第十一話 ルミエル=ブランシュ
昨日同様、イリュジオン城中央広場にて、東方視察団後発隊の出発式が行われる。のかと思いきや……。
テツから知らされた集合場所は、城から第一王区へ繋がる跳ね橋の前の広場であった。
カシミルドもカンナも、里へ帰るための荷造りがしてあった為、これといった用意は特にしていない。
二日前と違う事は、着なれない制服を着ている事だけである。
カンナの制服は女性用の為、カシミルドと少し違い、短パンに黒いタイツ、白いブラウスにカシミルドと同じ黒い上着である。カシミルドは長ズボンだ。
「前にユメアが教団の制服を着ていた時、スカートだったんだけど、カンナは短パンにしたの?」
「馬に乗るのにスカートは無いでしょ」
カンナは笑いながらそう言ったのだが、カシミルドはカンナの言葉に疑問を持つ。
「馬? 馬に乗るの?」
「そうだよ。私は乗れないから、誰かに乗せてもらうよ。カシィ君も乗れませんって言っておいたから大丈夫だよ」
カシミルドはしゃがみこんで地面に小さく丸くなった。
その様子にカンナは昔を思い出す。
「あ。カシィ君。やっぱり苦手だった? あの時のこと……」
「うん……」
カシミルドはカンナが口にしたあの時を思い出していた。
まだ四歳の時だった……あの時のことだ。
里で飼っていた山羊を、お転婆なカンナはいつも乗り回していた。カシミルドはそれに憧れ、真似して山羊に乗ってみた。
しかし、全く乗りこなせず、振り落とされて大怪我をしたことがあるのだ。
あれ以来動物には乗っていない。
馬? 山羊より大きい筈だ。
想像しただけで冷や汗がでる。
跳ね橋の方から蹄の音が聞こえた。振り向くと、馬を二頭連れたラルムだった。
黒い遠征用の制服を着て、フォンテーヌ家の家紋入りの濃紺色のローブを羽織っている。そして、カシミルドに向かって、軽く手を振っている。
よく見ると、後ろから馬に乗ったシエルも見えた。
シエルは、ミストラル家の家紋入りの深碧色のローブを着ている。
カシミルドは二人を見て、顔を青くして言った。
「馬……ってデカいね」
「カシィ君。大丈夫だよ。一人で乗る訳じゃないんだから……ね? ほら、立って立って」
カシミルド達の目の前に来ると、ラルムは軽やかに馬から降りた。乗馬は貴族の嗜みの一つなのだろう。とても様になっている。
そして、何故か地べたに座り込むカシミルドに心配そうに声を掛ける。
「おはようございます。……カシミルド君。どうかされましたか?」
「だっ大丈夫です。よろしくお願いします」
「こちらこそです。テツ様はまだですか?」
ラルムが辺りを見回すと、教会からレーゼが歩いてくる姿が見えた。その横には遠征用の制服を着た小さな女の子もいる。スピラルだ。
そして後ろには朝から派手な装いのリュミエ=ブランシュもいた。カシミルドは反射的にカンナの後ろに身を潜める。
それを見てリュミエはにっこりと微笑んだ。
「ごきげんよう。皆さん。紹介したい子がいるのですが……あら? テツ様はまだかしら?」
「ーーすまない。待たせたっ」
城の方からテツの呼び声が聞こえた。馬を走らせて颯爽とテツが登場する。
テツの後ろにはユメアが乗っていた。いつものメイド姿で、見送りに来たようだ。
これでメンバーは揃った。
テツも馬を降り、見送りに来たリュミエに挨拶する。
「リュミエ殿。見送り感謝する。しかし……その子は誰だい? 遠征用の制服を着ているようだが……」
テツの言葉に、カシミルドとカンナ、そしてラルムもスピラルを見た。
しかし、テツの視線の先にいるのはスピラルでは無い。
レーゼの後ろにこっそりと隠れた、銀色の髪の少女に向けた言葉だった。
リュミエがスピラルとその少女を手招きし、皆に紹介する。
「こちらの子はスピラル。魔力が強くて、まだ八歳ですが先日入団しました。そしてその隣にいるのが……私の娘ですわ」
皆が一斉にレーゼの後ろに身を潜める少女に注目する。
リュミエの娘と紹介された少女は、レーゼの後ろから一歩足を踏み出し、皆の目の前に現れた。
銀色の髪はウェーブがかかり腰まで伸び、黒い制服とローブに映え輝いて見える。赤みを帯びた黄色い瞳はリュミエと瓜二つだ。
少女は、ローブを翻し、上品に挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私はルミエル=ブランシュ。貴方と同じ十四歳ですの!」
ルミエルはカシミルドだけを見つめてそう言うと、足早にカシミルドに直進し、両手で彼の頬を覆い顔を近づける。
「母様の代わりに、私がお供いたします。何でも私がお世話してあげますの……」
リュミエと同じ瞳で見つめられ、その威圧感で、カシミルドは身体が硬直して動けなくなる。
ルミエルはそんなカシミルドに不敵な笑顔を向け、顔をもっと近づけた。
しかし、あと少しで唇が触れ合うというところで、カシミルドはルミエルの目の前から消えた。
カシミルドはユメアに背中を引かれ、尻餅をついていたのだ。
「あら? ユメア様。いらしたのですね。そんなに睨まないでください。ただの御挨拶ですの」
「そうですか。カシミルド君は、私の友人ですので、お手を触れないようにお願いしますね。お世話なんかいりませんから。自分の事は自分でできますよね?」
ユメアに尋ねられ、カシミルドは小さく何度も頷いた。
リュミエは、睨み合うユメアとルミエルの間に割って入る。
「ほほほ。ユメア様。カシミルド様。ルミエルが失礼致しました。人との距離感が分からない子なんです。本当は来年教団へ入団予定だったのですが、今年は面白い子がいると私が話してしまいまして……是非、同行させてあげてください。何か面倒を掛けましたら、兄のレーゼに申し付けてください。よろしいですか? テツ様?」
「ああ。構わんが……」
テツは皆の顔を見渡した。
新たなライバルの出現に、ユメアは酷く動揺している。立ち上がったカシミルドの腕にしがみついてルミエルに警戒心を見せていた。
皆の視線にルミエルも察する。
「……私は……。ただの御挨拶を……その、初めての旅で舞い上がっておりましたの。皆さんにご迷惑はかけませんの!」
ルミエルはレーゼの後ろに慌てて隠れた。
シエルはラルムにこそっと耳打ちする。
「何か面倒臭そうな奴が増えたな……」
「ええ。レーゼさんって、やっぱりリュミエ様の息子さんなんですね。それに、カシミルド君は女の子に好かれるんですね。メモメモ……」
「……そこかよ。何その手帳?」
ラルムは眼鏡を光らせながら、手帳を大事そうに胸に仕舞った。
「カシミルド君観察手帳です。何か面白いことがあったら私に教えてね」
「……」
シエルはラルムの探究心に呆れ顔だが、カシミルドが女子に好かれていても笑ってメモを取る姿に安堵していた。
カシミルドはルミエルの登場に驚き呆然としていたが、スピラルを目にしてふと我に返る。スピラルに会うのはあの時拐われて以来だ。
「スピラル! その……元気そうで良かったよ。怪我とかは……」
スピラルは平然と顔を横に振った。別れた時より顔の血色も良く元気そうだ。
カンナもスピラルに会えてホッとした様子だ。
ルミエルを警戒しつつも、カンナはスピラルに歩み寄ってそっと抱きしめた。
「元気そうで良かった。怪我はない? アヴリルも元気?」
スピラルはカンナの温もりに触れ、不思議そうにカンナを見上げるが、その優しさを受け入れ身を委ねた。
テツはそんなバラバラな皆の様子を、両手で双眼鏡の形を作って順に見ていく。
「お兄様。それ、たまにやってますけど、怪しいですよ」
「ははは。こうした方がよく見えるんだよ」
テツはリュミエを見ると動きを止めた。そしてルミエルとレーゼ、交互に見やり考え込む。
カシミルドはテツの様子に不信がり声を掛けた。
「テツさん、どうかしましたか?」
「ん? ああ……馬の乗り合わせを考えていたんだ」
ルミエルはテツの言葉に反応し、レーゼの後ろから元気よく挙手して発言する。
「はい! 私、カシミルドの馬に乗りますの。ね? いいでしょう?」
目を輝かせながらカシミルドに訴え掛ける。
ユメアは口を尖らせてルミエルを睨む。
「……ルミエル。僕、馬に乗れないから無理です」
「えっ!?……」
ルミエルはカシミルドの発言に、顔を真っ赤にしてレーゼに耳打ちする。
「レーゼ! 今、カシミルドが私を呼び捨てにしたわ! 聞いた!?」
レーゼは興奮気味のルミエルの頭に優しく手を乗せ頷く。そしてテツに言った。
「ルミエルは私と乗りますので。後はテツ様にお任せします」
ラルムはカシミルドが馬に乗れないことをメモしつつシエルに耳打ちする。
「レーゼさん。今日は雰囲気違いますね。やはり、身内に見せる顔というものがあるのかしら」
「確かに……。ってか、あいつ馬も乗れないのかよ。使えねーな」
「シエル。私がカシミルド君と二人で乗ってもいいかしら?」
「は?」
シエルは馬に誰かを乗せたことは無いが、二人で乗る姿を想像した。何時間も、身体を密着させ……。
「テツ様に相談してくる。ラルムは待ってろ」
シエルとテツで話し合い組み合わせと隊形が決まる。
先頭はテツとカンナ。次にラルムとスピラル、そしてルミエルとレーゼ。最後尾にシエルとカシミルドとなった。
朝からゴタゴタとしたがようやく出立できそうだ。
「お兄様。早く帰って来てくださいね。しっかり隊長として、団内の異性交流は厳しく取り締まってくださいね」
「ああ。心配するな。さあ、カンナ君」
テツは馬上からカンナに手を差し伸べる。カンナはテツの手を借りて、軽々と馬にまたがった。
「おや? カンナ君は馬が扱えるのか?」
「は、初めてです。よろしくお願いします」
「筋がよさそうだ。旅の途中で練習してみよう。さあ、しっかり掴まって」
カンナはテツの腰に手を添えた。近くで見ると、テツの背中は大きくて大人の男性だと実感する。
「では、お気をつけて。皆様に、天使の祝福があらんことを」
リュミエが皆に向かって深く頭を下げた。その隣でユメアも祈りを捧げる。四頭の馬はテツを先頭にゆっくりと跳ね橋へ進んでいった。
ユメアはそれを、寂しそうに見送る。
見えなくなると、リュミエに向かって鋭い目付きで話しかけた。
「先日カシミルド君を教団へ招待したと聞きました。どんな御用だったのですか?」
「? 有能な精霊使いを教団へ誘うのは、教団長の仕事です。それが何か?」
ユメアは、リュミエと二人きりで会話をするのは初めてだった。しかし、高慢な物言いは娘のルミエルとそっくりだと感じた。
「カシミルド君は私の友人ですので、帰ってきても、そちらの好きにはさせませんからね」
「フフフ。彼のことがお好きなんですね。でも、私もルミエルも彼を譲りませんよ。お相手が姫様だろうとも……」
リュミエが冷ややかに微笑む。
「リュミエ様って、とっても腹黒い方だったんですね。失礼します」
ユメアはリュミエに悪態をつくと、城へとせかせかと帰っていった。
ユメアは心に誓う。絶対にリュミエの弱味を握って教団長から引きずり下ろしてやろうと……静かに闘志を燃やした。
クロゥはその旅立ちの様子を、城と第一王区を隔てる壁の上から眺めていた。
「最悪だな。ルミエル=ブランシュ? あのクソババァ。大人しくしてるかと思ったら……やべ。カンナちゃん……」
クロゥは壁から飛び立ち、カシミルドの元へ飛び立った。




