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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第一部 東方視察団
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第八話 呪いの種子

 カシミルドはソファーに寄りかかり、瞳を閉じると、皆の声に耳を傾けた。


 外からの声ではない。内から聞こえてくる声にだ。

 その声は遠くから聞こえ、何を言っているのかは分からないが……これはシレーヌの声、そしてもう一人……魔力が暴走した時と同じ声だけど、違う声にも聞こえる。


 あの時の穏やかに冷静な声ではなく、もっと違う感情のこもった声だ……この感情は……憎悪?

 一体誰に向けられた憎悪なのだろうか。


 ただただ胸が重くて苦しくて……痛い。

 この感覚は、前にも感じたことがある気がした。


「カシィ君? 顔色悪いよ……それにすごい汗……」


 カンナの手が僕の肩に触れる。カンナが触れた所だけが温かく、自分の身体だという感覚が甦る。


 しかしそれ以外は、まるで自分ではないかのように重く苦しく言うことを聞かない。シレーヌの声が大きくなる。

 遠くて聞き取れなかった言葉が漸く形を成し始めた。


「人は何故、自分の力で満足しきれず、他者から奪う道を選ぶのだろう……」


「カシミルド君?」


 ラルムの問いかけをテツが制止した。


「魔獣と人の世界を二つに分けた天使は、人への憎悪を己の魂に植え付けた。再び人々が他種族へ略奪と殺戮に落ちた時、天使の魂は、呪いの種子にその身を蝕まれ、人々を世界から滅ぼすであろう。人々の魂を浄化するために。世界を浄化するために……」


「カシミルド君。それは誰が言ったのだ?」


 落ち着いた声でテツが尋ねた。するとカシミルドは深く呼吸をし、苦悶の表情のまま頭を抱えて俯いた。


「シレーヌが……語りかけてくるんだ……僕の中の……意思に……」


 カシミルドは言葉の途中で胸元の服を握りしめ、そのまま意識を失った。


「おっおい!? 大丈夫かよ」


「シエル。ベッドに寝かせよう」


「ああ……」


 カシミルドはベッドに横になると、顔色が落ち着いた。それを見て皆ホッと息をつく。


「カンナ君。シレーヌとはどんな女性なんだ?」


「シレーヌさんは、水色の綺麗な人魚の魔獣です。大人っぽくて、上品で好戦的で、人間に好意はもっていない方ですね……」


「そうか……人間が嫌いか……一度会って話してみたいものだな」


 テツはそう言うと瞳を曇らせた。あまり感情を出さない人だと思っていたが、普段と違い、憂いを帯びたテツの表情に、カンナは驚いた。


 その横で、シエルはカシミルドの顔を覗き込みながら首を傾げて言った。


「さっきのこいつの話。魔獣に危害を加えたら、天使が人間を滅ぼすってことか? でも、天使なんか本当にいるのかよ。お伽話だと、もうこの地にいないんだろ?」


「そうね。そんな絵本があったわね」


「しかし、呪いの種子か……。聞いたこともないな。カンナ君は知っているか?」


 カンナは、心配そうにカシミルドを見つめながら首を横に振った。


「テツさんは、どうしてカシィ君を視察団に入れようと思ったんですか?」


「それはだな、魔獣達に一番近い存在なのが黒の一族だと思ったからだよ。昔は同じこの地に住んでいた魔獣達は、何時からか自分達の世界に隠るようになっていた。それを召喚という形でこの世界に喚べるのが黒の一族なのだろう? 魔獣達と対話するには、今のこの国の人々では遠すぎる。より近い存在に、間に入ってもらいたいと考えたのだ」


「昔はこの地にいた?……そうなんですか? メイ子ちゃん達が言う魔獣界って、いつからあるんだろう……」 


「私、精霊の本で読んだことがありますよ」


 ラルムが遠慮がちに声をあげた。


「確か、五百年ほど前に、魔獣達はこの地に現れたそうです。主なき精霊の森で、長い時をかけて進化した種族だといわれています。そして今から三百年ほど前、突如種が減り、魔獣達は人を避けるようになったとありました。丁度その頃です。黒の一族が黒の召喚士の一族と呼ばれるようにようになったのは。我が家の書庫にある古い文献で見ました」


「フォンテーヌ家の書庫は宝の山だからな。国立図書館よりも、王族の書庫よりも、古くからフォンテーヌの者が研究してきた文献の方が多いらしいからな」


「はい! フォンテーヌの著書ばかりですけど、山ほどあるんです! 一つの事柄を研究しつくしたマニアックなものばかりですけどね」


 ラルムの瞳がキラキラと輝いている。

 フォンテーヌ家は代々研究気質の者が多いようだ。


「昔から本ばっかり読んでるもんな。……テツ様? こいつ寝ちゃいましたけど、どうしますか?」


「ふむ。カシミルド君もぐっすり寝込んでしまったし……皆、明日の仕度もあるだろう。今日は解散しよう。明日から、宜しく頼むぞ。ーーシエル、カシミルド君を下の客室までお願いできるか? 自室の方が休まるだろう」


「あっ大丈夫です! 私が連れて帰りますから!」


 カンナは早口でそう言うと、カシミルドの身体を起こして軽く背中に担いだ。小柄なカンナが思わぬ怪力を発揮し、皆驚く。


「え……俺、やるけど……」


「だっ大丈夫です! 明日からよろしくお願いします。では、失礼しますね」


 シエルの申し出を笑顔で断り、カンナは部屋を出た。

 そして、扉の前に立っていたユメアと鉢合わせになる。


 ユメアはタルトとティーセットの乗せたカートを引いていた。カンナと目が合うと、キッと目を細めたユメアだが、その背中で眠るカシミルドを見て顔色が変わる。


「あ……。カシミルド君、どうしたのです?」


「えっと……」


「ユメア。貧血か何かだ。気にするな」


 口ごもるカンナにテツが説明した。

 困り顔のカンナを睨み付けてユメアは言った。


「……後でお部屋にお茶をお運びしても宜しいですか?」


「はっはい! では、失礼しますね……」


 カンナはユメアから逃げるように去って行った。

 どうしてもユメアに見つめられるのが苦手だった。


 カシミルドを見るユメアの瞳と、カンナを見る時の瞳が余りにも違うからだろうか。

 ユメアと目が合うと、何故か胸が苦しくなる。

 これは何という感情だろう。


 ◇◇◇◇



「ユメア。お茶は頂けないのか?」


 扉の前で立ち尽くすユメアにテツが声をかけた。


「あっ。そうでした! 私、失礼しますね」


「おいおい。明日から当分会えないというのに冷たいものだな……」


「え? あの、私も……」


「何度も言ったと思うが、ユメアは留守番だからな。母上と父上を頼んだよ」


「…………ずるいです」


 ユメアは俯いて震える小さな声で呟いた。

 涙を溜めた瞳でテツを睨むと、カートを残したまま廊下を走って行く。

 その後ろ姿をラルムが心配そうにユメアを目で追った。


「ユメア様、大丈夫でしょうか?」


「心配ではあるが……グラスに頼んでおくよ」


「母にですか?」


「ああ、一番信頼している」


「そう……ですか。あの、視察団の目的は、魔獣達との接触、理解を深める。という認識でよろしいですかね? 私、精霊の次くらいに、魔獣にも興味があるんです」


「ほう。そうか。ラルム、君は目がいい。物事を純粋に、君の視点で見てくれると期待しているよ」


 そう言ってテツはラルムに笑顔を向けた。テツに褒められ、ラルムは驚きと恥ずかしさで目をパチパチさせた。何だか二人の世界に入っている様子のラルムとテツに、シエルは後ろから咳払いをした。テツがシエルに向き直る。


「シエル。君は、何も見ていないような顔をしているが、実は色々なことに目が行き届いているよな。それに耳がいい。他の者とも、身分は気にせず仲良くしてくれたまえよ?」


「はっはい……」


「明日からは宜しく頼む。下がっていいぞ」


「はい!」


 二人は声を揃えて返事をし、部屋を後にした。

 城を出て第一王区の自宅へと戻る道を並んで歩く。


 まだ昼過ぎだ。陽が高い。


「シエル。明日からだね。……視察ってもう少し後かと思っていたから……ちゃんと私に出来るかな?」


「確かに急だよな……俺はメンバーが気に入らない」


「カシミルド君? それともカンナ?」


「どっちも……。特にカシミルドって何なんだ? 黒の一族って皆あんな感じなのか? 人間離れしてるっていうか……急に倒れるし、呪いがなんだって……」


「きっと……私達には分からない、精霊とか他種族とかと、通じ合える力を持ってるんだよ。でも、天使なんて言葉が出てくるなんて、次元が違うよね!」


 重い話だと思ってしたが、ラルムから鼻歌が聞こえ始めた。


「ラルムは楽しそうだな。ーーでも他のメンバーもな……」


「……? もしかしてテツ様!? あんなに格好良くて優しくて頼りになる人なのに??」


 ラルムは足を止めてシエルの前に立ちはだかった。

 シエルは呆れた顔をしている。


「違うよ。テツ様は色々謎過ぎだし、それはそれでアレだけど……俺はレーゼさんが怖いんだ!」


「え? あ、そっか教官ってレーゼさんか。何だかバラバラなメンバーだけど、楽しそうだね!」


 ラルムは軽い調子で歩き出した。

 反対にシエルの足取りは重い。


「バラバラ過ぎるだろ……。そうだラルム。単独行動は禁止だからな。何か気になるものがあっても、一人でどっか行くなよ?」


「え? 分かったわ~」


 声の調子からして、全く分かっていない様子だ。

 目を離さないようにしないとな……とシエルはラルムの背中を見て思った。


「ラルム。俺から離れるなよ……」


「何か言った?」


「もういい。……そう言えば、東のエテにはラルムの父様がいるんだよな?」


「そうよ。エテの研究所にいらっしゃるわ。私と会ったら話があるそうなのよね……何かしら」


 この時期に親からの話といえば……教団の研修後の役職についてか……お見合いか?

 いやいやいやいや。見合いはないよな。


「ラルム。お見合いとかだったらどうする?」


「え? お見合いか。ありそうだね。お父様が話すってことは地方の貴族か何かかしら? まぁ、どうでもいいや。私は精霊の研究さえ出来れば」


「……なあ。ラルムは精霊の研究さえできれば、他には何も要らないのか?」


「うーん。王都にいるよりは地方にいたいかな。その方が色々な所に出掛けられるもの。シエル、精霊の森って視察で行くかな? 私、精霊の森に行きたいのよ」


「行かないだろ。森の横は通るけどな」


 やはりラルムは精霊への探究心で形作られているようだ。まだ、将来のことなんて興味ないんだろうな。

 今はこのままでもいいのかな。


「行かないの!?」


「ああ。観光でもいかないから。あそこは、入っても入っても入れない、入れずの森って異名があるんだぞ」


「そんなこと本に書かれてなかった……」


「迷信だからな。噂話みたいなもんだよ」


 ラルムはシエルを尊敬の眼差しで見つめ返した。


「シエルはすごいよね。魔獣の事も、噂話も、色々知ってる」


「褒めても何も出ないぞ」


「ふふっ明日から宜しくね」


「おう」


 シエルは喜びを隠すように素っ気なく言葉を返した。

 視察団のメンバーにラルムがいて良かったと、心の中でそっと思った時、ラルムが急に立ち止まった。


「あ! シエル、遠征用の制服ってまだ支給されてないわよね?」


「え? そういえば……俺達は新人だし、家にあるのじゃ駄目か……」


「戻ろうか?」


「だな」


 二人は来た道に向き直り、城へと足を戻した。


 

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