食後にカンナは、テツに乗馬を教えてもらっていた。
さすが山羊を乗り回していただけの事はある。
もう既に手馴れた様子で手綱を握っている。
カシミルドはそれをスピラルと眺めていた。
アヴリルとメイ子も二人並んでくっついて見ている。
「スピラルは馬に乗れるの?」
スピラルは小さく首を振った。
「そっか。僕もだよ。ねえ。スピラルは甘い物好き?」
スピラルは少し考えた後、また首を振った。
……会話が続かない。スピラルは何が好きなんだろう。
カシミルドは頭を悩ませた。
ふと、スピラルの視線を辿ると、アヴリルを見ている。
「スピラル。アヴリルはどう? 仲良くなれた?」
スピラルは背筋をピッと伸ばし、カシミルドを横目で見ると、恥ずかしそうに視線をアヴリルに落として頷いた。
そしてアヴリルに向かって手を広げる。
「アヴ。おいで」
「むぅ~」
スピラルの言葉に反応して、アヴリルが飛んできた。
ついでにメイ子も後についてくる。
「カシィたま~」
二人とも御主人様の手中に収まりご満悦だ。スピラルの表情は余り変わらないが、微笑んでいる様に見えた。
「スピラルは……どう思ってる? 視察団の事。本当は僕の故郷に帰る予定だったのに……巻き込んでごめんね」
スピラルはアヴリルとじゃれ合いながら首を横に振る。
大丈夫って事かな。
スピラルは首を動かすだけで何も言葉は発しない。
やっぱり嫌われているのかもしれない。
「スピラルは何かしたい事とかある? 視察が終わったら……僕自身、どうなるのか分からないけど……スピラルも何がしたいか、何処にいたいか考えてみてね。スピラルがしたいことが出来るように、手伝うからね」
「……俺は、アヴリルと一緒ならそれでいい。お前こそ大丈夫なの?」
スピラルは急にスラスラと喋り始めた。
カシミルドは驚いて返答に焦る。
「えっ僕!? 僕は大丈夫だよ。多分……」
「……人の心配より、自分がちゃんとしろよ。見てていつも危なっかしいから」
「はい……」
まさかスピラルに自分が心配されるとは思っていなかった。表情からは感情を読み取らせないスピラルだが、アヴリルが懐くだけあって、心の優しい子なのだろう。
「カシィ君! スピラルちゃん!」
遠くの方から、カンナが馬を繋ぎこちらに走っていた。
「練習おしまい?」
「うん。大分馴れてきたし。そうだ、カシィ君に見せたかったんだ。……これ! パトさんがくれたの」
カンナは腰から短刀を抜いて見せた。
メイ子が短刀を食い入るように見つめる。
「むう!? メイ子、それ知ってるなのの。持つところに付いてるの、セイレーンの鱗なのの!」
「へぇ~。セイレーンってシレーヌさんの種族ってこと?」
カンナは短刀を頭上にかざすと、七色に反射する光を二人に見せた。
刀身が珊瑚礁。
滑らかで艶やかな持ち手がセイレーンの鱗。
海から作られた短刀だ。
カシミルドはそれを見て、パトの言葉を思い出した。
「あ! そういえばパトさん。シレーヌによろしくって言ってた……かも」
「かも? 知り合いなのかな?」
カンナの声に反応して、カシミルドのフードからクロゥが顔を出した。
「あっ。カンナちゃん! メイ子の運搬、カンナちゃんにお願いするぜ。俺はカシミルドにくっつから」
「私は大歓迎だよ! モコモコメイ子ちゃん久しぶりだぁ~」
カンナはメイ子を掌に乗せ、その柔らかさに悶絶した。
この姿のメイ子を触るのは初めてだ。人型の時とは毛のモコモコ感が違ってこれはこれで最高に癒しだ。
「カンナ。よろしくなのの」
「うん。ポシェットに入っててね! 後少ししたら出発だから」
メイ子はカンナのポシェットにすっぽり収まった。
◇◇◇◇
ルミエルは食後にレーゼと二人で農家の裏で密談をしていた。ルミエルは不機嫌そうにレーゼに言葉を返す。
「わかってますの。もうしましせん」
「その言葉。お忘れのないように……それと、先程のテツ様を御覧になりましたか?」
「? 見てないわ。怒ってましたし、目は合わせ辛かったですの」
「……魔方陣を剣で弾き消した事。を指したのですが」
「へ? 知らないわ。特殊な剣なのかしら?」
「いえ。その様には見えませんでした……あ」
レーゼは何かに気付き、空を指差した。
遠くの方から、白い鳥の形をした手紙がこちらへと飛んでくる。ルミエルが目でレーゼラに合図した。
「光の鎖よーー」
レーゼラは鎖を形成すると、それを使って手紙を捕らえルミエルに渡した。ルミエルはその手紙を確認すると、封を開ける。
「あ。良いのですか?」
「ええ。女性から、カシミルド宛の手紙ですもの。私が見ないと……」
「……そうですか」
ルミエルは手紙の内容を声に出して読んだ。
「バカシミルドへ……あら? バが余計ですの。えっと……手紙が遅い。油売ってないで早く帰りなさい。隠し部屋で面白い者を見つけました。五代前の族長を覚えてる? このヒントでわかる? 実はグリヴェールが案内をしてくれたのです。グリヴェールの事を知ったら帰らずにはいられなくなるでしょう。彼女は……」
ルミエルはそこで読むのを止めた。
「ルミエル様。どうされましたか? グリヴェール、何処かで聞いたことのある名前ですが……」
「ええ。カシミルドを隠していたのはグリヴェールの仕業ね……。嫌がらせかしら。レーゼラ、このミラルドって女は誰? カシミルドと親しげで姓も同じ……まさか妻かしら!!」
「は? それは無いかと……」
錯乱するルミエルにレーゼラは冷静に返した。
ルミエルはそれでも気が気ではない。
「今すぐ調べに……」
「ここから私が居なくなるのは不自然すぎますので、今は無理です」
「んーー!? どうするのよ! 取り敢えず、この女からの手紙は全て回収するわよ。カシミルドに……と言うより、クロゥに知られたら面倒だわ。……グリヴェール。それにミラルド。目障りね……」
「……」
ルミエルはミラルドの手紙を粉々に切り刻み風に飛ばさした。
◇◇◇◇
テツから出発の号令が出た。
カシミルドは先程同様シエルの馬に乗ろうとしたが、シエルに拒否されていた。
「テツ様。ペアを変えて欲しいです」
シエルが真剣な面持ちでテツに訴えた。
するとルミエルが嬉しそうに飛び上がる。
「私の馬にどうぞ。良いわよね。レーゼ!」
「私は構いませんが……」
レーゼはシエルを見下ろしながら答えた。
シエルは嫌そうな顔をしている。
「レーゼ殿が良いならそうしよう。シエル。良いか?」
「……はい」
ルミエルは両手を上げて飛び上がった。
◇◇◇◇
「よろしくお願いします」
カシミルドは緊張しながらそう言うと、レーゼの手を借りて馬に乗った。
レーゼは背が高いので、カシミルドを前に乗せてくれた。背中にレーゼを感じる。
一度背後から襲われたことがあるが……何となくあの時と雰囲気が違う。
恐らく後ろに居るのはスピラルを捕らえた方のレーゼだ。確か魔法を使う方が女性のレーゼだとクロゥが言っていたから……。
「あの。レーゼさんは女性の方のレーゼさんですよね?」
「? 正解だよ。カシミルド。……でも私が双子なのは内密に頼むよ。私たちは二人で一人。今は分かれてしまったが。本来は、どちらかが常にリュミエ様の隣に。そしてもう一人は、影からリュミエ様をお守りするんだ」
「じゃあ、今はルミエルを守るために別々になったんですか?」
「んー。まあそんなとこだな。教団内は兄が。教団外の事は、私がリュミエ様の命を聞くんだ」
「何々? 白い小鳥ちゃん。カシミルドにはよく喋るな。ルミエルに聞かれたら叱られっぞぉ~」
クロゥがフードから顔を出してレーゼを冷やかした。
「おや? 黒い小鳥君は元気になったようだね。また遊んであげようか?」
「お前なぁ。格下の癖に生意気だぞ。お前一人になら絶対捕まらねぇからな!」
カシミルドの背中で二人が闘志を剥き出しにしている。
仲が良いのか、悪いのか。カシミルドはどちらかよく分からなかった。
「止めなよクロゥ。喧嘩したらテツさんに言うからね。……そうだ。レーゼさんって名前は何て言うんですか? 二人ともレーゼでは無いですよね?」
「名前……レーゼラだ。兄はレーゼル。ーーでも、双子はリュミエ様しか知らないからな。その名で呼ぶのもリュミエ様だけだ……」
「じゃあ僕は、レーゼラさんって呼んでもーー」
「だっ駄目だ。……他の者に聞かれたら困るだろう」
レーゼラはカシミルドの言葉を遮って、その申し出を断った。
しかし名前を呼ばれる事に悪い気はしなかった。
むしろ……嬉しい。
「おい。うちの天然坊やに顔紅くしてんじゃねぇよ。レーゼラちゃん?」
「くっクロゥ様。鎖で縛り上げますよ!」
「うわ~カシミルド~レーゼラちゃん怖い~」
◇◇◇◇
和気藹々としたカシミルドを乗せた馬の後ろで、悪態をつく少女がいた。シエルの背中に掴まり、頬を膨らませている。
「ねえ。何でよ?」
「お前が言ったんだろ? 俺に聞くなよ」
「ちょっと!? シエル。口の聞き方がなっておりませんのよ!」
ルミエルがシエルの背中をポコポコと両手で叩きながら言う。
「ちゃんと掴まれよ。落ちても知らねーからな。それにお前年下だろ? シエルさんって呼べよ」
「……そうね。シエルさん。道中よろしくね」
シエルの背中にゾッと悪寒が走る。
後ろの女はやはりヤバい。
これならまだカシミルドの方が可愛いものだった。
シエルは秘かに後悔した。




