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天使の祝福があらんことを  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第二章 東方への誘い 第一部 東方視察団
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第七話 東方視察団

 イリュジオン城中央広場にて、東方視察団の出発式が行われる。

 先発隊は四名の指揮官と十数名の教団の精鋭達で編成されていた。


 出発式は、王と女王、そしてその側近、各名家の代表達が見守る厳粛な雰囲気の中執り行われ、ユメアが各々に祝福を贈り、癒しの力が込められた加護石のついたネックレスを一人一人にかけて行く。


 カシミルドはその様子を二階の渡り廊下から眺めていた。ラルムとシエル、カンナ、そしてテツも一緒だ。


「カシミルド君。制服の色が違う四名の教団の者が見えるだろう?」


「はい。何か気迫が凄いですね……特にあの深碧の制服の人と、真紅の制服の男性が……」


 テツは口元を緩め、鼻で笑った。


「流石カシミルド君だ。深碧の男性が今回の視察の団長を任せられた、ヴァン=ミストラルだ。以前、北のイヴェールを魔獣の侵略から守ったとされる我が国の英雄。右目の眼帯は魔獣による呪いのせいだそうだよ。な? シエル?」


「えっ……あ、はい」


 急に話を振られ、シエルは適当に言葉を返したが、カシミルドに見られていることに気がつくと気まずそうに目を反らした。代わりにラルムがカシミルドの視線に答える。


「シエルのお兄様なんですよ」


「あっ。誰かに似てると思ったら、シエルか!」


「おい。呼び捨てにするなよ」


 シエルに睨まれ、面食らうカシミルドだが、すぐに気を取り直して言い方を変えた。


「……シエル君に似てるね!」


「馴れ馴れしいな。君じゃなくてさんだろ、普通」


「まあ、仲良くしたまえ。それから、真紅の制服を着た男性が、ラージュ=ソルシエール、火の大精霊サラマンドラの力が使えるソルシエール家の次期当主。その隣で同じ制服を着ているのが、ヴェルメイユ=ソルシエール、今回唯一の女性指揮官だな。そして鳶色の制服を着ているのが、エルブ=テラン。この中では一番年上だな。あまり王都にいないからよくは知らないが。……教団の中でも家柄、能力、実績ともにエリート中のエリート。この国を背負っていくであろう者達だ。顔だけでも覚えておくとよいぞ。さて、部屋に戻って視察団結成の理由と、これからの話をしよう」





 テツの部屋に行くと、ソファーを勧められ各々腰掛けた。カシミルドの隣にカンナが座るが、ふかふかのソファー、そしてシエルとラルムの冷たい視線に酷く緊張した様子だ。


 二人掛けの大きなソファーなのに、カシミルドのすぐ近くに座り、服の裾をずっと掴んでいる。

 カシミルドがカンナに小声で尋ねる。


「カンナ。どうしたの?」


「えっ? だって王子様の部屋だよ! 緊張するでしょ!?」


「そう?」


 これから一緒に視察へ出るというのに大丈夫だろうか、と不安がるカシミルドであるが、昨日は自分もガチガチに緊張していた事はすっかり忘れていた。


 テツもカンナの様子に気づき、優しく微笑んだ。


「カンナ君。友人の部屋だと思って寛いでおくれ。ーーまずは、今回の目的から話そう。視察の目的地は東のエテだ。そして目的は魔獣に関する調査になる。それというのは……先日のオークションで起きたことが発端だ」


 カシミルドとカンナは同時にテツの顔を見た。

 自分達と何の関わりもないと思っていた視察団だか、そうではないのかもしれない。


 ラルムとシエルは内容を知っているのだろう。

 平然とテツの話を聞いている。


「あのオークションの直後、城にて緊急議会が召集されたのだ……」


 テツは神妙な面持ちで語り始めた。



 ◇◇◇◇



 緊急議会に参加したのは王と女王、そしてフォンテーヌ、テラン、ソルシエール、ミストラル家各々の代表者、教団長のリュミエ。

 そしてテツとユメアも議会の隅に席が設けられた。

 ラルムとシエルの母も参加者だった。


 まず、オークション参加者からの申立てがソルシエール当主から説明された。


「オークションに魔獣が攻めてきたようなのです。これは緊急を要する件ですぞ! 参加者からの話によると、魔獣がオークションにかけられた時、仲間の魔獣が会場に襲いに来たそうです。そして毒の粉を撒き散らし、皆の体の自由を奪い、会場は炎に包まれたとのことです」


 ソルシエール当主からの発言に、皆眉を潜めた。

 王と女王も不快感を滲ませる。


 ソルシエール当主は皆の表情を満足げに見渡し、話を続けた。


「魔獣の襲撃はこれだけではありません。その後、川の底に穴でも開けたかのように大量の水が押し寄せ、オークションの参加者は、気がついた時には外へ放り出されていたそうです。皆ずぶ濡れで外にいたため、体調を崩しております。ーー魔獣が王都まで潜り込み、我らの都を支配しようとしているのです!!!」


 ソルシエール当主は皆の不安を煽るように雄弁した。

 そして王の渋い顔を見てさらに提言した。


「東で力をつけている魔獣の一族がいるようです。彼らは王都への進攻の足場を固めているに違いありません。今回の件で思い上がり、奴等も動き出すかもしれません。ーーですから、我が息子ラージュを調査に行かせたいのです。教団の精鋭とともに……もし。奴等から敵対心を感じた場合、災厄の芽は早めに狩り取らねばなりません」


 じっと瞳を閉じて話を聞いていたテラン当主が口を挟んだ。


「ことを急ぎすぎではないか? 早急な判断はその身を滅ぼしますぞ? 判断を見誤れば、魔獣達との戦になりかねん……」 


 ソルシエール当主はその意見に声を荒げて反論した。


「そう悠長なことを言っているから、魔獣等がこの王都に現れたのでしょう? 敵意には敵意を返さねば、この不安定な時代を乗り越えていくことは出来ないですぞ? 即刻、東に人を送るべきです! 堅実で勇敢な判断が出来る人材を!」


 テラン当主は呆れたように首を振った。

 その隣に座るミストラル家の代表、シエルの母が発言する。


「では、我が息子も同行させてください。ヴァン=ミストラルを。テラン家からもどなたかお願いします」


「承知した。エルブ=テランを行かせよう」


「では、息子のラージュと、従妹のヴェルメイユを行かせたい。陛下、如何でしょうか?」


 王は女王に視線を送り、互いに頷いた。



 テツはこの件で魔獣が悪者にされるのがどうしても我慢ならなかった。しかし自分がオークション会場にいたことは公に出来ず、魔獣を庇うことは出来ない。

せめて自分も……。


「陛下。私も同行しても良いですか?」


 隣に座るユメアが酷く驚いた顔をしているが、王と女王は無反応だった。ソルシエール当主はテツの提案を小馬鹿にしたように笑い退ける。


「失礼ですが。魔法も使えない御方が同行されても……我が息子達には不釣り合いでしょう。それに、あまり大所帯になるのも望ましくない。どうしても行きたいのでしたら……視察団を二つに分けては如何でしょうか」


 王も女王も深く頷く。


 テツは魔法が使えない、足手まといと言われているようなものだが、怒りをぐっと堪えて奥歯を噛み締めた。

 そしてソルシエール当主に笑顔を向ける。


「では、私は別の団で行こう。リュミエ殿。新人が教団に入ったが、地方の視察はまだであろう? その者達と一緒に行こうと思うのだが……良いか?」


「良いですよ。新人二名と……教官としてレーゼも付けますわ。テツ様がご一緒でしたら安心ですわ」


「フッ精霊使いの卵とテツ様ではお似合いですな……。リュミエ殿、先発隊には精鋭を十数名いただきたいが、よいか?」


「はい。承知いたしましたわ」


 事がまとまり、今まで静観していた王が口を開いた。


「では、東方視察団を結成する。先発隊は明後日。後発隊はその翌日に出立せよ。魔獣の動向を把握、監視し、適正な対処をせよ。団長はヴァン=ミストラルに。又、魔獣達への対処は、団長に一任する」


 対処……それは敵意が見受けられれば、討伐も可、ということだ。


「陛下、一つ宜しいですか?」


 テツが立ち上がり、王を見た。


「先程のオークションは、物ではなく、魔獣等を売買する闇市だったと耳にしました。闇市に対する厳罰は下さないのでしょうか?」


 王は怪訝そうに息を吐いた。

 王の代わりにソルシエール当主がテツの疑問に答えた。


「テツ様? 魔獣は物ですよ? 物の売買は当然のこと……闇市とは言えませぬ」


 女王の隣に座るグラス=フォンテーヌは、テツを見て小さく首を振る。これ以上言っても無駄だと。

 自分の立場を悪くするだけだと、目で訴えた。

 テツは握りしめた拳を隠して、笑顔で礼をした。


「それは、失礼致しました」


 ソルシエール当主は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



 ◇◇◇◇



「ーーーーということでだな。視察が決まったのだ。そして、議会では誰も口にしなかったが、今回の先発隊の目的は魔獣の討伐になる可能性が高いのだ」


「そんな……討伐だなんて……」


 カンナが信じられない様子で言葉を濁した。

 テツの瞳も怒りと哀しみの色が伺える。


「何百年という歳月を、魔獣とは一線を引いて共存してきた。それが今回、魔獣達には何の否の無い事象で崩れてしまうのは見過ごしてはならない。私は魔獣との……いや。私一人では物の見方も偏るだろう……是非とも君達にも各々の観点から意見を聞かせて欲しい」


 テツの隣に座るラルムがまず意見を述べた。


「私は……正直よく分からないんです。書物でしか魔獣を知りませんし。魔獣という種族と関わった経験がありませんので……。どれほど危険なのか、それとも危険は無いのかも。分かりません。ですから、実際にこの目で見て、判断するしかありません」


 ラルムらしい、誰の目も考えも借りない、真っ直ぐな意見だと、カシミルドは思った。


 次はシエルだ。

 シエルはカシミルドを一瞥し、話始めた。


「今回の件は、こいつの所のチビ魔獣がやったことのように見えなくもない。だが、魔獣が襲撃したことを否定したとしても、結局意味なんて無いんだ。上の連中は、どうせ魔獣討伐のきっかけを探してただけだろうからな。それに、東の魔獣……何て種族だったかな……それが好戦的なのは否定できないんだろ。討伐は言い過ぎだが、線引きは必要だと思う。だが、魔獣を討伐したことで英雄の肩書きを得た兄を団長に据えるということは、討伐を主に考えての決定だと思う。でも俺は、兄さんなら状況を見極めて的確な対処ができるって信じてる……」


 ラルムが呆気に取られた表情でシエルを見ていた。


「シエルは……詳しいんだね……驚いちゃった」


「これぐらい常識だろ! ラルムが精霊以外に無頓着すぎるんだよ……」


「そうね……カシミルド君はどう? あら? 顔色が悪いけれど、大丈夫?」


 皆がカシミルドの顔をみた。確かに青白い顔をしている。


「大丈夫? カシィ君?」


「うん。大丈夫……」


 何とか言葉を絞り出したが、実際は胸が苦しくて気分は最悪だった。


 あの言葉を聞いてからだ……魔獣討伐という言葉を。



 

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